GOMISTATION

足が絡まっても、踊り続けて

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さて、「ようこそ地球さん」を読み終わった。
この作品は、星新一の入門編とも言える作品らしく、二つの短篇集を組み合わせて作られたものらしい。
そのため短編は全部で41話あり、SFを中心とし、様々に物語は展開していく。

読むきっかけになったのは、間接的には「エヴァ」かもしれない。
庵野秀明、山賀博之、赤井孝美、など今現在40~50代のクリエイターに大きな影響を与えたと言っても過言ではない、「SF」というジャンル。
そのジャンルを見ていないと、いやむしろ見ておけば彼らに与えたモノがどんなものであったか、少しでも掴めるような気がしたからだ。
別に媒体は本でなくてもよくて、映画でもアニメでも良かった。
だから「ザ・フライ」も見たし、「アルジャーノンに花束を」も読んだ。
まあ、ぐだぐだ言わずに「SF」にハマりつつあるかもしれないだけだが。

さて、作品の中で面白かった短編を二段階で紹介しよう。

特に面白かったのが、
『待機』
『不満』
『神々の作法』
『空への門』
『霧の星で』
『友好使節』
『ずれ』
『小さな十字架』
『悪をのろおう』
『通信販売』
『開拓者たち』
『復讐』
『最後の事業』
『殉教』
であった。それぞれについて述べようと思うと、大変な文章量になりかねないので割愛。

次点で、
『弱点』
『桃源郷』
『すばらしい天体』
『セキストラ』
『西部に生きる男』
『早春の土』
『処刑』
などが面白かった。


僕が読んでいく中で、 頭には色んな作家が浮かんできた。
それは「楳図かずお」であったり、「手塚治虫」「藤子不二雄」であったりした。 
何だか似てるなあ、というよりは、本質的に同じモノを描いてるような気がした。

星新一は、おそらく漫画界にも影響を与えたんだろうなあと少し思ったりもした。
(※ワンダースリーをご存知の人は納得して貰えると思う)

そうして、星新一も何らかから影響を受けている。影響の連鎖によって、作品がどんどん作られていくというのはとても面白い。 今も、様々に影響しあってることだろう。

何が言いたいのかというと、直接的には活字嫌いの人にとっては読みやすい作品であるということ。
間接的には、宮崎駿の引退なんて大した問題ではないはずだ、ということ。


もう72歳である。「風立ちぬ」制作時に、一回入院したとも聞く。
健康面でも、創作意欲面でも、作りたくないと本人が言えばそうなるのが必然ではないか。
それを、「宮崎さんじゃないとだめだ」なんて引き止めるのは浅はかだと思うし、後進への期待なんてこれっぽっちも持っていないことが分かって腹が立つ。

「宮崎駿みたいなのはもう出てこない」とか「◯◯さんが生きていれば…」とか言う奴は大抵何も知らない。
過去に執着し、現実を見ようとしていない。
これからのアニメーションを支えるかもしれない若手なんて山ほどいる。
それこそ、この前「OP、ED」で紹介した「立川譲」さんだったり、『むろみさん』の「吉原」さんだったり「新海誠」だったり、まだまだ眠っている才能は山ほどある。

同じくこれからピークを迎えるであろうベテランもいる。
ジブリスタッフでは、「賀川愛」「近藤勝也」「高坂希太郎」など長年作監等を経験してる人もいる。
それから、「リトルウイッチアカデミア」で好スタートを切った「吉成曜」もいる。
「マクロスプラス」で監督を務めた「渡辺信一郎」もいる。
「東のエデン」「精霊の守り人」で監督を務めた「神山健治」もいる。
「庵野秀明」「鶴巻和哉」「前田真宏」「細田守」「湯浅政明」もいる。

心配なんて必要はない、と僕は考えている。
そして、現実的にジブリは解散させることができない状況にまで陥っている。
であるとすると、必然として踏ん張って頑張ってくれるであろう。

宮崎駿というとてもとても大きな天才を失うことは、同時にそれを埋め合わせる半ば強制的な努力の始まりだと思っている。
いつまでも宮崎駿に頼ってはいられない時代はとうに来ていたのだ。
目を背けていただけでとうに来ていたのだ。
だからこそ、これからの努力が大事なのではないか、そう思っている。
 

色んな人が様々に交差して、影響しあって作品は生まれていく。
これまでも、これからも変わらない真実だと思っている。

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ただ、高畑さんは、自分がそのアイデアに自分が乗り気でなくても面白い事を言い出す人なのです。ある時、僕に聞いてきたのです。
「かぐや姫は、月の人でしょう。数ある星の中で、なぜ地球へやってきたんですか」と。
こう言われると、答えが出ない。「なんで、ですかね。難しいですね」と。

その後に、「なんで一定期間いて、月に戻ったんですか?」という。これもわかんない。そうかと思うと「地球へ来て、彼女はどんな気持ちで、毎日をどう生きてたんですか?」って言われたのですよ。これも、また、わからないのです(笑)。
最後に高畑さんが言い出したのが、「そもそも地球へやってきたのは、彼女が、地球に憧れたからじゃないか」と。それで、「月の人が地球に憧れる事は罪だろうと。だから罰として地球へ送り込まれたんだろう」と。「では、なんで、また元に戻らなければならなかったのか。多分、もう一つ、本当の罰があったのかな?」という。
こんな事を言われると、「面白そうですね」という事になるわけですよ(笑)。
 


才能がありすぎますね、高畑さんは。
こんな発想できないですよ。

中でも、「本当の罰があったのかな?」という部分は気になります。 
それは、それこそ高畑勲にしか分からんわけですけど。

僕も自分なりに考えてみたんですけどね。

地球人的な考え方をしてしまったから月から追放されたんじゃね?とか。
実は偉い人(地球で言うトコの天皇とか)の子どもなんだけど、出生がよくなくて(側室の不倫の子どもとか)、そういった後継者の候補からは外されてた、とか
でも、実際には月で戦争が始まってしまって、他の王子や王女たちは皆死んでしまって、追放したはずの「かぐや姫」を取り戻さなくてはならなくなった、とか
ある特定の子孫でないと、動かせない機械、機構、組織があるだとか。

全然及びませんね…


「かぐや姫の物語」は11月公開。
楽しみです。



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まずは話の流れから。

マケドニアのフィリッポス王は、ギリシアの統一を果たそうとしていた。
そこで、マケドニアによる統一を阻もうとするアテネ側に与する2都市”ビザンティオン”と”ペリントス”に狙いを定め、海と陸両方からの攻めを始める。
ビザンティオンは、フィリッポスが、ペリントスは、パルメニオンが、それぞれ陸から攻め込んだ。
海、つまりマケドニア艦隊には指揮官はいなかった。陸戦を得意とするマケドニアにとっては当然のことであったのだが…


まずは、対ビザンティオン攻城戦である。

アッタロス率いる、攻城隊はビザンティオンの堅い守備によって阻まれ、投石機など当時としては最新の攻城兵器を用いるが、城壁破壊はできずにいた。結局、分散していた「もぐら攻め」 の隊を東に集中させることで、攻略しようと軍議でフィリッポス王は決める。

そこで、伝令が軍議へと突然やってくる。
「ペリントスを攻めていたマケドニア艦隊がやられた」と。
当然、ビザンティオンにもアテネ艦隊は来襲することが予想される。しかし、ここではビザンティオンの方が比重として高く気づかなかったのだろう。

アテネ艦隊の指揮官は、弁論家で政治家の「フォーキオン」 であった。
このフォーキオンは、戦の指揮において堅実かつ着実であり、また冒険家ではなく、確実性を重んじる指揮官であった。
しかも、ペリントスの前には、 エウボイアという島があり、その島の三都市をまたたく間に開城させての、ペリントス来襲であった。
まさに、この知将フォーキオンあってこそのアテネ艦隊とも言える。

エウメネスは軍議後、ふと気付き、フィリッポスに進言するが時既に遅し。
フォーキオン率いるアテネ艦隊は、ビザンティオンにやってきたのだ。

三段櫂船の軽さ、歩兵の軽装、それによる機動性、そして操船の練達度のあまりの違い。これらをもってして、マケドニアは海戦においてアテネに完敗する。 
しかも、対岸にはアテネの陸援軍も配置され、ビザンティオン攻城戦は諦めざるを得ない状況となる。

この2ヶ所での戦において、ペリントス、ビザンティオンどちらも攻めるには堅い都市であることも判明し、またマケドニアにとっては海戦での圧倒的な差を見せつけられた形となった。



そしてマケドニアの首都、ペラに帰ろうぜとなるかと思いきや、もう一つ戦が始まる。
ビザンティオンの北部、スキタイのアタイアスの王国は隣国イストリアとの戦いにより疲弊しきっていた。
そこへ、マケドニア軍(陸)がやってきているではないか。
この陸軍を使えば、イストリアを挟撃することができると考えた、アタイアスはフィリッポスに援軍の見返りとして王位を継承すると言い出しだのだ。
マケドニア、スキタイの王フィリッポスとなれば、アテネどころではなくペルシアにも対抗できるかもしれない、そのためフィリッポスは進軍を決めた。


しかし、マケドニアが北へと向かう途中、イストリアの王が急死し、イストリアの勢力は見る見るうちに萎んでしまった。これでは、もはやマケドニアの手を借りる必要もない。 ということで、王位継承の話もなくなり、遠征費など出さぬということで、フィリッポスの逆鱗に触れることとなる。

そして紀元前399年、マケドニアVSスキタイの戦が始まる。
しかし、当時においては最強陸軍のマケドニア。
一方的な展開で勝利を収め、捕虜2万、良質な馬2万を率いて帰る。 



ところが、遠征帰りに地元のトリバロイの人々には、マケドニアがスキタイから分捕った財宝があるという誤報が流れており、フィリッポスは敵襲により太ももに大怪我を負う。

エウメネスは斥候、偵察や追跡を果たす役割を自ら担い、アッタロスの気絶を利用し、各将軍へと命令を下す。
その結果、何とかトリバロイは退いていった。
しかし、マケドニアとしては、この戦で捕虜の大半を失い、フィリッポス王の大怪我というまさに痛すぎる損害であった。





ということで読み終わりました、ヒストリエ8巻。

2つの都市を攻め込もうぜということで始まった戦でしたが、ビザンティオンは堅すぎるわ、ペリントスにいる艦隊はフォーキオンに落とされるわで、全くの完敗でした。

エウメネスが進言した、帆と帆柱を外すという軽量化作戦があったとしても、あの練達度が高いアテネ艦隊には勝てなかったろうなあと思いましたが、それにしてもフィリッポス王は油断し過ぎ。 ビザンティオンにかける思いが強かったのは分かるんだけども。

そして、思ったのは最後の遠征帰りの奇襲の時に、さっさと他の部隊も斥候出せやと。エウメネスだけじゃん。どっかの一つは物見を出していたようですが。
個々の将軍の力が弱すぎやしませんかと感じました。

ざっとこんな感じです。 

岩明均さんって確か、アシ使ってない上に手の集中が上手く効かないらしくて(アフタヌーン6月号あたり)
もっと読みたいんですけどねえ。
多分、次は2014年の秋、冬頃じゃないかなあとか思っとります。

「ヘウレーカ」みたいなのも大好きです。 

ではでは。 

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