GOMISTATION

足が絡まっても、踊り続けて

カテゴリ: 感想・評・レビュー等


時間は進んでいく。今年も、また夏が来た アッソーレ(^ω^)
※追記祭り


◆アホガール

ハイテンション・コメディ。畳み掛けるようなコメディ、意味不明な理不尽ギャグを緩急なく、どんどん展開していく。ずっとS字の高速を走ってる感じ。まともなサービスエリアが欲しい。赤ちゃんプレイ(3話)の件はぶっちゃけ、けっこうツボに来た。「こんな頭おかしい一家だから、お父さんはまともな役だな!」と思っていたら、あれだからね。俺も風紀委員長に風紀を乱されたい。ストッキングって卑怯じゃない?


◆ゲーマーズ

どこにでもいる高校生、というのは、こういう主人公にこそ言って良いものだと思う。で、散々に、平凡であると謳っておきながら、「実は強かった」「理由なく好かれる」主人公は多く、そういった主人公に辟易していた今までの背景がある。ああ、どうせ、こいつもゲーム強かったりするんだろうな、と思って見ていたら、そうではなかった。そして、理由なく好かれるわけでもなく、なにか特別な何かがあるわけでもなく。完全に、ミスリードに引っかかったという感じだった。

アマノくんは本当に、ゲームについて自分なりの信念があるという点を除けば、平凡である(現状は。しかし、たぶん、この「平凡さ」は彼の最大の武器なので捨てないだろう)。むしろ、自分なりの信念というものがある時点で、表面的に強いだけのキャラクターや、理由なくハーレム状態になるキャラクターよりも魅力的に映った。

[2話視聴後]
えっなにこれは…

[3話視聴後]
これって、「楽しさの違い」みたいな難しいテーマに挑むんかなと思ってたんだけど。2話もさ、上原くんとのやり取りで、一度は自分で黙殺したけど、やっぱ心から感じた楽しさは消せないんだな、みたいな主旨だったじゃん。「言葉にはしづらい難しい感情」を表現するんだな、なるほど、こりゃ期待と思っていたわけよ。なに、恋愛もそれと同じじゃないかって?…たしかに(´゚д゚`)

上の文章クッソ恥ずかしい、消したい。理由なく学校のヒロインから求愛されてんじゃねえか、ファッキューアマノ。まあ、恋はほら、よく分かんないことから発展することもあるからね。あとは、長髪わかめ頭のチアキちゃんかえして欲しいです。以上。どこに惚れたんだろう、それが、1話のAパート序盤の夏場で明かされるのかな?


[4話視聴後]
なんだ、このアマノくんの手のひらでコロコロされている感じは!踊らされている。テンドウと同じく、「ゲームの楽しさ」と「ゲームの勝ち負け」は別物だと(少なくとも、アマノくんにとっては)思っていた。アマノくんは、自分に合わないというだけであり、別にゲーム部の理念じたいを軽蔑していたりはしない。むしろ、尊敬している。ゲームには勝った方が楽しいに決まっているけれど、なかなか勝てないだけ(勝利を目指していない風に周りから見えた)。勝った方が楽しいけれど、ゲーム部ほどのストイックさは合わない。だから、ゲーム部を尊敬こそすれど、ゲームは自分にとって娯楽であり、入部するには至らなかったと。納得。

よく出来てんなあ。これで、アマノくんに「勝ちたいなら、練習しろよ」とか言えないわな。彼にとっては、あくまで娯楽だから。だけど、別に勝ち負けを放棄しているわけでもなくて、勝てたら嬉しいのは当然としてある。「ゲームの楽しさ」という言葉にしづらいテーマをよく伝えていると思う。「勝てないとゲームはつまらない」という感情がずっと自分にあったから、すごく納得しているんだと思う。

全く関係ないけど、各話感想ってこのクオリティのもので良かったんじゃないのかな…



1話Aパート序盤は相当に作り込んでいると思う。レイアウトもカメラワークも、ずば抜けて凝っていた。アマノくんがゲーム屋さんで消滅するところのエフェクトはそこそこ良かった。1話は、間のとり方が絶妙だったので、テンポを紐解く鍵になるかもしれない。

そうそう、あの、髪の毛の輪郭にハイライトが入っていたと思うんだけど、あれ何か面白いね。何でかは、分からないけれど、なんかキャラが引き締まって見えるような気がする。



[追記]
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賭ケグルイは3話で各話終了だ。追うのがつらい。見ててイライラしかしない。そろそろ、何回目だこのハゲと言われそう。

( ^ω^)スイマセン テヘペロミ☆
( ^ω^)・・・

(^ω^)出来ないことはやるもんじゃないな!
(^ω^)でも、挑戦しないのと失敗したのでは明確な差があるから!(言い訳

また爆発を追う生活に戻ります。


脚本・演出・作画


28]

これまでの中で最も面白かった。まあギャンブルにはもう何も言わないと先週決めたので、内容を追っていくことはしないけれど、夢子の煽りブラフ、煽り耐性ゼロの糸目おばさんの描き方が良かった。煽りブラフってそうだよ、これがギャンブルアニメだよなあと思い出した。煽って煽って、相手を挑発して、実はただのブラフでした、挑発に乗った相手が後から気付いて、ハッとするタイミングが良い。ただ、「様子見とけ」と生徒会から言われたにも関わらず、安易に挑発ブラフに乗っちゃって案の定負けちゃうのは、生徒会役員の強さ、ひいては会長のラスボス感を増幅させるのには繋がらないのでは?

だいたいなんだよ、「生と死と」って名前はよおダセえんだよ、ギャンブルアニメっていうのは、こうもっと、ギャンブルの名前からカッコイイもんなんだよ剣の刺さる位置が任意で決められるのは百歩譲るけどそれがなんで二十四だったかってまさかの西洞院だったからなの?そんなダサい理由で何のひねりもなく本当に決めたとしたら頭おかしいと思うし勝算なくてもいいとか言い張ってんのになんでラストバトルは二十四に刺さってるのが確定的に扱われてんだよとかおかしいだろお前さWeb漫画続けてたほうがみんな幸せになってONE先生みたいにちゃんと自分の漫画がアニメ化されたんじゃねえのかキャラクターじゃなくて作者のほうがよっぽど短絡的すぎねえかお前牛乳先生時代のほうが



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やっぱり…映像は最高やな!ここのシークエンスは相当かっこいい痺れた


三点透視+3D背景(広角気味?)+剣にフォローPAN


あと、糸目おばさんの吐息

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まさか賭ケグルイでエフェクトが見られるとは予想外。ちょっとぼかしかかってるかな。このじんわり感、ああ腹の底から、夢子への憎悪が詰まっている感じがして良い。フォルム見ると政勝さんぽいね。


そうそう!Aパート序盤の早乙女の動きめっちゃ良かった。

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ちょっと右に身体預けて、反動で踵を返して部屋から出ていく。呆然自失の早乙女の足元がおぼつかない感じをうまく表現してる。俺もパチンコで5万ぐらい負けたらこんな感じになるからよくわかる。だれが書いたかは分からんな~



レイアウト

23]

パースが効いて奥行きが出ている画面。安定感がある。なんか良いですよね、なんでだろう。なんか良いけど、パースが効いてる、で終わらすとちょっとアレじゃん。もうちょっと踏み込みたい。画面左、屏風あたりの空間が気になる。


写真の構図-三角構図
http://space.geocities.jp/kawananoriyuki001/kouzu.html#sankaku


タイトルなし02タイトルなし

なんかこじつけっぽくて、これで良いのか悩んだけど、3人が安定しているからかなと。じゃあ、左側の空間はなんのためにあるんだよとか思ったんだけど、これは消失点の問題かなと思う。消失点は、糸目おばさん付近にあって、糸目おばさんを中心にすると、空間が大体同じになる。だから安定してるのかなーと思いました。いろいろ読みましたが、ぶっちゃけ、よく分かんないです。


「投票ジャンケン」は、その投票状況にもよりますが、最終戦で夢子がチョキを引ける確率は、約27%ぐらい。つまり、普通のじゃんけんとほぼ変わらないところまで、持ち込めた、というわけです。この確率の絶妙さには感銘しましたが、これを描写していないことで全てが台無しになっている。描写すれば、ああ、これぐらいは引いて当然とも思えるものなのに、なぜ描写していないのか。




アニメ制作スタッフに起因するのか、それとも原作から、このような仕組みなのかを知りたくて、1、2巻だけ購入しました。結論から言うと、原作がギャンブル漫画に必要な描写をしてない。

で、そもそも、ギャンブル漫画には何が必要なのか?
大雑把に以下のような描写が必要と思う。



1、ギャンブルの説明
2、最善手に迫るための伏線描写
→(a)キャラの思考
→(b)観察
→(c)行為
3、最善手のバラシ(ネタバラシ)


1は当然として、本題は2から。最善手とは「どのような手を使えば、勝てる勝算が大きくなるか」みたいなものだと思ってください。今回のケースだと、「手の偏りを知ること」ですよね。最善手に至るまでは、夢子は周りを観察していないように描写される。たとえば、投票状況を伺ったり、投票場を見つめたりする描写がない。そして、思考の描写も少ない。とうぜん、キャラの思考をすべて描くことは、ネタバラシですので、ありえません。ですが、「(敵味方どちらも)何を考えて、この手に至ったのか?」という思考を描いておかないと、3のネタバラシが効果的に働かない。夢子は「投票ジャンケン」の間、ずっと笑顔のままです。これは早乙女からすれば、やや不気味に写るはず。まあ、これぐらいは、早乙女が調子こいてたから、見過ごしたということで理解できる。ただ、夢子本人の思考が、独白や行動どちらでも、まったく描写されないのは、もはや伏線を張れていない状態と同義です。

最善手へと至る思考の過程(ミスリードにしろ)を描かない、伏線を貼らない。これは、ギャンブル漫画を放棄していると言ってもいい。同作者のドミニウム第一編のほうが、伏線をきちんと貼っている。

ドミニウム


2巻のインディアンポーカーにも言いたいことあるんですよ。2枚インディアンポーカーであった必要性はあるのかなあ。イカサマ合戦になってしまって、そもそもこの設定必要だったのか、と感じざるを得ない。イカサマ合戦じたいになるのはいいんですけど、元のゲーム性をガン無視で進行していくというのは、もうなんか、それを選んだ意味がない。

最初に言いましたけど、最後に夢子がチョキを持ってこれる確率が30%あるというのは、本当に絶妙なんですよ。そんなにないと読者も早乙女も思い込んでいますから。これが活かせないのは、もったいないとしか言いようがない。

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