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A conclusion is the place where you got tired of thinking.

カテゴリ: 感想・評・レビュー等

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2022、新年初コメ勝利者です( ^ω^)
福男みたいなもんですね、ここで言うならゴミ男

棒術はやっぱ興味ひかれると思うんですよね~みんな
探し方は、慣れもありますけど、常にメモっとくんですよ~。ネタになりそうなものや、面白い表現を見つけた瞬間に、たとえば、マンガ読んでたらスクショしたり紙にメモったりする。これで蓄積されていくので、「探す」というよりは「引き出しから出す」とった方が正確か。まあそれでも、2、3週間にわたって調べていることもよくあることで。けっきょく、地道でメンドウクサイものです。

守護天使はコメントをいただいたので、調べました。割と気になったので、自分も。作画もコンテも演出もいいですよ。タイミングも面白いので、男の子のカットとか、そこら辺のタイミングが良い。


で!オールタイム・ベストOP3はどうしてなかなか難しい(^ω^メメ)
しかし、面白い題材でした!
これはすげえなあと。選出がきわめて困難でした。OPって短いんですが、それじたいでなにか特集やネタになるようなものは自分では見つからなかったので。OP、ほかはMV・CM、この辺がアニメーションの商業的な意味合いで重要になっているので、ちょっと追ってみたい気もします。

書いてる本人もずぶずぶの素人じゃぞ?( ^ω^)素人バンザイ!素人どうしでの意見交換がいちばん重要です。意見交換がなかったら、ぼくは増尾さんのことをここまで知ることはできなかった。ぼくは筆者ですが、あくまでも記事を出しているだけ。ぼくに権威とか感じてはダメです。自分の意見をいちばん大事にしてあげてください(※ちなみにぼくはプロの意見もほとんど気にしません。書き手側から見える世界と、受け手側から見える世界は違うので)。



そんなことより、
さて!OPオアニメ・オールタイム・ベスト3は次のとおり

※選定基準は
*歌・曲の力でゴリ押していないもの
*作画・絵の力でゴリ推していないもの
*本編との関係性も含めて優れているもの
です。歌だけ「は」優れたOPとかありますので…

<OPアニメ・オールタイム・ベスト3>

◎、月刊少女野崎くん [2014]OP「君じゃなきゃダメみたい」
◯、シュタインズ・ゲート [2011]OP「Hacking to the Gate」
▲、ガッチャマンクラウズ [2013]OP「Crowds」、
☆進撃の巨人 [2013]ED02「great escape」、だがしかし[2016]OP「Checkmate!?」

絞れねえや!まあ◎◯▲がベスト3ですね。
堂々の1着入線はやはり野崎くん、後続を振り切って5馬身差の圧勝。
これはパッと浮かんだなあ


◎月刊少女野崎くん[2014] 「君じゃなきゃダメみたい」


コンテ:りょーちも / 原画:渡邊祐記、三谷暢人ほか
曲:君じゃなきゃダメみたい / 作詞・作曲:オーイシマサヨシ

やはり特殊なマンガのコマ割りカット
「カレカノ」オマージュな小さい格子の使用

コメディ調に進んでいくOPアニメ。その中でサビ後半に至るときに、「恋しよっ!」→「野崎くんが千代ちゃんを抱き上げる」の流れが気持ちいい。ここがいちばん強烈です。コメディ調・デフォルメに進んで行く中で、唐突にくるのでインパクトが大きい。

ラストも野崎くんを奥側に配置しておいて、千代ちゃんを右からINさせて追いかけさせる。これがいいなあ、ボーイミーツガールなストーリー、片思いなパラス千代ちゃんの良さがよく出ていると思います。



◯シュタインズ・ゲート [2011]OP「Hacking to the Gate」


コンテ:浜崎博嗣 / 原画/坂井久太、大島縁ほか
曲:Hacking to the Gate / Vo:いとうかなこ / 作詞・作曲:志倉千代丸

ほぼ言うことなしの2着。
自分の人生上でもトップのアニメーション作品。ゲームも好き。OPはやっぱり序盤かな~序盤のモノクロタイトルから、図形が展開する。ぐにゃあっとこう時空に吸い込まれる感じがいいですよね。その後も、いくつもの平行世界を示唆するであろう、キャラクターの細かい残像、オーバーラップの表現が良い。

後半のセミとトンボが好き、いいですよね。寿命が短いかれらは、シュタゲそのもの内容と、舞台である夏を想起させる。




▲ガッチャマンクラウズ [2013]OP「Crowds」


OP監督・演出:吉邉尚希 / 原画:橋本敬史、ヨツベ、嶋田和晃
曲:Crowds / 作詞・作曲:WHITE ASH

ここは4、5着と僅差だったか、そんな3着
ドラムとの小気味良いカットの切り方がやはり見事ですねえ、ガッチャマンクラウズOPは。あとはここまで自然体に実写映像を使われると閉口する他なく、CGメカ・エフェクトともに良く、キャラも立ってる(※開始7秒でキャラは紹介しきってるw)。1期は累くんとベルク・カッツェの物語なので、ここが強調されているのもいいよなあと。

ガッチャマンメンバーはそれぞれ、仲良いレイアウトがほとんどな一方で、累くんはずっと孤独・孤立。ベルク・カッツェからは束縛されている。この対比、めっちゃいいですよね。やっぱり良いOPには理由があんだわなあ。ちなみに、ぼくはO・Dがいちばん好きです。



僅差4、5着(掲示板)も紹介

☆進撃の巨人 [2013]ED02


コンテ・演出:立川譲 / 原画:三輪和宏ほか
曲:great escape / 作詞・作曲:cinema staff

進撃の巨人のOP・EDはほとんどすべてよくできていますが、立川譲コンテのED02は圧巻。EDですが、やはりこれは圧巻です。まだいろいろなネタバレがされていない(できない)中で最小限の示唆をして、最大限の効果を発揮している。クルミが転がっている理由はよく分からないけれど。

だって、これたしかライナーとか壁外人類がいるってネタバレされてない序盤のときのEDですよ?すごくない?


☆だがしかし[2016]OP「Checkmate!?」

コンテ:平川哲生
曲:MICHI(作詞・作曲も兼)

これねえ、そうとうに迷った。カメラの使い方がめっちゃいいのよ。実験的なカメラもある上に、それが成功している。カメラ演出だけなら、すべてのOPを抜き去る。まるでブロードアピールのような、ごぼう抜きを見せる(意味不)

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アコギとベースで始まってバイオリンに行くのかっこよすぎん?その後、すっとドラム入っていくし、おかしいよこの曲作った人。パステルカラー+蛍光カラーで変化するタイトル、色の使い方もうんめえなあ。

39秒からのカメラ・ワーク
Q・Zoom→Follow・PAN3連続

ここのカメラワークがええんねんやな…これマジで好き

tima

いい映画ですよね~

あまり仔細に語るのも無粋かもしれませんが



あの段階に至るまでに、ティマの感情・認識はいろいろな変遷をしています。
これを追っていくのが大事です。


ケンイチと出会う前(誕生したとき)→いっさいの感情を持たない、アイデンティティも持たない人造人間(※ティマの自己認識は人間です)
ケンイチと出会った後→感情をもち、ケンイチに信頼を寄せる(※ティマの自己認識は人間です)

つまるところ、ティマにとって、ケンイチは自分のアイデンティティの半分以上を占めていました。その後で、ティマとケンイチは離れ離れとなり、自分が人間ではないと知らされます(※雪のシーン、レッド公の息子ロックから)。それでもなお、自分は感情があり人間であるとティマは信じている。ティマは葛藤します、ティマの自己認識は、ロボットと人間との間で葛藤するのです。自分を人間と信じるティマは、ケンイチに会いたがります。それは、レッド公に連れていかれた後の一室ぜんめんに敷き詰められように書かれた「ケンイチ」の文字の異常さによって示されています。

最も重要なのは、「超人の間」のシーンです。ロックに撃たれた箇所から、機械が露出します。ティマはさんざんに自分は人間なのか、ロボットなのか、葛藤をしてきました。機械が露出してしまったので、ティマは自分をロボットと認めざるを得ない。ケンイチと同じではない。自分はロボットであり、先程までレッド公が言っていたすべてを認めざるを得ない。オイルの涙を流します。

「人類はいらない」とすぐさまに判断した超人ティマを、ケンイチはなんとかその台座から引っ剥がします。しかし、「人類はいらない」という判断は消えておらず、その身でケンイチを殺害しようとする。最後の最後、ケンイチに引き上げられながら、ティマはいちぶ作動が戻ります。しかし、その作動や修復は不完全なもので、最初の記憶(1*)しか復元できませんでした。

1*…ケンイチ「自分のことは、ワタシっていうんだ」というティマとの会話


そこで、「ワタシはダレ…?」というティマのセリフになります。「ティマが人造人間である」ということについては、視聴者にさいしょからネタバラシされています。ただ、「ティマが自分をどう認識するのか」についてはいっさい明かされていない。この作品は、ここが肝心なのです。ここがテーマなのです。だから、ぼくらは、ティマと同じスピードでそれを追っていきます。

自分のことを人間だとずっと思っていたティマが、自分は世界を壊す危険なロボットと知る。人間がレイシズムを持って接してきた、あのロボットたちと同じであると知る。感情を失いすべて機械になってしまったかと思えば、もう一度、正常に戻り記憶が戻ってしまう。それも不十分な形で。人間たちに振り回された、この理不尽さが悲しく刺さるのです。


つまり、これは、ティマの自分に対する認識の話なのです。

1、ケンイチと同じ人間だと思っていた
2、機械とロックから知らされた時点で「自分は人間なのかロボットなのか」の疑問が発生
3、超人の間において、皮膚から機械が露出して、自分はロボットだと確信してしまった
4、超人の間から引っ剥がした後は、認識の葛藤がなくロボットとして動く
5、ラストにおいて、感情の機能が戻り、認識の葛藤が再開してしまう

「ワタシはダレ…?」というセリフは直接的には、単にケンイチとの最初の会話です。ただ、これだけの認識の変遷があるので、視聴者側はこのセリフを単純に受け取りません。いや、受け取れません。この女の子はダレだったんだろう、なんだったんだろう。人間の勝手な意図で作られ、人間のエゴで殺される。この女の子はなぜこのような理不尽な道を通ったんだろう。

ロボットを忌避・排除しながらも人造人間を作ってしまった人間(レッド公たち)のエゴと、ケンイチとティマのきわめて無垢でまっすぐな信頼関係が対比されることも一因ですネ。同時期に公開された、「A.I.(2001)」との比較がもっぱらですが、ぼくはあっちを見るのが本当に辛くてですね。宇宙人によって望みを叶えてもらうシーンとか。

こう考えると、ようできとる映画です。メトロポリスは。

( ^ω^)神様に返信するわけではないです。
( ^ω^)こんかいは言葉を調べる時間がないのじゃ



さいしょに。細田作品は例年ジブリとならんで作品公開前に放映されることが多く。とくに大ヒットした「サマーウォーズ」の後、それはそれは大変な期待をもって迎えられた「おおかみこどもの雨と雪」がなんと賛否を分けてしまった。そのために、初稿から8年経つ今でもコメントをもらう。

8年もだぞ8年。どういうこっちゃねん。まあ、これは残念ながら、その後の細田作品が世間が期待したほどではなかったこと、が影響しているんでしょうね。ぶっちゃけサマヲの時にはポスト宮崎駿、これから最高の作品が続いていくだろう、みたいな大きな期待に包まれていましたので。無敗の三冠馬だけど、春天にも宝塚にも出ないコントレイルかな?

はじめまして。
さきほどまで金曜ロードショーを見ておりました。
一言でいえば、つまらないという感想です。

もぞなぎぃさんのコメントにもあるように、1*児童相談所の訪問を悪として描かれていることに強烈な違和感を覚えました。
あの場面では、虐待や育児放棄が疑われてもおかしくない状況だと感じましたが、児童相談所の職員が無表情で、母親を追い詰める存在として描かれているのが不快でした。

また、転校生も雪にしつこく迫り、勝手に怪我をした割には、その点についての言及はなく「おおかみがやった」という中途半端な言い訳をしている点も不満でした。

「おおかみこどもの雨と雪」が面白くない理由
http://royal2627.ldblog.jp/archives/35843350.html



1*
不満点、おおいに同意。
でも、コネとポジショントークしかない、ジャップpoop批評家たちはこれを細田の家族愛の描き方(※噴飯物ですよ)としてみなしたりして鋭くツッコミをしない。分析もしない。構造を考えたり、どのようなものなのかを想定もしない。ここに無思考きわまれり。もっと批評家たちは批判的になれ。当たり前のこと言わすなや。バチバチで戦えよ、クリエイターと評価する側は馴れ合うな。ファック。

(;´Д`)ハァハァ
ふう…失礼( ^ω^)

繰り返しになりますが、金ローで細田作品が放映されるたびに、コメントをいただくことが多いです。エヴァも同様。


「おおかみこどもの雨と雪」はやりたいこと(※世界はとても理不尽で、狼が事故にあったりするのはごくごくあたりまえのこと。そして、その流れの中で生きていくしかないのである)は分かるけれど、それに見合ったことはできなかったという印象。もう正直覚えてねえ。


いちばんは、世界を操作しすぎた感が強い。操作とはなにかというと、児相を露悪的に描きすぎたり、「田舎の頑固者のジジイが実は優しくてマジで田舎幸せハッピー!」ってやりすぎた部分がそうです。これって、そのとある共同体や組織の”良い・ポジティブな”側面(※ないしは、それが過度に誇張されたステレオタイプ;田舎の人・しわくちゃなおばあちゃんは優しい、都会の人は冷たい、ツーブロックの営業マンは怖い)だけを抜き出しているから気色悪く映ってしまうんですよ。

インスタグラムやSNSを皮肉る画像があるじゃないですか

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(※スペイン出身のラファエル・アルヴァレス氏によるもの)


構造としては、これと同じですよね
投稿だけを見ると、このひとはとてもハッピーそうだけれど、隠された苦しみがある。そういうのをすべて排して、幸せの切り抜きを投稿しているよねっていうのがこの風刺画です。もちろん、人生上ではかならず苦しみも嫌なこともある。

そんで、「どちらかの側面だけを全力で抜き出し・誇張して演出すると、めちゃくちゃ気色の悪い映像になるんだね!」ってことが分かったのが、おおかみこどもの雨と雪の一つです。だから、これは演出ミスなんですよ。内容もそうだけれど、演出の割合が大きいとおもう。

世界を操作しすぎると、中立的にこのフィクションの世界が回っているとは思えない。この世界になにか、世界の外から力が働いているように思う。それが作劇では面白くなくなってしまう部分です。

つまるところ、これは、ご都合主義です。
細田の好きな世界で人形劇が行われているにすぎず、ぼくらを渡った普遍的な世界で描かれていない。

「ご都合主義だよね~」と感じる大半は”世界の無理やりな操作”です。


これはこの前の「エンジェルビーツ」でも同じく。露悪的にやればやるほど、描きたい状況・対象はフラットではなくなります。露悪的に描くことのデメリットは、その対象となる出来事など、たとえば児相、たとえば試験に向かう前の悲惨な列車事故、それらに「必ずこの感情を抱かせる」という強迫観念じみた演出になってしまうこと。いったいだれが、それでフィクションに没入することができるんだ?


理不尽の見せ方というのは、道端で人が死ぬのが画面端に映っても、主人公たちはべつだん気にしない。画面もわざわざそれをピックアップしない。とうぜんのことなのだから。それがとうぜん救いではなく苦しみではあるけれど、もはや慣れてしまった。そういうのが理不尽な世界の作り方なんですよ。わざと痛いところを見せない。

けれど、想像はさせる。エヴァのケーブル焼くところの叫び声とか、ですね。つまるところ、これは演出が上手くいっていないということではないですか?

ぼくらは新宿のヨドバシとかに行く時に架線下高架下のホームレスを目の端に入れますけど、過度にピントをあわせたり、それにフォーカスをあわせたりしないでしょ?だから、あれは仕方のないことだ、と自分たちがそう了承しているわけですよね。そういうのが理不尽の基礎です。

細田守は、この「おおかみこどもの雨と雪」という作品で、「世界の流れには人間は逆らえない」、みたいなことを描きたかったらしい。けれど、それは演出的に失敗してしまった。それだけのことです。

ようやくアニメリハビリも始まりまして、なんと2本もテレビアニメを見ました
・Angel Beats!
・神様のメモ帳→(別記事で、いやどうだろう?)
以上の2本です( ^ω^)



周回送れもいいとこだな!(^ω^)

*Angel Beats!(2010/TV)

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監督:岸誠二、脚本:麻枝准
会社:P.A.WORKS


AIRから逃げても、Keyアニメはおれを追いかける。
(※Key絡みとは知らんかったわ…)
タイトル、天使の鼓動?、鼓動ってなんだ、とずっと考えてた。OPもなんか知らんがずっと天使ちゃんはピアノ引いてるし。天使ちゃんの心残り出てこねえし。でもまあ、これはラストで、心臓移植かあ、ということで、やられました。なるほどなあ。そこが引っかかっていたけれど、推測はできなかった。うまいですね。

主人公の人生回想の保険証のサインあたりで察することなんでしょうが、あの辺は露悪的、なんというか、まさしく人生は理不尽で、かれがなにをしたところで世界はなんにも忖度しない。それどころか、救出が間に合ったのは、尽力した彼以外の人物たち。運悪く、かれは後一歩のところで間に合わなかった。という世界の残酷さ(※もっというと、世界はかれを殺すことに加担している感じまである)が、鼻について、あまり見ていられなかった。世界が中立じゃない感じがする。

終盤の影のあたりもすごく好き。天使ちゃんとの抗争も一段落ついたところで、この世界にまた別のエネミーが現れる。天使ちゃんということは、直井くんが連呼するような”神”的な存在がいてもおかしくはない。それが身内にいても。そういう風に考えながら見てました。ミスリードだったような気も。

結果的には、#12で「この世界に愛が現れたら、起動するプログラム」がモブを影に変えて、人格を保っている人々を飲み込むようにしました。んで、これは、愛を知って先立たれた恋人をひとり待ち続けていたとあるプログラマーによって作られ、防衛装置として働いた。「愛を知ると、この死後の世界は永遠の楽園になる」というのは、人格を保ったまま青春をループするってことなんでしょうね。それは楽しいけれど無意味でしかない。けっきょく、みんな死んでいるのだから。ということ。

ちょっと「ビューティフル・ドリーマー」みたいだな、お前な。さて、ここでゆりっぺがプログラム石田彰と対話するのは、彼女の人生と永遠という概念に対立があるからですね。まさに人生は有限ですが、ゆりっぺの妹たちには極端に時間がなかった。だから、対立の構造がきわだつわけですね。


麻枝准という脚本家は、世界や人生の理不尽さというのを全面に押し出しますよね。そもそも、人生なんてものなんていうのは理不尽の塊だと主張している。それがゆりっぺの妹が10分ごとに一人殺害されたり、音無くんがなんとか人生をやり直そうとしたところで脱線事故にあって、尽力しても死亡したり、その音無くんの心臓を移植した天使ちゃんもけっきょくは死んどるやんけ…ってなる。まあ、ぶっちゃけると、ちょっと見た後の気分はさわやかではない。ラストは納得しただけで、いっさいの感動がない。ミステリーのパズルがはまった感じ。

なんだろう、人工的に作られた、パズルのような感動には、人の感情は動かないんですよ。オタクの感情は動くかもしれないけれど。

世間知らずのオタクは置いておいて、ぼくは世界の理不尽さなんて、こんなに誇張されなくても知っている。で、繰り返されるのは、殺人事件に巻き込まれて妹たちが30分で3人惨殺されたとか、ゆいが生前、首から下がまったく動かなかったとか、人生再起しようとしたところで列車が脱線してみんなをまとめたけど結果的に自分が犠牲になったとか、そういう、超特殊ケースを多く出すんですよ。そういうところが不愉快ですよね、見ていて気分が悪い。


ただ、見ている側を不愉快にさせてでも描き通すということは、書き手にはとても強い主張があるはずです。やはり感じるのは、相反するけれど、人生や世界というのはそれでも素晴らしいものなんだと信じたい、そういうものですよね。世界はいっさいの忖度をしないし、凄惨な事故・事件にあった人を救ったりはおそらくしないけれど、その代わりに人・仲間の絆や世界の運命を信じたい。そういう希望に対して、執着じみたものを感じる。だから、ラストには、来世で天使ちゃんと音無くんが、ガルデモの歌を通じて再開を果たすわけで。あそこは予定調和、出さないといけないシーンだったとはおもうけれど、まあやっぱり嘘くせえなってなったかな。まあでもたぶん、あれが麻枝准にとっての救済なんですよ。


岸誠二はやっぱり、こう雑な言い方ですけど、85点のディレクションをしますよね。「暗殺教室」もそうだけど、あと一歩ずれたら、もう見ていられない作品になりそうなところを上手いこと演出する。他の人がやったら、エンジェルビーツみたいなものは、もっと酷いことになっていると思う。題材の難易度が高い。その代わり105点みたいな演出はない感じ。


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#3

アニメで「DUO 3.0」が登場するとは思ってもみなかった。受験図書としてはさほど知名度が高くなかったイメージなので、ようやくメジャーになってきたようで。原作で描写がありますね。まあ、うるかに勧めるのはどうかと思うけど・・・もう片一方は「即ゼミ 英頻」でしょう。ロングセラー実践問題集。なんかZ会っぽい表紙ですが。昔は英頻だと駿台のヤツと2冊でどっちのだみたいな話もあった。

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■単語集
単語集にも流行りがあって、
1990年代「英単語ターゲット1900」/「ピーナツ」
1990年代後半「速読英単語」
2010年代「システム英単語」/「キクタン」/各出版社図書
直近「鉄壁」

こういうイメージで流行ってきたかなあ。アホみたいに流行ったのはターゲットと速単とシス単の3つだと思う。あとはそれぞれの宗派による。「DUO 3.0」は効率的ですが、例文を覚えさせるので英語を苦手としている受験生には向いてない。そして、たいていやり切れない。大学受験向けに出版されていなかったので、社会人TOEIC受験から輸入された感じ。

さいきんだと、「鉄壁」という参考書がアホみたいに流行ってます。進学校専門予備校・鉄録会が出版したけど、当初はさほど受けていなかった。よく見るけど1割もやり切れてないと思う。700ページもあるので。東大という言葉に押されているのかなにかあったのか、まあよくわかりません。

僕なら「シス単 BASIC」を勧める。そこそこ得意なら「速単」だろう。なんにせよ、英語ができない、うるかに「DUO 3.0」の選択肢はいっさいない。成幸は無能。というよりは、参考書の数が多すぎて何を選んだらいいのか分からないのが現状でしょう。今年から共通学力テストに変わりますしおすし。



■こういう系の”教師役”
ぼくべん01.mkv_snapshot_00.28_[2020.06.20_17.14.28]ぼくべん01.mkv_snapshot_12.32_[2020.06.20_17.18.05]
#1

五等分の花嫁01  僕べん01-01
(「五等分の花嫁」5巻/「ぼくたちは勉強ができない」1巻)

オリジナルテキストや問題集を作ってしまう。教えることに対する情熱や貢献・献身を、ひいては彼自身の努力家なところ、面倒見が良いところを示すためなんでしょう。演出の理屈はわかりますよ。それを差し引いても、フィクションだとしても、こういうのは物理的に不可能だと感じるので受け付けられない。まあフィクションだからという理由で流しますけど、やはり違和感を抱くところで。

こういうところから思うのは、「天才ではない秀才」を、あるていどのリアリティをもって描くのは非常に難しいことなんだなあと。ラブコメという前提がある以上、フータローや成幸くんにベタ惚れする部分がないといけないわけです。それは読者に対しても。だから、こういった「不可能だけど彼女たちのために頑張る」部分が必須になる。

ああ、これならおれの好きな三玖もフータローにやってもええわな、「これだけ頑張っているなら」みたいな話になる。それが、オリジナルテキストやプリントといった不可能なものを読者が受け入れられる要因になるわけです。でもまあ、不自然さは拭えない、というのが正直なところ。だって、一日でオリジナルテキストとか無理だもん。それなのに、ちょっと真面目に勉強を教えている描写があると困る。つまり、デフォルメとリアル、どっちに振りたいんだ?、どこまでマジなんだ?となってしまう。

チーズタルトのくだりとか、作者設定忘れてんのか?とか思ったくらい、よくわかんないですよ俺は。まあラブコメだから、という一言ですべて流したほうがいいんです、こういうのは。

僕べんに関しては8話ぐらいまで見ました。いい感じじゃないでしょうか。OPの吉成鋼については触れるまでもあるまい、当時話題になったはず。あとは、汗の描写が面白かったかな。



勉強系ラブコメについては、野崎くんの一言が刺さる
野崎くん02-22

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