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ひっこし完了!

2020年09月

おねショタ界の大御所・みちきんぐ先生によって描かれた傑作に「姉体験週間」があり、それが収録されている単行本が「性活週間」です。そして、「姉体験週間」がピンクパイナップルによってアニメ化(2019年)されました。今回はこのアニメの作画について(ぼくはずっとみちきんぐの大ファンですが、さいきんは「安里さん」が凄い。あれはみちきんぐの新境地)。

みちきんぐ先生を知らない不届き者はいないと思いますが、いちおうさっと絵柄の特徴を説明しておこう。

射精管理-03

射精管理-02射精管理-01
(「射精管理してくださいっ咲夜さん」より)

タレ目→困り眉+ジト目(タレ目が中心方向に細くなる)

この変化が黄金パターンと分析している。まあタレ目の変化については、目の形が六角形になると捉えればわかりやすいかと。困り眉とこのジト目が同居していることがみちきんぐの最大の妙。あとは眉毛の外方向への跳ね方とかあります、この辺も艶っぽさを増すところ。


性活週間C-01
(姉体験週間より)

追加参照例。だいたい分かってもらえたと思う。


それで、僕はみちきんぐ先生の大ファンなので視聴した次第。そこまで期待もしてなかったんですが、結論から言うと作画が異常だった。とくに成人向けアニメでは異質すぎる感じまであったなあと。


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線の質というか、基本的にアダルトアニメでこういった色気のある曲線ってあまり見ないんですよ。特に髪の毛は見たことがない。体の方はまだしも、髪の毛はこの作品ぐらいだと思う。

あとは、ハッキリとみちきんぐ感がある。いや、みちきんぐ感ってなんだよという疑問はごもっとも。なんだろう、アニメ化して、こうも原作の雰囲気がきちんと出ることってほとんどないんですよ。それで、なんでこんなにみちきんぐ感があるかと考えたら、前述の「困り眉+六角形の目の形」に辿り着いたわけです(あとはたぶんまつ毛の細かさ)。十全に絵柄が再現されていなくとも、特徴を捉えていると、アニメで原作の雰囲気を上手く出せるんだなあと。


さて、小原和大さんの作画にいこう


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指でピトンピトン。指関節が柔らかくバネのように人差し指が跳ねる。



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覗きながらのオナニーシーン。これはレイアウトが上手かったです。手首の動きもうまい。


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騎乗位の際の、お尻の筋肉への力の入り方をカゲとハイライトで表現してますかね。尻に力が入っているって分かってすごい。たぶんお尻書くの得意なんだと思う。





んで、「性活週間」の中ではこれが一番ヤバかった。

★★
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いやーこれには久々に度肝を抜かれた。手コキのときに、肩の関節がキレイに上下に動いて、連動して鎖骨も動いとる。おっぱいを肘で持ち上げながら、関節まで動いてエロい。こんな作画、正直ありえない。



小原和大さんで調べると、「青春ブタ野郎(2018)」の11話で原画クレジット。「エヴァ序(2006)」にTripleAから動画参加。同じく動画で「ストレンヂア(2007)」に参加。ということで、業界に入ったのは2005~2007年くらいなのか。TripleAの子会社、C2C制作の「お姉ちゃんが来た(2014)」の3話で原画クレジット。C2C最新作「社長、バトルの時間です!(2020)」ではクレジットなし。


むむっ?と思っていると、
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サキュバステードライフ THE ANIMATION 第1巻
https://www.dmm.co.jp/digital/anime/-/detail/=/cid=h_1379jdxa57586/ 

大人気作家、笹森トモエ氏の代表作でもある同人誌「サキュバステードライフ」が
アダルトアニメ界の大ヒットクリエイター「小原和大」によって待望のOVAシリーズ化!
こう書かれるのも納得するアダルト作画の巧さがあります。笹森トモエ作品のアニメ化は直近だと「放課後の優等生」がインモーション(Live2D的なアレ)でガッカリなファンも多かったので、白羽の矢が立ったという感じではないかと。

この作品にがっつりと参加されているようです。そりゃ最新作にクレジットがないのも当然だ。一般アニメはときどき参加される、という感じなのかな。しかしながら、要注目です。


<「リアル」と「リアリティ」について>

こういう記事を読んだので。この記事に限らず、リアリティについての誤解はよく見る。

憲兵までゆるふわ化してしまった『この世界の片隅に』
https://vergil.hateblo.jp/entry/2020/08/22/083835


まず抑えておくべきは、リアル(現実)とリアリティ(フィクションにおけるそれっぽさ)の違いです。リアルはみなさんの生きる、この現実世界です。ご飯を食べるときの箸の使い方、車の動き方、電車の電光掲示板、雲の動き方、雨の降り方、打たれ方など、さまざまです。よくある勘違いとして、フィクションの映像作品において「ぜんぶリアルどおりにやれば、リアリティある作品になるのでは?」というものがあります。断言しますが、これは明らかな間違いです。

たとえば、雨の降り方をリアルにしようと思えば、洋画・邦画問わずに、もっと降量を減らさなければならない。あんなに降るわけがない笑。アニメでも同じです、雨が長い線で描かれるのは正しいのか?正しくないのか?とかそういう面白くない話になってしまう。表現が面白いか/それっぽいか?という部分を失って、正確性を追いかけてしまうと、表現じたいがどんどん狭くなっていく。

以前も述べましたが、リアリティとは「それっぽさ・ありえるかも」なんです。全速力で走ると、こういう走り方になるかもなとか、爆発ってこういう膨らみ方かもなあ、とか。少し後ろにたじろいだときに、女の子の髪の毛ってこれぐらい跳ねても面白いかな?とか。もちろん、あるていどの正確さというのは重要ですが、フィクションはすべて「正しさ」で描けるものではないんです。そもそも、「リアルの正しさ」というのは、それぞれの視点/捉え方によって変わるもので、そこを突き詰めてたとしても、大多数の人を納得させることって不可能なんですよ。

トラを見て怖いと思う人もいれば、かわいいと思う人もいる。流血描写を見て、嫌悪を感じる人とそうではない人がいる。これらの問題を「リアルの正しさ」ですべて満たすことは無理だし面白くもない、だからフィクションならではの表現が生まれるわけです。むしろ、ここがフィクションの根本的な部分であり、最も面白いところだと思う。

「片隅に」おける憲兵については、あれぐらいでいいと思うんですよ。だって、メインテーマではないですもん。すずさんという一市民がどういう風に戦時を生きたか、ということが重要なのであって、モブ憲兵のディテールについて過度にやったとしても映画の面白さに寄与はしないと思う。そこにコストを割いても意味がないんです。というのも、別に「片隅に」は、なにかの政治的な、信念的な、プロパガンダ映画ではないわけですから。映像視聴の際に、正確性や整合性にこだわりすぎることで、いいことは全くありません。




<過剰な可視化>

ネット上でもはや可視化されすぎてしまった。現実とSNSの垣根はなくなりつつあり、個人とSNSのアカウントは紐付けられた。もはやネットの人格というものは存在していないのかもしれない。

ただこの可視化については、市民同士のごたごたが多い。一方で、可視化が必要なこと、つまり「本当に情報を出すべき」存在の可視化はなされていない。この代表例は、警察の取り調べなんか。本当に可視化すべきことがなされず、人々の間で相互監視な過剰可視化社会になってしまっている。一般人どうしでは可視化が進むけれど、権力を監視する可視化は進んでいない。




<画像>
はい、みなさん最高にエッチな「画像」を1枚だけ思い浮かべてください( ^ω^)
虹でも三次でも良い
さて、マジックのようにみなさんのエッチな画像を当てます( ^ω^)


( ^ω^)そろそろいいかな?












( ^ω^)それたぶん「なにか服を着ているキャラ」でしょう
( ^ω^)つまり、素っ裸ではないのだ

裸体のエロさって動画的なんですよ。連続してエッチな会話や息遣いや雰囲気があるからエロく感じるわけで。その瞬間でえっっっっっろと感じているわけではない。二次元で、こりゃあエッチッチコンロ点火すこすこスコティッシュフォールドと感じる画像に、全裸って少ないんですよ。

つまり、「抜ける裸体画」ってくっそむずいんです。
誤解しないで欲しいのは、うまいとか骨格がどうのこうのじゃないんだ、大事なのは抜けるかどうか。ぶっちゃけそうでしょ?どれだけ解剖学的に正しくても、どれだけ整合性が取れていても、抜けないエッチ絵に価値はない。ぼくの文章の文法や構造、接続詞などなどがいくら正しくても、記事の内容が面白くないと価値がないのと同じ。

なにが言いたいか。
裸オンリーでエッッッッッッな絵をかける人はめっちゃすごい可能性が高いからフォローしていったほうがQOLが上がるということ。そうやって追いかけていくと、自分の中の性癖やフェチが分かってくる。大事なことです。


<※追記>
同人で書いた木上記事、そろそろブログ上で公開しようと思います。ブログ版。

アニメの話題じゃなく申し訳なく・・・いやまあ一大事だし仕方あるまい( ^ω^)


■安倍総理辞任

政治の話はタブー?(´・ω・`)
もう(日本が)ぶっ壊れ寸前やないか、話さないとあかんで(´・ω・`)

体調不調とのことです。まあどこまで本当かは分かりません(そりゃあ公文書を改ざんするような国会議員の言うことは額面通りに受け取れないでしょう)が、ようやくこの政権は終わりつつある。ここからは徹底的な検証をもとに、二度とこのような権力の暴走を許してはいけないという思いを抱えて、より多くの国民の政治参加に対する意欲が問われる時代に突入しつつあります。

そもそも、左派はなにかと「現実的ではない」という観点で嘲笑されることが多いのですが、現在の政権与党は「政」という次元ではありません。なにかの政策を評価する、という次元にないのです。三党合意で結んだはずの定数削減は消滅し、景気情勢を踏まえた消費税増税はどこかに飛んだ。ここまでなら、まだ失政で済んだ、すなわち評価する政治対象となったのですが、森友・加計問題(公文書改ざん問題)が起こった段階でそうではなくなりました。「左右ではなく」という表題にあるように、この段階に至っては、もはやそういった「異なる思想のために発生する」議論は成立しえません。

国家ぐるみの保身的な利権犯罪者を許すのか/断固として許さないか」という2択しか存在しておらず、そして利権的なおこぼれもない市井の人々にとっては、前者後者しかありえない。これに対しては、反論が存在しません(※存在するのであれば、ぜひ教えてもらいたい)。ぼくの言い方/書き方が悪いとか、ぼくの人間性がゴミとか、そういうトーンポリシングしかない笑。

”本当の保守”の方にとっては辛い状況ではないでしょうか。思想は違えど、本当にそう思いますよ。安倍政権は異常でおかしいけれど、自民内部の自浄作用に期待するしかない。そういった状況ですよね。本当の保守の方とネット右翼は分けるべきです。後者は、もはやカルト的、宗教的と考えるべきです。ぼくのリアルの友人は熱心な自民党支持者ですが、安倍政権には流石に苦言を呈してますよ。まあもうひとりの友人には、アベガーなの?ってリアルで言われましたけどねwリアルで聞くとは思ってもみなかった。なんなら、そんなにバカなやつじゃないから怖いよね。

今の20.30代って10-20年後には責任世代なんですよ。そんな世代の、リアルな現実をみなさんに開陳したいと思うんですけど、もう政治の話なんてまったく出ないんですよ笑。選挙に行ったかすらどうか怪しい。これから先の、自分たちの将来が大きくかかっているにも関わらず、いっさい関心を持たない。これ恐怖ですよ。

んで、おかんとも話したんですけどね、安倍退陣のときのお疲れ様みたいな空気、すげえ気色悪いよなって笑。やっぱそうだよねってなりました。もう還暦すぎてるおかんが、こんなに異常なことはなかったというんだから、それはそのとおりに受け取るべきと感じました。他の政権時に「お疲れさま」なんて、ぼくも記憶にないですよ。民衆は偉そうにオブザーバー/監視者でいいと思うスタンスなので、「おら!結果出せなかったんだから降りろ!」っていうのは左派政権に対しても当然思う。だって、政治って結果が100%の世界じゃないですか。競馬や野球は自分たちの生活にほとんど関係ないですけど、政治は生活や命に直結することであって、そこで結果どころか、自身の利益のためだけに不正行為を行った人間に「お疲れ様???」って疑問でしかないんですよね。どういう理屈なのか教えてほしい。

いやあ、まあ理屈がないのを知っているから「カルト的」と評するんですけどね、ぼくは。



■これから

世の中は、このように狂っている、という評価ですが、辛抱強く反骨して生き延びましょう。合理と理屈、と、本当の思いやりを大事にしましょう。なんかさいきん思うのは、枕詞に「本当」をつけないといけなくなった。これからは社会主義の改良、社会民主主義とか、その辺が台頭する。

合理だけの頭でっかちバカにならないようにも気をつけましょう。いい例はTwitter自称医者団や、未だに「偽陰性」なんかを語っているやつらだ。「脚気の歴史」を見直すと、面白いぞ。「専門家以外は突っ込むな!」という風に進めて行って、結果的に破綻してしまったパターンはよくよく今の情勢と酷似している。歴史に学ぶべし。学ばないと自分が苦しくなっていく。




<参考文献>
壊すだけ壊して何も成し遂げなかった7年半だった
安倍氏は「危機に弱い」と辛口評
【1】安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である

※白井聡については、とある問題発言があるが、それと安倍政権に対する評論は別個として捉えるべきだろう。かれがいかにクズであったとしても、それをもとに、かれの評論には価値がない、かれの評論は間違っている、と評価するのはまったくの論拠不足で言論弾圧的である。

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