「La Violetera」とは、ぼくが大好きな劇伴の一つです。生涯、これを超える劇伴とシーンに出会うことはないのではないか。それぐらいに感じている。

英語の「Violet」は、スミレ(もしくはビオラ)の花の意。京アニの「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」のヴァイオレットも同じです。「Violetera」はスペイン語で、スミレの花売りを指します。Laというのは、女性単数に付ける冠詞。ですから、「La Violetera」とは、「スミレの花売り少女」という意味。英語圏では「The Violet Saller」という名前で呼ばれることもあるか。


検索をかけると一発目に必ずこの映画が出てきます


(「La Violetera」/1958年/サラ・モンティエル版)

主演サラ・モンティエルによる映画。曲名そのままに、花売りの少女が舞台に立って歌うまでを描く。サクセスストーリー。ここで初めて作られた曲なのかなと思っていると、英語版wikiでは「曲にインスパイアされて作られた映画」とある。つまり、ここが最初ではない。オリジナルはどこだ。


それで、調べていくと、この曲が最初に使われたのは、1921年「街の灯」において。チャップリン監督の古典名作映画です。アマゾンプライム(「街の光(字幕版)」)で見られる(ちなみにNetflixにはなかった)。サイレンス映画ですが、開始15分くらいで慣れちゃう。ああ、こういう形態もあるのかと思って面白いなあと思う。

さて、今回大事なのは、ここで「La Violetera」が初めて作られて使用されたこと。作曲家は、スペイン人のホセ・パディーラ。英語版wikiに下記の記述に注目。

The main theme used as a leitmotif for the blind flower girl is the song "La Violetera" ("Who'll Buy my Violets") from Spanish composer José Padilla.Chaplin was unable to secure the original song performer, Raquel Meller, in the lead role, but used her song anyway as a major theme.[Chaplin lost a lawsuit to Padilla (which took place in Paris, where Padilla lived) for not crediting him.Some modern editions released for video include a new recording by Carl Davis.]

https://en.wikipedia.org/wiki/City_Lights より引用
訳)
盲目の花売り少女のためのライトモティーフ(※繰り返し使われる短いメロディ)として使われたメインテーマは、「La Violetera」(誰かスミレの花を買ってくれる?)であり、スペイン人のホセ・パディーラによって作曲された。チャップリンは「La Violetera」のオリジナルを歌った、ラクエル・メラーを主演女優として起用することはできなかったが、彼女の歌をメインテーマとして使った。[作曲家のパディーラがノンクレジットだったため、訴えられ敗訴。その後いくつかのエディションがカール・デヴィスによって新録された。]


「La Violetera(オリジナル/ラクエル・メラー版)」

ということで、当時は実際にメラーが歌った曲が劇中に登場していたものと推測されます。アマゾンプライム版における劇中歌は、すべてインストゥルメンタルであり上記のような曲はなかった。

さほどメラーとチャップリンの関係性や映画のバージョンには詳細なものがなく、メラーの項目に”チャップリンは彼女に惹かれていたため、(主役に)採用しようとした”という文言がある程度でした。ここは個人的に気になるところ、というか海外勢は気にならないのか?ハリウッドでここまで多用されている劇伴のオリジナルがどういう経緯だったのかとか整理したくならないのだろうか。


そんなことはまあ、どうでもいいか。紆余曲折を辿って「街の灯」(1921年)に使用された「La Violetera」は、その後いろいろな映画で採用されることになります。その中の一つ「セント・オブ・ウーマン(1992)」がお気に入りの劇伴です。



The Tango Projectによって収録されたバージョンは素晴らしいアレンジになっており、ハリウッドでは度々使われます。オリジナルは元気いっぱいな感じですが、こちらは始終おだやかに流れる曲調が良い。繊細なピアノとヴァイオリンとあのシーンは何度見てもいいものです。


たった1曲の劇伴にも、さまざまな背景や側面があり、その変化やバージョンの違いを楽しむことができる。違いがあるけれど、それは優劣ではなく異なった良さがある。そういうものを感じてもらえればと思います。


<参考資料>
José Padilla(ホセ・パディーラ) (composer;作曲家) 
Raquel Meller(ラクエル・メラー)