・COWBOY BEBOP(1998)「Tank!」
 
アニメでシルエットと言えば、まず「Tank!」を思い描く人が多いと思う。特に強調されるのは陰影で、最初タバコに火をつけるところやメカのシーンに顕著に現れている。今となっては、このように「シルエット=オシャレ」と言っても過言ではないくらいに、ポップカルチャーにおいてオシャレな演出手法になっている。


前回の記事のコメントでご指摘いただいた、ルパン三世、タッチなどはシルエット表現の前段階を指しているといえよう。照明がキャラに当たり、影ができる。そこから少し探っていこう。

・ルパン三世(TV第1シリーズ)(1971)「ルパン三世主題歌I」

初代ルパンは当初、「大人向け」に作りたいと予定されていたが、実際に流してみるとあまりに視聴率が悪く、「子供向けに作らんかこのドアホ!」という鶴の一声で宮崎・高畑コンビの台頭に繋がったのはまた別の話。この初代OPの時点では、大人向け・原作のハードボイルドさを十二分に出すことを意図していたのは明白である。

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(※左画像はパイロットフィルム版における1シーン)

このハードボイルドな表現は、おそらくフィルムノワール系の洋画からの影響だ。

フィルムノワールというのは、フランス語で「暗い映画」を意味し、代表作は「ビックコンボ(1941)」「過去を逃れて(1947)」等がある。ドイツ表現主義を背景とした、シニシズム・ニヒリズムな趣向の映画ジャンルである。フィルムノワールの画面は、一言で言えば、ハイコントラストな黒の世界。この極端な明暗描写は、ビックコンボなどの撮影監督である、ジョン・オルトンによって生み出された。


BigComboTrailer
ビックコンボ(1955)

画面は明暗のコントラストを強調する。(源流という意味合いで)アニメにおいてのシルエット表現は、フィルムノワール系洋画の影響があるように思う。また、恐怖・不安を感じさせる「陰鬱な画面」が、今ではオシャレな「明るい表現」として感じられる。これは不思議と言わざるを得ない。否定的な画面が、約50年あまりで肯定的な画面にそっくり転換しているのだから。


このシルエットのオシャレ化に起因するのは、一体何だろうか。
まずはシルエットの歴史から見て行きたい。

そもそも、シルエットとは18世紀における切り絵から始まったとされ、写真の登場まで人物の特徴を記録することに使われた。そして、19世紀前半にかけてアメリカで流行し始め、最初は肖像技法として用いられた。その後は、当分の間肖像技法として用いられたが、ここにポップ・アートの誕生が関係すると推論する。

アンディ-ウォーホル-マリリン・モンロー-1967-ホットピンク hair-ribbon    
☆ポップ・アートは、第一人者のアンディー・ウォーホールやロイ・リキテンシュタインによって、大衆文化に受け入れられた、大量消費社会を表現する芸術運動の一つだ。アンディー・ウォーホールは、ポップ・アートの先駆者であり、コントラストを効かせた「マリリン・モンロー」等が有名である。アンディー・ウォーホールは、アメリカ内で大量生産され流布したシンボル(スープの缶、)を作品化したことで知られている。「記号性」という観点で見ると、シルエットに通ずる部分は多い。この点については、少し引用する。
マリリン・モンローは、二〇世紀アメリカの巨大なマス・メディアがつくりあげたセクシーな「女」の記号です。(中略)
彼女は、本当の自分を見いだそうとさまざまな人生遍歴を歩みましたが、それがまたマスコミにスキャンダラスにとりあげられ、ますますその虚像をふくらませていきました。彼女の悲劇は現代の記号による疎外の象徴です。マリリンはその悲劇性にも高められ、私たちの情感を刺激する「女」の記号の典型となりました。
実在の人物であった彼女は、今や生死を超えた完全なイメージの記号です。ウォーホルのねらいは、完全なイメージの記号となったマリリンを使い、現代の記号性と私たちの情感の関係をあからさまにすることです。現代の社会のなかで、私たちはマス(大衆)としてあつかわれ、機械的に量産された記号によって人間的な情感をかきたてられ、充足を得るようにうながされています。ウォーホルは、同じ一つの記号がマス(大衆)としての私たちに一斉に同じ感情的な反応を呼び起こす事実を、驚きをもってとりあげています。

引用元:20世紀アメリカ現代美術作家論 「アメリカ現代美術は何を残したか」 河瀬 昇
マリリンのイメージは、セクシーな「女」という記号化であり、その単一の記号によって大衆が皆同じく感情的な反応を起こす。これは現代アニメにおいて、「シルエットをオシャレを感じる」のと同じ現象と言っても相違ないだろう。さて、ロイ・リキテンシュタインだが、彼の作品群の特徴は、「単純化された線」と力強い色使いにある。これも「単純化」という観点で、大いにシルエットに通じる。この点についても少し引用したいと思う。


リキテンシュタインは、現代のマス・メディアが私たちに差し出すヴィジュアルな記号の一つ、漫画を取りあげます。 漫画はその内容を一瞬のうちに伝える記号性をもっています。その一こまは雄弁かつ瞬時に、全体の筋書き、面白さ、対象とする読者の層までもを物語ります。 彼は劇的な漫画の一こまを選び取り、そのまま大画面にに引き伸ばしたように描きます。

リキテンシュタインは、漫画の記号性を題材にしたことについて次のように語っています。
「それは何かの絵のように見えるのでなく、物そのもののように見えるのです」 
ロイ・リキテンシュタインは、漫画の持つ、内容の単純化、すなわち「記号性」を全面に押し出した描写方法で、作品を作った。上記引用において語られているとおり、「絵ではなく、物そのもの」に見えるように、すなわち記号性の拡大によって、作品を現実に敷衍しようとしたことが分かる。

これらポップ・アートが今日のシルエット表現のイメージを決定づける要因となった、とまでは断定することができないが、少なくとも、「オシャレ化」への重要な部分的影響力はあったのは確実である。そういうわけで、今日のシルエットのオシャレ化の源流に、ポップ・アートが存在していることは明らかだ。



・「ドクター・ノオ(1962)」 オープニング・シークエンス

映像分野においての「オシャレ化」は、フィルムノワールの延長線上に位置する「007」の第一作「ドクター・ノオ(1962)」に大きく現出している。定番のオープニングシークエンスでは、シルエットでダンスする様が見受けられ、フィルムノワールからの発展表現が展開されている。フィルムノワールにおけるシルエットは、極端なコントラストにより恐怖・不安を表し「否定的な表現」であったが、「ドクター・ノオ」においては、ポップさを表しており、「肯定的な表現」へと劇的に変化を遂げている。

この変化に起因するものは、おそらく世相である。シルエットという表現がポップカルチャーに進出したのは、特に40年代から50年代にかけてである。第二次世界大戦からレッド・パージの当時の暗い世相は、不安を喚起させるフィルムノワールに反映されており、これがシルエット表現の根底となった。その後に生じた、アメリカ経済の急成長と繁栄を反映し、シルエットは「オシャレ」になっていった。前述の「ドクター・ノオ」はシルエットのオシャレ化の先駆である。また「ドクター・ノオ」は1962年の世界興行成績では第1位となっており、大衆文化に大きな影響を与えたであろう。

☆シルエットという表現は、1940年代のWW2からレッド・パージの暗い世相を反映し「フィルム・ノワール」となった後、50年代のポップカルチャーを牽引していたアメリカ経済の繁栄に引っ張られ、それらを反映した「明るい表現」、今ぼくらが持つ「シルエット=オシャレ」という表現になったと、推論する。




・ルパン三世(第二2期)(1978)「ルパン三世のテーマ」(第27話~51話)

さて、日本アニメーションにおいてだが、当時『宇宙戦艦ヤマト』によって日本では第一次アニメブームが起きていた。そのアニメブームの中、音楽:大野雄二などの体制が整い、ルパン三世の象徴となるテーマソングが誕生したのが、この「新ルパン三世(第2期)」である。

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このOPでは、狙いを付けているスコープを撃ち飛ばす「ドクター・ノオ」のオマージュが見られる(※動画では42秒あたり)。その他も艶めかしく、ポップ・アートらしさも取り入れた洒落たOPであることが分かる。特に、ポップ・アートの初期であるコミックスの画面があるのが特徴的だ。



・ルパン三世(第二期)(1978)「ルパン三世'80」(第104話〜155話)

青木悠三によるコンテ・作画のOP。シャキシャキとした独特なタイミングと色のセンスによって、「ルパン三世」に茶目っ気を含ませたオシャレなイメージをもたらした。前述したOPとともに、現在の「ルパン三世」のイメージを作り上げたと言ってもいいだろう。

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不二子のスカートに対しての光源を線で単純化したり、ビリヤードの状況をさほど見せずに登場人物同士が丸になることで記号的に表現している。「単純」と「記号」はシルエットにとって重要なのは前述したとおりで、それらの要素が効果的に出ているOPだ。


その他のアニメにおいては、「キャッツアイ(1983)」のEDなどにも散見される。ディスコブーム、バブル時代を反映するかの如くに、艶めかしく派手な映像となっており、シルエットのオシャレ化が進んでいることが分かる。映像表現に、世相はやはり強く影響する。この後の時代、2000年代以降のシルエット表現は大畑清隆によって発展させられていうことは既に述べた(※80年代後半、90年代については、正直何が大きな影響であったか分からない。機会があればまた調べていく)。


・ipod  commercial(2003)

その後、映画・アニメ以外で、「シルエット=オシャレ」という概念を普及させたのは、おそらくはiPodのCMだ。2003年に初出した後、数年間にわたって使用され続けた。シルエット化された人物が、iPodで音楽を聞きながら、楽しげに踊る。このCMが印象に残っている人も多いことだろう。ここにおいて、シルエットが持つ意味合いは確実なものとなった。




シルエットの根底にあるのは、フィルムノワール的、換言すればドイツ表現主義としての「不安」の表現である。その恐怖・不安といった表現から始まり、「ドクター・ノオ」に代表されるポップな表現となった。ポップ・アートにおいて、アンディー・ウォーホールらによってシルエット的表現が大衆文化に受け入れられていった。時を同じくして、日本ではアニメブームが生じており、その最中に「ルパン三世」は制作され大人気となった。とりわけ第二期のOPアニメーションにおいて、今のルパン三世の洒落たイメージとともに、シルエットのオシャレ化が促進された。その結果、シルエットはオシャレに僕らの目に映るようになったのだ。

30年ぶりのTVシリーズ「ルパン三世」OPにも、シルエットはとても大人しく、そしてひっそりと煌めいている。


<参考文献>
資料集 > 映像で見るiPod(CM集) 
007 ドクター・ノオ-Wikipedia  
フィルムノワール-Wikipedia 
007ジェームズ・ボンド「ドクター・ノオ」:James Bond – Dr. No 1962 
フィルム・ノワール傑作選PART 2  
20世紀アメリカ現代美術作家論 「アメリカ現代美術は何を残したか」 河瀬 昇