GOMISTATION

休憩

◆代入する病

kanoseさんのTweet
上記のTweet群は、僕の読解に問題がなければ、「セカイ系」という用語の曖昧さを利用した文章よりも、自分の言葉で語った方が(文章の是非は置いといて)面白いということだろう。ここで留意されたいのは、当然ながら「セカイ系」というワード自体がワルモノではないことである。

前述のTweet群にはすごく納得した。その上で他のことにも通ずるなーと思った。というのも、これって「セカイ系」以外(新海誠の批評)のいろんなことにも言えて、

SFモノの荒廃した感じ→ブレードランナーだ
テロップでの演出→エヴァ、市川崑、庵野秀明だ
タイムリープもの→バタフライエフェクトだ

みたいな感じの「一言元ネタ」言及にも、うんざりするのと同じ構造ではないかと思う。それしか言えんのけお前!と笑。作画で言うと、「柿田は庵野だ」「今石は金田系だ」で終わるぐらいつまんない言及であって、おそらくそこに自分の脳味噌から捻り出した文章はない。他所からの借り物や、手垢の付いた言葉で語った気になってしまっている。

もちろん、それの全部が悪かったり面白くないわけではないけども、感想や批評の個性が消えて(結果的に陳腐なものになって)しまう、と思う。というのも、ブログやコラムは、その人の直感や感性が全面に出ることにより、様々な批評が生まれ多様性が増す。そうした結果、面白いものが多くなると僕は思っているので、なんというか安易に「一言で片付けてしまう」のは常に危うさが伴っていると思う。生態系の中でゲコゲコと鳴くカエルだらけになっちゃうみたいな、いやトンボもコオロギもいないと困るくないみたいな。当然、メモとかは別ですよ。そうじゃなくて、コラムや批評で「今ヒットしている作品はブレードランナーの焼き直しだ!」みたいな感想で終わったら、なんというか、何か意義なくね?みたいな風に思う。

「柿田って庵野だよね」という言及では、具体性がなく面白くない。誤ってはいないだろうけど、広がりは全く感じない。ちょっと頭を悩ましてでも、柿田作画に対して具体的な文章の方がいい。そこで終わらずに、「金田系だから何なのか?」「タイムリープものだが、バタフライエフェクトとはどこが違っているのか」なり、具体的で発展がある場合は面白くなる、と思う。

「シュタインズゲートって結局、バタフライエフェクトだよねw」という感じの批評って読みたいですかね。「AKIRAってブレードランナーだよね~w」みたいな感じの言及って楽しいすかね(それって多分、自分の知識を披露しているだけだよ!)。そういった、未知数に何か値を入れて「これが正解だ!」とするような、代入的な批評を読みたいとは、僕はまったく思いません。少なくとも、僕が読みたいなと思うのは(どれだけ表現が拙かろうが)書き手が感じた素直な思いや、自分なりに感性で導き出した結論があるものであって、手垢のついたような文で「表面的に批評の体をなした」文章ではありません。格好だけを気にしたスカした文章ではなく、拙くても作品への愛情や情熱が伝わってくるような文章の方が素晴らしいことに、おそらく間違いはないと思います。




◆増加の要因を推測する/池上彰

簡潔に言うと、他の人より賢く見られたいからだと思う。そのお手軽な方法が、表面的に難しい言葉を使って、一見よく分からないけど、何か意味ありげな文章を書くことなんですよ。宮台だの東だの宇野だのいるでしょ。ああいうのが権威持っちゃったのは、いかに僕らが表面しか見てないかということを浮き彫りにさせたと思うんですよ。小難しい表現を使って、小難しい評論みたく書けば、読者は聡明な批評・論評として認識してくれる。これほど、楽な商売はないでしょう。そんでもって、あの池上彰をバカにするんだぜ信じられる?「池上彰ていどの知識なら俺も持っているし、みんなも数冊本読めば、あれぐらいの知識や教養はつくよ」と。この風潮はマジで良くないと思う。真面目に。

言い方を選ばなきゃ、バカのために程度を下げて、池上彰は解説してくれているんですよ。当然、僕らをバカにする意図はないっすよ。ただ、専門の人から見たら当たり前だけど、一般人から見たら「なにそれ」ってなることは山ほどあるじゃないですか。散髪屋とかでもそうですよ、トニックの効果とかイマイチよく分かってないけど、なんかこう頭皮に良いらしいから毎日俺は頭に振ってますし!

門外漢の人に難しい専門用語なんて使っても、伝わらないでしょう。だから、対象を決めて、「このくらいまでレベルを下げれば分かるな」とかで話す内容を決めるんですよ。ですので、TVに映っている池上彰は、「大衆レベルの池上彰」なんです。ここを勘違いしている人が多い。

そりゃ、池上彰が何の配慮もせずに専門分野について話したら、多分僕らは付いてけませんよ。僕らの歩みに合わせてスピードを落としてくれてるんですよ、流石のボルトも僕らと並走する時は力を抜いて走るでしょ、山田哲人が学童の球を本気で打たんでしょ、それと同じなんすよ。優しい言葉で解説する人を下に見て、小難しい講義を賞賛する風潮だけは本当に意味が分からないし、そろそろ卒業した方がいい。それって、小難しい言葉や講義にただ陶酔してるクソオナニー野郎なだけじゃろ、と思います。

■綺麗な映像ソフトが欲しい

さっさと”綺麗な”データで売れ。おまんら配信サイト様の「Dアニメストア」 だの、「バンダイチャンネル」だの、「ニコニコチャンネル」だの、きったねえロゴを載せた上で見せている時点で、もう商品を汚している。あんなロゴを入れた映像データは商品価値は下げるべき。iTunesというプラットフォームで販売する際に、音楽の最後にAppleがジングルでも入れているか?サンプル再生するときに、ジョブズの声は流れるか?同じことだろう。この点に関しては、Amazonが一番優秀だ。最初から大画面表示で映像を見せようとしてくれるAmazonさん最高。各配信サイトはAmazonを見習え(ただ、Amazonビデオは配信を停止する日付を大きく明示せずに突然終了するので、そこだけは改善願いたい)。

iTunesと合わせて、着メロのブームを思い出すに、購入するためのプラットフォームがあれば、大体の人はちゃんと購入する。すなわち、torrentなり違法動画サイトなりは撲滅できないし、そんなイタチごっこをする前に「楽に買える場所」を作ってあげる方がよっぽど利益に繋がる。クレカ登録やiTunesカードを使うことで、ほぼワンタッチで作品が閲覧・購入できる。そうやっていくと、2話6000円みたいなアコギな価格設定は自然と解消されていく。ワンタッチで6000円払うのは誰しもちょっと躊躇うだろう。今現在は、形があるものだから、その値段が出せているのであって、データという無形に対しては、戸惑いが生まれる。そのような流れで、適正価格が議論されていくといちばん良い。

「君の名は。」が受けた理由の一つとして、劇場作品だった、すなわち1000円札1枚で中高生が手軽に見ることができたから、というのがあると思う。てか、話数で販売するっていうのは何かあれだなあ。OVAじゃないんだから、1クール一括購入で10%割引ぐらいはした方が良さ気な気もする。まあ、各所で叫ばれている通り、パッケージビジネスは限界。代替ビジネスモデルは、配信というよりは「綺麗なデータ」で販売すること。

◆後付け防止運動

以前のエントリで言及したように、ある記事には少々こじつけしていた部分があった。そのような「こじつけ」とは、いわば後から自分の都合のいいように解釈する、「後付け」であり、平たく言えば最低である。これでは宇野や東と何ら変わらないと思う。ああいう人たちには僕はなりたくないので、今回は「後付けていないかどうか」の自分なりの確認方法を述べる。方法は3つ。


1、映像に対して素直かどうか
2、論理の順番や次元を間違えていないか
3、客観的な理論や根拠はあるか



<1、本当にそう思えるのか?(映像に対する素直さ)>

画面に対し、素直にそう思えるのかどうかということ。例えば、「彼氏彼女の事情」2話における、”信号機”の役割というものは、有馬の視界が閉じていったり、開いていったり、そうしてまだ彼には心にモヤがかかっていることを表す。情景によって、キャラクターの心情を間接的に伝えている。真にそう思えなければ、自分が(自分の都合のために)歪めてしまっているかもと少しに認識した方がいい。

これは抽象的で感覚的な観念だな。方法論としては曖昧なので、もう少し実践的にしたい。そこで、2、3を考えた。どれも当たり前のことだが、再認識していきたい。



<2、論理の順序は正しいか?(論理の順番)>

知波単の落石シーンを例にとってみよう。あれって、「車両が後退するために、落石してきた」わけではないですよね。「プラウダの砲撃があって、建物が崩れたから、落石してきた」んですよね。そんで、「落石してきたから、車両が後退せざるを得なくなった」んですよね。なにを当たり前のことをと言われるかもしれませんが、意外とこういうところをごっちゃにして考えている記事をよく見る。

これが「都合のいい後付け」ですね。自分の主張や意見を通すために、映像そのものの論理を捻じ曲げて解釈してしまう。自分の主張は、原因結果には含めないことを意識することが大事。

A「([原因]~[結果]~)だから、《主張》~」と、映像や作品の中における因果関係で閉じているか、どうかを確認する。B「《主張》~[原因]。だから、[結果]~」みたく考えると、文章は歪曲する可能性が大きくなる。

《主張》-
[原因]プラウダ砲撃で建物が崩壊
[結果]落石してきた

Bで言及すると、たとえば「落石してきた(結果)のは、知波単を突貫させコメディ感を演出するためだ(主張)。プラウダの砲撃が激しかったのは、それと対比して演出するためだ(原因と主張)」-①となります。これ、ちょっと無理がありますよね。主張は主観的なものなので別に問題はないのですが、主張に合うように、原因を根拠なく意味付けしている。映像における原因と結果は当然ですが、勝手に都合の良い意味付けはしない方がいいです。それらは確たる事実ですから。

映像の次元と僕ら視聴者の次元をごっちゃにして言及すると、論理が変になります。メタフィジカルな意味付けだと、何でもありになる。①の《主張》に、「激しい」概念に対となる意見を入れてみてください、何でも通用するんですよ。「あの掛け合い(あひるチーム他との)を面白くするためだ」、とかいくらでも言えちゃう。それは、なんかダメでしょう。



<3、(か細くとも)客観的な理論や根拠はあるか?(映像の客観性)>

客観的な(だいたいの人は納得できる)理屈や根拠がないと、主観的な主張は意味を持てません。ここで悪い具体例を。
その後、砲撃により、広がっていたあんこうチームの砲煙は消え去り、代わりにプラウダ校の砲煙が店内に充満します。煙をかき消すほどの砲撃ですから、ここで「プラウダ校が優位に立っているんだ」ということが分かります。

これって、僕がそう都合よく解釈しただけですよね。扉が開いたというのは、単に砲撃の激しさだけかもしれないし、プラウダが有利がどうかの根拠が「相手のかき消した程度」ではカミシモと同じくらい薄いです。そもそも、かき消したというよりは、あんこうの煙が消えて、そこにプラウダの砲煙が入ってきたというだけ。これはダメです。僕が都合よく考えただけ。

このカットは今思うに、砲撃のテンポが速いんだから「戦車同士の距離が近いこと」を表しているように感じる。戦車同士の距離が近いってことは、危ない状況ってことですよね。まあ、それ以上のことはないような気がする。お店に入った時に、煙がちゃんと暗くなってるのがいいなと思うぐらい。


後付けするぐらいなら、正直に「根拠とかないけど、俺は直感的にこういう風に思ってしまった」と言及した方が潔いし、見てる方も楽だと思います。変に理由付けるから、ダメなんだと思う。

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