GOMI→STATION

さむくてエモい時期です

2014年05月

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A
加持「海の生物が腐った匂いだ…生きていた証なのさ。あの何も無い赤い水とは違う。本当の海の姿なんだよ。本来、この世界は広くて、いろんな生命に満ち満ちている。その事を君らに知っておいて欲しかったんだ」
B
加持「ああ。かわいいだろ?俺の趣味さ。何かを作る、何かを育てるってのはいいぞ。色んなことが見えるし、分かってくる。楽しいこととかな」
二人は背中合わせで地面に向かいながら話す。
シンジ「辛い…こともでしょ」
加持「辛いのはキライか?」
シンジ「好きじゃないです」
加持「楽しいこと、見つけたかい?
シンジ「……」
加持「それもいいさ。けど、辛いことを知ってる人間の方が、それだけ人に優しくできる。それは弱さとは違うからな」
C
アスカ「こんな話ミサトが初めて。何だか楽になったわ。誰かと話すって心地いいのね。知らなかった」
ミサト「この世界は、あなたの知らない面白いことで満ち満ちているわよ。楽しみなさい」

ABCいずれも「ヱヴァンゲリヲンの世界より」引用 


まずは、エヴァのお話から。
ABCとナンバリングしましたが、これは便宜のためです。
どれも似たような内容ですが、庵野監督がやっぱりオタクと自分自身に説教してる感は否めません。「序:所信表明」の時から、庵野監督は”閉塞感”というワードを頻繁に使い続けています。(※遡ると、監督不行届であるとか、スキゾとかの当時の雑誌でも使ってますが)僕は、ずっとこの閉塞感という言葉の意味を考えてきました。閉塞感というのは、アニメを自分の見た範囲でしか物事を判断しないだとか、アニメを見て外へのエネルギーを持つわけでもなく期待もせず、とかそういう感じだと僕は思うんです。

「破」では、そういうことを中心に作ったと思うわけです。A:この世は素晴らしい。だからアニメもいいけど、もっと違うことにも目を向けろよとか、B:アニメ作るのは楽しいけど、辛い。でも、やっててよかったとか、C:自分のコンフォート・ゾーンに塞ぎこんでないで、面白いこと見つけろとか。

そんな感じです。庵野監督は、「旧劇」を見ればわかるように、自己嫌悪も含めアニメ業界・オタクのあり方に嫌気(もっと言うと閉塞)を感じて、あれを作ったんです。だから、やっぱり啓蒙じゃないですけど、説教して一部の人だけでも何とか変えたいと願ってるはずなんですよ。
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そういう見方で「破」のラストを見ると、これはもうオタクの表象としての”綾波レイ”を引っ張りだす、シンジ(オタク+外に飛び出した人間)の構図にしか見えないわけです。「さっさと世の中に出て、アニメ以外の面白いことを知りなさい!この引きこもりアニメオタク!」


またですね、そういう見方で「Q」を見ると大変なことになるんです。綾波レイという、オタクの表象・象徴たる存在は、アヤナミレイ(仮称)となり本性を表します。希望を与えてくれたはずのシンジに対しては、冷ややかな態度で、まるで深夜のアニメ1クールが終わった後のアニメファンの様相ではありませんか。
「え、そんな作品あったっけ」みたいな。
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ポイ捨て、使い捨て、切り捨て、傲慢な消費者、ここに極まれりです。そして「綾波レイは本が好きだった」という記憶を頼りに、シンジは必死に本を選んでアヤナミレイ(仮称)にサービスします。お前らの好みは大体わかるけど、俺の好みも追加でサービスするよと。でも、オタクは他のことをしようとしない。この世の面白さを知ろうとしない。ただ、「命令(公開)」を待つだけ。だから、シンジは積み重ねられた本(要素)を崩すんです。街中で走るエヴァも、戦車も、メカも、電柱も、装甲ビルも、好きなのはおかしくないけど、もっと楽しむことが他にもあろうと。

そして、シンジの助けも「覚えてない」と。
じゃあ、シンジも「知らねえよ!」となるわけです。
「(オタクを)助けてなかったんだ…」「エヴァなんか作らなきゃよかった!」
「エヴァを作れ。エヴァなんて作る必要はないわ。エヴァだけは作らんとってくださいよ。」
「もう、エヴァなんて作りたくない!」

で、ここでカヲルが助けてくれるわけじゃないですか。
これが実は、宮さんなんですよ。
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なんでかというと、まずは師匠でしょ。「宮さんに言われちゃ断れない」んですから、当然シンジはエヴァにも乗ります。声優もやります。そんでもって、助けた綾波レイじゃなかったことをボソッとシンジが呟くと、まあオタクは混乱しますよ。そのままの勢いで、鏡のメタファーである第12の使徒を見るわけじゃないですか、そうなると「これは、私?私はだれ…」と自分の存在が「Q」には希薄で、オタクは怖がるわけです。(オタク自身が求めている)オタク的要素が「Q」には少ないのです。
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(前作では大活躍だった電柱は、なぜ折れているのか。何を意味しているのか)

カヲルは死んじゃいますが、その前に。
「魂が消えても願いと呪いはこの世界に残る。」
某アニメ監督の説教が続きます。
「意志は情報として世界を伝い、変えていく。いつか自分自身の事も書き換えていくんだ。」
オタクであり、元オタクでもある監督。そんなこたあ知ってるよ。
「ごめん。これは君の望む幸せではなかった。」
ジブリの大監督でも、どうしようもなかったんです。そして引退。

でもですね、オタクに対しての儚い希望も残ってるんです。
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「あんたはどうしたいの!?」とまあ救助隊アスカさん(28)が来るわけですよ。そんで、アヤナミレイ(仮称)は外の世界へと、初めてゲンドウの命令ではなく、自分の意志で行動するんです。これはもう求められてるんですよ、オタクに。ラスト歩いて行くシーンも含めて、求められてるんです。若人よ、こんなアニメにかまけてないで、さっさと外に向かって歩けと。考察なんて無駄なことして時間潰してるんじゃねーよと。もっと楽しいことは他にあんだからよと。


…ということです。まあこういう見方もできるということで。というか、未だに責任を感じているとは思うんです。庵野監督は、こういったオタクを増やしてしまったということに関して。まあ、大学進学率によるモラトリアム期間の増加とか原因はいろいろあるので一概には言えないんですけどね。あ、ゼーレの奴は製作委員会方式のことだと思います。個人的には、ここがすんげえピッタリきます。最後は、宮さんの言葉を貼って終わりとします。

僕は児童文学の多くの作品に影響を受けてこの世界に入った人間ですので、今は児童書もいろいろありますが、基本的に子どもたちに「この世は生きるに値するんだ」ということを伝えるのが、自分たちの仕事の根幹になければならないと思ってきました。それは今も変わっていません。
宮崎駿 引退会見より引用




狂気なんて要素はほとんど無いです。これは字面がカッコええから付けただけ、と感じてる。

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製作:DWANGO
プロデューサー:川上量生(DWANGO会長)
音楽:高木正勝(「おおかみこどもの雨と雪」)
監督:砂田麻美(「エンディングノート」)

砂田さんは、初監督作品「エンディングノート」に引き続いて、2本目の実写映画。カワンゴは、初めての映画プロデュース。高木さんは「おおかみこども」で劇伴を務めた方です。

劇場へは足を運びませんでした。当時は、なにせ「かぐや姫の物語」の方が大事だったし、カワンゴがカラー取締役就任というショッキングかつ不快なニュースが飛び込んできたし、リアルの方も大変だったしで、全くとして見る気になりませんでした。そんで、暇さえあれば本屋とTSUTAYAを巡っているんですが、偶然にもDVD発売日にレンタル開始されていた一枚の「夢と狂気の王国」と目があって、まあ見るか!となった次第です。

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「風の谷のナウシカ」を制作したトップクラフトを母体として、1985年に作られた「スタジオジブリ」を舞台に、アニメ制作の現場の「夢と狂気」を描写しようとしたドキュメンタリー映画である。宮﨑駿、鈴木敏夫、三吉(「風立ちぬ」制作進行)&庵野秀明を中心に、物語は進行する。ポスターにドンと座る高畑勲は、ほとんど出て来ず、周りの人たちの話で”高畑勲”を形作っていくようになっています。


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まず最初に、宮﨑駿や鈴木敏夫、高畑勲に庵野秀明という大変高価な具材があります。この人達が面白いのだから、料理であるドキュメンタリーも当然面白くならないわけはないでしょう。といったら身も蓋もないでしょうか。いかにせよ、砂田監督は編集作業に大変困ったであろうことは容易に想像にできますね。どこをとっても面白いし、ドキュメンタリーにとってはオイシイとこしかないと思うので。

こんなこと言ってますけど、ドキュメンタリー映画とはどういう風な着地点を迎えるべきか僕は、色々調べた今でも結局よく分かってないんです。認知症をテーマにした「恍惚の人」や、司法制度や痴漢冤罪の社会的問題を取り上げた「それでもボクはやってない」などは、ドキュメンタリー映画と見てもいいと思うんですけど、どういう風なラストが良かったのだろうか。ジブリが潰れているわけではないし、宮崎さんが亡くなってるわけでもない、どこに落ち着かせるのがいいのかはスゴク難しい問題に感じる。一方で、ラストなんてどうでもよくて、そこに至るまでのプロセスを映像で見せてくれるだけでもいいのかもしれないと感じている自分がいるのも本当なんです。


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前半は、まだ緩い感じ。ドキュメンタリー映画ではなく、TVとかで流される”ジブリとはどんな所かのインタビュー”な感じ。それでですね、制作の三吉さんと、動画検査の舘野さんとか女性陣がポイントポイントでいい感じに映像に入ってくるんですね。


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ラジオ第二が流れるときに、経営の方も会議の描写をする。これ上手いですねえ。商業性と芸術性の2つの間で挟まれてる感じがすごい出てていいんですよ。金勘定のことも気にしないといけないけど、作りたい、売れるかどうか分からん映画もあると。個人的には、もうプロモーションをどれだけやるかにかかってるような気が最近はしてますが。


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で、実は12月発表前に「かぐや姫の延期」はほぼ決まってたという話。まあ、よくよく考えりゃそうですよね、あの段階で(できるかどうか)分かってないはずがない。けど、発表では同時公開と踏み切った。巧いプロモーションだと思いますよ。


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西村Pによる、高畑勲の話。これが面白いです。その前に鈴木Pから、「昔、放ったらかしにしてしまったことがあった、あのヒトには24時間付いていなきゃいけない人間がいる」というのがあるんですけど、6年間西村Pはそれをやったと。もうここまで来ると、憎悪とかそういう段階ではないと思うんですね。スケジュールに関しては信用性はないけども、プロデュース力というものは大変なものがあるし、まあ色んな”高畑評”が見えます。


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吾郎監督の打ち合わせシーン。今年だったかなあ、吾郎監督のTVシリーズがあるじゃないですか。DWANGO製作で。その打ち合わせシーンだけど、カワンゴと揉めてるんです。吾郎は、「自分の能力にも疑問がある」「入り方を間違えてる」という風にさんざん不安なんですね。まあ、重要な所は当然カットされてて、推測でしかないわけですけど、これは監督やるかやらんかの問題だと思うんですよ。で、双方ぶつかる。

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こういうね、合理的で理論的な物言いをしちゃうからカワンゴはダメなんですよ。そういうのは、営業かけるTV局だとか、出版社にする話し方であって、監督とか作り手側にする行為じゃないと思うんですよね。理論武装が当然必要なときもあるとは思いますけど、ここは違う。ジブリとカラーの橋渡しだったら、轟木さん(もしくは大月P)と西村、鈴木Pでいいと思うんですけどね。カワンゴ必要か?っていう。どうなんすかね。


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そして、庵野秀明の話。宮崎さんは三吉と庵野の時に、満面の笑みを浮かべますね。僕も庵野さん好きなので、これは大変に面白い。もうほとんど知ってる話ばっかなんですけど、それでも面白い。「ナウシカ」の話をやるなら、ロマンアルバムとかサハラ(こっちは「もののけ姫」か…)の話もやれよ!と思うわけですけどね。


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庵野秀明と鈴木敏夫による、「風立ちぬ」評。それと…


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まあ説明不要でしょう。そういう事です。ジブリではないでしょうけど、頑張ってもらいたい。というかさっさとエヴァにかたをつけて…庵野さんにはなにか目指してる未来像みたいなモンがあるんですかね。楽しみです。

おっと脱線しました。まあ「夢と狂気の王国」、面白いとこだけピックアップしてご紹介しました。そんな興味無い方は、ちょっと待てば準新作になるし、急いで見る必要もないです。宮崎さんとか、庵野さんが好きな方は急いで見るように。特に、庵野さんが好きな方は義務です。冗談ですよ。まあそれぐらいには、面白いというわけです。 

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恥を忍んで告白致しますと、「アナ雪」見ておりません。「見てねぇくせに批評すんのかよ、死ねよクソバカ。」仰るとおりで、何の反論もありません。申し訳ない。別の方で少し進行してるものもありまして、まあ観に行く時間もないし、ここで観に行くと何だか負けた気分になってしまうので見ておりません。結局、天邪鬼なだけですね、本当にごめんなさい。

で、何とか、内容をつかもうとwikiなり感想なりを読みまくり、レリゴーを聴きまくり、普通に見るより時間がかかったような気もしています。まあどうでもいいです。

ちょっと自分なりに、「アナと雪の女王」の内容をまとめました。概要的な感じですね。
アナとレリゴーがいて、お互い姉妹だけど、何かレリゴーの魔法が暴走して、アナはお姉ちゃん子だったから寂しいけど会えなくなる。最後には、愛が魔法を制御する手段であることに気付いてハッピーなエンド。

この両者を比べる時に、脚本より前に一番最初に出てこなきゃいけないのは、「フル3DCGアニメーション」と「とんでもなく労力のかかる手書きアニメーション」という構図です。 つまりは、まず映像について。これは、別に「手書きだから偉い」とかそういうことを言いたいわけではありません。

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アナ雪はフル3DCGということで、とんでもなく完成されたものになっています。キャラの表情、カメラワーク、エフェクト、何処をとっても曖昧さやゆらぎは感じられず、アメリカ人の好きそうな不変的で、完璧なアニメーションになっています。 対してかぐや姫は、手書きアニメーション。この上に、水墨画のような淡い感じや、線画のあいまいさなアニメーションでやる。つまり、非完成的なものとなってます。ここには、日本人の一瞬の儚さを好む「わびさび」であるとか、「刹那性」を感じることができます。なのに、なぜ日本人にウケなかったか。


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アナ雪は、前述した通り、完璧な作品という風に感じています。ディズニーらしい演出(ロングで引いていって、いきなりポンと寄るとか)とミュージカルテンポなアニメーション、これはよくよく考えればディズニーの王道を少し誇張した感じのもので、ウケないはずがない。特に、映画を見に来るとなったら、女の子やカップルは楽しいポジティブな作品の方が当然いいに決まってる。愛が最終的な決め手となっている点も大きいです。「アナ雪感動したね~」「大事なことを感じられたね」なんて優等生な感想を残しながら、夜の街ではズッコンバッコンです。


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対して、かぐや姫。日本最古の物語で、中高生で誰しもが触れているような作品です。だから、みんな内容知ってるし。しかも、内容はネガティブ。かぐや姫は、自分の存在意義に疑問を持ち、叫んだりもします。夢の中で逃走を図るが、現実は逃げ切れない。絵はどことなく古びたもので、とっつきづらいし、綺麗な感じも多分そういう人たちには行かない。映画もどうせならキレイでオシャレな方がいいだろうし、コミュニケーションツールとしては、かぐや姫は駄目なわけです。だからウケなかった。こんなもん女子会の話しネタにもならないし、ズッコンバッコンのきっかけにはならない。


こういうわけで、日本人にアナ雪がウケて、かぐや姫はウケなかったと僕は思いました。


もう一つ大きな違いとして、アナ雪はストーリーの上に絵が乗っかっているのに対し、かぐや姫は逆です。ちゃんと子供でも理解できるストーリーに、綺麗な絵を乗っける。これだけできちんとお客さんは入ってくると、ディズニーはもう確立しちゃってるわけです。かぐや姫は、高畑勲の50年来ですかね?東映動画入ってすぐにあった企画を今回どうしてもやりたかった。その面では、アニメ黎明期の「絵」というモノが高畑さんの中で悶々としたものがあったと思うんです。鳥獣戯画的な、淡いタッチで、素朴に自然にやりたかった。だから、絵が先行してしまったんです。絵にストーリーが乗っかっちゃっている。絵がストーリーを作っていくという感じですね。そういう点では、非常に特殊な作品で、幹たる物語の展開はわかっているはずなのに、何故かなかなか見えてこない。逆にアナ雪は、単純明快で綺麗な展開の王道ストーリー。 だから、アメリカのみならず、答えは一つの日本教育のおかげで日本でも大いにウケたわけです。


そういう感じです。
こんな感じに、僕はアナ雪とかぐや姫を見比べて思いました。

ちょっと急ぎ足で申し訳ない。僕の妄想や、勝手な推測も大きく含んでいる部分が今回はすごく多いです。そういう点は本当にも申し訳ない。

コメントでいただいた、児童文学、古典文学としての比較もちょっとできてないので。まあもうホントすいません…そういう点は、やはり見ないとできないと思うので…


スナップショット - 608

小黒 1話のガルドのミサイル避けですが、あれは手で描いてるんですか。
板野 手で描いてますよ。
小黒 別にCGとか3Dとかを使ったりは?
板野 いや、手ですよ。
小黒 あれ、前後のカットが3Dじゃないですか。
板野 だから手で描いてるんですよ。
小黒 まるで3Dでシミュレーションして描いたかのように見える、完璧な原画ですよね。
板野 ちゃんと、奥3コマ・真ん中2コマ・手前1コマと、タイミングを全部計算してやってますから。
これ前々から気にはなっていたんですが、放置していたので、ネタないし、いい機会だと思ってちょっと考えてみました。まずはgifで当該作画を確認してみよう。


■マクロスプラス 板野サーカス
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(*´∀`)…( ゚д゚)ハッ!
カッコイイけど、これじゃ何にも分からん!


同スロー 
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お(  ^ω^)何だか分かってきたような気がするぞ。
2コマ打ち、3コマ打ちという言葉があります。 1k作画とかは、作画に興味がない人でも聞いたことがあるのではないでしょうか。まあ要するにですね、同じ一枚の絵が24コマ中2コマ、3コマ流れてたら、2コマ、3コマ作画となるわけです。同じように、一枚の絵が1コマだけ流れていれば、1k作画となるわけです。

言葉で伝えるのは難しい。百聞は一見に如かず。1k作画の具体例をご紹介。


■「メトロポリス」 ティマの髪の作画
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DF(デュフュージョン)とともに、髪のなびく様子を作画することで、ティマの持つ神々しさや官能性、スピリチュアルな感じを表現しています。このシーンは、名倉靖博さんという方が作画されています。名倉さんは、枚数をふんだんに使うことを得意にしてるアニメーターで、このメトロポリスの総作監も務めています。

ぬるっと動くと思ったら、たいてい1k作画。 1k作画は、当然1コマにつき一枚の絵なので24コマ全部動く。ということで、ディズニーなんかのフルアニメーションは全部そういう作画なんですね。


■「ルパン走り」による2コマ、3コマ解説

特徴的な走りから魅力的な動きを学ぶ

これはよく出来ていますが、余計な混乱を招きそうです。結局どういうこっちゃ?となる人が多いと思う。2コマの方が動きが早くなるのはわかるし、テンポも生まれる。でも2コマと3コマの違いを知りたい人には、ちょっと良くないんじゃないんでしょうか。

まず大前提として、1秒間に24コマで今のアニメーションは描かれています。(30コマの時もあったそうですが…何だったかなあ) そして、この24コマの中で2コマ同じセルを映すか、3コマ同じセルを映すかということなのです。A、B、C、D、Eという5枚のセル(走りリピート作画)があったとします。3コマではAAABBBCCCDDDEEE(1)-AAABBBCCCという感じになります。1秒間の間に動きは1周半しか入りません。

次に、2コマの場合。AABBCCDDEE(1)-AABBCCDDEE(2)-AABBという感じになります。こちらは、1秒間の間に走る一連のシーンは、2周ちょっと入ります。つまり、2コマの方が情報量を多く感じるというわけです。別に、絵を増やしているわけでもないのに、1周半と2周半弱では大きな差を僕らは感じます。

これがリピートでない場合。つまり、EまでいってもAに戻らず、Fに進む場合。簡単にですが、3コマの方はAAABBBCCCDDDEEEFFFGGGHHH(A-H)で、2コマの方はAABBCCDDEEFFGGHHIIJJKKLLMM(A-M)まで一秒間に絵が流れます。リピートで無い方が、2コマの情報量の多さは分かりやすいかもしれません。


2コマ、3コマ作画の基本がわかったところで、マクロスプラスに戻りましょう。板野さんは、「ちゃんと、奥3コマ・真ん中2コマ・手前1コマと、タイミングを全部計算してやってますから。」という風に言っています。これはどういうことか。上記のgifを見ても、奥の方は同じ絵を3コマでやってるわけでもない。というかサーカスだから、基本的には24コマ全部動いてる。

ここでもう一度スローの方をよーく見てみましょう。

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そうなんです、奥の方も動いてはいるんですが、変化が小さいんです。つまり、奥の方はほとんど同じ絵ということ。 対して手前の方は、変化量が大きい。ミサイルは飛び出したら、もう向こうに行って見えなくなる。煙もすぐに流れていく。こういう事なんです。物体の移動する変化量の大小によって、3コマと1コマを使い分けていたということなんですね。スゴイ。


これらのタイミングやらを計算して、板野さんは「マクロスプラス」を作画したということに結論付きました。(※僕の出した結論なので、当然板野さんの主張してることとは違ってる可能性もあるよ!)というかサーカスの基礎でもあったりするんですかね…僕が知らないだけで。


これらの事を踏まえた上で、「マクロスプラス」のもう一個の方の板野サーカスを見てみましょう。

■マクロスプラス 板野サーカス2
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同スロー

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真ん中2コマの感覚も100回ぐらい見れば、理解できるようになるかもしれません。でも、1コマ、3コマはすごく分かりやすいですね。すごく頭使わないと、キレイなサーカスは描けないということが今回よくわかったのではないでしょうか。キャプアスの村木サーカスを載っけて終わりにします。


■キャプテンアース ED 村木サーカス
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ちょっとここで、興収を見比べてみましょう。

「アナと雪の女王(2014/3/14)」 (598sc)
初動 7億6338万円
累計興収 128億7278万5800円(2014/4/29時点 7週目)


「風立ちぬ(2013/7/20)」 (454sc)
初動 9億6088万円
累計興収 120.2億円(2014/1/28時点 23週目)


「かぐや姫の物語(2013/11/23)」(456sc)
初動 2億8,425万円
累計興収 22億円(2014/1/21時点 8週目)



「アナ雪」累計興収 128億7278万5800円(2014/4/29時点)
「かぐや姫」累計興収 22億円(2014/1/21時点)

はじめの一歩1





レリゴー♪レリゴー♪

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アナと雪の女王 みんなで歌おう
 

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「ここ映画館なんで・・・」アナと雪の女王の『みんなで歌おう版』で歌った観客が苦情を受け激怒

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ドラねた1


「アナ雪」累計興収 128億7278万5800円(2014/4/29時点 7週目)
「風立ちぬ」累計興収 120.2億円(2014/1/28時点 23週目)
「かぐや姫」累計興収 22億円(2014/1/21時点 8週目)


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何でだよ…何でだよ…
かぐや姫は何でここまで受けなかったんだよ…

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これ見て何か感じなかったのかよ…
作画とかもうどうでもいいだよ、これを見て何かグッとくるものは無かったのかよ
心に来たものは無かったのかと心底聞きたい



レリゴーレリゴーじゃねえよまじでガチで本気で
30、40のいい年して、TDLでミニーの付け耳とかやってる女子の方々だろ
どうせ話題になってる一点で見に行ったやろ
何がレリゴーだよレリビーしとけや

いや別にさ、レリゴーを貶したいわけじゃねえんだよ
興収で差が出てもいいんだよ
でもさあ、こんなに仰々しく差が出る必要はないじゃん
初日にかぐや姫見に行ったけどさ、70、80の爺さん婆さんばっかだよ
何で見に行かねーんだよ
サブカル女子はどこに消えたんだよ

「みんなが見てるから、観に行く」はもう避けられないですね

まあ僕がどうこう言っても解決する問題ではないなんてこたあ分かってるよ
もう、そろそろ終わるよ

ギャラリーフェイク1

ご参考までに

えーと、アニメ作画における破片について少し個人的に整理。
すごくニッチな感じなんですが、大丈夫でしょうか…
破片には、2種類あると僕は思ってます。

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まずは、そのシーンにおいて必要不可欠、作画的に書かざるをえない破片
破片1

ロボット、戦車、戦闘機などのメカや、建物などの人工構造物、木や森林などの自然物。これらのモノを巻き込んで、爆発なり破壊なりをするときは、当然これらの破片の現象を作画しなければいけません。有名なアニメで見ていきましょう。


<具体例>

■「風の谷のナウシカ(劇場/1984)」
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囲ってる木々をぶち破って出てくるシーンですね。当然、王蟲が壊してるので作画しなくちゃいけない。ですけど、この破片の描き込みは狂気を感じる。


■「王立宇宙軍(劇場/1987)」
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墜落する戦闘と家の同時破壊。爆発でアニメ的なデフォルメや簡略化をせず、家の崩壊具合や戦闘機の折れ方とかを破片でしっかり描いてる。これ改めて見ると、スゴイですね。


■「メガゾーン(OVA/1985)」
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座席が敵の攻撃により、破壊されています。その結果、その破片が四方に飛び散っている。タタキ(粉塵エフェクト)も合わさって綺麗なワンシーン。




そんで次に、描いても描かなくてもどっちでもいい破片
破片2

これは何かを破壊して発生した破片ではなく、メカ等に接触したとき、板野サーカスのミサイルが爆発したときや、シークエンスの中でコンクリとか頑丈な床で爆発が起きたときに作画されるものです。だから、別に描いても描かなくてもいい破片です。ここが、アニメーターによって大きく変わる作画の部分であり、誰の作画か特定するときのキーポイントでもあると感じます。床とか、地面とかで作画される爆発によく見られる気がしますね。


<具体例>

■「うる星やつら #156(1984.5)」
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こちらは、破片を描いてる方のモノ。
地面にミサイルが当たり、巻き上げられる砂や土を描いてます。別の原画マンなら描かないかもしれない破片のシークエンス。


■「メガゾーン23(OVA/1985)」
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こちらも、同じく破片を描いてる作画。地面に敵の攻撃が当たるのを避けるシーン。
絶対必要な場面ではありませんが、床に衝突するとき、敵からの攻撃が床に当たる時、多くの破片が描かれています。


■「新世紀エヴァンゲリオン #1(TV/1995)」 
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これは、破片なしの方の作画です。
地面にサキエルの手が叩きつけられますが、破片は描かれていません。地面が少し削られて、破片が出てもおかしくはないです。ですので、破片があってもいいシーン。ですが、吉成は描いてません。


■「プロジェクトA子2 大徳寺財閥の陰謀(OVA/1987)」
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こちらも同じく破片なし。メカの表面にビームが当たるシーン。
最初に、画面右手にちらっと飛んでるもの以外は破片の作画がありません。メカの表面は壊れないかどうなのか、という考え方の中で破片の作画をしているように感じます。単純に、原画マンが破片好きか、そうでないかというのも非常に大きな要素でもあると思いますが…


結局ですね、アニメーションにおける”破片”には2種類あるということが言いたい。まあだから何だって話なんですが…アニメーター個人の特徴とかですね、そういうとこで役に立つぐらいかな…またですね、「ここでは破片ないのかーあそこでは破片書いてるのに…」とかそういう見方で、アニメのエフェクトを見るのもまた一興かもしれません。 

まあしょうもない記事です。
俺ツエー主人公が最近話題のようなので。
 
まず、俺ツエー主人公を定義付けするとします。

1、先天的な才能がある
2、その才能のおかげで、超強い
3、すごく普通な性格、普通な容姿


この3つの要件を満たしていれば、大体俺ツエー主人公です。
例えば、今話題の「魔法科高校の劣等生」とか、「IS」とか、「SAO」とか。 
「IS」以外見てないで言うのもアレですけど。

モテる、ハーレムのような状態は、二次的な現象にしか過ぎません。俺ツエーという前提条件のおかげで、そういったことが起きてるだけです。

で、何でこいつらに魅力が無いか。

1、視聴者と遠すぎる
2、非凡な才能なのに、言動は普通で面白くない
3、弱点がない


この3つに集約されます。

1つ目は、要するに視聴者にとっては身近な存在ではないということです。生まれたときから魔術が使えるとか、世界で唯一のISの男性搭乗者とか、近寄れんわけですよ。現実でいうと、数学オリンピックを3年連続金メダル取るような超天才とか、18歳で作監デビューしちゃうようなアニメーターとか、16歳で160キロ投げちゃう投手とか、そんな感じです。そういう非凡なキャラと僕達視聴者自身との距離がありすぎて、ナルシズムに入れないわけです。身も蓋もない言い方をすれば嫉妬なんでしょうけど、作品においては自己陶酔が大事ですから、それができないとなると、魅力を感じることが難しくなってしまうんですよ多分。

で、こいつら非凡な才能を持った俺ツエー主人公が、普通なのがまた魅力的でない要素なんです。僕達は、すごい才能を持った人を見た時に多分嫉妬して、「こいつの変なトコあんじゃねーの?」と無意識で探してしまいます。「東大生はガリ勉が多くて、仕事では使えない」とかそういうのですよ。でも、俺ツエー主人公にはそれが無い。というか性格とかは凡人と同じ。何でだよ!変人であれよ!と思うわけです。これが2つ目。

さらにですね、どんだけすごい能力を持った人でも弱点というのはあった方が魅力的なんです。

庵野秀明は、あんだけスゴイ爆発を描けるのに、風呂入るのはキライだし、肉や魚は食べない。
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「フルメタル・パニック!」の相良宗介は、小さい頃から傭兵で隙がありませんが、その性格のために、下駄箱を毎朝のように破壊したり、コッペパンのために拳銃を持ち出したりする。
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要するに、人間味が感じられるわけですね。
これは大事。作品に少しでもリアリティを持たせたり、血を通わせたいなら、人間味という要素は非常に重要です。


さっさと結論を言いますとね、俺ツエー主人公でも一向に構わないんです。いちいち取り上げないでも、たくさんいるだろうし。だけど次の3つを守れば、たいていスッキリして魅力的なキャラになる。 

1、視聴者に近づける(カップラーメンが好きとか何でもいい、身近に)
2、言動をおかしくする。つまり、変人に近い性格にする。
3、弱点は、あった方がいい。

非凡な才能を持っているのに、性格は普通というのは面白くないし、あり得ないというのがボクが思ってることです。

何か触れる人が少ないので。いいと思うんだけどなあ。
全部1話。

急ブレーキとジャンプ
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髪の毛の回転具合が上手い。
止まりきれないので左足をついてジャンプ。


ジャンプ2
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「破」の2号機みたいなジャンプ。
ここはアクションよりも、エフェクトに注目。


回し蹴りと足ブチン
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パース強調でのアクション。
髪の毛えらいことになってる。


着地1
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グッと着地してる感じがいいですよね。
この後ジャンプするので、最後足に力が入ってます。
ここ描いた人うめえなあ。


ライダーキックとガストレア破壊
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ここも凄くパース強調で。
破壊された後のガストレアの体液エフェクトに注目。

同スロー
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着地3と煙
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着地の時の髪もふんわり重力に従ってる感じでいいですが、ここは煙。
教科書のような写実系の煙です、上手い。
実際に動かすのは、結構難しいはず。
2話でも似てる煙が出てくる。多分、これから有名になる人。


それともあ・た・し?
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ここが素晴らしく上手い。この動きは、多分野中。そうでなくても上手い。
髪の動きと、肩の動き方で重心移動を表現してる。
今回は、手に注目。


同スロー1
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手が脱力してから、握り拳になる。
これ上手くないっすか。

同スロー2
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髪の毛の後からついてくる感じと、肩の動き。
そしてなんといっても手、手首の動かし方が上手い。


ちょっと急ぎ足ですが、こんなもんで…
2話のアクションも需要があれば、記事にするかも。

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