GOMIstation

2025-1

2017年02月

『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』公式サイト
http://doraeiga.com/2017/ 


カチコチといえば、嫌なことを思い出しますが、とにもかくにも映画ドラえもん最新作です。そんで、けっこうコレが面白そう。のび太たちが南極で遊んでいると、(当時人が住んでいなかったはずなのに)古代遺跡があって、物語が始まっていく。そんな感じです。詳しくは公式サイトで。


dm2017wp1_pc

今までの映画とは少しテイストの違うポスター
イメージボードをそのまま出すことで、ラフな印象をもたせる

公園で日向ぼっこしてる有名な油絵(※情報ありがとうございます→ジョルジュ・スーラの代表作らしい) があったと思うんですが、あれと印象が似ている
あえて緻密な画にしないことで、冒険の内容を自然と想像させる。
これからどんな冒険が始まるんだろうと、ワクワクする。


下記リンクのポスターも魅力的ですね。コピーも良い。
◆「映画ドラえもん」新ポスター6種類を公開 新宿地下に期間限定で掲出
http://animeanime.jp/article/img/2017/02/27/32718/106105.html 



エフェクトもPVを見る限り良さそう。というか、めっちゃ良い。

遺跡崩れ
20170227180005

氷崩れ
20170227180006

一つ目は微妙ですけど、氷が崩れていく辺りは桝田さんじゃないかなー
影の付け方とか破片のこだわりがちょっと桝田作画っぽい
 



まあ少し気になる点もあって

25]
 
屈折表現や水の透明感が見事。
誰が描いているかは分からないけれど、上手い人が描いているのは分かる。

ただ、ドラえもんの表情が気になった。口がちょっと開いてしまっていて、「本当にこいつ助けた方がいいのか?(1人でも大丈夫じゃないのか)」みたいに思ってしまう。少しもったいない。ブリキや雲の王国でドラえもんが機能停止するときって、本当にもう真顔(もしくはとち狂った顔)なんですよ。だから、そういったドラえもんを見ると、「こいつは助けないとダメだ」って思うんですが、あまりにもアホ顔だと、勝手に蘇生しそうで緊張感が薄れてしまう。


とにもかくにも、完全新作のドラえもん映画では、久々にワクワクしております。大人の自分がPVだけで胸躍るんですから、子供はもっと楽しめる。そんな作品だと思います。監督は「劇場版 青の祓魔師」などを監督された、高橋敦史さん。劇場版ドラえもんでは初監督。公開は3/4。楽しみです。 

TVアニメ「小林さんちのメイドラゴン」公式サイト http://maidragon.jp/

さて、最近は「小林さんちのメイドラゴン」にハマっております。カンナ可愛い。

早速ですが、この作品が面白いのは何故でしょうか。とうぜん、トールやカンナちゃんは可愛いですよね。小林さんの尻も素敵だけども。でも本当にそれだけでしょうか。僕はですね、この作品が面白い理由の一つとして、まずは「尻尾」にあると思うんですよ。トールからにょろんと出てるアレですアレ。



33]

なぜ、たかが「尻尾」が話を面白くするのか?

自分の説明をする前に、少し立ち止まって考えて欲しいんですが、「尻尾が生えてるメイド」って異質ですよ。なんで尻尾がそのままあるんだ…みたいな。初見の時は「あーはいはい、1話だけインパクト出して、後の話数ではキャラ萌えのために引っ込めるパティーンね」と思ってたんですが、その後も引っ込まない。え、尻尾が引っ込まないんだけど、なんぞこれ。


19]55]

さて、なんで「尻尾」が話を面白くしているかについてですが。

まず、トールたちドラゴンの常識は、こっちの世界ではほとんど通用しません。「門番って何したら?→殺せ」「唾液で洗濯する」「自分の炎で料理する」など、これらは全て、この世界では通用しないですよね。許容できないことです。つまり、これらはこの世界の人々にとって「理解しがたい事」です。すなわち、「尻尾」って「不気味で、理解しがたい事の象徴」なんですよ。ドラゴンの世界から醸し出される不気味さ(あり得ない価値観や文化)が作品を面白くしているんです。そして「尻尾」はそのシンボルなんです。ただ、当然それだけでは話は面白くなりません。その不気味さの数がヤバイんですよ。


普通の作品、そんなにツッコミどころが少ない作品だったら、受け手側は軽く「あいあい」と流せるんです。「あーこれくらいかなるほどねフンフン」と。もう余裕しゃくしゃくですよね、ポテチとコーラ食べて音楽聞いて、ゲームしながらでも余裕で受け取れる。


19]19]2017021002124520170210021248

だけども、「メイドラゴン」では、理解しがたい部分、いわば「ボケ」が次から次へと波のように押し寄せてくる。しかも、小林さんもメイドについては自分のこだわりを展開する。もうこうなっちゃうと、思考のスピードは追っつきません。千手観音でもツッコミきれない。しかし、場面は次へ次へと移っています。そうすると、「この世界ではそういうもんなんだな」という風な理解に留めるようにならざるを得ません。「まあまあで許容する」ようになります。


20170210021246

だから、このアニメに関しては、見てる側に主導権ってあんまりないんです。ツッコミどころ満載で、もう千手観音ですら諦めるレベルですから、僕らが手綱を握れるはずもないんですよ。見てる人は、理解しがたい内容にぶんぶんと振り回されます。女の子(理解しがたいもの)に引っ張られて、初めてデートする感じですね。そのときは、あなたの目には彼女しか映らないでしょう。それと同じように、主導権を握られると作品に没入できるわけです。だから、「尻尾」、もっと正確に言えば「尻尾が醸し出す不気味さ」が面白くしているんですね。

さて、不気味や理解しがたい事柄は、この物語を理解しよう・分かろうという思考を働かせます。しかし、ボケが多すぎて処理できない。だから、主導権は物語の方にあり、僕らはそれに引っ張られていく感じです。ただですね、「不気味」や「理解しがたい事柄・現象」には今まで言ってきたことのような良いことばかりではなく、副作用のような悪いこともあります。




20170210021244

それは不安感です。理解しがたい事って重なっていくと、少し怖くなるんですよ。例えば、意味不明な「文字化け」なんかがそうです。あれが何枚もコピーされたらヤバイっすよね、なんぞこれとなる。会社や学校で普通の書類をプリントアウトしたのに、いきなしA4用紙全面にズラーッと文字化けが印刷されるとギョッとなる。「メイドラゴン」 において、流石に文字化けレベルの意味不明さはありませんが、前述のとおり「トール」たちドラゴンの存在は、この世界において不気味です。

彼らの生活や文化は理解できないところが多い。「尻尾の丸焼き作って自分で食べる」みたいな事が重なると処理できないから、前述したとおり「物語に没入する」というメリットもあるんですが、同時に不安も残ってしまう。このファンタジーな世界についていけるかなあ、みたいな。そこで、生きる精神安定剤こと「小林さん」の存在があるんですよ。



46]20170210021247

小林さんって、見てる人とだいたい同じ感想を言ってくれるんですよ(メイドについては除く)。そこで、見てる人も「まともな人もいるんやな」と安心できる。つまり、共感してくれる人がいる安心感が出るんです。もしも、文字化けがびっしりとプリントされた書類を見て、「おーちゃんと印刷できてるじゃないか」 なんて上司から言われたら、自分が異世界に来たのかと勘違いしますよ。


だけど、これって対処療法な不安解消なんです。だって、不安の発信源は「トールたちドラゴンの文化・価値観・力」ですから。だからといって、物語の世界からトールたちを追い出すわけには、もちろんいきません。ですので、前述した「まあまあで許容する」という手段を踏むわけですが、それ以外にも不安を解消してくれるものが、なんとあります。あるんです。


57]

それは、「トールの小林さんへの愛」です。小林さんが1話で述べたとおり、「ドラゴンは最強の生き物」であり、人間どころか世界も一瞬で破滅させられる凄まじいパワー、いわば”核爆弾”みたいな強大な力を持っている。その「理解しがたい力」によって、この世界は滅ぼされるのではと少し不安になる。ご安心ください。「小林さんへの愛」がそれを防いでくれるんです。



13]36]

小林さんが呑んだくれたときにトールに怒鳴っても、適当にあしらっても、けっしてトールは小林さんを攻撃したりしませんよね。そんで、小林さんと感想がリンクしてますから、見てる人は小林さんに感情移入します。だから、自分たちも安全と分かる。すなわち、「小林さんが攻撃されない=ハルマゲドン回避」なんです。

ラブアンドピースとはよく言ったものです。で、トールさえ防げばこっちのもんです、カンナや他のドラゴンがもしも小林さんを傷つけたりしたら、即トールがハルマゲドンですから(※小林さんが浮気しても即ハルマゲドンですが、そういった性格じゃないですよね)。これでハルマゲドン回避作戦成功。


07]

そういうことで、安心して見ていられるんですね。ちなみに、「メガネ」もぼくらと同じ感想を持つので、安心感を醸し出してくれる。地味にメガネは、この世界で最もまともな人ですね。

 
少し、ここまでの内容を整理します

1、不気味で理解しがたいことは、(それを分かろうとするので)没入を誘う
2、ただし、同時に「不安感」も発生する
3、それを解消してくれるのが、「小林さん」の存在(見てる人と同じ感想=安心)と
       トールの小林さんへの愛(世界のハルマゲドン回避=安心)


すなわち、

僕らの常識がそこそこ通じて(小林さんやメガネの存在=安心感)
なおかつ不気味な要素
(トールの尻尾)が残っているために、
『メイドラゴン』の世界に引っ張られる
(主導権は物語)
ゆえに、この世界に没入できる

だから、他の類似作品と差別化され「メイドラゴン」は面白くなっています。
これが一つ目の「メイドラゴン」が面白い理由です。

で、もう一つ、この「メイドラゴン」を面白くしているものがあるんですよ。
これは、ちょっとジャンル的な理由なんですが。



19]

それは、「自分たちの世界(価値観・文化)を一方的に押し付けていない」ところです。 

順を追って説明します。

まず、この「メイドラゴン」は、『落ちもの』というカテゴリに入ります(※広義的には「異世界召喚・転移」ですかね)。落ちものとは、主人公の元に突然、カワイイ女の子がやってきて日常を一緒に送る…というようなジャンルです。「ラピュタ」「うる星やつら」「はたらく魔王さま!」あたりが具体的な例ですね。これを「落ちもの」だったり「異世界召喚・転移」と言います。まあ、この辺はもともと曖昧なんで大体で良いです。

そんで、具体的な作品名は出しませんが、従来の「落ちもの」では、「この世界の価値観や文化が、当たり前のように相手の世界に通じるものとして」描いているものが多く存在している。または、異世界という設定があるのにも関わらず、相手の世界や存在を無視している作品も多い。

「いやそれって当たり前じゃね?こっちの世界に来たんだから」と思う人もいるかもしれません。しかし、少し立ち止まって考えて欲しい。もちろん、異世界召喚・転移や「落ちもの」では、自分たちの常識がある程度は通用しないと、見ていて理解もへったくれもありません。文字化けを眺めていても、楽しくない。ですが、果たして、僕たちや世界に元々いる住人は「相手の世界の常識や価値観を理解しようと、許容しようと」しましたかね。


02]05]

自分たちの世界の価値観や文化が通用するのは当たり前とみなす一方、相手のそれはあまり許容しない、というか、興味すらもたない。これって、ちょっと筋通らなくないですか。自分が異世界に行った際、たとえば、「書類は文字化けで印刷されるのが当たり前の世界を許容しろ」とか言われたら、辛くないですかね。ちょっと、きついですよね。



55]58]
58]45]

「小林さんちのメイドラゴン」はですね、そのお互いに許容するバランスを上手く取ってると思うんです。こっちの世界の常識も少しは分かって欲しいけど、同時にドラゴンの世界も許容できる部分は許容しようとする。尻尾の丸焼きは食えないし、唾液での洗濯や、ブレスを用いた料理は、さすがに許容できない。だけども、トールの行動の意味や習性は、人間と同じように分かろうとする。尻尾が邪魔だからしまえとは言わない。



09]

そんで「メイドラゴン」は、こっちの世界の異常な部分にも触れてるんですね。それは今の段階で言うと、同調圧力なんですが。この世界において、同調圧力って致命的な問題でしょう。その異常な点について、トール(相手の世界)側の目線を入れていることに真摯さを感じるんですよ。「それって良くないことじゃね?なんでヒトはそんなことすんの?」と、異世界の方から見て、人間の世界にも許容できない部分があるんだよということを、きちんと示している。

 

02]04]

お互いの許容の話に戻りますが、トールの”あっちの世界”で受けた傷を小林さんが心配する。これだけでも、この世界側が少し歩み寄っている感じはしませんか。ドラゴンの世界での事なんて気にする余裕なんてない忙しいプログラマーが、ちょっとだけでもドラゴンという別世界の住人の気持ちに立ってあげる。そこにドラゴンとか人間とか、種族や民族間で発生するクダラナイ偏見はないんです。だからこそ、1話のCパートはすごく心に刺さると思うんですよ。 

 
 
つまるところ、何が言いたいのか。

35]46]

落ちものや異世界召喚・転移系の面白さにとって大切なことは、お互いに「分かり合う」ことなんです。こっちの一方的な価値観の押し付けではなく、相手の事も許容する、少しでも分かろうとする。そんで、相手の世界も分かろうとしないと、せっかくの「異世界」という設定は意味をなさないんです。というか、そもそも同じ種族間、人と人の間でもお互いに理解できていないじゃないですか。


だからOPのこのシーンはそういうことなんです。

27]

人とドラゴンの間だけじゃないんすよ、共存するために相互理解が必要なのは。

今までの類似作品では、自分たちの世界(価値観・文化)を過剰に前提としたものが多くありました。相手にこちらの世界の許容は求めるのに、こっちは相手を許容しない、分かろうとしない。それは少し傲慢じゃなかったか、そしてそれは「異世界」という設定を無駄にしてはいなかったか、という事です。 


50]

「メイドラゴン」にはそれがありません。分かろうとお互いに歩み寄っている。他種族間だけど、お互いの気持ちを考える。そういった点で、既にあるジャンルなのに他の類似作品との間に違いが生まれ、斬新さがある。異世界の設定も上手く活かしている。それゆえ、面白くなってると思います。

↑このページのトップヘ

©GOMISTATION 2012-2023 All rights reversed