令和になっても、コメント返信とは!
(※いや、これは一周まわって新しいのでは?)

FC2コメントが思ったよりも溜まっていた、あらまあ

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なんかなあ|4/13

http://royal2627.ldblog.jp/archives/56642111.html
私が常日頃から思っていることを端的にわかりやすく述べている。素晴らしい
これは去年の4月なので、新型コロナについての検査体制を増やすかどうかで論争が起きていたときですね。スンナ派(笑)とかがいたとき。新たな疾病が発生したときには、検査は確実にすべき(※放置すれば新しい患者を増やすだけですので…)で、検査対象も増やしていく、検査の感度が悪ければ改善していく。その繰り返し。これだけのことなのに、マア世の中は権威と理不尽、とあとなんだ、政府への忖度か?(笑)で、なぜか「検査をするかどうか」だけで1年も揉めた。そんなのは日本ぐらいですよ。前代未聞。

そういうことにTwitterで述べても、ブログで述べても、みんな”タブー”として、避けるわけです。とても冷笑的、というか、事なかれ主義というか。異様なまでに、対立を避ける。PCR検査をするか否かについて広島県はきれいな回答を出しましたけどね。それについて、合理的に反論すればよろしい。いやあ、まさしく脚気のときと同じだったんじゃないのかな。鈴木梅太郎は農学部出身でしたので、論理や合理やデータをもっても、派閥には勝てなかったらしい。もう少し、脚気については知りたいな。

Twitter医師団(笑)は確実に、インフルエンサーとしての責任を取るべきです。あなたがたは一般の方とは異なり、専門的な知識を有している、とみなされるのだから、スンナ派のような被害者を増やしたことについてケジメをつけるべき。逃亡すな。EARLとか、あの手のは犯罪ですよ。


お知らせ/*あまりいい読み物ではない
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57780350.html
1. 名無しさん2021年03月11日 20:26
何ヶ月先、何年先になってもかまわない
気楽な文章でもいいのでいつの日かあなたの記事を読める日が来ればいいと思っています
ご自愛ください
ひと月も経たない内にきてしまって、どことなくバツが悪いなと感じている。まあ、これは記事と呼べるものかわかりませんが。あほみたいに気楽な文章にしようと思います。なんせ、ブログですから。大層なことを書こうとしている段階で、なにかを背負ってしまっている笑。神経質な性格がなせる技です、本当に良くない。コメントありがとうございます。

どこかしら、なにかを述べたところで、ぼくの言いたいことは伝わらないのではないか、という諦めがずっとあって抑えきれなくなった。いや、そんなの当たり前じゃないか、と。分かります。納得はしている。世の中にはどんなに言葉を尽くしても、自分の好きなように文章を捻じ曲げて、捻じ曲げた紙を紙ヒコーキする人々が大勢いるのだから、と納得はしているのです。

では、それでも、なぜ文章を書くのか。そういうところに行き着いてしまった。好きだから、書きたいから、たった1人にでも伝わればいいから、そういうので、本来いいんですよね。でも、もうその伝わったときの喜びが書く苦労を超えなくなってしまった。ここまでキて、限界を超えて書こうを思えば、金しかないでしょうね。

感動を他人と共有すること」に価値を見出だせなくなってきてしまった。そういう感じ。どうせウマ娘でバクシン萌えーなんて言ってる連中に競馬のスプリントレース(1200m)の素晴らしさ、たとえばキングヘイローのあの苦難の末、たどり着いた宮杯のG1勝ち鞍。グランアレグリアのあのスプリンターズステークスの怪物さ。それらは、どうせ伝わらない。自分が抱いた感動を、他人に伝えることはもはや難しくなってしまった。

Wikipedia(笑)をただただ引用したような記事がウケていて、ぼくはショック(※というか、呆れた)。ああ、ネットの諸君、オタクの諸君は、やはりコンパクトな情報を摂取することが、自分たちにとって重要だと勘違いしている。自分で調べもしない、探しにいかない、かといって、他人に聞くわけでもない。コンパクトにまとめられた情報を摂取し称賛することで、情報強者な自身にナルシズムを覚える。もはや知識に価値などないのに。本当に価値があるのは、その知識・情報に熱気があるかどうかなんですよ

正確な情報よりも、熱気のある情報、とぼくは昔から思っています。この人にしか書けない文章があると信じている。この人にしか、書けなかっただろうな、というコメントすらある。やっぱり楽屋情報(※当時の裏事情とか、そういったトリビア的なモノ)を得て、悦に浸る人々を見るに、苦笑いしか出なかった。どこかしら、やはり権威主義的なものは面白くない。



お疲れさまです。どうぞゆっくり休んでください
(FC2拍手コメント1:匿名)
染み渡ります。お心遣い、ありがとうございます。「お知らせ/*」と題した記事を書いたのは、去年の10月ごろから限界が来ていたにも関わらず、中途半端な態度でずっとなあなあにしていたのが気に食わなかったからです。もしかしたら、察してほしかったのかもしれません。

こういう記事は、実は何度も書いては消しました。まだ行ける、まだ舞える、そういうのもあったけれど、いちばんは恥ずかしかった笑。書き手の状態など、ぶっちゃけると、どうでもいいわけであって、それはポエムにしかすぎないわけです。そういうものを載せるのに抵抗がありました。正直にいうと、怖かったです。でも、まあこういう風なコメントをいただけると、ああ悪くなかったかもな、と思えるので出してよかったと思えます。ありがとうございます。


ガキのモードの著者の葛西です
たびたび読ませていただいていましたが、そんな大変な事情があったとは……。落ち着いたときに、また戻ってきてください。
(FC2拍手コメント2:EAB(葛西祝))
だれだよ(ピネガキ風)
嘘です。じっさいにこうやって交流するのは初めてですが、お互いに認知はしていたはずでしょうね。自分のサイトの個人リンクにもありますね、17.5歳がうんたらかんたらのブログをやっている人です。ぼく個人が配信なんかでお名前を出すときは、ガキモードの人って呼んでたかな。

ガキモードの人のブログについては、なんだろうな、ご本人が言われるように、書き散らしという表現がいちばん合っているとおもう。作画でいうと、ストレート・アヘッド、書き送りのような文章。さいきんはあまり更新されてないですよね。

ああ、ローリング・ガールズをデザイン的に?とても絶賛されていた記憶、2年間ぐらいローリングガールズのエフェクト作画を見なきゃなあ…と思っていました。さらにそこから5年くらい経った、ダメな典型例ですね。こういう積み重ねが私めのブログでございます。いやあ、これについて言えてよかったあ。ロリガのエフェクト見れなくて、ごめんね。

要するに、やはりみなさんとは下地や背景が違っているんですよ。アニメを視聴することがそこまでできない。キャパが少ない。余裕があるときでも、1クール2~3本だった。みなさんは、いい感じにアニメファンじゃないですか。むしろ、サブカルチャーまでも手広く分かっている。ぼくは基本がそこになく、アニメ作品の話数別/きわめて局所的なアニメーター掘りでまきまきいっぱいでしたので。

そこは純粋に羨ましいポイントですよね。アニメが習慣ではないので。自分の苦労はわかりにくいところにあると思う。別にアホほど見ていた時期もないので。



義手の描写とその変化/エヴァガ(2018)
http://royal2627.ldblog.jp/archives/56948862.html
おもしろかったです。普段身の回りにアニメのこと語ってくれる人とかいなかったのでこういう話聞けるだけで楽しい
投稿者:山本
いやあ、ありがとうございます。語るというのは、やはり視点の違いぐらいに思います。そんなに高尚なものではない。

もっとも、自分の読み取れていない、うーんなんだろう、要素や、読み取れていたとしても、それぞれが接合しないように(思われる)要素を、どこかしらで繋がることで、ひとつの形をつくる文章を読むのは面白いです。簡潔にいうと、視点を作ることができる、みたいな。独特の視点、というのは、(言葉にしてみれば)要素という最小単位がどのようにつながるか、というだけですけど、マア感服したものはたくさんあります。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンでいえば、要素に当たる部分が僕にとっては、”義手”ですね。でも、この記事はちょっと強引だな笑、とくにラストは。エヴァガは僕にとって、2話でオチているんですよ。義手の女の子が歩み出せそうだな、って感じで。その義手がビジュアルとして、きわめて、精緻に描かれている。彼女の性格を映すように描かれていた。だからといって、2話まで見ればいい、という話でもありませんけど。別にヴァイオレットの由来とか、少佐への思いとか、僕にとっては基本どうでも良かった。2話に惚れていたという話ですね。



こんかいはこのへんで