GOMISTATION

足が絡まっても、踊り続けて

カテゴリ: 感想・評・レビュー等


「このすば」から見る、アニメのテンポ 
映像における「テンポ」とは、割とこれで詰められた。2つポイントがあって、「予測」と「省略」でした。僕らが予測できる部分において、予想以上の映像が流れなければ、それはテンポが悪くなってしまう。逆に、上手いこと省略したり、予想以上の映像を流し込めば、それすなわちテンポが良くなっているということだろうと。


それで、「テンポが目に見える」例があるので紹介したい。

03]15]

これは「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」という映画の中のいち場面です。まあこの物語は手っ取り早く言うと、親の離婚を認められずに、家出した主人公は食っていくために詐欺師になった。そんで、家族を取り戻すためにお金を貯めていたんだけれど、現実上手くはいかなかった。

この場面では既に刑事に捕まって飛行機に乗せられている。それで、刑事から父親が亡くなったと伝えられる。家族という関係が無理になってしまい、もう絶望して飛行機から脱走するわけです。尊敬していた両親なわけですから。そうなると、もうすることは一つで、母親の元に向かうしかないじゃないですか。親はもう母親しかいない。次のカットの入り方が凄い。

20180210132750

何を伝えたいか明確でしょう。カットの繋ぎだけで言えば、飛行場から直に母親の家に来ている。どうやって警察の包囲網を掻い潜ったんだとか、整合性は取れないかもしれないけれど、そんなものは大きなメッセージの中では気にならない。アニメ・映画によくある無駄な回想シーンなんかは必要ない。実際、そこに至った時点で示せばいいんだから。

それで、彼の家族というものは、とうの昔にとっくに崩壊していた。その事実からずっと目を背け続けていた。無垢な少女と窓越しに話す中で、主人公はその事にやっと気付くわけです。それで、もうどこへでも連れて行ってくれとなる。見てる方は、間髪入れずにカットとお話が進むもんだから没入する。没入すれば、それはつまり、自然なテンポで流れていきますよね。呼吸がお互いに合っているというか。

突き詰めると、「テンポ」とは「冗長にする必要がないところはバッサリと切るか否か」、という事にほとんどは帰結すると思います。もう少し正確に言えば、「予測できる部分は省くか、予測を裏切る映像を作るか」です。誰だって長々としたお説教なんて聞きたくないわけですから。整合性の恐怖のために、いろいろ省けない映像が多い。あとは、極めて正確に伝えたいがために、回想や無駄なシーンが多い映像も多いなあというのが最近の映像に対する感想です。だからといって、回想省いて小刻みなカット割で必ずテンポが良くなるかと言うと、そうでもない。


「進撃の巨人」は、2010年代どころか、21世紀を代表する漫画になるだろうなと半ば確信している。




同系統、未知なる力・強大な力へと挑む「亜人」「モンキーピーク」「自殺島」なども十分に面白い作品である。しかし、これらは、ある種、キャラクターの行動が完璧すぎる。きちんとキャラクターがそつなく動き、そつなく失敗する。別にこれらの作品を貶める意図はないが、どこかしら、完璧さが際立つ。そこが、進撃との最も大きな違いである。

進撃の巨人は、どこか不安定さを含んでいる。エレンを想いすぎ、間接的にリヴァイを傷つけてしまうミカサ。アルミンを助けたいがばかりに、上官に刃を向けるエレン。不完全で不安定な感情や雰囲気を背負った、この作品は、そのおかげで、リアルなものとなっている。

感情によって揺り動かされ、時には成功し時には痛手を得る。こういったものは説得力を増す。ついぞ、エルヴィンは、自分の仮説を検証したがっていた。地下室への渇望があった。一度こそ揺らいだものの、リヴァイの説得により、戦場で死ぬ。

このような葛藤こそが、リアリティあふれる描写であり胸踊る要因ではないか。また、これが正しいと思われる選択がないのがいい。寄生獣も、正しい選択などない中で、選択を迫られ決断をする。失敗したり、後悔したり、嬉々と喜んだり、成功したり、人生そのものの本質が選択であると突きつけられているようだ。

不安定さ、未熟さ、不完全さ、こういったものを含んだ等身大のキャラクターの動きは、身近なものだ。身近なものはリアルさを醸し出し、そのリアルさが説得力を生み、説得力が没入のきっかけとなる。ああ、よく考えてみれば、エヴァなんて、その典型ではないだろうか。1ページで心踊る作品など、今しばらく見ていなかった。


映画の話でもしようぞ



■ゲーム (デヴィッド・フィンチャー)

誕生日プレゼントに弟から、CSVというサービスを勧められる。それから、ジェットコースターのように、二転三転していく物語は、同時に視聴者も疑心暗鬼にさせる。オチがいまいち。どうにも、腑に落ちない感じがした。


■キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(スティーブン・スピルバーグ)

実話を元にした映画である。詐欺師役を演じたのはレオナルド・ディカプリオ。詐欺師の巧妙な手法や、刑事とのやり取りが面白い。特に素晴らしかったカットは、カールとフランクが二人で空港の通路を通りながら、会話をする長い1カットだ。お互いのことを思いつつ、それでも、やはりそのことについては触れることができない切なさがにじみ出ていた。本作品で特に重要なテーマは、「家族のあり方」だろう。それがしみじみと伝わるのが、毎年のクリスマスにおけるフランクの行動であった。


■オデッセイ(リドリー・スコット)

火星に取り残された植物学者が、生き残るために最善を尽くす話。見るのは二度目だったので、やや見方も変わった。ワトニーが畑を耕し、地球と交信を取ろうと試みる辺りまでは、素晴らしく面白い。だけれど、サプライの打ち上げが失敗して、仲間が助けに行くという展開になった辺りからは、ワトニーがやるべきことは殆ど残っておらず、彼以外の人物を多く映す。結果的に、モンタージュと音楽を多用する羽目になっている。この点で、後半は単調気味になっていた。

ただ、初見でも二回目でも同じ感想だったのは、その音楽の選定の巧さだった。音楽という要素は、船長のダサいディスコミュージックから始まって、最後まで付いて回るもので、特に「Starman」はカッコイイので音楽に聞き入ってしまう。結果、映像にも釘付けだった。謎中華資本の登場は、まあ、これだけ多くの人が国を超えて協力し合う必要がある、ということを示すものだろう。

↑このページのトップヘ

©GOMISTATION 2012-2017 All rights reversed