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ちょっとペース落ち

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ときどきみる

こういう意見を時々見るんだけれど、いやそれは違うかな、たぶんそういう経験がない人の理想論だなあと思ったので。おっこほど若くはないにせよ、似たような日々を送った自分からすると、若おかみの見方は随分と異なる。



自分の父親は塾を経営してました。全科目、そして事務処理も含めて全て1人でやっていた。で、2年ほど前に急逝しました。だれが残務処理をするか、そこで割と復職が楽であり親父の塾の最後をきちんとやってあげたい自分が手を挙げました。というか、まあ正直に言うと自分にしかできなかった。

親父が急に死んで、たった1人で塾の残務処理(精算)をする、そして、塾をそのまま続けるか決断を迫られた。随分きつかったけれど、まずは身内の死亡の際に「じっとしている」とおかしくなりそうになるんです。忙しい方がいい。これから受験の生徒に対して最大限できることだったり、自分なりになんとかやる。ご父兄のみなさんとの面会でも、たとえば、他への転塾はどこがいいか、とか相談に乗る。関係会社と連絡を取り合う。銀行や役所に毎日行って煩雑な手続きをする。これほんの一部ですけど、それだけ忙しいと、親父が死んだ事実と四六時中付き合わなくて済むんです。




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成長物語として描くのは異常だ、という言説がありますが、いや、親が死んだ時点で成長せざるを得ないんです。だってこれから、おっこは少なくとも「両親がいない子供」として生きていかなくてはならないんですから。そして、おっこを一人にしてぼーっとさせてはいけないんです。これは確実に言える。彼女に休ませる時間を与えようっていうのは、いっけん優しく見えるんですけど、時間をたっぷりと与えても、ただ四六時中ぼーっとして親の死と向き合うわけなんで、おかしくなりそうで余計にきついんです。だから、おばあちゃんは若女将に据えたんじゃないかな。なにかの役目を与えてあげることで、彼女なりに熱中できる部分を用意した。

ラストは微妙だけど、物語の全体構造が、なにか現実とはかけ離れた異常なものであるとはまったく思いません。むしろ、監督はこういった経験をしたことがあるのではないか。それぐらいの勘ぐりをしてしまうぐらいには、「身内の死」についてはリアリティのある映画でしたよ。

つらつらと(C97です)
告知;木上益治のドラ作画特集(C97/12月28日)

-yAhwBKz
(最初お話をいただいてからの計画とかメモとか)



自分の文章を客観的に見てもらえる
良し悪しは分かりませんが、やはり冗長になっている部分は指摘してもらった。とても自分の文章がシュッとしますね。シェイプアップする。洗練されていく。見直して削っていく作業は自分でも行うことですけど、やっぱり一人では気づかない点はあるわけで、他人から指摘してもらうと文章っていうのは全然変わります。


ブログとは書き方がまったく異なる
自分がブログで記事を作るときは、「それじたいにまったく興味がない読者に見て読んでもらわない」といけないと思っているので、「合いの手」とかを入れているつもりなんですよ。はい、みんな次の画像がすごいから見てね。みたいな文章を入れて、これすごいでしょ?ってやって、じゃあ今度はこれの説明に行きますっていう感じに「ここが大事!!!」っていうのを何度も繰り返すわけ。じゃないと、スルーしちゃうから。同じ主張を何度も書いて載せないと、ぼくら読み手は簡単にスルーしちゃう。自分の思考で文章を補完・解釈しちゃうので。

同人文章だと、そういうのはむしろ邪魔になっちゃうわけだから、一回目に送った原稿はすごく冗長で長ったらしかったなあと見返して自分でも思う。ふつうに合いの手を入れちゃってましたからw


コミュニケーションと、「結果さえ良ければ」の危うさ
「コミュ力」というのは日本で忌避されがちですが、コミュニケーション自体はとても大切。この場合における、「コミュ力」とは相手に自分のやりたいことや、画像を載せる意図を説明する能力のことですね。これはもう相手と何度も交流して培っていくしかない。今回は編集の方がとても寛容な対応で、やり取りも普通に行えました。今まで商業も合わせて何本か書きましたけど、なんというか提案や発案をすると、だいたい否定されてきたので・・・そういう全否定の恐怖がなかったのは本当に良かった。

書き手と編集さんお互いに発案して、お互いに案を否定するのではなく、「こうした方がより良いのでは?」というコミュニケーションができて本当に楽しかった。仕事にせよ、アニメ以外の趣味にせよ、なんというか「こいつはキツイぜ!」という人と出会うことが多かったので、最初は涙目でビクビクしてました(その後、解消したのは言うまでもなく)。もちろん、寄稿依頼から始まったとはいえ、恐怖の方が大きかった。もうトラウマだったんでしょうね、ライティング作業みたいなものは。

世の中には、一緒に作業をさせてもらって、こんなに素晴らしい人がいるんだなあという気持ちになりました。もちろん、大変な作業もあったし、メール返信が遅れて編集さんに迷惑をかけた部分も多々ありましたけど、そこを補うのがコミュニケーションや思いやりだと思うので。

結果さえ良ければ、後は何でもいいやっていうのは長期的に見てナンセンスなんですよ。そういうのは、塾業界の方がよく分かっている。

塾業界に関わっていたので分かるんですが、「すべて合理的にやればいい」って実は典型的な失敗パターンなんですよ。これで失敗している講師を何人も知っている。「子どもにはこうやってこのルートで教えればいい」という風にすぐにマニュアル的、自己完結的になってしまう。けれど、それぞれ理解度も習熟度も苦手な部分も違うので個々の対応が必要なわけです。字の大きさ、クセ、それぞれ異なるわけですから。それぞれ伸び悩んでいる、理解がもう少し足りない生徒がいて、それをマニュアルどおりにやってダメだなと生徒の責任にしてしまうともう明らかに伸びなくなってマイナスになるんですわ。

いや、勉強してこない生徒はダメですよ。ただ、そこの原因は塾生と話しますよね。家でゲームを長時間やってしまうのか、部活動で忙しいのか、そういうところでコミュニケーションをする。コミュニケーションするだけで、生徒にも負い目があるので精神的にスッキリする。会話をすることで、お互いに信頼するようになる。親以外に頼れる・信頼できる大人と認識してもらうことが、塾って実はいちばん大事なんです。これは塾や教育関係の人にとてもよくわかってもらえると思う。なんのはなしだコレ。

話が脱線に次ぐ脱線で南極大陸までいきました。閑話休題。


・レイアウトはとても難しい
DTP(デジタル編集)の段階になると僕はInDesignが使えないので、自分のレイアウトが伝えにくかった。これは今後の課題ですね。三段B5用紙だったので、あるていど想定はしましたが、字数が増えたら、とうぜんそれに従って段落も変わってしまう、画像も変わってしまう。こういうところで、レイアウトの難しさを経験しました。ある程度、最初に決め打ちしとくべきなんでしょうが、自分の理想像すら曖昧でぼんやりとしていたので、仕方なかったかなとも思う。本当はもう10枚ぐらい画像入れたかったんですが、そこがやはりレイアウトと文章バランスの難しさです。



・書きたい結論が決まっている場合
以前あったケース。申し訳ないけれど、ご自分で書いた方が速いのではって話にどうしてもなってしまう。結論が決まっていて、そこに向かっていく文章を書くことは、ニュース記事のような単純な事実の伝達と同じと思います。これってとうぜんのことだと僕は考えますけどね。

少なくとも自分は、より良いものを作る人と一緒に何かをやらせてもらいたいので。もちろん、今回は違いましたヨ。他の寄稿者の方やアニメーターさんからすごく刺激をいただきました。良かったです。商業と同人では異なる部分もとうぜんありますでしょうけど、そういうものを差っ引いても今回のサークル様は素晴らしく体制が整っていたと個人的には思います。

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