GOMI→STATION

さむくてエモい時期です



”僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう
こんな夜は 逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
君に逢いたくて 君に逢いたくて
また明日を待ってる”

いい曲です

07話

飛行甲板の爆発
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画面外まで飛び出るほどの爆発で派手さを演出した後、ロングショットで広がる爆煙。爆煙の表面のディテールは、楕円を使って、温度表現や煙の広がり方を表現している。温度の移り変わりが、やや均一的なのが惜しい。


船ドッカン ★
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ここは真ん中あたりの黄色部分に注目。シャッターのように黄色部分が消えていくことによって、煙が画面右上方へと巻き込まれていく様子を描写。なるほど、こういうやり方もあるのか。



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スケールが大きい。あとは、破片の描き込み。



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下の方の煙が伸びていくのがめっちゃ上手いですねコレ。あまりカゲないんですけど、しっかりと立ち昇っていく様子が分かる。





09話

西洋文明シンメトリー庭園に着弾爆発
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普通に綺麗なんであまり言うことがない。時間が経つにつれて、左側の煙が伸びていくのも内部の線の動きで描いてますね。


宮殿爆発 ★
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とんがって放射状に広がった後、丸みを帯びて外へと伸びていく。これは上手い。カット尻、じんわりと丁寧に広がっていくことで、ちょっと余韻が生まれている気がする。ディテールは、橋本(敬史)作画のように楕円をちょいちょいと入れて温度を表現している感じ。




10話

奥からの爆発
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こういうダッチアングルで奥から手前に押し寄せてくる爆発は、もうぼくの大好物です。ここは特に衝撃波のダブラシがアクセントになってるかな。


塔の崩壊による破片の浮遊 ★★
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この破片はすごく頑張っている。浮遊する破片を立体的に動かしており、それによって、画面に奥行きが生じている。3つぐらいにレイヤーを分け、奥と手前で別々に破片を描いていると思う。いやあ、これは見事ですよ。表現したい画面と描写方法が一致している、素晴らしい。



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エンジンから発火しての煙かな。ちょっと炎の広がり方が良かったので。



森ドカン
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永田亜美作画(推測)。爆発表面に線のディテールを多く入れ、それを動して煙を表現する。そういった感じが永田作画の特徴な気もする。イゼッタ記事ではこういった爆発・煙を永田作画とほぼ断定していますが、違ってたら全面謝罪や。


今回は以上です。亜細亜堂に詳しい方がいたら、ツッコミを入れて欲しいところです。

◆どちらでも良いが、押し付けや強制はいけない

世の中には、いろいろな人がいる。それはアニメファンにも言えることで、考え方の強制は非常に良くない。「(アニメーターや作画に関する)知識を持つことが、作画に言及すること」という押し付けは、まさしく老害ライクな考え方で、ライトなファンに対する思慮がない。すなわち、もっと正確に一般化して言うならば、「作画に対して言及するには、この方法しかない」と自分たちの方法論/考え方を押し付けることは、ただ単純に「カッコイイから眺めていたい(名前や効果などは別にいい)」という人を排除するものである。排他的である。

これは、有吉のラジオでの話が分かりやすくて、

有吉弘行「アメトーーク!の出演を断るとき」
http://numbers2007.blog123.fc2.com/blog-entry-1941.html 

リスナーメール:この前、アメトーーク!の広島カープ芸人出てましたね。でも、「なんかおかしいな」っていうところが、たくさんありました。

スクワット応援をしている時も、1人だけ微妙にできてなかったし、カープのいいところも1つも言わないし、サイン入りのユニフォームが出てきたときも、みんな目を輝かせていたのに、有吉さん1人だけ笑顔を見せず、よそ見をしていましたね。

それで思ったのですが、有吉さん、本当に広島カープが好きなんですか?ホントのことを教えてください。

有吉弘行:これツイッターでもあったのよ。バカだから、こういうことを言いたがるんだろうなぁ。

ダーリンハニー・吉川正洋:へぇ。

有吉弘行:いつも言うんだけど、ファンっていうのは思い出派とデータ派っていうのがあるわけよ。データを緻密に調べて、『背番号とか何年の〇〇で、こういう試合でしたよね』って言うヤツと、思い出の人がいるんだよね。

吉川正洋:僕、そっちです。

有吉弘行:そっちだろ?プロレス関連のことも、だいたいこれが多いのよ。データ派のやつらはそれを言ってくるのよ。『データが違う!日にちが違う。海パンの色、そうじゃない』みたいな。

このように、データ主義とそうではない方向で楽しみたい人の2種類がある。野球ファンたる資格を得ることができるのは前者だけではあるまい。球場に赴き、観戦して一球一球、一つのプレーに目を輝かせる。ルールを軽く知っていれば、選手など知らずとも問題はない。

作画の話に戻ろう。もちろん、これは正しい知識を持つことを否定しているわけではない。映像に出る線がどういった工程を経ているかはちゃんと理解した方がいいと思うし、知識欲がある人は覚えればいいと思う。ただ、それだけのことであって、どちらに優劣があるかという事ではない。だから、知識で言及しようが、感覚と理屈で言及しようが、どちらでも楽しめれば問題はないのだ。そこで、争うべきではない。

問題なのは、意図的に知ったかぶってしまう人のことだ。例えば、作画wikiを眺めて、あまり知らない人について、「この人ってこれが代表作で、どうのこうの」と知識をひけらかしてしまう。たくさんのアニメーターを覚えたはいいけれど、意味もない威圧をする。他人よりも優位に立ちたくて、そういったことをしてしまうのだろうけれど、それは何の意味もない行為だ。これは言い切れる。

誰しも最初は、知識も理屈もない。ならば、感覚で何かを言うくらいは寛容になってあげるべきで、その上、「ここは誰々さんなんだよ」ということは、その人が疑問に思ったくらいで教えてあげれば良いと思う。当然だが、逆も然りである。知識を蓄積させ、その点から言及するのも面白い。

まあ個人的には、作画に対して「どういった所が面白いのか(ここが分かれば、もっと理解が深まる)」という根本的なところに興味がある。例えば、キャラクターのアクションシーンでは、どこを見れば良いのか僕はよく分かっていない。タイミングぐらいしか分かることがないので、足の太さであるとか、親指の形だとか、手首の動きだとか、まあ色々あるとは思うけれど、そういった個人個人の楽しみ方を開陳していけば、「ああなるほど、こういう風な部分に着目しているのか」というのが自然と広がっていくと思う。着目するポイントなどは、(僕のブログのためにも)積極的に言及して欲しい(ゲス顔)。


ライトファンを排除してはならないし、高圧的になっては良くない。まあ、今季のような現場の崩壊をまるで火事を見る野次馬のように楽しんでいる輩は、どうしようもないとは思うけれど、彼らに触って怒っても仕方がない。それよりも、何か少し作画に意味を感じ始めた人たちに、ちょっとずつ楽しさを伝えてあげる方が、ずっと有意義だと僕は思う。

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