■こういう姿勢でええんやないか
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ブログに限らず意見とは、これに尽きるのではなかろうか。「1人に届ける」という意志はその個人に依存してしまい、その人物がいなくなれば(もしくは何かあれば)儚くも意味が無くなってしまう。これに陥ってしまうと、駄目な有馬コーセイ状態になってしまう(いや基本はこれでいいのだけれど)。もっと間違えて、そのたびに謝っていこうぞよ。


■見本市とはなんだったのか/パクリの思想

見本市とはそもそもの意義・目的として「自由な創作の場の提供」がメインであったはずだ。しかし、蓋を開けてみれば、何が自由なのかというくらい過去作品のオマージュ・パロディが相次いだ。作品制作はいかようにしても過去作品の影響なしには作れないので、どこかで「元ネタ」のモチーフやデザインを使うことはある。対して、見本市の作品は、まず「どこから元ネタを引っ張ってこようか」という点からスタートしているものが多い印象を受けた。これは先の雑記の新海誠評とも被る部分が多い。この点において、何とも言えない作品が多く制作されてしまったと思われる。だからこそ、オリジナルのストーリーをやりきった「ヤマデロイド」はすごく優れているのだ。

もっと監督やってない人にやって欲しかった思いもある。「マッキーの金曜日」「ハンマーヘッド」は面白かったけれど、どちらもベテランで経験豊富だ。堀内江本ペアみたく監督経験がない人に振ってこそ、見本市ではないんだろうか。企画タイトルに引っ張られてしまった感じも少しするな。これしきのことでカラーは経営悪化しないというのは、遊興や版権収入にやはり強みがあるんだなと感じる。出資比率は分からないが。