あるPCブラウザゲームの人気は留まるところを知らない。
001

「艦隊これくしょん」。このゲームは、基本的に「艦娘」と呼ばれる”擬人化された実際の艦船”を用いて、「艦隊」を組み、敵と闘い、「艦娘」を育てる育成シュミレーションゲームだ。
先日の公式発表では、ユーザー数が28万人を超え、サーバーを増設せざるを得なくなっている状況であり、もはや成功と言っても過言ではないだろう。 
しかし、”萌え擬人化” というのは、何処もかしこもやっていて、もはや斬新さはない。 
ならば、なぜ「艦これ」は成功したのか?

それには、記事タイトルにもある”「AKB」的な要素”と、いくつかの要因があると思っている。
実際に、以下で考えていこう。


1、「AKB」的な要素がある

「AKB」とは言わずもしれた、アイドルグループであり、何十人ものアイドルから成るグループだ。断っておくが、この記事では「AKB」の諸問題についての是非は全く触れない。それは、「AKB」が成功した要因とはさほど関係がないからだ。

さて、「AKB」 が成功した理由とはなんだろうか?
僕は、彼女らが出てきたとき、「すぐに消えるな」という確信を持っていた。まず第一にこんなに多い人数では、グループとして機能しないし、インパクトだけの一発屋だと感じていた。
しかし、今では知らない人がいないというのが現状だ。手段はさておき、つまり成功した。大成功した。

僕はこの時勘違いをしているのだが、それに気付くのはあるマンガを読んでからである。

それは「咲-Saki-」という麻雀マンガだ。麻雀マンガというと、お金が絡んできたりして、非情にダークなイメージが強い。しかし、「咲-Saki-」は多くの高校生美少女が、麻雀を打つ姿、麻雀にかける青春を魅力的に描いている作品だ。ちなみに僕は、「東横桃子」であったり、「鷺森灼」や「小鍛治健夜」が好きであったりする。作品内においては、主人公チームだけが魅力的に描かれるわけではなく、「負けることが決まっている」チームもしっかりと魅力的に描かれる。

ここで少し、「AKB」との共通点が見つかる。それは、「多くの美少女がいる」ことだ。
選択肢が増えると必然的に、自分の嗜好に合う、好みの「キャラ」が見つかる。 そう、「多い人数ではグループ(マンガでは作品)として機能しない」というのは間違いであったのだ。
正確に言うと、半分正解半分間違いである。「多い人数ではグループとして機能しない」 というのは、間違っていない。実際「AKB」の全メンバーがいることは、「AKB」がグループとして機能することの必要条件ではない。

僕が間違っていたのは、「多い人数でグループとして機能しない、だから失敗する」ということだ。元から、機能する必要などなかったのだ。個々が組織の一部をなし、象徴すればそれでよかったのだ。「前田敦子」がセンターを取れば、それだけで「AKB」として認識される。もちろん、他のメンバーも同様にそうだ。

逆に、これとは正反対のアイドルグループもあった。「おニャン子クラブ」「モーニング娘。」は、個々が組織を型取り、「みんなで一つのグループ」だから当時はウケたはずである。もちろん、その中でも人気なアイドルはいたであろう。しかし、「AKB」ほどその人が「モーニング娘。」「おニャン子クラブ」を象徴することはなかった。そして、個々は組織を形作るメンバーであるから、人数も40人などとするわけにはいかず、10名程度にする必要があったのだ。「多い人数では、グループとして機能しないから成功しない」という僕の考え。つまり、僕の間違いは「モーニング娘。」の成功から発生していたことが分かる。


2、ゲームレベルの難化

僕の記憶に間違いがなければ、ソーシャルゲームというのは「モバゲーアイドルマスター(以下モバマス)」のように、「ガチャ」を引いて、自分の好きな「キャラ」のカードを手に入れるというものが最初期であったように思う。

「モバマス」は、はっきり言って頭を使う必要はない。ただポチポチボタンを押して、しかも課金をしなければ、自分の欲しいカードを手にすることはできない。これでは、既存の固定客、つまり「アーケード版 アイドルマスター」の時代からのファンでなければ付いて行くことはできず、新規客は離れてしまったのではないのだろうか。

そこに流星のごとく登場した「パズドラ」は、「パズル」要素、「育成のコストパフォーマンス」などを用い、少し頭を使うゲームとなっている。人間というのは、永遠に「足し算」だけで知的好奇心が満たされる生き物ではない。時には、「掛け算」もしたいし、「二次関数」もしたい。けど、あんまりにも難しい(※例えば、微積分の応用であるとか)のも嫌いというわがままな生き物なのだ。この微妙なバランスを上手く掴んだおかげで、パズドラは成功したのだ。

しかし、前述したように「掛け算」では満足できないユーザーが増えたため、「育成シュミレーション」というジャンルに「艦これ」は地盤を築き、「傷を治す」「新しく開発する」「資源を確保する必要がある」など、様々に頭を使うようなゲームとなっている。もちろん、「信長の野望」「太閤立志伝」などをやってきたユーザーにとっては、そこまで難易度は高くない。しかし、平均的には、とても良いバランスになっている。さらに「ガチャ」要素を完璧に無くし、早い段階での新規の取り込みに成功した。


3、課金要素が非常に少ない

「モバマス」や「パズドラ」は、正直課金をしなければゲームとしては面白みが生まれない。強いキャラ、好きなキャラを出したければ、それ相応もしくはその価値以上のお金を出さなければならない。「パズドラ」における「魔法石」の値段をご存知だろうか?この魔法石5個でガチャを回すことができるのだが、一つで85円もする。だから、単純計算で425円で一回ガチャを回すことができる。しかも望むキャラが出るかどうかは分からない、こんな不確実性ではユーザーが離れていくのも当然のことなのだ。

「艦コレ」の課金要素は、殆ど無い。課金でしか手に入らないのは、1つ1000円で購入する「ドッグ解放キー」のみだ。しかも、「今回は残念ながら、キーが手に入りませんでした」なんてことも当然無い。この確実性はとても重要だと感じる。



Q、「AKB」化していくコンテンツ 

「艦コレ」が成功した要因は、既に説明しきった。要するに、魅力的なキャラが沢山いることと、課金がなくても楽しいこと、ゲームが少し難しくなったことだ。

最後に、今までの整理と共に、昔と今を比較し、これからのコンテンツ像を提示して終わりとする。

先程類例として「咲-Saki-」を挙げたが、他にも具体例はたくさんある。「ストライクウィッチーズ」「ガールズパンツァー」「アイドルマスター」など、これらは多くの美少女が出てくるコンテンツ郡だ。(※「アイドルマスター」に限って言うと初期メンバーはそれほど多くないが、「モバマス」「グリマス」などでは10倍以上になっている。)

いずれも、差はあるがコンテンツとして成功を収めている。 選択肢が増えれば増えるほど、自分の好みに合った「キャラ」は探しやすく、出会いやすくなる。これは、もはや時代の変化とも言わざるを得ない気がする。

昔は、「皆が見てるから見る」「あの子が持ってるから僕も欲しい」という、他人と同じものを持ちたい、得たい意識が強かったように思う。しかし、今では「個人の個人による色付け」とでも呼べばいいのだろうか、要するに、「個性」を出したいがために、他の人とは違う自分だけのモノを身につけたがる意識に変わってきたように感じる。 

そうなったのはいつ頃かは、よく分からない。しかし、紹介したコンテンツ郡が「AKB」化していることは間違いないことであり、これからのコンテンツも「AKB」化していくものだと思うし、また別の要素を加えてくるかもしれない。
それは、「艦これ」「ガルバン」のように、対象とする男性が好きな「ミリタリー」 的な要素かもしれないし、「パズドラ」「艦これ」のようなゲームの難度上昇かもしれない。

しかし、こういったコンテンツ郡には、これからも「AKB」的要素はもはや必要不可欠なものと僕には感じられる。