GOMI→STATION

さむくてエモい時期です

2015年05月

今回はアニメーションにおける桜の表現に関して、少しお話をしたいと思います。
[追記]コマ打ちに関して、訂正箇所があります。)


まず、「アニメで桜」といえば、これを思い浮かべる人がおそらく多いのではないのかなと。

・「秒速5センチメートル(2007/劇場)」
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同スロー
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新海誠の代表作。やはり桜といえば、コレですね。

この桜の花びらの散り方は、3コマ[訂正]2コマ打ちです。しかもキャラのタイミング(キャラも2コマ)と同調して流れていく。そのためシンクロ感があって、とても気持ちの良いシークエンスになっている。

また細かいことを言うと、画面右上の桜の花びらは影を考慮されたものになっています。奥側右にスーッと消えていく花びらは明度が下げられていて、少し暗めになっているんですね。細部のディテールへのこだわりがこの画で伺えます。


<1、死生観からの発展、別れ・迷いの表現>

桜の花びらというのは、死生観を示唆することが多いです。桜の刹那性は「秒速」によって示されている通りで、これは人の死生観にも通じる所があります。その死生観から分岐し、「別れ」「出会い」「迷い」など不安定・複雑な感情を表現するのにとても効果的で、よく使われます。

・「ちはやふる(2011/TV)」 05話
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ちはやが新と再会する直前のシーン。太一がちはやに思いを寄せていながら、ちはやの心は新の方に傾いている。それぞれの思いが交錯している場面です。

ここでは桜はCGで1コマ。対してキャラは3コマで描かれおり、桜の方がこの画面では主役になっています。手前の桜は、ややボヤかされており、ちはやの曖昧な感情が表現されている。


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桜の枝の密着マルチと、花びらの散り方が美しいシーン。ここの密着マルチは、風によって動く枝の微妙な動きを上手く再現していて素晴らしい。手前に大きく流れる1コマの桜の花びらも、画面の密度を程よく増していて良い。


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ここはやや煽りのアングルですね。
桜は一つ目のgifと同じく1コマで、存在感を出しつつもキャラを邪魔しないように描かれている。名脇役みたいな感じ。



<2、新たな変化の前兆・予感・前ぶれ>

また桜といえば、新学期、進学、新生活など「心機一転」を思いを浮かべることが多く、「変化の前兆・予感」というシーンでも使われることが多いです。

・「CLANNAD(2007/TV)」 01話
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岡崎と渚の出会いのシーン。
モノクロの画面から一気にカラフルになっていく。トラックアップによって奥行きある画面になっています。BGの動かし方もまた良い。後、この桜の花びらは一見1コマっぽいんですが、実は3コマ。キャラとの同調具合が、「秒速」と同じく心地良い。


・「四月は君の嘘(2014/TV)」 01話
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最近だと、やっぱりこれですね。「君嘘」です。河野作画。
2個のgifともに、桜、キャラとも3コマで描かれていますが、両者のタイミングは1コマ分ズレており、そのおかげで桜・キャラともに映えるシークエンスとなっています。

[訂正]1つ目2つ目のgifともに、桜は2コマ打ちです。キャラに関しては、1つ目が3コマ打ちで、2つ目は2コマ3コマ打ちが混在しています。画像見直して見ると、確かに桜は3コマ打ちではなかった…1コマ分ズレているという感覚は、「コマ打ちの違い」ということに起因していました。誤った情報を伝えて申し訳ないです。ご指摘ありがとうございます。



・「彼氏彼女の事情(1998/TV)」 08話
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有馬が宮沢に対しての恋心にやっと気付くシーン。宮沢への恋心の知覚というのを、桜によってショック的に表現している。1カット目でぶわっとなりますよね。それがハッとした感じを出している。

これだけ昔の桜作画です。2カット目は止め絵でスライドさせているのみ。この他にも、この08話では桜の表現が見られるのですが、技術的な問題(※CGが未発達なので、手書き作画しなければならない)があり、リピート作画などで描写していました。「桜の花びらが散る」というパーティクルな描写は、極端に言うと「王立庵野作画(参考)」と同値であり、とても負担が大きい。だから、CG未発達の時代ではさほど使われなかったものと推測しています。多分、(出来ることなら)桜を使いたい演出家は山ほどいた。


・「D.C.II 〜ダ・カーポII〜(2007/TV)」 01話
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小愛が告白するシーン。告白の前ぶれ・フラグ的なものを演出すると同時に、小愛の緊張と不安が入り混じった複雑な心情を表現しているように感じます。

特に2個目の桜の花びらは美しい。キャラは3コマで描かれ、桜はCGで1コマ。これによって、キャラの動きは相対的にゆっくりとした印象になり、結果的に小愛の気持ちの大きさ、告白シーン全体の重さというのを上手く表現しています。



桜の花びらが散るというのは、二面性がある表現だと考えています。一つは「迷い」「別れ」「死」といったネガティブな表現であり、もう一方は「出会い」「変化」といったポジティブなものです。この二面性は、死生観から発展してきた点ではある意味当然なのかもしれません。また、桜のパーティクル(粒子的)な部分は複雑な心情を表現するのにも効果的です。よく使われるのも納得できる。

桜表現の発展は、技術革新が大きな要因です。1990年代では、『彼氏彼女の事情(1998)』のようにBOOKのスライドで表現するか、作画でリピートさせるかぐらいしか選択肢はありませんでしたが、今はCGの発達に表現方法がよりイージーになっています。コンピューターによりセル時代では制限があった色の数が無限大になったことが代表的ですが、技術の発展というのは演出や表現の幅を広げます。もちろん、そこにクリエイターの想像力や創意工夫が無ければ無意味、というのは言うまでもありません。どちらか片方では中々上手く行きません。技術と想像の相乗効果によって、表現は加速していきます。



<参考文献>

「銀魂」考 第3回鎮魂とカーニバル その3 「桜は死と再生の樹」と「国ほめ」-物語を物語る
「ちはやふる」舞台探訪004芦原温泉駅とその周辺(アニメ5話)-不定期人生作業日報(仮)
庵野秀明氏、エヴァに登場する声と線だけのアニメについて「最低限の情報量で作りたかった」 #ニコニコ超会議2015

積みネタ。

黒田結花というアニメーターに最近注目しています。
この人は大変にエフェクトが上手いです。
アクションも上手いんだろうけど、そこら辺は分からん。
(佐々木)政勝らしく、線を煙の中で動かすのが特徴的で面白い。

※パートはすべて推測です。


・「ソードアート・オンライン(TV/2013)」 17話
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こういった感じの作画をされます。
線がどういう風に移動するかによって、煙の動きを表現する。
煙内のディテールはほとんどない。
だから、線(カゲ)だけで煙の移動や大きさの変化を表現している。


・「ブラック・ブレッド(TV/2014)」 11話
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ブラブレでは特にキーアニメーターとして活躍。
煙の発生から、その場に留まる煙の感じのタメが上手い。
ディテールはそんなに多くないんだけど、とっても写実的で良い。


そんで、最近すごかったのがこれ。


・「七つの大罪(TV/2015)」 18話
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踏んづけから発生するダブラシ煙。じわあと広がっていって、残るのが上手い。
この人は、その場にとどまる、煙のタメを描くのが上手いです。


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立ち上る煙。カゲの移動だけで、煙の上昇を表現している。
ここは、ナウシカ庵野に匹敵するくらい煙に粘っこさがありますね。



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ここはカゲ2色でより立体的に。
そうですそうです、ディテール少なめなのに立体感が上手く出ているところもスゴイ。
後は後半、右下煙の膨らみが上手い。


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圧巻のエフェクト作画。
透過光で爆発のインパクトを出した後、カゲ一色の煙になることで、表面温度の表現している。
大抵は色で(赤から黒へ)という風にやるんだけど、
この透過光の使い方は新しいと自分は感じます。素晴らしいです。


ちょっと急ぎ足ですが、こんな感じで。
わずかなディテール(カゲ)を入れることだけでも、写実性を発現させていて面白いです。
これは青山、本谷さんを思い出します。とにかく上手い。
最近は橋本系と田中系の派手なエフェクト作画が多くて食傷気味で、
こういった第三勢力じゃないですけど、
地味なエフェクトもきちんと評価してあげるべきではないかと思ったりしています。

■シェアされる記事とは そしてシェアすべき情報とは

はてなブックマークやツイッター等、SNSを通じて他人とある情報を共有することを一般的に「シェア」といいます。まあ英訳そのまんまですね。 いい記事が自然とシェアされて広がるのが、本来的なはてブ等の役割や意義だと思うんだけど、今はそうなっていない。『ヨコハマ買い出し紀行』に関して考察をされてる記事とか、いろんないい記事があるんだけど、それに全く陽に当たらない。こんないい記事なのに、と思うことが多々ありすぎるんですよね。

そこで、よくシェアされる記事を一般化して内包される要素を検証する。

1、資料性の高さ(情報密度の濃さ)
2、今流行しているかどうか(ファッションか否か)
3、固定読者の存在(リピーターの多さ)
4、特異性あるワード(未知の領域)
5、既知情報の存在(既知の領域)

2は流行りのアニメ、漫画、今で言うと『だんまち』ですかね。これがアホみたいに多い。3は、アジコ氏の漫画等、固定読者が既に存在している場合。これは情報そのものの質に左右されにくい。どんな情報でも、権威主義によってシェアされる。4、5は学習においても実感することが多いと思います。全く知らない情報に関して、人間はなかなか興味や関心を持ちにくい。いきなり『日本史実を覚えろ』と言われても厳しいですが、『信長の野望』『太閤立志伝』を通してなら、戦国史から始め楽しく学べる。つまり、情報が自分の身近にいるかどうかによって人は関心を持つ度合いが高まる、ということです。

そんで、1の資料性の高さですが、シェアユーザーはこれを最も重視する、と考えています。例えば、ある要素に関して網羅的で広範囲に渡る情報が載っている記事。これは相当の価値がある(※その内容に関係なく、資料性が高い時点で)と、シェアユーザーによって判断される傾向が強いです。情報の特異性は、シェアに必ずしも比例するとは限りません。しかし、必要ではあると思います。

あまりにメジャーではない情報、例えば『マップ兵器』の整理、『増尾昭一』という情報だけでは受ける可能性が低いです。しかし、この情報に『板野一郎や庵野秀明(既知情報)』を付随させ、さらに資料性を高めることによってやっとこさシェアユーザーの食指は動きます。むしろここまでしないと動かない。アジテートするだけならば、おそらくはファッションな内容でタイトルを扇動的にすればいいだけですが。『マップ兵器』に関しての記事がなぜ受けたのか、ということがさっぱりだったんで、自分なりに解釈をしてみました。あの記事が大幅に受けた要因の大部分は、『資料性』という観点にあるのではないのかと推察しています。



■野球、底を脱する そして、『亀井義行』という選手

亀井復帰、というのが阿部・坂本復帰に押され気味であまり注目されないが、この男こそが巨人の真の『枢軸』である。外野はどこでも守れる、緊急事態となればセカンドも守れる、といった器用さや走攻守揃ったファイブツールプレイヤーであることは言うまでもありません。

昨年はファースト・ロペスとのコンビで幾度と無く成功させたライトゴロを代表する野球センスの高さと、ライトからサードまでノーバンで正確に返球できる強肩が持ち味。大躍進となった2009年では、25本塁打を達成。サヨナラ打、決勝点、印象に残るシーンでの活躍で勝負強さを見せている。

3割30本、100打点or30盗塁どちらも可能な選手です。しかし、度重なる故障とスランプにより、それらは一度も達成されていません。では何故ここまでファンに愛されて(少なくとも自分にはここまで)いるのか。それは彼が、イチローや松井のような選手ではないからです。 

本塁打や安打のタイトルは、記録に残ります。それが悪いとは一つも思いません、むしろいいことです。しかし、いくら能力や素質があっても、人間の人生には度重なる不運が重なり、結果が出ないことが多々あります。いくら成功確率を高めても、結果が出ないことの方が多く、成功できる人の方が少ないのが世の常です。

その中において、亀井義行という野球選手は度重なる故障、スランプと悩み苦しみます。 規定に到達できなくても、タイトルを獲得できなくても、理不尽とも言える故障に苦しんでも、ボロボロになりながらも戦い続け、そしてファンの期待に応えてくれる勝負強さがある。どんな状況でもひっくり返してくれそうな空気を纏う。その必死でクールな姿に心打たれるのです。理不尽という暴力に、力ある限り全力で立ち向かう存在が亀井義行という選手なのです。 

だからこそ、声を枯らして応援します。ここ一番、どんなに絶望的な状況でも期待ができる。こんな選手は巨人には他にいないと、自分は思います。こんな人間味のある野球をする人はいません。 今年こそ、3割30本を到達し成功して欲しい、と思っています。前述した通り、むしろ残酷ながら達成しない方が亀井義行らしいのかもしれません。しかし、できうる限り応援したい気持ちに変わりがないのは言うまでもないです。 

さて、今回は漫画の構図について少し。
(※作品のネタバレ含みますので、注意)

四コマ漫画の構図について少し書いておきたいと思いまして。
四コマ漫画は、基本的にフレーム(枠)が不変で構図を上手く利用しなければ面白味が出てきません。そういう点では、映画やアニメーションにも通ずる部分があると考えています。何かと見下されがちなジャンルですけど。

そんで、『未確認で進行形』という漫画が自分はもう胸がキュンキュンするくらい好きでして、その面白さを発現させているのが主に構図だと思うんですね。それを中心に見て行きたい。

<1、ダッチアングルの表現>

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(画像:1-1)
まずは、水平の構図の例。
これは、小紅(画像右)が真白(画像左)の年齢を疑っているシーン。小紅や真白といったキャラに対してフレームは垂直になっているので、水平の構図で描かれていることが分かる。


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(画像:1-2)
そんで次のコマ。フレームが左方向に傾いていますよね。
これは真白の心情を表現している。小紅から年齢を聞かれて、次に高校に入ったのは何故かと聞かれて、しどろもどろになってるのを誤魔化そうとしているために、ここでは真白の心情は不安定。だからこそ、こういう水平でないフレームでそれを表現している。


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(画像:1-3)

もう1つ傾いている構図の例を。
これはさっきの後のシーン。小紅は、真白が飛び級で高校に通っていると勘違いをしていて、それに真白が合わせてるシーン。だから真白的には見栄を張っている状況。その「見栄を張っている」という不安定さを出すために、真白自体を少し左方向に傾けている。

これらの「傾いた構図」は、ダッチアングルという技法が用いられている。ダッチアングルとは、あえて水平にしないで、斜めに傾けることによって不安感を演出するという映像技法。だから、これはとても理屈で技術的なシーンです。




<2、構図を占める割合による、力関係の表現> 

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 (画像:2-1)
白夜(許嫁)の親族が来ることに気を遣っている、小紅の生真面目さが面白いシーン。この前に、友達が「お嫁さんだもんねー」と冷やかされ、このコマにつながるわけなので、きちんとオチになっている。あ、そっちなんだみたいな。

生真面目さ、というものを表現するためには、表情だけでは足りない。特に四角や直線といったものは、規則・几帳面さ・厳格さといったものを受け手側に感じさせる。そのためフォントはゴシック体になり、四角形の吹き出しが全体の3分の1を占めている。後ろの背景が直線的な碁盤の目になっているのも、そういう意図がある。

さらに小紅が(吹き出しも含めて)全体の3分の2ほど占めることで、このシーンでは小紅の方に力(※そのシーンでの主導権)があることを表現している。


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(画像:2-2)
紅緒から「ケモノ耳フラグ!?」と冷やかされた真白が毅然と対応しているシーン。
中央に真白を配置し、コマから飛び出させることによって、真白の強さを表現している。キャラのデフォルメもしておらず、この四コマにおいての主導権は真白にある。

ただ中央に大きく配置しても、いつも主導権を握れるとは限らない。同じ配置、同じ大きさでも、力関係は変わってくる。それが次のコマ。


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(画像:2-3)
宇宙人(UMA)の存在を知って、怖がっている真白。
ここでは上記の画像:2-2と同じような配置と大きさであるが、主導権は真白に全くない。キャラはデフォルメされており、傍観者の小紅の方がフレームにおいて上部にくることで、小紅の方に頼もしさを感じるようになる。その結果、相対的に真白は弱々しく映り、庇護的な感情が読み手側に発生する。

コマにおいて、複数のキャラクターの水平的な位置関係もまた構図において重要なのだ。これは画像:1-1でも示されており、小紅は真白よりもコマの上部に位置している。そのため、小紅の強さはもっと増す。

水平的な位置関係について、もう少し見ていこう。

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(画像:2-4)
人ではない真白たちの元の姿が見たいとお願いする小紅と、それを拒む真白。
1コマ目では、両者の水平的な位置関係はそれほど変わらず、身長の差しか存在していない。しかし、2コマ目になるとアングルは横からになり、コマの上部に小紅の方がはっきりと位置していることが分かる。1コマ目では、ほぼ対等であった関係性が、2コマ目では紅緒の執着さを伝えられることで真白が怖がった結果、相対的に小紅の方に主導権が少し流れているのだ。

 
次は四コマ全体の流れから、力関係を少し見てみる。

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(画像:2-5)
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(画像:2-6)

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(画像:2-7)
これは2本の四コマを抜き出したもの。
四コマの後半3つ(画像:2-5)と、次の4コマの頭(画像:2-6)と終わり(画像:2-7)。
この眼鏡っこ(まゆら)は真白たちが人外であるのを知らないけど、「何か普通とは違うな」と洞察によって感じ取り、その洞察の鋭さに小紅が驚いているシーン。

画像2-5の1コマ目と画像2-6のまゆらの大きさに注目。前者では、まゆらがコマ自体を占める面積はそこまで大きくないが、後者では半分近く占めている。これは洞察の鋭さに驚いている小紅の主観からの画面であり、力関係はまゆらの方に傾いていることが分かる。

力関係(主導権)の流れとしては、均衡→ややまゆら→まゆらといった感じで移動していく。最後の画像2-7では、わずかにまゆらの方が上部に位置している。が、ここではそれよりも文脈の方が強く働き、主導権はまゆらに存在しています。



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(画像:2-8)

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(画像:2-9)
紅緒ファンの末続(長髪リボン)と真白のケンカのシーン。
画像2-8では、真白は紅緒からの被害を訴えている。が、それは末続にとってはむしろ羨ましいこと(一緒にお風呂、パジャマ買ってくれる)であり、両者の力関係は拮抗している。 そのため2人には身長差があるにも関わらず、あまり差がないように見せている。

 一方、画像2-9においては、末続は中央に大きく配置されている。これは、紅緒からのお節介を羨ましがる末続に真白が驚きを隠せず、とても困惑している状態だから。画像2-4と似たケース。このコマでは、一時的に末続の方に主導権が渡っている。

このケンカの顛末は、末続が逃げて終わるが、どちらかが圧倒したわけでもないので、力関係は拮抗したまま。この後再びケンカしますが、それでも決着は付きません。もうどっちもカワイイで終わりでいいんじゃない(違う


力関係、主導権については以上。
主導権については、『羊たちの沈黙』における、ハンニバル・レクターと訓練生クラリスの初めての会話シーンに対する考察動画があるので興味がある人は是非。



これは海外の方の動画なんですが、とても分析的で面白いです。

なんで構図やシーン全体のカメラを重要視しているのかというと、アニメの最たる理屈はここに存在している、と感じるからです。やっぱ人間脳みそあって進化してきたわけですから、魂に響く技法というのは理屈で構築されるべきと思うわけです。そこらへんも追々記事にするかもしれない。 

■テキスト化についての雑感

ちょっと思うこと。さいきん数年前にVIPで流行ったネタが、他の板でテキスト(文字)になって、それがツイッターに流れて一般の人にも使われる、というのを目にすることが多い。例えば、職質の動画とかなんだけど。これ、地味に大事な気がしてます。

知らない人にある事柄を伝えようとすると、テキスト化されていないものは、動画なりニュース記事なりをイチイチURLで貼らなきゃいけないし、しかも知らない人はそれを見なきゃいけない。だから、URLを貼った時点で共有できるかといったらそういうわけではないんだよな。扉を開けて、その中に入っている箱を開けなきゃ情報に触れることができない。だから、情報自体に触れるまでに2段階(URLを開く→動画を見る)必要なわけです。だけど、テキストだとそれを書き込むだけで、知らない人にその情報をダイレクトに伝えることができる。だから、テキストというのは、その情報に(扉を開ける必要もなく)直に触れることができるという優れものだと思う。

淫夢であったり、「ン拒否するゥ」なりが持続的に流行できる(多くの人と共有できる)っていうのは、こういう要因があると思っていて。動画は一つなんだけど、解釈は十人十色じゃないですか。一つの動画、一つの音声をとっても、人の解釈はとっても多種多様で。そうなってくると、動画ではなかなか共有がしにくい。「あの動画いいよね!」っていう話になっても、何分の何秒とか、どの辺りのシーンとか言わなきゃいけない。面倒くさい。だけど、テキストは、それを一元化することができるので、すごく共有しやすいんですよ。あっこの文章は、この動画のことだな、とちゃんと分かる。特定の動画まで行かなくても、ジャンルというか、そのテキストが帰結する場所は瞬時に分かると思う。

まあ極端に言ってしまえば、ネタ元が分からなくてもいい。みんなが相似の言葉を使うことで、コンテンツやジャンつは広がっていく、と思うんですよね。イチイチURL貼るのは面倒くさいし、説明すんのも面倒くさい。だから、ある単語や文章を作ってしまうことで、その元ネタの面白さを簡単に共有してるというか。もこう先生があれだけブームになったのも、あの顔文字ありきだと思うんですよ。あれで、もこう先生が記号的になったからこそ、もこう自体も有名になった。

書いていく内に段々と分かってきたけど、これって要するに「記号化」ってことですよね。多様な意味を含むコンテンツを、単一的な表現にすることで、それ自体を記号化できる。ディテールをそぎ落として、一番大事なとこだけを残すことで、シンプルなテキストを作って広める。これで、イチイチ長い記事を読まなくても、5分ぐらいの動画を見なくても、そのコンテンツ自体がとても共有しやすくなる。やっぱ、あるジャンルについてのユーザーを増やしたいとかんがえるならば、テキスト化、記号化は必須だと思います。人間の根本は面倒くさいと思う生き物ですからね。だから作画についても、同じなんではないかなあと。これだけジャンルが閉鎖的になっている状況を見ていると、体系化や造語は急務のように感じます。

積み記事(約1年前)。
そういや公開するのを忘れてました。

まあ、なんかつらつらと増尾さんやエフェクト作画について色々書いてまう。
参考になれば(たぶんならない)


(1)作画

アニメーションにおける映像のこと。お固いwiki的には、動きを示す連続した一連の静止画らしい。ネット上では、原画の意味合いで使う人が多い。原画とは、アニメーションにおけるキーとなる絵のこと。この段階ではテレビで流されるような映像にはなっておらず、動画マンが原画のクリンナップ(清書)と中割り(原画と原画の間の絵)を描いて線画工程は完成する。(※作画監督の修正だとか仕上げとか色々ありますが、ここでは分かりやすいように簡略しています。)


(2)エフェクト、エフェクト作画
14]

エフェクトとは、広義には自然現象やビームなどの表現であり、狭義には爆発・炎・煙・水・光の映像表現を指す。エフェクトの範囲は広いので、使う人によって意味合いも大きく変わってくる。例えば、このブログでは爆発・煙に重点を置いているので、そういう意味でエフェクトという用語を使っているが、実際は水の表現、光の特殊効果、実写における特殊効果など様々な意味合いで使われる。

エフェクト作画とは、自然現象を作画して表現すること、極端に範囲を絞って言えば、爆発や煙を描くことです。このエフェクト作画(特に、爆発・煙)を得意とする人物は、『新世紀エヴァンゲリオン』を監督した庵野秀明やその師匠の板野一郎などがいる。後は、『咲-Saki-』の総作監である佐々木政勝とかが有名。当然、今回のメインテーマである増尾昭一もその1人。


(3)増尾昭一(ますおしょういち)
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(※画像では一番左)
今回のテーマアニメーター。スタジオジャイアンツ出身。『Gu-GUガンモ(1984)』後に同スタジオを辞め(※『劇場版マクロス』に参加したかったから辞めたという一説がある)、フリーのアニメーターが集まるスタジオグラビトンの設立に参加する。

その後は、『王立宇宙軍(1987)』の制作のためガイナックスにも参加し、現在はスタジオカラーに所属している。リアルなメカ・エフェクト描写で、80年、90年代のロボットアニメを中心に支えた。庵野秀明とは『劇場版マクロス 愛・おぼえていますか(1984)』のときからの知り合いで、庵野秀明作品にも多数参加している。現在は、『新劇場版シリーズ(07-)』において特技監督として映像面で大きく貢献している。 

爆発・煙などのエフェクト作画が上手い人です。完成画面には上手く出てこないときもあるけど、原画は本当に繊細、綿密。「爆発の増尾」という触書きで、札幌のアニメ学校で教鞭をとったりもした。庵野さんみたく人が描けないというわけではない。ロボットとかのメカニック、特に大型の戦艦、巨大艦を描くのもバリバリ上手い。『艦これ』がアニメ化されたら、きっとお呼ばれされるんじゃないのかと。『艦これ』が好きな人は、知ってて損はないと思います。(※なかったね…)


(4) アニメーター
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アニメーションにおいて、原画、動画を担当する役職。原画マン動画マン、動画検査、または3DCGアニメーターなどの事を指す。ちなみに海外では原画マンのことをKey Animator(キーアニメーター)、動画マンのことを単にAnimator(アニメーター)、もしくはinbetweener(インビトゥイナー)と呼んだりする。ネットでアニメーターという用語を使うときは、ほとんどの場合原画マンを指している。

簡単に言えば、映像の絵(線画)を書く役職。


(5)『エヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』
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2007年からスタートした全四部作のシリーズ作品。庵野秀明による『新世紀エヴァンゲリオン(1995)』のリメイク。デジタル撮影、特殊効果、CGなどTV版のエヴァとはまた違った魅力で、従来のファンのみならず新規のファンも獲得している。2014年現在、三作目の『:Q』まで公開されているが、完結編の『シン』は公開日未定。当初は、映像面を中心に(2008年までに)全編に渡ってリメイクされる予定だったが、思いの外『:序』の興行成績が良かったので『:破』からプロットを大部分変更した。

いつ完結するんでしょうか…


(6) 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』
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1987年公開。山賀博之の初監督作品。『新世紀エヴァンゲリオン』や『トップをねらえ!』で知られるガイナックスは、元々この作品制作のためだけに作られたアニメスタジオである。興行成績は(制作費と比べて)振るわなかったが、映像作品としての評価は高く後述の『AKIRA』とともに当時映像的に極みを迎えた。 ちなみに、続編『蒼きウル』の制作凍結解除が昨年明らかになったことでも話題となっている。

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(■『蒼きウル』 ポスター)



(7)特技監督

基本的には、アニメ作品全体のエフェクト作画を統括する役職。エフェクト作監(原画で描かれるエフェクトを整える役割)は特技監督に内包されている感じ。増尾昭一が務める『新劇場版』の特技監督は、より広い範囲のエフェクトを統括している。セル、2DCG、3DCGに渡りエフェクトの監修を務め、自分で作画したエフェクト素材を足したり、火花や粉塵の追加をしたり、アニメーション経験の薄いCG部門への指導・アドバイスをしたりと多岐に渡る。詳しくは配信で。エフェクト作監については、以下のリンクで橋本敬史氏が詳しく述べているので参照してね。

■アニメーター・橋本敬史氏、エフェクト作監と他の作監との違い&エフェクト修正の裏技について語る。
http://togetter.com/li/322196


ゴタゴタ書いてるけど、新劇における増尾さんの役割というのは、結局は「自分で描くか」「CGなどのデジタルツールで足すか」という感じ。庵野秀明、鶴巻和哉ら監督から、「このカット、イマイチ迫力にかけるな~」となったら、増尾さんの出番。彼らの好みに合わせて、試行錯誤して完成画面になる。増尾さんは、撮影(※セルと背景を一枚の静止画に合成する人のこと)の人よりも監督と長い付き合いなので(嗜好が分かっているので)、試行錯誤の回数が少なくなる。つまり、撮影さんの負担が減る。増尾さんを通さないと、撮影⇔庵野監督という構図になり、何度も何度もリテイクを繰り返して、非常に効率が悪くなってしまう。



(8)『超時空世紀オーガス』
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1984年放映。『超時空要塞マクロス』の後作品。”時限振動弾”と呼ばれる爆弾により、時空がねじ曲がり、いろんな平行世界が存在する”混乱時空”となってしまった中、それを解決しようと歩む人々の営みや戦いを描いた重厚なSF作品。『初代マクロス』が慢性的な人手不足に悩まされたことは有名だが、この作品もその一因である。(※主要スタッフが、ごっそりこちらの『オーガス』にスライドした。)

画像に写っている先頭のかわいい女の子は”モーム”という。覚えておこう。(なんの役にも立たない)ちなみに、「モームはPTA的にあうあうじゃねーの?」「こんなのは、昔のアニメでは人気無かったんじゃないの?」って思った人もいるだろうけど、実際はミムジィという正ヒロインを差し置いて大人気だった。今も昔も、みんなロリコンだね!

増尾昭一は、スタジオジャイアンツとして高橋ナオヒトらとともに参加した。この作品における増尾の偉大さは、ロボットやエフェクトが多数出てくる戦闘シーンを、バンク(※一度使った絵を違うシーンで再利用すること)を使っているとは言え、ほぼ一人で描いたことにあり、しかもその作画は高いレベルで安定している。見どころとしては、板野サーカス(※ミサイルの高速移動を作画したもの、板野一郎氏が発明)、爆発、戦車やロボなどのメカニック作画がある。初期の増尾昭一参加作品の1つ。


(10)『ふしぎの海のナディア』
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1990年放映。庵野秀明のTVシリーズ初監督作品。科学好きの少年ジャンと少女ナディアをメインに描かれたSF作品。増尾昭一は、ノーチラスと呼ばれる万能潜水艦や、グラタン、レッドノアなどのメカを作画監督として監修した。同作品における増尾の魅力として、『ナディア』に代表されるメカニックの柔らかい表現、緻密なパース(遠近法)による戦艦作画などがある。

『ナディア』は、『未来少年コナン』と雰囲気が似ているという個人観。具体的には、NHKという放送局、名作劇場風に始まる序盤、終盤は重厚にSFが描かれる等、いろいろ相似点がある印象です。ちなみに、「未来少年コナン」が分からない人のために補足をしておくと、この作品は『風立ちぬ』で引退を表明した宮﨑駿の監督作。とっても面白いので、見たことがない人は是非レンタルしよう。


(11)『AKIRA』(アニメ劇場版)
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1988年公開。大友克洋監督作品。漫画原作とはストーリーは少し異なっているが、すさまじい映像美で様々な方面のクリエイターに多大なる影響を与えた。『王立宇宙軍』と同じく海外での人気も高い。エフェクトテーマとして、AKIRA本谷の煙を参照されたし。(※リンクは、このブログの記事)

 
(※動画は、1分42秒辺りから)


(12)『咲-Saki-』 
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2006年からヤングガンガンで連載されている、小林立の漫画作品。 2008年に初アニメ化。比較的ダーティーなイメージが強かった麻雀のジャンルに、美少女や青春ドラマという要素をプラスして若い世代を中心に支持を得た。アニメでは、美少女キャラの生死をかけた熱戦や、サンジゲンの3DCGや佐々木政勝総作監のエフェクトなどが見どころとしてある。2013年には、アニメ2期『咲-Saki-全国編』も放映された。

咲-Saki-ファンの人には改めて言うまでもないですね。二次創作も盛んで、SSやファンアートも多数作られていてファンの愛情を感じる。僕は、最近キャラが多すぎてよく掴めてないです。誰か準決のチームとメンバーの特徴を分かりやすく教えてください。ガチで。


今回は、本谷利明の「AKIRA以前(1984~88)」の作画をもう少し分析していく。
多分、AKIRA以前の参加作品についての言及は、ひとまずこれが最後。

復習になりますが、「AKIRA以前」は違ったベクトルで作画しています。「AKIRA」が煙自体の綿密な1コマ作画であるのに対し、「AKIRA以前」では『メガゾーン23』が代表的で、周辺建造物の動き(破壊や飛ばされ)による爆風の表現、カゲのアトランダムなリピート、透過光の全面使用や尖った線での使い方で写実的なエフェクトを表現していました。

つまり、この頃の本谷さんは「周囲環境がどのような影響を受けるのか」を表現することによってエフェクト作画の写実性を発現させているのでは、という推測です。

詳しくは以下のリンクを参照に。
1、「AKIRA」以前の本谷利明の作画(1) 「オーガス」
2、「AKIRA」以前の本谷利明の作画(2) 「マチコ先生」とか


前回までは代表的な作品ばかりを見てきましたので、今回は少しマイナーな作品についての本谷利明作画を検証していく試み。パートは毎度のことながら推測です(※今回は特に絞り込めなかった。アクション分かんない・・・)。


・「ウォナビーズ(OVA/1986)」

「ウォナビーズ」についてはアホみたいに見たんですけど、結局あんまり分からず。この時代は本谷さんが、ちょうど板野主催スタジオの『D.A.S.T』に在籍していた頃です。原画には石田敦子、よしもときんじ、戸倉紀元さんがクレジットされていたり。


ドロップキック
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同スロー
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エレベーターボタン破壊
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本谷さんのアクションそこそこ見たんですけど、未だにあまり分かっていないです。アクション的な部分は、先ヅメで突然眼前に来るような動きを出したり、動きにタメがあるのかなあという程度。後、感覚的には動きが重たい感じがある。

「ドロップキック」のシーンでは先ヅメが効いてて、後からぐわっとキャラが倒れこんでくるので、画面に押し寄せてきてますよね。「エレベーターボタン破壊」については、この時代ショックコマを使っていた、というだけで判断しました。なんという。この前後のアクションもやってるかも。でも破片の散り方キレイですよね。



・「ミスター味っ子(TV/1987-89)」 33話

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33話についてはおそらくこの水しぶきだろうと。こういった決め方はあまり良くないかもなんですが、『オーガス』や『メガゾーン23』でエフェクトをあれだけの分量担当していると、こういった所を任されるんじゃないのかなあと。

2カット目の波とかめっちゃ上手いですよね。タタキもいい感じに入っているし、水しぶきの消え方もカッコイイ。



・「吸血姫 美夕(OVA/1988-1989)」 01話

畳に彫刻
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これはもう透過光のやり方だけで判断。これは「オーガス」の作画(透過光)とよく似ていて、太い線と細い線を混じらせて、カクカク折れ線グラフみたいにやってる。同作品には本橋、菊池、松尾さん始め、上手いアニメーター多し。じっさい作画めっさいいです、この作品。化け物が出てくるところとか、うにょうにょする動きがめっさ上手い。



・「世紀末救世主伝説 北斗の拳(TV/1985)」

板野作監。結城さんとの二人原画。結城さんがおそらく前半の美麗なトキやらキャラを描かれていて、本谷さんが後半のアクションメインではないかと。

雑魚を片付けてから、ラオウとの戦闘①
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ラオウとの戦闘②
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際立つのは破片の細かさ。この時代の本谷さん特有の「周囲環境の変化による写実性の発現」は、この破片の作画が一番わかりやすいです。表現すべき物体・事象そのものではなく、むしろ影響を受けた周囲環境の変化を作画で表現している。ここでは、地面とかケンシロウの血とか。


吹っ飛ぶ雑魚モブたち
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同スロー
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ここがまさしく、「AKIRA以前」の本谷利明作画です。爆発、煙というものを直接表現するのではなく、雑魚が吹っ飛ぶ、ガラスを突き破る、そのガラスが爆風で横に飛び散る、壁に埋まりこむなどの表現によって、エフェクトを間接的に表現している。



だから、この時代は「間接的な写実エフェクト」を目指していると総括しても良さそうです。「AKIRA」からは一転、直接的なエフェクト作画へと移行していきますが、この時代は特に周辺の環境・物体を動かしてあげることで、現象そのものを間接的に表現しています。

この方向性は後年のAKIRAにおいても重要な要素です。本谷作画の整理記事を増尾さんみたいにまた1つ書く予定なので、またそこで説明できたらと思ってます。 

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