GOMISTATION

足が絡まっても、踊り続けて

カテゴリ: 感想・評・レビュー等


脚本・演出・作画


28]

これまでの中で最も面白かった。まあギャンブルにはもう何も言わないと先週決めたので、内容を追っていくことはしないけれど、夢子の煽りブラフ、煽り耐性ゼロの糸目おばさんの描き方が良かった。煽りブラフってそうだよ、これがギャンブルアニメだよなあと思い出した。煽って煽って、相手を挑発して、実はただのブラフでした、挑発に乗った相手が後から気付いて、ハッとするタイミングが良い。ただ、「様子見とけ」と生徒会から言われたにも関わらず、安易に挑発ブラフに乗っちゃって案の定負けちゃうのは、生徒会役員の強さ、ひいては会長のラスボス感を増幅させるのには繋がらないのでは?

だいたいなんだよ、「生と死と」って名前はよおダセえんだよ、ギャンブルアニメっていうのは、こうもっと、ギャンブルの名前からカッコイイもんなんだよ剣の刺さる位置が任意で決められるのは百歩譲るけどそれがなんで二十四だったかってまさかの西洞院だったからなの?そんなダサい理由で何のひねりもなく本当に決めたとしたら頭おかしいと思うし勝算なくてもいいとか言い張ってんのになんでラストバトルは二十四に刺さってるのが確定的に扱われてんだよとかおかしいだろお前さWeb漫画続けてたほうがみんな幸せになってONE先生みたいにちゃんと自分の漫画がアニメ化されたんじゃねえのかキャラクターじゃなくて作者のほうがよっぽど短絡的すぎねえかお前牛乳先生時代のほうが



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やっぱり…映像は最高やな!ここのシークエンスは相当かっこいい痺れた


三点透視+3D背景(広角気味?)+剣にフォローPAN


あと、糸目おばさんの吐息

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まさか賭ケグルイでエフェクトが見られるとは予想外。ちょっとぼかしかかってるかな。このじんわり感、ああ腹の底から、夢子への憎悪が詰まっている感じがして良い。フォルム見ると政勝さんぽいね。


そうそう!Aパート序盤の早乙女の動きめっちゃ良かった。

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ちょっと右に身体預けて、反動で踵を返して部屋から出ていく。呆然自失の早乙女の足元がおぼつかない感じをうまく表現してる。俺もパチンコで5万ぐらい負けたらこんな感じになるからよくわかる。だれが書いたかは分からんな~



レイアウト

23]

パースが効いて奥行きが出ている画面。安定感がある。なんか良いですよね、なんでだろう。なんか良いけど、パースが効いてる、で終わらすとちょっとアレじゃん。もうちょっと踏み込みたい。画面左、屏風あたりの空間が気になる。


写真の構図-三角構図
http://space.geocities.jp/kawananoriyuki001/kouzu.html#sankaku


タイトルなし02タイトルなし

なんかこじつけっぽくて、これで良いのか悩んだけど、3人が安定しているからかなと。じゃあ、左側の空間はなんのためにあるんだよとか思ったんだけど、これは消失点の問題かなと思う。消失点は、糸目おばさん付近にあって、糸目おばさんを中心にすると、空間が大体同じになる。だから安定してるのかなーと思いました。いろいろ読みましたが、ぶっちゃけ、よく分かんないです。


「投票ジャンケン」は、その投票状況にもよりますが、最終戦で夢子がチョキを引ける確率は、約27%ぐらい。つまり、普通のじゃんけんとほぼ変わらないところまで、持ち込めた、というわけです。この確率の絶妙さには感銘しましたが、これを描写していないことで全てが台無しになっている。描写すれば、ああ、これぐらいは引いて当然とも思えるものなのに、なぜ描写していないのか。




アニメ制作スタッフに起因するのか、それとも原作から、このような仕組みなのかを知りたくて、1、2巻だけ購入しました。結論から言うと、原作がギャンブル漫画に必要な描写をしてない。

で、そもそも、ギャンブル漫画には何が必要なのか?
大雑把に以下のような描写が必要と思う。



1、ギャンブルの説明
2、最善手に迫るための伏線描写
→(a)キャラの思考
→(b)観察
→(c)行為
3、最善手のバラシ(ネタバラシ)


1は当然として、本題は2から。最善手とは「どのような手を使えば、勝てる勝算が大きくなるか」みたいなものだと思ってください。今回のケースだと、「手の偏りを知ること」ですよね。最善手に至るまでは、夢子は周りを観察していないように描写される。たとえば、投票状況を伺ったり、投票場を見つめたりする描写がない。そして、思考の描写も少ない。とうぜん、キャラの思考をすべて描くことは、ネタバラシですので、ありえません。ですが、「(敵味方どちらも)何を考えて、この手に至ったのか?」という思考を描いておかないと、3のネタバラシが効果的に働かない。夢子は「投票ジャンケン」の間、ずっと笑顔のままです。これは早乙女からすれば、やや不気味に写るはず。まあ、これぐらいは、早乙女が調子こいてたから、見過ごしたということで理解できる。ただ、夢子本人の思考が、独白や行動どちらでも、まったく描写されないのは、もはや伏線を張れていない状態と同義です。

最善手へと至る思考の過程(ミスリードにしろ)を描かない、伏線を貼らない。これは、ギャンブル漫画を放棄していると言ってもいい。同作者のドミニウム第一編のほうが、伏線をきちんと貼っている。

ドミニウム


2巻のインディアンポーカーにも言いたいことあるんですよ。2枚インディアンポーカーであった必要性はあるのかなあ。イカサマ合戦になってしまって、そもそもこの設定必要だったのか、と感じざるを得ない。イカサマ合戦じたいになるのはいいんですけど、元のゲーム性をガン無視で進行していくというのは、もうなんか、それを選んだ意味がない。

最初に言いましたけど、最後に夢子がチョキを持ってこれる確率が30%あるというのは、本当に絶妙なんですよ。そんなにないと読者も早乙女も思い込んでいますから。これが活かせないのは、もったいないとしか言いようがない。


ギャンブルは何かを賭け、何かを得るものです。高レートになればなるほど、敵が強くなればなるほど、得るものは大きくなっていき、リスクも高まる。で、表題の「勝利に貪欲でないギャンブル」というのは、簡単にいうと、ギャンブル中毒のことです。賭け事をする際に、そのリスク故に興奮し勝ち負けはどちらでも良い。これはギャンブルの側面の一つではありますが、正面ではありません。

面白いギャンブル漫画に共通していることって、「勝利に貪欲だ」と思うんですよ。とにかく、勝てれば、何をしても良い。過程がどうあれ、勝利すれば良い。相手の裏を読み、イカサマをし、またはイカサマを逆手に取って、果ては勝負じたいには負けて命をもぎ取る。

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(嘘喰い37巻より引用)

たとえば、迫稔雄による「嘘喰い」では、「何かを得ようとすると、それ相応の対価がいる」というセリフが多用されるのですが、これがギャンブルの本質と思います。プロトポリス編で、ある勝利のために、その勝負とは関係ない簡単なギャンブルで、なんと主人公・獏は指を落とします。この勝負に拘っている、必死である、そういった事を敵陣営に思い込ませる。結果、獏の作戦は成功。「対価」という概念は、ギャンブル漫画では以前から存在していましたが、たぶん「嘘喰い」で初めて明確に描写されたんじゃないかな。


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(同37巻より引用)

ギャンブル中毒みたいな漫画は、何か違うな、面白くねえなと感じる。こいつ勝つ気ねえのか、アホかと思う。と同時に、そういう態度って凡人側(もしくは敵勢力側)なんですよ。「勝たなくても、この演出が見れた(興奮できた)」と言って、50k投資して、40k回収して「マイナス減って良かった」みたいに喜ぶ凡人が漫画に出てきても面白くない。相手に対してのアジテートはブラフであって欲しいし、くだらねえひと言も何かの伏線であって欲しい。ギャンブルに狂ってるフリをして、実はまったく狂っていない。すべての言動を勝ちに繋げて欲しい。そういう思いがある。

7月から始まるギャンブル・アニメに、「賭ケグルイ」というのがあります。タイトルから見ちゃうと、「賭ケグルイ」はギャンブル中毒者っぽいんですが、こればっかりは、まあ見てみな分からん。ただ、けして「勝てなくても、リスクに身をおいて楽しんでいる」凡人側に来て欲しくない。そんな変な思いがあります。

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