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FC2拍手コメ見てる 返すものには返す~

カテゴリ: 感想・評・レビュー等



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#3

アニメで「DUO 3.0」が登場するとは思ってもみなかった。受験図書としてはさほど知名度が高くなかったイメージなので、ようやくメジャーになってきたようで。原作で描写がありますね。まあ、うるかに勧めるのはどうかと思うけど・・・もう片一方は「即ゼミ 英頻」でしょう。ロングセラー実践問題集。なんかZ会っぽい表紙ですが。昔は英頻だと駿台のヤツと2冊でどっちのだみたいな話もあった。

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■単語集
単語集にも流行りがあって、
1990年代「英単語ターゲット1900」/「ピーナツ」
1990年代後半「速読英単語」
2010年代「システム英単語」/「キクタン」/各出版社図書
直近「鉄壁」

こういうイメージで流行ってきたかなあ。アホみたいに流行ったのはターゲットと速単とシス単の3つだと思う。あとはそれぞれの宗派による。「DUO 3.0」は効率的ですが、例文を覚えさせるので英語を苦手としている受験生には向いてない。そして、たいていやり切れない。大学受験向けに出版されていなかったので、社会人TOEIC受験から輸入された感じ。

さいきんだと、「鉄壁」という参考書がアホみたいに流行ってます。進学校専門予備校・鉄録会が出版したけど、当初はさほど受けていなかった。よく見るけど1割もやり切れてないと思う。700ページもあるので。東大という言葉に押されているのかなにかあったのか、まあよくわかりません。

僕なら「シス単 BASIC」を勧める。そこそこ得意なら「速単」だろう。なんにせよ、英語ができない、うるかに「DUO 3.0」の選択肢はいっさいない。成幸は無能。というよりは、参考書の数が多すぎて何を選んだらいいのか分からないのが現状でしょう。今年から共通学力テストに変わりますしおすし。



■こういう系の”教師役”
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五等分の花嫁01  僕べん01-01
(「五等分の花嫁」5巻/「ぼくたちは勉強ができない」1巻)

オリジナルテキストや問題集を作ってしまう。教えることに対する情熱や貢献・献身を、ひいては彼自身の努力家なところ、面倒見が良いところを示すためなんでしょう。演出の理屈はわかりますよ。それを差し引いても、フィクションだとしても、こういうのは物理的に不可能だと感じるので受け付けられない。まあフィクションだからという理由で流しますけど、やはり違和感を抱くところで。

こういうところから思うのは、「天才ではない秀才」を、あるていどのリアリティをもって描くのは非常に難しいことなんだなあと。ラブコメという前提がある以上、フータローや成幸くんにベタ惚れする部分がないといけないわけです。それは読者に対しても。だから、こういった「不可能だけど彼女たちのために頑張る」部分が必須になる。

ああ、これならおれの好きな三玖もフータローにやってもええわな、「これだけ頑張っているなら」みたいな話になる。それが、オリジナルテキストやプリントといった不可能なものを読者が受け入れられる要因になるわけです。でもまあ、不自然さは拭えない、というのが正直なところ。だって、一日でオリジナルテキストとか無理だもん。それなのに、ちょっと真面目に勉強を教えている描写があると困る。つまり、デフォルメとリアル、どっちに振りたいんだ?、どこまでマジなんだ?となってしまう。

チーズタルトのくだりとか、作者設定忘れてんのか?とか思ったくらい、よくわかんないですよ俺は。まあラブコメだから、という一言ですべて流したほうがいいんです、こういうのは。

僕べんに関しては8話ぐらいまで見ました。いい感じじゃないでしょうか。OPの吉成鋼については触れるまでもあるまい、当時話題になったはず。あとは、汗の描写が面白かったかな。



勉強系ラブコメについては、野崎くんの一言が刺さる
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ときどきみる

こういう意見を時々見るんだけれど、いやそれは違うかな、たぶんそういう経験がない人の理想論だなあと思ったので。おっこほど若くはないにせよ、似たような日々を送った自分からすると、若おかみの見方は随分と異なる。



自分の父親は塾を経営してました。全科目、そして事務処理も含めて全て1人でやっていた。で、2年ほど前に急逝しました。だれが残務処理をするか、そこで割と復職が楽であり親父の塾の最後をきちんとやってあげたい自分が手を挙げました。というか、まあ正直に言うと自分にしかできなかった。

親父が急に死んで、たった1人で塾の残務処理(精算)をする、そして、塾をそのまま続けるか決断を迫られた。随分きつかったけれど、まずは身内の死亡の際に「じっとしている」とおかしくなりそうになるんです。忙しい方がいい。これから受験の生徒に対して最大限できることだったり、自分なりになんとかやる。ご父兄のみなさんとの面会でも、たとえば、他への転塾はどこがいいか、とか相談に乗る。関係会社と連絡を取り合う。銀行や役所に毎日行って煩雑な手続きをする。これほんの一部ですけど、それだけ忙しいと、親父が死んだ事実と四六時中付き合わなくて済むんです。




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成長物語として描くのは異常だ、という言説がありますが、いや、親が死んだ時点で成長せざるを得ないんです。だってこれから、おっこは少なくとも「両親がいない子供」として生きていかなくてはならないんですから。そして、おっこを一人にしてぼーっとさせてはいけないんです。これは確実に言える。彼女に休ませる時間を与えようっていうのは、いっけん優しく見えるんですけど、時間をたっぷりと与えても、ただ四六時中ぼーっとして親の死と向き合うわけなんで、おかしくなりそうで余計にきついんです。だから、おばあちゃんは若女将に据えたんじゃないかな。なにかの役目を与えてあげることで、彼女なりに熱中できる部分を用意した。

ラストは微妙だけど、物語の全体構造が、なにか現実とはかけ離れた異常なものであるとはまったく思いません。むしろ、監督はこういった経験をしたことがあるのではないか。それぐらいの勘ぐりをしてしまうぐらいには、「身内の死」についてはリアリティのある映画でしたよ。


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ワニくんの『~まで 残り(あと)◯日』というフレーズは、「まほろまてぃっく」が元ネタではないのか、という声が散見されました。しかし、もともと「宇宙戦艦ヤマト」の頃からありますので、これについては日本のサブカルチャー上ではとくだん珍しくもないかと思う。

まあ、要するに日本では受け入れられやすい・目を引く設定ではないかなと。ヤマトも毎週放送でしたから。古典的な方法に近い気がする。


さて、100日ワニくんについては、いろいろな想い・意見・批判が飛び交いました。ワニくんに生きていて欲しいだとか、100日目はどうなるんだ、商業展開が速すぎて仕組まれていたんじゃないのか。純粋に鑑賞したことや、あのときの感動を返して欲しいという言及まであった。相対的に見ていくと、モヤモヤが残った人が多いんじゃないんでしょうか。

モヤモヤが残った人にはおそらく、なんとも言えない気持ち悪さを抱いたと思います。では、この「ワニくんを巡る一連の流れ」は一体なにか。これは、オチがない「トゥルーマン・ショー」なんですよ。




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■トゥルーマン・ショー(1998)/主演:ジム・キャリー/脚本:アンドリュー・ニコル

今の人にとっては「イエスマン」の人であろうかジム・キャリー。昔は「マスク」の人で通じた。「トゥルーマン・ショー」はコンテンツの消費者をシニカルなオチであざ笑った傑作です。みんなが抱えているモヤモヤはこれでだいたい解決するとおもう。

名作ですから知らない人なんていないと思うけれど…
まずは、お話をざっくりと見ていきましょう。


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生命保険会社に勤める”トゥルーマン”はいつも笑顔なサラリーマン。
美しい妻を持ち親友もいて人生順風満帆といった感じ。


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しかし、そんな彼にも苦手な場所があった。それは水辺。子供の頃にボートが転覆して、一緒に乗っていった父親を亡くしてからは近寄ることすらできない。小さい橋すら渡れない。


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そしてある日、なんと死んだと思っていた父親を見かける。けれど、父親はすぐさま誰かに連れ去られてしまい話すこともできなかった。「父を見たんだ」と母親に言っても、妻に言っても「よくあることよ」と言われて信じてもらえない。


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自宅の地下室でふさぎ込みトゥルーマン。袋から取り出したのは、大学生時代の想い人・ローレンのカーディガン。右画像のおばさんが言う通り、そう「彼女を忘れられない」んだ。

え、いやいや、このおばさんはいったいだれだよ。
まるで彼のすべてを知っているかのような素振り。そう、残酷なことにこれはTVショーなのです。おばさんはそのいち視聴者で、トゥルーマン本人の生きている世界は「作りもののTV番組」だった。


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彼の生きる世界は、人工的に作られた巨大なドームの中によって全てが操作されていた。天気も、車の渋滞も、流れるラジオや、風景に至るまで。このTV番組に出てくる商品はすべて宣伝のためのものであり、この番組内宣伝(今風にいうと;プロダクト・プレイスメント)を行うことで、CMを挟むことなく24時間生放送を何十年も続けてきた。彼が望まれぬ子としてこの世に生まれてきてからずっと。水辺に恐怖症を持たせたのも、この世界から出ないようにするため。なんたることか。


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父親との再会をきっかけに、過去のローレン(本名:シルヴィア)の言葉を思い出す。「あなたはみんなに見られている、あなたの前で芝居をしている」と。トゥルーマンの世界に対する違和感はどんどん深まっていく。


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会ったこともない警官が、なぜか自分の名前を知っている。
口論の最中に、妻がなぜかココアをやたら詳しく紹介し飲もうと提案してくる。


この意味の分からない状況に、トゥルーマンの抱く違和感は最高潮に達し妻と刃物で喧嘩になってしまう。幸い大きな事件にはならなかったけれど、彼と世界のズレはもう限界だった。そんなズレを解消するために、番組のディレクターはある手を打つ。

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そう父親との再会だ。血縁的にはいっさい関係はない。視聴者を感動させるように、ディレクターはたっぷりと細かく演出する。カメラワークから音楽に至るまで。


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まるで宇宙飛行機の打ち上げに成功したかのような歓喜と祝福の表情。トゥルーマンが捨てられた子と分かっているはずなのに。ワニくんにも同じような「気持ち悪さ」があります。そして、それをみんな感じていた。だからモヤモヤしているはずです。



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さて、これでトゥルーマンが抱いた違和感も消えたかと思えば、そんなことはなかった。彼は正気に戻ったふりをして脱出を試みます。トゥルーマンがいないことに気付いた番組スタッフたちは、TVを止めエキストラを総動員して彼を探しますが、島のどこにもいない。


残るは──
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水辺は彼の最も苦手なところでした。それ以上にトゥルーマンは本当の世界が知りたい。隠しカメラには真実を求めシルヴィアを求めて、ボートに乗るトゥルーマンの姿が映る。ディレクターは彼をこの世界に戻すために、転覆ギリギリまで海を操作し彼の心を折ろうとしますが、



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ついぞ彼の心は折れなかった。そして、ついに”出口”へとたどり着く。この壁には僕も衝撃を受けましたよ驚いた。さて、彼は最後にディレクターに「何か話せ!TVに映っているんだぞ!」と言われ、次のように言います。


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つまり、自分のいつもの挨拶をしたんですね、ごきげんようと。


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脱出成功に、狂喜乱舞する視聴者たち。
この辺はワニくんで「感動した」と騒ぐ人たちと構造がいっしょですよね。



しかし、真にシニカルなのは最後の2カットなんだ。ぶっちゃけここまでは前フリにすぎない

★★★
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さっきまで「トゥルーマン・ショー」に夢中になっていた視聴者は、なんの余韻もなく、すぐさま別の番組に切り替えます。ここが凄まじい。これが冒頭に述べた、コンテンツの消費者をシニカルにあざ笑ったシーン。

TV番組「トゥルーマン・ショー」じたいが重要なのではなく、コンテンツじたいが流れている・存在していることが重要である。そんな視聴者だらけだろう?中身なんて関係ないだろう?そのときそのときにみんなで盛り上がれたら気持ち良いだろう?、という皮肉を本映画では明確に突きつけたわけです。




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(これは「日本誕生」における木上益治作画のワニ→研究本

誤解を招きたくないので、いちおう。ワニ本編=映画「トゥルーマン・ショー」ではありません。ワニを取り巻く胡散臭さや消費者の喜怒哀楽、これらを含めた状況が映画「(シニカルさのかけらもない)トゥルーマン・ショー」であると僕には見えた。考えていくと、そうにしか見えなくなった。だから、気色悪いなと思ったんです。シニカルさがない「トゥルーマン・ショー」というのはすなわち、このオチである2カットがない、ただトゥルーマンの脱出劇を喜んで終わりというだけですから。

シニカルかどうかはどうでもよくて、創作作品なのにオチがないからみんな困っている。「ワニくんの死んだことでオチてるやん!」と思われる方もいらっしゃるだろう。いや、ワニくんの死というのは、「トゥルーマン・ショー」における「脱出成功」なんですよ。つまり、あらかじめ決まって(予期されて)いること。ワニくんの死んだ後の、その先のオチがないと完成しないんですよ、こういうメタ作品は。

たとえば、ねず公が黒幕でした、でもそれなりに納得できる。賛否は分かれるだろうけど、ただ読者に与えられたメタ情報(100日後に死ぬ)がそのまま遂行されただけでは完成しない。クリエイターとしては最低です。オチを放棄したので賛否もクソもない。だから、みんなモヤモヤして困っている。

それなのに、なんか知らないけど、1時間も経たないうちに、当然いきものがかりが何か歌うらしいし書籍化もされる、映画化もされる。そりゃモヤモヤも増してとうぜん。ステマ・広告代理店案件と言ってもいいけど、それより僕らがこの件で学ぶべき教訓はトゥルーマンの思考です。

流されず、自分の目で見て、自分が考えた・感じたことを受け取って、前進していく。自分の判断力を十全に信じ切ってあげる。まあ作品が、何らかの組織的な操作や仕掛けをされているといった単純なことでも萎えますけどね。もちろん。それはもはや作品ではありません、棚に陳列される商品です。


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あとはなんか調べていくうちに、面白そうなワニの絵本が多かったのでそのリンクだけ貼っときます。あんなものを読むくらいだったら、もっと有意義なワニの絵本買いましょう。拝金主義は怖い。以上。

ワニの絵本
https://00m.in/LARAe


ある日、女子高生・紗倉ひびきはダイエットのためにシルバーマンジムに通い始める。ジムで同級生や先生と出会い、ときにはよく分からないライバルとぶつかりながら、初めてのジムに戸惑いながらも筋肉を鍛えていく青春群像劇。という感じの物語。


画面雑感の前に、スタッフについて少し

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監督:山﨑みつえ
キャラクターデザイン:菊池愛
脚本・シリーズ構成:志茂文彦
制作:動画工房

脚本家の志茂文彦(しもふみひこ)さんは、ここ20年ぐらいずっと最前線にいる感じですね。近年だと、「NEW GAME!(2016)」「りゅうおうのおしごと!(2018)」「すのはら荘の管理人さん(2018)」などでシリーズ構成・脚本を担当。気になった方は過去作を見ることを推奨。
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画面・作画についてですが──やはり特筆すべきは、あのことですよね。お分かりの方も多いと踏む。









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ジーナが可愛かった!(完)
いやあ、やっぱねえ。アルビノ、ショートカット・ボブ、ツリ目。これでほぼ120点。ストレートヘアーで50点。ボブ×ストレートヘアーだと掛け算になるので6000点。とにかく、かわいい。他のキャラとかどうでも良くなってしまった。世界史の先生は好きだよ!やっぱり…ショートカットを最高やな!


ジーナの服/ファッション
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目を引いたのは11話のジーナの服。かわいいよね~


最近のリアルな流行としては、ボア素材のパーカーやジャケットがあるんですが、これがまあ小汚くて辟易していた。

クソダサボア

基本的にダルダルなのでスタイルがよく見えない、清潔感がない、使い古した人形みたいな色合いが多くて暗い印象を与えるの三重苦。センスもクソもあるかいな。世の女性はジーナ・ボイドを見習え。


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(だらしないひびきとの対比)


11話のジーナは、
・スキニーパンツ/濃い目のカーキ
・首元にワンポイントの無地インナー/オレンジ
・ややショートなジャケットコート/濃い目の赤



シンプルな色合いとスキニーのタイトさにより、スタイルがよく見えて濃い赤がキレイに映える。全体的に落ち着いた雰囲気になり、他の3人と比べると大人っぽくなる。
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ジャケット・コートの参照例
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これはちょっと長めだけどやっぱ胴回りのスタイルがよく見えますね
5000円って安いな~良い


こうなると、足元も気になってくるのが自然の摂理ですが、
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スニーカーかなあ、ちょっと厚底なローファーな気もする。でも、ジーナってロシア(モスクワ)に住んでたじゃん。じゃあ、けっこうしっかりした防寒靴を履いていたのではないか。つまり、ショート・ブーツの線が濃いと思う。朱色のソックスも見えてないしなあ、けっこう深めな感じ。どうだろう?

ともかくとして、ジーナはとてもかわいかった。良作でした。



画面雑感のはずが、ジーナ雑感になってしまった。

まあ、画面・作画は、
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フォロースルアンドオーバーラッピング・アクションをがっつりと意識して描かれている。このアクションは原則のようなものです。髪の毛が遅れてついてきたり、ポーズを決めたジーナは止まるけど髪の毛は左右に少しだけ動き続ける。そういうことを指します。

1つ目は、顔の前で左手にポーズを決めるじゃないですか。その前の艶やな予備動作がハラショーですよね。2つ目は、関節の動きもタイトな服によって、1つ目より少しだけ重たい感じになっている。1つ目のOPみたいに、いつも滑らかに関節描けばいいとか決して思ってない。ジーナが踏ん張るときに、お腹や左の肩・脇腹あたりが(タイトなジャケットの影響を受けながら)止まらずに少し動き続ける。これスゴイうまいよね。


この世界の片隅に(2016/劇場)



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片隅でいちばん印象に残ったのは、このカット。爆発から絵の具へにシームレスにマッチカットされていく。荒々しい筆の叩きつけは暴力的に映る。



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放射状に広がっていく焼夷弾


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機銃による攻撃で地面や木が抉られていく。この前後の機銃によって街が傷つけられるシーンは、その削られていくタイミングがきわめて光っていた。




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馬鈴薯だったっけ。この辺のシーンも好きですよ。楽しそうなすずさんがいい。


★★
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PVから大好きなワンシーン。まな板バイオリン。馬鈴薯から楽しくなってきているすずさんを見て、いいカットだなあと。レイアウトが良い。画面右のダブラシ煙や柱が、すずさんに目を向けさせる。つまり、画面の中で、「もうひとつの画面」を作っているというわけです。

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手前の柱やダブラシ煙はそういったために配置、レイアウトされている。




片隅といえば──

やはり、僕にとってはキャラデがすごいなあという映画でした。
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感覚的ですが、頭身が3、4頭身ぐらいしかないのに、なんかうまいこと写実的なアニメになっている。正確には言えないけど、少し頭の大きさなんかが変わっただけで、このカットは成立しない気がする。なんで、これでかわいらしい女の人に見えるんだろうね。


このキャラデも相まって、やはり家の中のレイアウトは相当に工夫されていた
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四畳半の居間に4、5人いて大変に面倒くさそうなレイアウトばかり。二枚目の俯瞰画面は特に良い。こじんまりとした感じの中でも、障子は開いているので、さほど窮屈になってない。レイアウトについては、相当に大変だったと思う。



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すずさんが泣いた理由、怒った理由は、他の人ほど分かってない気がする。すずさんは最後までやり切るつもりじゃなかったのかな。だから、ずっと笑っていたし、はるみちゃんと右腕を失って絵が書けなくなった後も何とかぎりぎりで生きていた。

つまり、よう戦争はしらんけど、こんな中途半端なら最初からやるなという風に、すずさんは思った。はるみちゃんと絵を失った時点で、「最後まで戦い抜く、だからすべてに耐えられた」というすずさんの言葉には偽りなく、そういう思いで生きてきた。たぶん、本当に自分一人になっても抵抗するつもりだった。

と思っていたら、終戦。もう戦えなくなってしまった。なんで、こんなにボロボロになって耐えてきたのか。そんな中途半端さに、激情した。




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この辺は圧倒的でした。ここまで、まったく残酷描写のなかった片隅において、きちんと毒というか、現実を最後にぶっ込んでくるところはすごい。すずさんもとりあえずは幸せになっていくんだろうみたいな最後でしたから、そういう安堵していたところに来ると余計に衝撃が走った。

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