ギャンブルは何かを賭け、何かを得るものです。高レートになればなるほど、敵が強くなればなるほど、得るものは大きくなっていき、リスクも高まる。で、表題の「勝利に貪欲でないギャンブル」というのは、簡単にいうと、ギャンブル中毒のことです。賭け事をする際に、そのリスク故に興奮し勝ち負けはどちらでも良い。これはギャンブルの側面の一つではありますが、正面ではありません。

面白いギャンブル漫画に共通していることって、「勝利に貪欲だ」と思うんですよ。とにかく、勝てれば、何をしても良い。過程がどうあれ、勝利すれば良い。相手の裏を読み、イカサマをし、またはイカサマを逆手に取って、果ては勝負じたいには負けて命をもぎ取る。

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(嘘喰い37巻より引用)

たとえば、迫稔雄による「嘘喰い」では、「何かを得ようとすると、それ相応の対価がいる」というセリフが多用されるのですが、これがギャンブルの本質と思います。プロトポリス編で、ある勝利のために、その勝負とは関係ない簡単なギャンブルで、なんと主人公・獏は指を落とします。この勝負に拘っている、必死である、そういった事を敵陣営に思い込ませる。結果、獏の作戦は成功。「対価」という概念は、ギャンブル漫画では以前から存在していましたが、たぶん「嘘喰い」で初めて明確に描写されたんじゃないかな。


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(同37巻より引用)

ギャンブル中毒みたいな漫画は、何か違うな、面白くねえなと感じる。こいつ勝つ気ねえのか、アホかと思う。と同時に、そういう態度って凡人側(もしくは敵勢力側)なんですよ。「勝たなくても、この演出が見れた(興奮できた)」と言って、50k投資して、40k回収して「マイナス減って良かった」みたいに喜ぶ凡人が漫画に出てきても面白くない。相手に対してのアジテートはブラフであって欲しいし、くだらねえひと言も何かの伏線であって欲しい。ギャンブルに狂ってるフリをして、実はまったく狂っていない。すべての言動を勝ちに繋げて欲しい。そういう思いがある。

7月から始まるギャンブル・アニメに、「賭ケグルイ」というのがあります。タイトルから見ちゃうと、「賭ケグルイ」はギャンブル中毒者っぽいんですが、こればっかりは、まあ見てみな分からん。ただ、けして「勝てなくても、リスクに身をおいて楽しんでいる」凡人側に来て欲しくない。そんな変な思いがあります。