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新潟・長岡にUFOが落下し、ゲルサドラと名乗る宇宙人が現れる。不時着した地点の近くに住んでいる三栖立ツバサにガッチャマンの能力が与えられる。「一つになろう」を合言葉にゲルはみんなの気持ちを一つにしたいと思い、首相公選に出る。首相になったゲルは、諸分野に関して改善をしていき、さらなる改善を試みようとするが…


人気作品の2期です。前作は、人類の進化を信じよう、という希望が少し見えるような終わりでした。今回一貫して視聴者に問いかけたものは、「クラウズのあり方」と「思考の有無」です。

クラウズは原子力発電所や3Dプリンター、インターネットなどの「人類にはまだ早い」道具の象徴です。正しい使い方をすれば、問題は起きないけれど、そうでない場合はこの世界を滅ぼしてしまう可能性もあるというものです。福一の事故によって原子力の不安が世界中に広まったのと同様に、この2期においてもクラウズの不安は拡大されていきます。

「クラウズは危険である、まだ人間には扱えない」という結論を出したのがリズム(後は丈)でした。リズムはその危険性を広めるために、VAPEを結成し、クラウズを意図的に暴徒化させます。VAPEは赤クラウズを使用しましたが、青クラウズにも不安視の声が高まります。青クラウズは軽微とはいえ犯罪行為を行う者もおり、それが拡大された形となりました。原子力と似ていますね。福一が赤クラウズとするならば、他の事故を起こしていない「安全な」原子力発電所が青クラウズとなります。

リズムの考え方とは対抗的に、「人間の進化を信じる」のがルイ君です。ルイ君は、すべての人間を信じると言い切り、敵であるはずのリズムにまで信頼し、命をかけて自分の信念を貫こうとします。ルイくんは前作よりもやや落ち着きましたが、理想主義者です。彼が唱える、「世界のアップデート」とは「人類全体の意識の底上げ」もしくは、「人類全体の内発性の増大」を指します。要するに、人の意識の向上こそが、この世界の進化に繋がるとルイくんは主張しました。


彼らは対抗こそすれども、国を憂いて選択をしています。一方、ゲルサドラは「自分では考えない、分からない、みんなの気持ちにまかせる」という無責任な選択をします。首相公選では丈の助けやその場の「空気」もあり、めでたく首相になります。その後は、思考を経ず、みんなの意見を集めることで政策決定を図り、支持率を伸ばしていきますが、いつまで経っても「みんなが一つにならない」ことに悲しみを覚え始めます。

そこで、ゲルサドラは「おまかせ」ボタンを作り、政策に関しての白紙委任の選択を作った。これは現実で言う所の、「分からない」の選択肢(白紙委任)であり、思考停止です。視野は狭まり、「サドラなら安心!」と自分なりの考えをしません。なぜなら、それの方が楽だからです。人々は考えを放棄したリズムが言う所の「サル」となります。これではいけないと、ルイくんが忠告しますが、ツバサとゲルは聞く耳持たず。

サドラは、自分の考えを(※はじめと最後会話するまで)持ちません。それゆえ、他人の気持ちを把握しなければ選択ができず、容量が一杯になり吐き出されたものが、「くうさま」と化します。くうさまは一見無害とみなされますが、実は空気・雰囲気そのものであり、人々はくうさまに依存していきます。くうさまは同調・空気の具現化であり、主体性をもたない日本人の周りに存在するものとしてはうってつけです。 


このくうさまが中心となり、「ガッチャマンはいらない」という流れや「サドラはもう必要ない」という流れを作っていきます。そして、人々は考えることをやめたサルとなっているので、これに流されていきます。その中においても、争いは生じ、一人が集団から外れれば、すぐさま駆逐されるようになっていきます。集団の中で、いじめられっ子が一人いたら、それを傍観するように集団心理が働く様を、くうさまを通じて、描写しています。


くうさまは暴走し、サドラへの悪意は高まっていきます。サドラが死ぬことによってでしか、事態の収拾は図れない状況になりました。はじめは、一つ決定をします。「ゲルサドラ」をどうするかという選択を国民に委ね、結果は「ガッチャマンにおまかせ」となりました。責任の所在は全てガッチャマンに移りました、国民は何も責任をもちませんし、不安も持ちません。ゲルサドラの望んだ「幸せな世界」のはずです。しかし、はじめはそう思いません。「争いがあり、人間の多様性が現れる社会が健全である」というのがはじめの考え方だからです。

ガッチャマンは国民の選択通り、自分たちの方法で決着をつけます。はじめはカッツェの能力を活かし、サドラに擬態し、ガッチャマンからの総攻撃を受けます。 そうして、今まで何の考えも持たなかったツバサが初めて、「はじめを殺す」という決断を下します。ツバサの自分なりに考え、空気に惑わされない結果の決断は、今の若い世代がすべきこと(思考すること、本当によく考えること)を強烈に示唆しています。

このガッチャマンの選択と実行以後、もう一度真に国民にゲルサドラの処置について問いました。個人的には、ここの描写がもっと欲しかった。フィクションではそうはいかないかもしれないけれど、やはり空気に押されてしまう人の姿とか、やはり分からない人々の姿とかを描いて欲しかった。結果的には、人々はみな自分の考えで投票をします。


シリーズを通して、原発再稼動など原発関連の社会性を包括した内容と思います。 「危険だけど、利便性は高い・依存してしまっている」、そういう物体は原子力、スマホなどたくさんあります。物語の中でも提起されているように、その物体自体が問題ではありません。それを使用する人々の意識、またはその恩恵を受ける人々の意識がどのようなものであるかという点が問題なのです。

原発は東日本大震災以後、いろいろに考えられてきました。ここで原発の是非を問うつもりはありませんが、御用学者による安心宣言や、それに反論する人々の情報の錯綜で、ぼくらは不安になりました。安心するためには、空気に入るのが楽です。ベルク・カッツェも言ってましたね。否定派、反対派のどちらかに属するわけでもなく、ただ傍観しているのが最も楽です。なぜなら責任も思考もそこにはないからです。ぼくらはこのぬるま湯のような空気に長年浸かってしまい、主体性の無さにおびえているのです。だから、今は傍観者たる空気から抜けるためには、ゆる爺のように何かしらの「経験」をしなければならないのかもしれません。劇中においては、「はじめの生死をかけた決断」がそれに当たります。






さて、いろいろと自分の謎ポイントについて推測していきたいと思う。

■ゆる爺は何故、はじめにだけ笑顔で接したのか?

ゆる爺は一見頑固なだけの人間に映りますが、実はそうではない。洞察力が高く、将棋を指し、一人でいる時間も多い彼は、「思考」の象徴です。思考というのは、殆どが孤独です。他の人と議論することも思考の一種ですが、その人の年齢や地位、いろんな要素が絡んできてしまって、純粋には中々できません。ゆる爺がはじめに笑顔で接したのは、彼女がそういったしがらみに縛られていないとひと目で分かったからと思う。


■メス(メッシー)の存在

メッシーはちょこちょこっと出てきただけでしたが、気になった。彼らは多分「何らかの予兆に対して反応する」生命体です。#07でゲルサインの浸透、OD降板の後、彼らは何回も形状変化します(最後には武器のような形になる)。その後、あの「おまかせ」ボタンが実装されるので、何か良くないことが起きそうな予兆を察知する生命体であるのかもしれない。


■ツバサは何故、ゲルの変化に気付かなかったのか?

ツバサは#10に至るまで、ゲルの変化に気付きません。#07あたりで、「あ、これ宗教みたいだな」と思ったんですが、別にゲルから洗脳されているわけでもないですよね。「一つになろう」という合言葉を元に一緒に活動していく上で、ツバサが不都合な真実は排除したんだと思います。この現象は自薦の用心棒と言い、異論(=ゲルの顔色がおかしい、お腹が出ている)を排除する装置が集団の中で働いたように思います。


■くうさまの色は何故、赤、青、白なのか?

この3色は自分からすれば、フランスと床屋ぐらいしか思いつきません。宗教的なニュアンスを前提とするならば、「自由・平等・博愛」を表象しているのかもしれない。床屋のアレはサインポールというらしいですが、諸説あるらしい。


■ODとうつつの出番少なくない?

前作OD、うつつは大活躍でしたが、今作は出番少なく。ODファンの自分は悲しい。細見大輔さんの演技は素晴らしいっすねえ、カッコ良い。


■なんで髪の毛の色はあんな感じなの?

別作品のインタビューがあった。セル調なアニメでチャンネル変えちゃう人が多いかもしれないから、ある程度ラフに見せようって感じですかね。そういやカゲとかハイライトも少ない。