GOMI→STATION

さむくてエモい時期です

2014年08月

■野中記事

8月に書くとか言っといて、遅れてるね。もう少しかかる、と思う。
多分9月の中旬(15日あたりの三連休)で、仕上げられたなあと思ってる。


■紙の質

ツイッターでとある人と話してたんだけど、紙の質って本当に大事な要素だなあって。手塚治虫の文庫本って、秋田文庫と講談社文庫と2個あるんだけど、秋田文庫の方がいいんだよね。それは、指にかかるかどうかとかそういう種類のこと。秋田文庫の方が紙が柔らかくて、すげえ読みやすい。講談社文庫の方は、余白のクソさもある上、紙が硬くて読みづらい。しっかりと広げて読めるかどうかみたいな問題がある。読むシチュエーションって何も、机の上だけじゃないじゃんね。

これは先日言った「マテリアル」の問題にも絡んできて、付加価値を付けるためには、ただ「マテリアル」であるだけではダメということがよくわかった。よく言われるのは差別化とか、ブランド化とか、そういうこともあるけど、一番の価値は「この本の手触りから変更したくない」っていう受け手側の安心・信頼みたいなもんなんだと思う。電子書籍がさほど普及しないのは、出版社とか製本業者の関係もあるけど、消費者の大半がいいものと思っていないことに起因する、と思うんだよ。

実際に、電子書籍と文庫と、違う媒体で同じ本を読んだことはあるんだけど、圧倒的に紙の方が何かね、いいのよ。まあ、それは多分色んな所で言われてるから言う必要もないかもしれないけど。「すぐに別の巻を参照できる」とか「同時に読むことができる」とか、挙げ出したらキリがなくて、電子書籍は場所を取らない、どこでも読めるっていうのが長所だと思ってるんだけど、そんなもん指先一本で跳ね返しちゃうくらい利便性が高いんだよね。また違う話だけど、「紙はアイパッドに勝てない」っていうのは、岡田も宮崎も皆言ってて、それは本と同じく自由度の高さ(利便性の高さ)の点においてなんだよね。自分の思うがままに(それこそ手足のように)、色んな機能が使えるようになったら、電子書籍もアイパッドも一気に普及すると思う。スマホみたいに。



■気になってること

エーピクにそんな期待してなかったんだけど、これはそこそこ良さそう。というか、多分けっこう面白いと思う。寄生獣とか色々あるけど、これは見るべし見るべし。1話の出来にもよるけど、PVはいい感じなので。 後、『キルミーベイベー』『ズヴィズダー』に関しては、特異なアニメなので見ていただきたい。特に、『ズヴィズダー』。これは革新的な作品だと思ってる。商業的な大成功はしなかったけど。



■増尾配信は著作権侵害なのか?

これは相当考えましたが、結論から言うと、侵害してないと思う。「増尾昭一を語る」という命題の主張・議論・批評において、映像、図版等についてはそれぞれに説明・必要性の解説をしているし、命題に必要な材料であると僕は少なくとも認識してる。だから、「映像を使った批評」という今回の配信は、引用として認められるべきであると思う。図版や画像はまだ、引用の妥当性というものが認知されつつあると思うけど、「映像に関する引用の妥当性」という点は、非常にグレーなゾーンで冒険が必要だと思うのが僕の認識。

商用利用を問わず、今回は規模が小さいということで見逃されてる点があるのも事実。だけど、これがyoutubeで10万回再生とかされて、規模がでかくなった時に、著作権侵害となるかどうかは、もう企業のさじ加減としか言いようがない。まるまる無断転載をしたわけでもなく、それが必要だから引用として映像を使ったというのが僕のスタンスだけど、全く分からん。今でも、無断複製は企業によって対応が違うのが多いでしょ。サンライズ・ジブリは著作権侵害に厳しいけど、あそこは厳しくないとか。

でも引用という認識なので(※増尾昭一氏に関する映像を無断で複製して公衆通信化等をしてやろうという意図ではない)、引用と認めてもらいたいというのはあるけど、難しい問題だと思う。スクエニとSNKの問題を見てても思う。

「増尾昭一を語る」という命題は、「アニメーターの原画を語る」という事と同義であることは当たり前で、「原画を語る」ためには、そのための映像・画像・図版が必要だから、結局元の命題を満たすためには、映像等の引用は必要不可欠という認識が正しいと僕は思う。


続いた。
今回は、セル背景動画が中心。

回り込みの定義は、おそらくカメラが被写体の周りを鈍角以上(90度以上)ワークすれば、完全に回り込みとみなしていいような気がします。(※45度くらいあれば個人的には、いいと思いますが)

【追記 2014-08-29】
そうそう重要なことを言い忘れてた。何も水平方向にのみカメラが動くものだけを、「回り込み」と呼ぶわけではなくて、鉛直方向や、放物線的な立体的なカメラワークも「回り込み」とみなしていいと思う。
回り込み リファレンス図1

回り込みカメラワークの種類としては、「水平方向」「鉛直方向」「放物線的(立体的)」の3つに大別できると思う。



背景動画(背動)というのは、簡単にいえば、「パラパラ漫画」みたいなもんです。基本的にアニメでは、背景とセルで別れて作業しますが、これはアニメーター(作画・動画)が全部描いてる。厳密には少し違うけど、まあそんな理解で。



■『サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか〜(2001)』 OP 
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一部背景動画による回り込み。放物線的カメラワーク。
キャラの斜め上から後ろに向かってカメラは移動し、お墓参りに来ている心情を描写している。かいま見える一瞬のせつない表情がいい。『サクラ大戦3』のOPはこれに限らず、鉄塔のシーンのカメラぐるぐるなど、全体的なカメラワークも、立体的で楽しいOP。


■『銀河旋風ブライガー(1981)』 OP
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金田伊功による有名なOP。水平方向タイプ。
3つほど異なるパースを抱えつつ動かす妙技は、今更言うまでもないですNE。異なるパースを含んだセル回り込み全面背動は多分コレしか無いと思う。4人のキャラを最初に見せておいて、主人公に寄っていくように回り込むカメラワークは、ぐっと主人公の元に引っ張られるようで自然で良い。


■『フォトカノ(2013)』
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近年における変態全面背動回り込み。立体的タイプ。
とにかく動かないモノ(イス、机、窓)のパースペクティブ変化の作画が大変ですね。ただでさえめんどいパースの変化というものを、セルで描いちゃうという。作品内におけるカメラでの目線ということで、こういう表現を意図的にしてるんだろうと思うけど。若干イスに違和感を感じる(※カゲのせいかも)けど、どうやって書いてんのかなあ。普通に書き送りですかね。


■『名探偵コナン 14番目の標的(1998)』
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一部背景動画での回り込み表現。水平方向タイプ。
若干バレットタイムっぽくもありますね。ストーリー的には、小五郎のおっちゃんが、過去に妃(奥さん)を撃ったことに蘭ねーちゃんは怒ってたわけですけど、その伏線を回収する大事なシーン。コナンくんが銃をとり、過去のおっちゃんと同じことをするわけですね。コナン君だけの主観的な時間になってることは分かると思う。当然みんな物理的に拘束されているわけではなくて、「息を呑む」という表現が一番いいのかな、そういう感じで動けなくて、コナンくんだけがゆったりと動く。結果的に、シーンの重みというのを上手く表現してる。


■『きまぐれオレンジロード(1988)』 3期OP
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全面背動回り込み。水平方向タイプ。
ペットのジンゴローを中心に、キャラを見せていく演出。カメラはラブコメに合わせるように、ゆっくりとした動きを見せてます。背景動画ですが、作画的には省略・簡略もあって、男の子の顔面をさほど細かく角度別で描かない(カメラのTUで回避してる)代わりに、ネコの方に力を入れているように感じる。「このカットではネコが重要なんだ」と、否応なく思わせる演出な気がします。マッチカット的シーンつなぎの連続で、面白いOPでもあるので未見の方は是非。(※こういった背動回り込みは、『ハイスクール奇面組』など、福富博作品ではあるある回り込み作画のようです。)


■『涼宮ハルヒの憂鬱(2009)』 24話
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全面背動回り込み。立体的タイプ。
長門が去っていくのを呆然としながら捉える、キョンの目線がカメラに反映されている形。カメラはTBしつつ、ぐっと左に回りこむ。位置関係的には、こんな感じ。

ハルヒ説明1 
この去っていく長門は、ネガティブなことを言ったので、キョンも呆然・呆気にとられて長門を目で追うしかなく、そのキョンのどうしようも無さとか、呆然としてる感じを上手く出してる。この図で言うと、左から右にキョンの視線が動くので、カメラは逆の動きになる。俯瞰的なアングルにしてるのは、そこに視聴者の客観的な目線を要求してる(※そういう風に見てね、という意図)からだと思う。この一連のシークエンスを目撃してしまった、みたいな。主観的なキョンの目線と、視聴者の客観的な目線が重なって、こういうカメラワークになってると思う。



今回はセル作画の回り込みを中心に見てきました。
これは、前回見た”擬似的な回り込み”とは違い、実際にカメラが回りこんでいます。だから、撮影や美術との兼ね合いというよりも、アニメーターに委ねられる場合が多く、アニメーター自身の技量が出る作画表現でもあると思います(※CGをアタリにして描いてるのありますが)。

何か上手いこと言えませんが、次回に続く。 

■野球

亀井・アンダーソン・長野・菅野の怪我は痛い。でも隠善が久しぶりに見れて、しかも打ててよかった。由伸が自分のように喜んでいたのは、きっと練習他色々と見てきた親心みたいなもんがあったんだろうね。星野上げろよ、原。外様に異様に厳しいよねこいつ、アホか。しかし、村田・大田は酷すぎる。サードいねえよなあ。坂口、中井ぐらいしかいない。後は大累か。坂本も地味に冷えてきた。けど、ここが正念場。9月頭の広島戦、ヤクルト戦、この6連戦が多分鍵を握ってる。主力が戻ってきて、さあどうなるかというところ。

今のうちに今年のベストオーダー(CSも含めて)出したいと思う。

DH無し:1長野2亀井3坂本4阿部5高橋6片岡7橋本or中井or横川8小林
DHあり:1長野2亀井3坂本4阿部5片岡6高橋7ロペス8橋本(上と同じく)9小林
控えは(8・9人)井端、中井、横川、鈴木、寺内、實松、ロペス、アンダーソン

もう亀井の体的にもサードで使うべき。
サードってそんな故障しやすい守備位置でもないよね。
飛びつくぐらいじゃ流石に壊れんだろうし。
まあ守備の人が復調すれば、当然6番ぐらいは打ってもらいたい。

こんな感じか。まさか由伸を2014になってもスタメンで見るとは思わなかったよ。
もう若手を見る余裕も無いだろうしね。 
阿部が復調しなけりゃ、ファーストはロペス・アンダーソン。 
松本は間に合わんだろうな、やっとこさ日シリの時期だと思う。 

由伸ケガを知ったのは、この2日後でした。泣きたい。
中井頑張れ。



■原画の名前表記

これは権利的な話ではなく、受け手側の目線から。
世の中には、「この原画を誰が描いたのか?」ということを原画に名前付きで紹介してもらいたい人が大勢いてひどくびっくりしてる。いや、パート当てゲームを楽しんでるとかそういうわけではなくて、僕としては純粋に絵だけを見たいのよ。例えば、「沖浦啓之」って表示されてたら、マーニーRT(どっかの誰かが晒してた原画に「沖浦」って表示があって、リツイートされまくってた)みたいに無条件・無自覚で賞賛されてしまうのが嫌なだけで。

権威主義に陥ると、前述した通り、瞬間で思考は盲目の世界になる。考えないで答えだけを見るのは、とても愚かな行為であるのは間違いない。悩んだ末に見たり聞いたりするのはいいと思うけど、すぐさま答えがあるのはおかしいんじゃねえのっていう。そこんとこ悩まない、バカはすぐ飛びつくんだろうけど。何らかの助力はあるにせよ、名前という表示は、自分で知って掴んでいくものだと思う。原画に名前が載ってるのは、数学のテキストなんかで言うと、解答だけ載ってて、過程の説明がない感じ。そこが一番楽しいはずなのに、何の実りもない。

「オレは別に権威主義なんかに引っ張られないから。」って考える人もいるだろうけど、権威主義って多分、僕たちが思ってるより強大な力があって、「沖浦啓之」っていう表示だけで凄まじい風圧がある。それまで丁寧に積み重ねていた思考なんてものは、たちまちふっ飛ばされる。

権威主義は増強剤的役目も兼ねてるけど、それはいいと思う。
ちゃんと考えてるって分かる証拠だから。



■甲子園

三重の選手は素晴らしい。監督はほんとに素人かと思うぐらい酷かった。結果論でも何でもなくて、あのスクイズはあり得ない。当たってるんだから振らすべき。後は、2度(桐蔭のバッテリーミスも含めると3度)のバントミスが痛かった。きちっと、1死2,3塁の形を作れていれば、1点は入ってた。まあ、一番許せないのは終盤の思い出代打なんだけど。  

甲子園もますますセミ・ドラフトみたいになってきちゃって、何か良くないね。ダルが東北で投げてた頃ぐらいが一番良かった気もする。まあ裏金問題とか色々あった時期でもあるんだけど。よりマスコミが選手を押すようになった感じと言ったらいいのかなあ。そんな大選手でもないのに、名前だけで報道しちゃって(※龍谷大平安の4番とか色々)、これは原画の話にも通じるとこがある。後は、去年のカットマンと今年のイーファスだね。ああいうのは、何がしたいのか分かんない。物議を醸すことでもない。甲子園をダシにして騒ぎたい輩がやってるだけだよ多分。僕は、日本文理の飯塚くんとか、八頭のだれだっけ、すげーいいバッターと、後は、豊中の田中くんだね。彼らはプロか社会人行くと思うし、頑張って欲しい。全部見れたら、こいつは注目すべきとか分かるんだけど、流石に無理だからね。



■ジブリ後継者

まあ色々と雑感と意見を。米林、吾郎と色々試行錯誤して鈴木が何とか、存在しないはずの”ポスト宮崎”を作ろうとしたのは大体の人は分かると思う。宮崎駿は、今敏と同じく、ポストがいない存在だから。だけど、経営者的には次のジブリの看板を作らなきゃいけなかった。そいつが次のダライ・ラマにならなきゃいけなかったんだけど、結局『アリエッティ』も『ゲド戦記』もダライ・ラマたる存在になるには爆発力がなかった。

2作目の『マーニー』と『コクリコ坂から』もそんな爆発しなかった。本当にね、仕方ないことだと思うのよ。結果的には、自分で選んどきながら、その今までの労苦・努力・5カ年計画をかなぐり捨てたのは最低だけど、もうしょうがない。鈴木が後継者決めるのもおかしな話だと思うけど、宮崎駿から直々にするわけにもいくまいし。そんなことを公の場でする人でもないだろうし、鈴木がこれまでもあることないこと言ってきたし。もう身投げの宣伝だと思うんよ、この後継者問題っていうのは。正確には、虚像の”ポスト宮崎”という存在を作る作業なんだろうけど。

僕としては、何故森田にもう一本撮らさなかったのかっていう思いが非常に強い。一番はまってたのに。ファンタジーも十二分にできる監督だと思うんだよ、森田は。テーマ性とか、作家性みたいなこと言い出すと、全員もうダメになって、「家族で楽しめるジブリ」っていう方針なら全然いけたのに、そこにこだわりすぎた。実際、『猫の恩返し』『ゲド戦記(コクリコ坂から)』『アリエッティ(マーニー)』並べて、どれが一番茶の間で受けるかといったら、やっぱり『猫の恩返し』と思うんだよ。

それは何でかというと、ファンタジー感は他の2作に比べて少ないけど、デジタル初期ってこともあって、シンプルな線と色味がいい。それと、お話も難しくないし、キャラは立ってるし、茶の間では必ず受ける。そこにテーマ性があるかと言われると、絶対ないんだけど、そういう方針で行くべきだった。正確に言うと、”ポスト宮崎という虚像”を諦めて、ニュージブリ路線(※オールラウンダーな内容)の開拓をするべきだったと僕は思う。

だから、吾郎と米林と森田並べたときに、「どれが一番ジブリっぽいですか」って聞かれたら、それは、米林とか吾郎になるんだけど、「どれが一番家族と見たいですか」ってなった時には、『猫の恩返し』になると思う。これは僕の主観だけど、いくつか根拠もあって。例えば、カラスが喋るとか、ツンデレデブネコとか、スマートな紳士ネコとか、色々と押さえるべきポイント(※家族で見て、ヴィジュアル的に・直感的に楽しい)を押さえてる。主人公は女の子で、そんなクセがあるキャラデザでもないし。こういう感じで、森田に監督もう1本やらせろってのはずっと思ってた。

ジブリ色というモノを捨てきれなかった経営陣の負け、と思う。ジブリというブランドは既に確立されてるんだから、そこを濃くする必要はない(※既に差別化しきってる)のに。だから、何度も言うけど、「家族で楽しめるジブリ」で良かった。安心して親が見せられて、親も少し楽しめるアニメにすればよかった。爆発力よりも、1000万人が安定して見れる力みたいなものが必要だった。そんな感じ。

もしかしたら、巨人の監督みたく、「生え抜きじゃないとダメ」みたいな理論があるのかもしれない。別に視聴者は気にしないと思うけど、世襲っていうモノを大事にするんでしょう。


「Under the Dog」というアニメが、今制作資金の募集中です。
公式サイト
公式 キックスターター  

監督は、アクションアニメが好きな人で知らぬ人はいないであろう、安藤真裕。
原作・脚本は、「428~封鎖された渋谷で~(canaan原作)」などで知られる、イシイジロウ。
キャラクターデザインは、ゲームなど多方面で活躍されている、コザキユースケ。

【OTAKON 2014】イシイジロウ氏原作SFアニメ『UNDER THE DOG』Kickstarterプロジェクトが始動!コザキ氏、由良氏と共に「OTAKON 2014」へ登場
安藤真裕、コザキユースケら参加──SFアニメ『UNDER THE DOG』始動  

この2つの記事が、全体の情報がまとまってるかな。

ちょっと上記のリンクから引用を。 

由良浩明(引用者注:プロデューサー。録音監督等で活躍)さんは「製作委員会方式はクリエイターを制限する側面がある。制限をなくしてつくりたいと思ったときに、Kickstarterで出資を募ろうと思った。新しいアニメの作り方、クリエイターにとって自由な場をつくりたい」と熱く語り、『UNDER THE DOG』にかける想いが並々ならぬものであることが伝わってくる。
ということで、「吉成アカデミア2」よろしく、製作委員会方式をとらずに、クラウドファンディングで制作資金を調達する方式です。この時点で、賞賛したい(※もちろん、これだけで作品の内容を全肯定するわけではない)。まあ、安藤真裕さんのネームバリューとかあるんだろうけど、ゲーム業界方面からこういうのが始まるっていうのが何か色々と感じます。

9月8日まで、制作資金の募集は続けており、2014/08/24現在は24万ドル(約2400万円)。後2週間で、半分ですね。そんで、パイロット映像というか、ティザー映像があって、なかなか見応えがあるものになってます。

■『Under the Dog ティザー映像』


制作は、キネマシトラスとオレンジ(CG)。『ブラック・ブレッド』等の体制と同じ。key animator(原画マン)というクレジットになってるのは、佐藤雅弘と石井百合子と伊藤秀次さん。全員、安藤監督作品の常連ですね。

この映像においては、多分佐藤雅弘がメインのアクションで、伊藤秀次は爆発と他キャラのような気がする。石井百合子さんは序盤の女の子とかですかね。(※初見では、爆発は阿部望かと思ったけど、タイミング全然違った。言い訳ですけど、この2人の爆発ちょっと似てる気がする。)


空から銃を撃ちながら、降りてくる主人公
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空中において、下半身(太ももや足先の)微妙なバランスを取りながら降下しているのがすごく伝わってくる。上手い。空気を足で掴んでいる感じが、ものっそい良い。足の広げ方の多少の差が、それを表現してる。


着地と敵キャラの落下
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画面にスッと入ってきて、鉄骨に着地。画面動もいい感じですが、やっぱ髪の毛がいい。遅れてくる髪の毛のリアクションは、『canaan』でも触れたとおり、やはり重心の移動がビジュアル的に分かりやすい。後は頭部の動きも同じく。また、敵キャラの崩れ方・落ち方も自然かつ、しつこい感じがしなくて良い。


壁を使い避けて攻撃するアクション
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銃弾を避けるために壁伝いに走り、体をねじって敵の方へ。壁から壁に移るときが、すごい。画像を見て分かる通り、この2枚で(壁から壁への)移動を表現してる。キャラの背中が全面に映るような作画がもう1枚要るような気がしてならないけど、それは多分蛇足で、この2枚でシーンは綺麗に繋がっている。後は、敵を蹴る時の無駄の無い機敏な動きとか、連鎖的に敵が殲滅されるのは『canaan』とよく似ている(※安藤真裕が、単純に好きなのか)。そして、敵を蹴る時に若干無理をしたので、着地の時に重心が若干ズレている描写もまた非常にスゴイ。(※佐藤雅弘を分析的に見たのは「canaan」のみなので、ここは的外れかもしれない。)


首切りアクション
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スッとジャンプして、倒立し首を掴んでから、切り裂くまで一瞬。最近だと、『黒塚』を思い出したりします。倒立状態になってから、切り裂くまでずっとキャラは敵の方をしっかりと見たままで、プロの傭兵感がバシバシと出ている。野球で言うと、最後までボールから目を離さないのと同じ。


CGバイクと爆発
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爆発するタイミングに一面デジタル効果の光エフェクトが広がって、衝撃波のように爆発のスケールやその爆発の瞬間自体を誇張している。爆発表面の温度表現(白→黄→赤→黒)も素晴らしく、また破片も(これはCG込みかもしれないけど)、画面の情報量的に良い感じ。後、一発目の爆発の後の破片は、画面右下に流れるように散ってる。これは多分、主人公のバイクが後退する場所に焦点がいくように計算されていて、画面に集中できると共に、その集中・没入のおかげで次の爆発がいきなり来るように感じられる。


ヘリ爆発
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これも上と同じく。破片は伊藤秀次っぽく、長方形とやや正方形の組み合わせで。画面に押し寄せる爆発は、言うまでもなく臨場感を増し(※対岸の火事であったモノが、あっという間に目前に広がる)、しかもデジタル的な撮影処理のおかげで、ダブラシ煙がいい感じに爆風を表現してる。ここは画面のレイアウトもよく、手前のビル内部がセルに移り変わる時も違和感は全くといっていいほど無い。爆発と熱風でねじ曲がるの描写しているであろう、ビル内部の描写もいい。(※余談ですが、「Q」で判明していなかったカッケエ爆発は、伊藤秀次であると今は思った。)


かっこいい。キネマシトラス+オレンジ制作ということで、当然CGにも期待できるだろうし作画も良さそう。一応暇があれば、キックスターター公式サイトも訳したい。(※まあ、CIA的には市場は日本には無いという事なんだろうけど。バイオ4とかのゲームが海外で大ヒットするように、やはりキックスターターの対象は海外の人でしょうけど。)

最初にも貼ったけど、一応もう一度キックスターター(制作資金を送れる)のページも貼っておく。 
『サイコパス』とか、ガンアクションやSFが楽しめる人には合うと思う。

公式 キックスターター 

■はてな民という民族

そういう括りで色々というとまた語弊があると思うけど、でもやっぱ賢くない人が多い集団。賢い人は、やっぱつまんなくないのよ。面白い。はてな民は、ウイットに富んだ自分たちっていう偶像に溺れてて(酔ってすらいない)、一部は文章の技術だけ達者で、やってることはしょうもないのに。で、それにリンク貼って、カウンター記事の繰り返しだから、何がいったい面白いのか分からない。後、彼らは「皮肉」とか「風刺」ということをきちんと理解していないと思う、残念ながら。カウンター記事とか、話題になってることのみを頻繁に取り上げるいやらしさっていうのは、マスコミのワイドショーと同じで。どのチャンネルに変えても同じことしかやってないから面白くない。まだ意見に差があれば面白いのに、差がない。というか皆自分の主張を通そうと必死で、他人の意見が闇の中。そんな感じ。

「はてブ」というシステム自体は素晴らしいものなのに、使うユーザーに賢い奴が殆どいないという何とも阿呆みたいな現実が、そこには横たわってる。いや、バカはどんなコミュニティでも一定数いるべきなんだよ、そこは否定してない。働き蟻の理論と同じく、2chにもミクシイにもニフティにも、ツイッターでもバカはいるけど、はてブは多すぎる。結果的にヤフコメと同じくらいの酷さ。それぐらい、自分では賢いと思って、そういうポーズをしてる人が多い。どんな人かは言うまでもない。

はてな民が真っ先にやるべきことは、「はてな運営にもっと辛辣になる」こと。このサービスクソ、もっと直せ、使いやすくしろ、UI変えろと毎日駄々っ子のように騒ぎまくる。何かずっと仲良しこよし(※正確には無関心、無接触)でやってる様子で、つまんない印象しかない。ニコニコや2chユーザーは日々文句言ってんぞ。はてな民が、それをできない理由は容易に分かる。自分の浸かってるサービスに対して、みっともなく反抗すると、必死で阿呆っぽく見えるから(笑)

ということは、至極まともに反抗できる能力がないと言える。だから、賢いヤツが少ないっていう結論に繋がる。でも、みっともない反抗って能力なくても多分出来るよね。それを邪魔してるのは、自尊心か矜持か何かそこら辺のクソみたいなもんで、結局、阿呆に見られたくないから、文句が言えない。

駄々っ子になる人が増えない(もっと言うと、いい子ちゃんぶってる奴が多い)から、FBも同じようにコンテンツとして成熟しない。だから、見た目は「はてな」とか「FB」の方が大人に見えるんだけど、中身を見ると「2ch」の方が大人なんだよね。「おっぱい飲みたい」って叫ぶことは、立派な自己主張で然るべき要求だから。コンテンツを家庭とすると、よく分かると思う。

で、これを書いたのが2日前なんだけど、今再考してみると、賢い人がいないんじゃなくて、ただ単に2ちゃんねると同じなんだなって。つまりロム専の方にいるということなんだ、多分。2006-8頃の2ちゃんねるのロム専は、どっちもいたと思うけど、はてブの場合は賢い人ほどコメント等残さないんじゃないのかな。なんとなくだけど。



■批評性

多分、何人かの賢い人は気付いてると思うし、「それをしないで、ただ今は逃げてるだけだ」、とも考えてると思う。僕の批評について。canaan記事を最後に、僕は批評をしていない。というか満足に批評・批判をしたのは、「エヴァQのカヲル君耳」記事とか「キルラキルの脚本」記事とかで、それ以外は多分批評のレベルにもない。「寄生獣」記事は少し頑張ったけど、あれもまだ全力じゃない。「おたくのビデオ」記事は、たまたま流れ的に(アオイホノオがドラマ化したとこに乗っかって)ウケただけ。

歯に衣着せない意見を表に出すのを恐れすぎてるきらいがあると自覚してる。それは、どっかに晒されたとか、はてブで的外れな事をボロクソに言われたとか、色々と外的な要因もあるんだろうけど、一番の原因は分かってるけど言えない。それは最低で、批評・批判・論評という事においては何の役にも立たないモノ。治したいとも思ってるけど、これは僕の人格的な問題にも波及する。 それを引きちぎって治せば、色々と悪いことが起きるのは間違いない。でも、多分良いことも起きる。正しく批評するということは、もっと正確に分析することに繋がるから。

結局、この場合だと防衛本能に帰結してしまう。そういう意味で、僕に必要なのは、多岐にわたる語彙と建前と本音の使い分けなんだろうか。建前は建前と分かった上で、使うことにより初めて効果がある。建前と本音の境界線が滲むと、曖昧になる。だから、物事が正確に見えなくなる。「僕の意見」というのは、たとえ似ている意見があってもオリジナリティの塊であるはず。バイアスがあるからこそ、意見は面白いと思う。他人と趣味や嗜好、価値観が一部共有して異なって、衝突するから、2chは未だに栄えてるわけで(ほぼ死に体だけども)、そこに根拠や論理があれば素晴らしいものになる。と思う。



■著作権は、これから必修科目かもしれない

軽く押さえるのであれば、誰でも出来るだろうし、著作権の中身と著作者人格権ぐらいも知っとくべき。後は、商標、特許、意匠をそれぞれ軽く押さえとけばいい。著作権の中身が重要というよりは、具体的な場面・状況での効果と権利を知る方が重要。「店内での音楽の使用は何にあたって、違法でないか否か」みたいな。 そういうのをいちいち考える方が楽しいし。

権利と義務の分野はやはり、真面目に教えるべきかもしれない。年間1単位でいいからね、保険とか源泉徴収とかそういう社会の基礎を考えてさせてね(知識としてではなく)、色々とやった方がいい。これは間違いなく。


お待ちかね。回り込み作画の時間だよ!

今回タイトルにあります、「擬似的な」というのは、(実際には、カメラが回り込んでいないのに)回り込みをしているように見えるという意味です。まずは、BG(背景)やbook(背景の前に置かれる背景素材のこと)で、キャラを回り込んで撮っているような手法でやってるカットから紹介。


■『これはゾンビですか?オブ・ザ・デッド(2012)』 OP
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BG引き回り込み。BGを右に高速に引いて、リピートしてる。(※ちょっとレンズは、魚眼っぽい)映像演出的には、3人のキャラを回転させて、3人の違いを描写しているシーン。この回転表現はよく見られて、『神様のメモ帳』とかでも見られる。


■『フォーチュンアテリアル(2010)』 OP
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1枚のbook(前方の流れていく木)をSLとBG引き。でも、所々セルでキャラを置いたりすることで、真ん中の女の子が戸惑うのを上手く演出してる。1枚のbook配置、単なるBG引き、この2つだけでも色々な回り込み表現が作れることはわかると思います。そんで、この応用例が次。


■『神さまのいない日曜日(2013)』 3話ED
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これは、単なるBG引きでの回り込みもあるけど、より面白いのは1カット目。よーく見てください、1カット目はBGほとんど動いてません。多数のbookを女の子のいるポジションの前後どちらにも配置して、SL(スライド)させることにより、カメラが回り込んでるように見せてる。


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これはBG引き+多段bookをそれぞれ違う速度で動かすことで、擬似的に回り込みのカメラワークを演出してる。いわゆる、「密着マルチ」と呼ばれる技法です。大体5個ほど墓標のbook(画面前方に3個、後方に2個)が重ねられていて、よく見ると奥の方に山のbookもある。後は、光のエフェクトも綺麗です。すごいっすね。



そんで擬似的な回り込みには、もう一つありまして。こちらは、逆にキャラの動きだけで回りこみを表現するというもの。背景、book等をさほど使用せず、セルで描かれるキャラのアクションにより、回り込んでいるかのような擬似カメラワークを演出します。


A、キャラが勝手に回るよタイプ

■『ふたりはミルキィホームズ(2013)』 1話
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ぶわあっという感じのエフェクトと共に、弓を装備するときに(演出的に多分カッコイイから)キャラが回転して、結果的に回り込み作画になる。


■『キン肉マンII世(2002)』 OP
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キャラの顔と体だけが作画で流れていき、BGはほとんどない。けど、カメラが回り込んでいる感じが出ていますよね。こういうの多いです。『パパのいうことを聞きなさい!』とかのOPでも見られる。


■『ベン・トー(2011)』 OP
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これも同じく。互いに背中を向けて、対立構造を示すと共に、謎のキャラを唐突に真ん中に置くことで、画面のトリック感が強い。実写でやると、当然カメラが回り込まないといけないので、バレットタイムみたいになって大変ですよね多分。擬似的なカメラワークを作れるのは、アニメの利点ですね~。


B、回転台座タイプ

■『忍者戦士飛影(1985)』 OP
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これは、キャラ自体が回転して結果的に回り込み作画になる例。床に回転台座でもあんのかと思うよね。グルグル回る。なんですか、古すぎて参考にならないって?しゃーねえなあ、それでは、近年の作品をドン!


■『中二病でも恋がしたい!戀(2013)』 OP
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回るモリサマーたち。これは全然作画崩れないし、3DCGでアタリを出力してから、ロトスコっぽく描いてるんですかねえ。ホント、全然キャラの顔も体も崩れねえ。京アニが広域に受けてるのは、こういった理由があるかもしれません。


スライダーでぐるぐるすると多分楽しい。


今回は、こんな感じで。
擬似的な回り込み作画を、色々と見てみました。

次回は、デジタルならではの回り込み表現などを見ていくつもりですよ、タブン。

「AKIRA」の後とは、意外と違うトコが多かったりします。

AKIRA以後、例えば「紅狼(1993)」とかでは、AKIRAドームのフルアニメーションの煙みたいな、ぷるぷる1kで動く煙など、色々とAKIRAっぽい写実作画であるんですけど、AKIRA以前は写実表現の方向性が違っています。

例えばこれとか。

■『メガゾーン23(1986)』

本谷煙
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これは、あっちの記事にもある『メガゾーン』における本谷作画ですが、AKIRAとは大分違っています。まず第一に、ぷるぷる煙は存在してません。これは見て分かると思う。さらには、リミテッド調なのとカゲの付け方が違うこと。後は、意図的なセル消しみたいなモンが見られたり、作画リピートによる労力の簡略化、その分画面の情報量を破片等で増やす手法で写実性を表現してると思うんですよ、この時代の本谷さんは。


もっと振り返ると、ここらへん。(※パートは僕の推測なので、参考程度に)

■『超時空世紀オーガス(1984)』 2話 7話

爆発詰め合わせ
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この頃は、まだ本谷さんのキャリアが始まったばかりとも言える時期で、エフェクトの方向性を探っているようにも感じますが、一端にAKIRA以後の本谷作画も見え隠れしてる。「ヘルタゲ」などで見られる、透過光の使い方が若干特定箇所かも。後は、細い煙の触手。これが本谷さんっぽい。後はですね、オーガスにおけるエフェクト作画という意味では、(特定とまではいかないけど)増尾と同じくらい目立ってる。


水中から出現するシーン
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球体にまとわり付く水と、それが飛び散る作画。特に飛び散る水のビチャビチャした感じとかスゴイいいっすよね。こんな密度の高い作画は、オーガスでは中々見られない。だから、まあ本谷さんかなあと思ったわけです。(※もしかしたら、古川さんの可能性もある。)
【2014/08/23 追記】偶然ブログ記事を本谷さんご本人に確認していただいて、このカット群については本谷さんのお仕事で確定のようです。

敵メカが墜落するシーン
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戦闘機の墜落による水柱と、その周辺の飛び上がった水が自然に消え行く描写。多分これタタキ(粉塵エフェクト表現手法の一つ)使ってないですよね、全部原画で細かい散水の動きとか描いてる。庵野や増尾さんは色々原画以外(タタキとかコピック等)も使って爆発描いたりしますが、本谷さんは原画で全部表現する人ですね。

本谷利明の水作画、というものを見た記憶が無いですが、多分「新魔神伝バトルロイヤルスクール」などでは、細かい人体の構成作画みたいなものもしてるので(※リンク先ちょいグロ)、相当に水作画も上手いのではと思う。これまた完全なる推測ですが。まあ、増尾さんも「うる星劇場版」でめっちゃスゴイ水作画描いてますし、上手い人は何描いても多分上手い。


『AKIRA』では、匙屋さんの言及があった通り、チャレンジャー事故の落とし込みのような気がするし(※生クリームという喩えは非常にグッときた)、王立庵野の再現とも思える。何に本谷利明が影響されたかは定かでは無いけど、とにかく『AKIRA』の周辺時期に「写実表現の方向性」が変わったのは事実だと思います。


■著作権関連 の仮説とか

仮説(1)

Q、どんな音楽でもタダでダウンロードできたら、音楽CD買う?
そりゃ買わない。

Q、どんなアニメでもタダでダウンロードできたら、アニメDVD買う?
そりゃ買わない。好きな作家には寄付をする。

Q、どんな本でもKindleか何かでダウンロードできたら、本買う?
あ、これは買うわ。読めても絶対買う。だって単行本と電子書籍ってちょっと違う。

つまり、「マテリアル」としての付加価値が付けられるかどうかに、海賊版コンテンツの未来とかはかかってるのではないの。「本」は、「本」として存在してるから、価値があると思う人は少なくない。「マテリアル」じゃないといけないものでは、基本的に音楽もアニメも既にない。ただ、「所有してるという事」に優位性を感じるんなら、少なくとも安っぽいケースは辞めなきゃいけない。所有の優越性みたいなもんが働くと思う。

CDROMの時代は終わりを告げようとしてるけど、すぐさまデータというわけにもいくまい。プラットフォーム同士で喧嘩してんのに。アップルじゃアニメ置けないだろうし、アニメのプラットフォームはどこになるかね。バンチャ?後はGyaOとかかな。あんまり詳しくないけど。SDが何故流行らなかったのだろう。それは、さっき言った「所有の優越性」があるからかもしれない。SD持っててもCDみたく、ガッコの友達に自慢できないし。ロックマンエグゼみたいな時代は来なかったなあ。データ化というのは、ユーザーとしては楽なのだろうけど。


今、アニメDVDを高価で売れるのは、「マテリアル」自体の大きさに起因してる。つまり、前時代的である。ヤクザモンが幅を利かせて、金巻き上げるのと同じ。SDみたくちっちゃくなれば、チワワになる。つまり、値段は今の半分にはなる。面倒な管理費用とか、通運とか、版権関連の許諾とか全部なくせば、安くなる。ゲームのダウンロードは当然あるけど、パッケージが全滅したわけじゃない。だから、まだゲームもヤクザ。本当はもっと安く売れる。 事実、ポータブルゲーム機のそれは比較的安いと思う。

CDからSDを経ずにデータにいくのには、こういう理由があるかもしれない。


■エヴァQ ブコメについて

正直ここまで、文意が分からない人だらけとは思わなかった。いや、ちゃんとした記事描いてないこっちが悪いんだけど。はてな民ってバカが賢いふりしてるだけだと思ってたけど、おおよそ当たってた。1+1=2を全力で難解にして、それぞれのムラを作って相互リンク貼ってる感じ。後はカウンター記事にカウンターして、お互いにマッチポンプしてる感じ。とってもつまんない。

いや賢い人がいないわけではないと思う。でも、ブコメって性質が悪いから、いいなあと思ったブログはまさしく「数の暴力」で潰される。悲しいことだと思う。例えば、生活保護エントリーを書いた人がいたんだけど、即効で叩かれまくってブログ消しちゃった。可哀想だと思うし、意見の封殺感がパねえ。怖い。


■気になってること

2chの著作者人格権の扱い方。後は、残響のテロルのエフェクトとか、アルノアドゼロだっけか、そんな感じの作品のエフェクトとか。橋本さん大活躍らしいってことだけ聞いてる。

後は、ブーン系の作品。2009はいい作品が多いので何でもオススメできそう。この時代に一番よく読んでたと思うけど、記憶があまりない。パワードスーツのヤツとか。でもいい作品が多いのは、確実。後は2006から、2010あたり。2013は、海面上昇がずば抜けすぎて、他を知らない。

甲子園は、豊中の田中くんのスライダーが見れなくて悲しいです。まあ桐蔭が優勝するんじゃないんすかねえ。知らんけど。ワンサイドゲームが多すぎて、つまらん。監督はバント命の馬鹿ばっかだし、継投後手後手だし、指示おせーし。狙い球絞らせないしな。スライダー空振りばっかで選手が可哀想。八頭の監督は賢いと思った。面白いと思ったゲームは、三重VS広陵と、日本文理VS東邦。日本文理と愛知勢はなぜか面白い試合するよね。お互い丁寧なのかな。 

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こちらの記事へ頂いた、熱いブコメへの返答です。(※ブコメはこちらから引用)

wow64
なんでニコニコにはレターボックス付けてシネスコで上げなかったんだ?そっちの方が気になる。
確かに、一理ありますね。シネスコで上げてれば、こんな事は起きなかったですし。まあ理由としては、ちょっとでも映像的なネタバレを防ぎたかったんじゃないのかと。「Q冒頭」も、同じくビスタですし。ネタバレ回避が理由として、最も近いかと。

ricenoodles
あいかわらず作画クオリティどうのこうのはつまらない話。アニメそのものよりその周辺で何を語れるかっていう80年代的文脈の焼き直し
前半は同意です。えっ80年代はそんな話ばっかだったんですか?僕としては、むしろ00年代の方がそういうイメージが強いんですが。初めて知りました。


underd
連続するアニメーションの中から一枚を切り取って指摘する事自体がナンセンスとは思っていますが、それを前提として比較画像を見ても違いがわかりませんでした。全く変わらず鼻は長く見えます
まあ色々と誤解されてるんで、結論言っちゃいますね。鼻が長く見えるかどうかは、主観的な問題であり、水掛け論にしかなりませんので、どうでもいいんです。鼻が少し長かろうが、その1カットを拡大解釈することで、公開前・放映前に「作画崩壊している」という風潮を流すのはダメだろうという意見です。ちょっと文意が伝わりにくかったでしょうかね、ごめんね。


eteru
陰謀論要素が加わっている分、青二才くんよりやばそう。まとめブログを嫌っているようだか、その周辺で見かけるいわゆる「ネトウヨ」「鬼女」と似た印象をうけた 
青二才さんを知らないので、何とも言えませんが、もう一度文章をよく読んでください。あなたが思い違いしている「陰謀論要素」なんてモノはありません、存在しておりません。コンテクストをしっかりと追っていけば分かるはずです。それでも理解できなければ、それは僕の文章力の無さに帰結しますのでどうしようもないですが。それは、ごめんね。あなたには、全く責任はありません。


haruways
まるで小姑のような記事
「まあ、こんなトコにホコリたまってるわあっ!ちょっとあなた~」みたいな感じですかね。ごめん、言いたいことが正直良くわかんないです。ブコメの人は、文章力ありますね。僕には読解できないので、申し訳ないですけど。



何か思う所があれば、コメント欄でお願いします。何なら、ツイッターでもいいです。会話ができれば、何でもいいですよ。ブコメは双方向性が欠如しているので。 


昨今、「2ちゃんねるにおける転載禁止問題」であったり、「電子書籍」「ダウンロードミュージック」の増加と「違法ダウンロード罰則化」などの立法につれ、ますます著作権はボクたちの身近なモノになりつつあります。そして、先日には、「ハイスコアガール版権無許可使用」という事件まで発生し、僕らは著作権を考えざるを得ないし、知らなければいけない状況です。「一億総クリエイター」と言われる時代に、「ハイスコアガール問題」を弁護士先生にお任せして、自分ではさほど考えないスタンスは、賢いようでアホです。

また、アニメや漫画においても、著作権というのは重要であり
、それらを享受する人にとっても、考えて損になるモノではありません。早速、著作権の基本を見て行きましょう。


1、著作権の目的について


■著作権の意義とは:「創作者の経済的利益保護→文化の発展」

著作権の目的としては、まず「作品を作った人の経済的な利益の保護」というのがあります。シェイクスピアの時代、18世紀には、著作権は存在していませんでした。結果、海賊版が出回り、貧困に苦しむ作家・画家も少なくなかったのです。このように、「著作権」が無いと、自分が作った小説も他の人に盗まれても文句が言えません。利益も名誉もすべて盗まれた人のモノとなっても、何もできないやる気も起きない。これでは、せっかく創作した作品を発表する意味などありません。面白い話を書く人は、すぐにペンキ塗りに転職します。

そして、この「著作権法で自分の作品が経済的な利益保護」により、創作者Aさんは安心して創作活動を続けることができるようになります。そうなると、例えばAさんの作品にインスピレーションを受けたBさんが、新しくいい創作物を作る可能性も出てくるわけです。つまり、「文化の発展」が期待できるわけです。


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この具体例としては、『宇宙戦艦ヤマト』が分かりやすいかと思います。松本零士の『宇宙戦艦ヤマト』は、今の40~50代に多大なる影響を与えました。庵野秀明が、大のヤマトファンであることは有名です。彼は、塾帰りの本屋で『ヤマト』を見つけなかったら、この業界には入ってなかったかもしれないとインタビュー等で何度も発言しています。そうです、『ヤマト』がなければ、『エヴァ』はなかった可能性が大いにあるのです。またこの『エヴァ』に影響を受けたクリエイターというのは、ヤマカンを筆頭に、多くいます。著作権という保護の元で、『宇宙戦艦ヤマト』は無事放映された結果、庵野秀明に影響を与え、アニメーションという「文化の発展」を促したのです。


■「©」ってよく見るけど何なのか

©(マルシー)は著作権の許諾を受けた、という意味ではなく、著作者を明示しているだけのマークです。現在、カンボジアを除く国々では無方式主義というものを採用しており、わざわざ©を付けなくても、著作物を作った瞬間に著作権は発生します。もしも、あなたがオリジナルな絵や文章を書けば、その時点で著作物となります画集などでよく見られる、何十個もの©は慣習としての意味合いと、著作者を分かりやすく明示する意味合いで付けられているのです。

©の参考画像
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だから画集ってコミケとか通販とかでアニメーターが出すんですよ。
(※上が貞本義行画集、下がエヴァ画集)


■法律上の「公衆」の意味

「公衆」は、「不特定」、または「特定かつ多数」の者を指します。不特定とは、全く知らない人のこと。特定は、知人や家族などの知り合いのことです。つまり、満員電車で乗り合わせた、全く知らない人たちのような「不特定」と、親戚同士100人ぐらいで集まった「特定かつ多数」は、どちらも「公衆」と認識されます。後々、というか、著作権や法律関係では度々出てくるので、ここで一旦説明。


■著作権の中身(著作財産権)

著作権は、様々な多数の権利を内包しています。支分権という言い方もありますが、簡単に言えば、果物がたくさん入ってるバスケットのようなものです。色々ありますが、ここでは重要な権利のみを紹介します。


・「複製権
著作物を、有形的に複製する権利のことです。著作者側からすれば、著作物のコピーをコントロールできるものです。有形的に、というのがポイントで、それ以外の無形的な、形を持たない複製は上演・演奏権などで保護されています。

<実際のトラブル事例>
ディズニーによる『ふしぎの海のナディア』設定・構成剽窃問題 (複製権等の侵害)
有名。『ライオン・キング』もまた有名。

「アナと雪の女王」一部シークエンス剽窃問題
氷を滑る一連のシークエンスが酷似しすぎている(複製権等の侵害)


・「公衆送信権等
インターネットなどの使用で、データの送受信に関係する権利を公衆送信権等といいます。書籍、アニメのデジタル化が進んでいる昨今、特に大事な権利です。著作物のアップロードや、それに伴う「割れ」などといった著作権侵害問題は数え切れないほど存在しています。漫画名で検索したときに、検索候補に「zip」が出るのはGoogle先生おかしいですよと言いたい。


・「翻案権」、「二次的著作物の利用に関する原著作者の権利
これは、Aという著作物を使って、Bという新しい著作物を作ることのできる権利です。そうして、このBは「二次的著作物」と呼ばれます。岩明均の漫画作品「寄生獣」のアニメ化、映画化は翻案権に基いて行われているのですね。漫画版「寄生獣」をAとするならば、「セイの格率」「実写 寄生獣」はBとなり、二次的著作物となります。

寄生獣 著作権

「二次的著作物の利用に関する原著作者の権利」というのは、上記の例でいくと、二次的著作物の「セイの格率」「実写 寄生獣」に対しても、岩明均は(二次的著作物を創作した著作者と)同等の著作者も有しているということです。つまり、「セイの格率」を利用する時には、岩明均にも版権許諾をとらなきゃダメってことです。

ちなみに、二次的著作物と認識されるためには、当然ながら元の著作者に対して、許可を取らなくてはなりません。著作者に許可をとっている場合を除くと、コミケ等の二次創作が存在しているのは、「規模が小さいから許されている」、「著作者が把握してない」「規制してしまうと、創作活動が萎縮してしまう」などの理由です。今のこの状態は、グラデーションがかかったグレーゾーンの往来ですね。


■著作者人格権とは

著作権は、著作者の経済的な利益保護のためにあるものでした。「著作者人格権」とは、著作者の人格的・社会的保護のためにある権利です。これには、3つの権利が含まれています。

1つ目は、「公表権
これは、公表に関することを著作者が好きにコントロールできる権利です。どのタイミングで公表するかや、そもそも公表しないなど色々決められます。

2つ目は、「氏名表示権
著作物を発表するときに、氏名の表示に関することをコントロールできる権利です。表示するか否か、また表示する場合はペンネームか本名かなどを決めます。

3つ目は、「同一性保持権
著作物のタイトルや、著作物そのものが勝手に、著作者の意に反して変更されるのを許可しない権利です。例えば、「まとめブログ」では、新聞のコラムやネットメディアのニュースの一部分を取り出し、ミスリードを生むような改変記事が問題となっています。ニコニコ大百科で、比較的中立的に情報がまとまっているので、参照してください。(「やらおん!」「保守速報」「はちま起稿」「オレ的ゲーム速報@刃」など)

<実際のトラブル事例>
脱ゴーマニズム宣言事件
・大学講師による、意図的なコマの改変(同一性保持権の侵害)

・「唄歌テフテフ・コヒノボリ等」事件
作詞家の原告がJASRACらと、氏名表示について争った事件(著作者人格権の侵害)

パロディ・モンタージュ写真事件
・パロディ的モンタージュの使い方で揉めた(著作者人格権の侵害)


■権利の譲渡

著作権は、他人に譲渡することができます。それも、著作権1パックというわけではなく、複製権はAさんに、翻案権はBさんにといった具合に、それぞれ譲渡ができます。ですが、創作者の人格を保護する「著作者人格権」は譲渡できません。

ここで、著作者Aさんの持つ著作権を、全てCさんに譲渡したケースを考えてみましょう。このとき、Cさんは著作権者となります。著作権者たる(※あくまで著作者ではない)Cさんは、著作物を発表しようとします。しかし、ここで著作者たるAさんが、著作者人格権の「公表権」を行使し、「いや、やっぱ発表すんのやめようぜ、何かメンドイ」となったとしましょう。当然、譲渡時には著作権の対価となる金銭等をCさんは払っているに、これでは意味が無い。こういった事態を避けるため、実務的には、「著作者人格権を行使しない」という確認を両者ですることが行われます。

<実際のトラブル事例>
ユニクロのTシャツ作成アプリ「UTme!」問題
ジャイアン理論によるユニクロの横暴(著作権帰属の問題)

テレ朝投稿サイト「みんながカメラマン」規約問題
著作権譲渡なのに、責任の所在は投稿者に存在する点が不可解


■著作権の制限規定:「私的複製」と「引用」

ここまでは著作権者側からの権利を見てきました。でも、あまりに消費者に規制を課すと、著作物の利用は円滑ではなくなります。そういう事態を防ぐためにあるのが、「著作権の制限規定」です。試験に使うためとか、公的な図書館への複製だとか、教科書に載せるための図版の利用とか、こういったことには許可が要りません。

そして僕らに最も身近であるのが、「私的複製」と「引用」です。

私的複製」は、自分や家族が家庭内等で複製・利用するときの規定です。よくあるのは、「テレビ録画」ですね。テレビの映像・音声というのは、例えばNHKが制作していれば、NHKが著作者であるのは当然ですね。今まで見たケースだと、複製や使用には著作権者から許可を取らなければなりませんが、イチイチこんなことをしていたら煩雑すぎて面倒です。だから、「私的複製」に関しては、著作権者の許可なしに行うことができます。

引用」に関しては、このブログでも時々行いますが、これも著作者の許可が必要ありません。著作権法上の、引用の定義は、次のようになっています。

(著作権法32条)
「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない

固っ苦しいですが、要するに「その著作物を引用する必要性があるかどうか」ということです。自分の意見・主張をより強固なものにする、具体例としてインタビュー記事を書き起こす等、新しく作成される著作物にとって必要かどうかが重要です。必要でない著作物を転載することは、引用ではなく複製となります。つまり、ネット上でし時折問題になる「無断転載」とは、「無断複製」のことで、複製権の侵害に当たるのです。

ここで、「引用」に関して言及している本を引用をします。(ヤヤコシイ!)

福井 例えば、『著作権の世紀』などの図版はすべて無許可で引用して、筆者の選択と責任の下で掲載しています。編集者にしてみれば、普通はいちいち許諾を取って掲載するケースが多いから、内心心配だったかもしれない。だけど、自由にさせて下さった。引用は著作権法の例外として法的に認められている行為です。法的に認められているのに、みんな許可を取って引用する、そんな馬鹿な話はない。

岡田 引用するときに許諾を求める「癖」を付けちゃいけませんね。先日発売された僕の『遺言』は、400ページと分厚くて、図版も大量に収録していますが、許諾は一切取りませんでした。それぞれの図版について、本文をきちんと対応させているし、説明する上で絶対にこれらの図版が必要ということで、引用の要件を満たしていると判断しました。

福井 引用は法律で認められているのだから、別に「冒険」でも何でもないじゃないかと言われるかもしれないけど、実際どこまでが引用で許されるのかはグレーの範囲も大きいですね。だから、若干は冒険も必要になる。

福井=福井健策 岡田=岡田斗司夫
なんでコンテンツにカネを払うのさ?(68.69ページから引用)
という感じで、許諾を取らないと駄目だ!と思い込んでる編集者も多いようです。というか、今回のハイスコアガールみたいにトラブってしまうのを恐れての事なんでしょうね。ハイスコアガールは、見事にトラブってしまったわけですが。



Q、今回の「ハイスコアガール」は何が問題なのか?

著作権法上に則って、簡単に言うと、SNKからの版権許諾を取っていなかったというだけです。

チラ見しただけの分際で申し訳ないですが、確か女の子がゲーセンで格闘ゲームが上手いみたいな話だと記憶してます。そこで、実際のキャラがアーゲードの画面上に出てくるんじゃなかったのかな。そこに出てくるキャラの中で、カプコン、コナミとかからは版権の許可取ってたけど、SNKだけは取ってなかったというもの。

つまりは、問題の責任の所在は、スクエニ法務部にあるわけです。そこの誰か知りませんが、版権許諾をきちっと取っておけば、今回のような騒動にはなってないでしょうね。スクエニが著作権に厳しいとか、そういうバイアスは置いといた方がいいと思います。問題は、ハイスコアガールが著作権侵害をしているかどうかなので。

本質的な問題はもっと根深いところにあるようです。それは次回お楽しみに。 

リファレンス:「なんでコンテンツにカネを払うのさ?(阪急コミュニケーションズ)」 
      :「アニメ学(NTT出版)
      :「図説著作権(ディスカバリー出版)」 


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