収穫はできるのか!?( ^ω^)


コメント返信その1/0327決定版
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57817850.html
私は自分と同じ見方でアニメの絵を見ているここが好きです。
ありがとうございます。映像はやはり、絵、つまり画面から始まります。それがどれだけ長いシーンであっても、やはり24枚の連続した1秒が連なっている、という事実が存在します。映像、とくにアニメーションは意図の連続です。偶発的なショットがある実写映画とは違い、すべてをコントロールできる。それもフレーム単位で。画面の端から端まで。まあ中割り動画までいけるのかと言われるとやや変わってくるような気はします。

何度も言ってきましたけど、ぼくは基本的に作品のインタビューとかコラムとか信用しないんですよ。それを読み物として楽しむのはまた別ですけども、そこで語られた、作者意図はその場でなんとなく喋ってしまったこともあるので信用に値しない。そこを根拠にすることは、循環論法みたく、どことなくウソっぽいんですよ。あと、単純に面白くない。お前の血肉で書け。

さいきんは、とってつけたような衒学的なコラムが受けますよね。「ウルトラマンの本質は日米対立の表現」とか、そういうアニメと社会学(近代史、近代知識)を絡めるものがよく話題になっているような気がします。まあつまるところ、みんな、みんなの前で賢くありたいんでしょう。この前、上げた陶酔式は、そういったものの典型例です。

「あなたがたには『見えないこと』を、わたしは語ることができる」、という優位性を作り出してウンチャラカンチャラ喋りだすんです。こういう背景、バックグラウンドがある(ように見える)ことに対して、教養がないといけない、知識がないといけない、つまり、あなたがたはインプットせねばならない。コラムやインタビューを貪って。そうやって、根本たる画面からはもっともっと離れていくんです。あ~おれも、昨今の米中貿易冷戦と絡めて、テキトウな論を展開して、テキトウな出版物を出して、オンラインサロンを開いて一度は金儲けしてみたいものです。



こめへん03/0401版
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57874258.html
1. D虫2021年04月03日 09:04
伝えたいことが伝わっていないことも、それをうまく表現する才能が私にないこともわかりました

でもそこは本当に「行き止まり」かなあ?
階段で足踏みしてるようにも見えるんだよなあ

ネットにおいて他人を説得できるかどうかはひとまず隣に置いておきましょう。

アドバイスをしたい対象に、抽象的な内容を送るというのは、効果的ではない(後半2行)、といういか正直にいうと意味不明。このブログでも、たくさんのコメントを頂きました。ああ、こういうことが伝えたいけれど、精一杯ここまで書いてくれたんだな、と思うコメントはたくさんあります。そういうのは誠意をもって返しますよ。ありがたいですから。


これと関連して思い出すのは「宝石の国記事」ですね

「宝石の国」08話/CGとプリヴィズ(松本憲生作画)の比較と分析
http://royal2627.ldblog.jp/archives/52552846.html

・松本憲生のラフ原プリヴィズを楽しむことを否定するのか!
・そもそも、ラフ原画のプリヴィズをもって3Dに起こすことは珍しくない!
・松本憲生のプリヴィズを再現することが最重要だろう!

とかそういった、自分の主張からズレたトンチンカンなレスポンスが多くてですね、この記事は3回も追記したんですよ(※ラストは主張を箇条書きにしているwww笑いが出たwww)。その辺で、もうどうやっていかに努力をして自分の主張を伝えようとしても、自分の脳みそで「別のもの」に変換する人間がたくさんいることを黙殺できなくなった気がする。

そりゃオンラインサロンとかに入っちゃうわなあと。ああ、いや、もちろんこの記事を理解してくれた人は7割くらいいましたよ。7割くらいなら十分でしょう、たぶん。7割に希望を抱くか、3割に呆然とするかというだけの話です。



本題に戻りましょう
・「階段で足踏み」という表現について
→階段+「足踏み」=物事が順調に進まずにとどまっているさま
→物事が順調に進まずに階段でとどまっている

→つまり、「物事が順調に進まずに、階段でとどまっているんじゃないの?」と言いたいわけですよね


うん、別段反論ありません( ^ω^)
そのとおりですよ。階段で足踏みしてますよ。そのへんは言葉の綾でしょう。行き止まりでも足踏みでも、抜けられないトンネルなんでもいい。意図的に停滞していることには変わりがない。そして、その停滞は、もはや限界に達してしまったからと明確に、複数回にわたって、書いているわけです。なんのために、なにを目的に、ちゃんとした記事(*)を書けばいいのか分からないから、今は意図的に、記事を書くのを「休んで」いる、と宣言をした。

伝えることが才能かどうかは知らないけれど、ぼくは、というか人間は、抽象的な内容で説得できません。たとえば、携帯本体を買うときに、一括だと10%ディスカウントで買うことができる。毎月、携帯料金といっしょに払うと、携帯本体の料金は利息がついて元の値段の120%くらいになる。だから、一括で買う方が安くていいのでオススメします。こういう風に、数字と論理(あとは印象)でこの世界は構成されている。

アニメーションもブログも、果ては現実世界の契約まで、この理屈は変わりません。言ってしまえば、ぼくの心が急に変わるかどうかは僕自身にも本当に分からないけれど、説得したいならば、具体的な言葉か体験をもって来たほうがいい、と思います。伝えるというのは才能ではなく、伝えたいという意思をどれだけの労力と時間をもって発揮できるかだけなんですよ実は。

僕に言えることは、100億くれるなら、じっさいにすぐさま書きますね。