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さむくてエモい時期です

カテゴリ: 2010-2012年アニメ

これに関しては、少しだけ述べておこうと思いまして。概要に関しては、アニメーターの橋口さんがaskで答えていらっしゃいました。

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(引用元:http://ask.fm/TorahArc/answer/110566648498

橋口さんが仰るとおり、次の牌をツモろうと手が入るカット、つまり、「手と牌だけが映っているカット」。これらは全て3DCG(※以下CG)です。手元より上、バストアップ(胸より上を映すフレームのこと)のカット等では、手書きの作画であったり、CGと作画が混在していたりします。(※この記事では、「作画」という言葉を「手書きの動画」の意味合いで使用します。「CG」については、背景であっても動画であっても、「CG」という意味で言葉を使用しています。)


橋口さんのaskを引用させていただくと、「咲-Saki-」における、CGと作画の使い分けの定義はこんな感じになります。

[咲-Saki- CGと作画の使い分け定義]
(A)手と牌のみが映るカットはCGで描かれる
(B)それ以外は、作画のみか、作画とCGが混在しているかのどちらか

この定義は既にシンプルなので、少しだけ一般的なものにします。制作側が想定しているであろう使い分けの区分定義みたいなモンは、「①手と牌のみが映るカットはCG+②それ以外は場合による」と言い換えることができます。

実際に、「咲-Saki-シリーズ」の一作目にあたる「咲-Saki-(2009)」での1話でそれらについて少し見て行きましょう。


(0)「咲-Saki-」における麻雀描写の実例

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咲さんがまだ文学少女だった頃の映像です。それから京太郎もいますね、何もかも皆懐かしい…。ここでは、何となしにCGと作画混じってんなあぐらいに思ってもらえれば大丈夫です。これから詳しく説明をしていく。ちなみに、CG制作会社はサンジゲンです。



(1)CGによって描かれるカット

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ツモ(1.2枚目)、カン、ポン、打牌(3.4枚目)など「手と牌が同じ画面に入った上での動作・行為」に関しては、このように原則としてCGによって描かれます。バストアップのように、キャラクターの顔が入ってしまうと(※腕はCGで、顔は作画でという風に)映像処理できなくなるからです。可能だったとしても、相当に面倒くさそう。


(1+α)CGと作画の画面

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例外として、こういう画面も存在します。ここでは、タコス、和、京太郎はセルで描かれており、「咲さんの手」だけがCGになっているのが分かると思う。麻雀牌、卓は原則どおりですが、別に咲さんの手は作画で描いていてもおかしくないですよね。こういうのを見ると、キャラの顔が画面に入るかどうかというのは、非常に重要な点なんだと思います。



(2)作画によって描かれるカット

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これは前述したとおり、バストアップのカット(1.2.3枚目)で多く使われます。さらに、卓全体の俯瞰アングルのカット(4.5枚目)や、キャラクターの上半身を収めたフレームのカット(6枚目)でも作画によって描写されます。作画によるカットの多くは、キャラの顔が真正面or若干斜めからのアングルで描かれます。つまり、作画はキャラクター重視。これは、後述の「アカギ」でも同じです。


ここまでで、「咲-Saki-」における原則的な「CGと作画の使い分け」については大体理解してもらえたと思います。次は、実践として映像ではどんな風になっているかを分解して見て行きます。



(3)実際の映像(CG・作画の混在)を分解

※これ以降のgifでは、左上の文字が青色の場合は作画で、赤色の場合はCGであることを表しています。

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まずは和がツモ和了りするシーン。1カット目は腕を上方へと挙げていき、2カット目で打牌しています。意外と省略されている動作が多いことが分かりますよね。「腕を振り下ろす」という動作は、オミット(省略)されています。


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こちらは、咲が自分の手牌からわざとタコスに振り込むシーン。カットごとに追っていくと、①CG→②作画→③CGとなっていることが分かる。2カット目では、麻雀牌も作画で描かれている(※というか、ここの作画めっさ上手い…)。「牌を持ち上げる動作」や「打牌の途中動作」が存在してないのに、シーンとしては絶妙に繋がって見えますよね。


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次は、和の打牌シーン。1カット目は作画で描かれ、2カット目はフルCG。これも、手先にカメラが寄るような格好(ポン寄りのような感じ)でCGへと移り変わってる。でもこれらのシークエンスに対する違和感あんまり無いんですよね。咲-Saki-シリーズでは、こういった「動作をオミットして、作画とCGを繋げる」といったパターンがほとんどなのに。

今まで説明してきた、「動作が省略されているのにも関わらず、きれいに繋がって見えてしまう」、この現象を、実は映像用語で「カッティング・イン・アクション」、よく使われる言葉では「アクションつなぎ(ACつなぎ)」と言います。定義としては、「ある一つの動作が始まってから終わるまでの複数のカット割りの2カット目以降」を指します。昔からある手法です。誰が発明したのかは、調べたんですけど判明せず。ハリウッド映画において発明されたようですが。いつ頃からあるんでしょうかね。ともかく、「咲-Saki-」においてはこの「ACつなぎ」を多用しています。



(4)「阿知賀編(2012)」「全国編(2014)」との比較

若干ですが、折角なので阿知賀編や全国編との比較もしておきましょう。


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まずは、16話。全国準決勝の大将戦オーラスで、大星淡が山へと手を伸ばすシーン。これは、第一期でも見られた、名付けて「こいつが最強なんやで」描写です。咲さんも第一話目から、こんなのかっ飛ばしてましたね。カット毎に見ていくと、作画→CG→作画という風に往来してテンポが良い。しかもやはり違和感が皆無。


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同じく16話。「阿知賀編」からは、こういった「煽りアングルで、牌をなめてキャラの顔が映り込む」といった描写が多くなっているような気がします。これいいですよね。対戦相手が相手の手牌に対して鋭い思考を放っているのが分かって良い。一期では見た記憶がない。(※「なめて」とは画面手前に大きな物体が置かれたアングルを意味する)


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こちら全国編の11話。作画→CG+作画→CG。末原さんが姫様の異変をやや察知して打牌しているシーン。これも上記の「阿知賀編16話」と同じく、手前の河牌をなめて咲さんが映り込んでいる。これ本当いいアングルです。2カット目では、打牌する咲さんの手が細かく作画されている。(※これ頑張ったら、手前の牌で隠せるから手の作画しなくてもいいよね。


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ラストは、同じく全国編11話での咲さんのツモ。CG→作画へ。これすごい丁寧なアクションつなぎだと思うんですよ。作画に入る時、難しいアングルじゃないですか。それをしっかりと下からインする形で描けているのは見事だなあと。

後、変態動画を見つけました。


この動画作成者は変態です。言い切れます。何か参考になるかもしれないので、興味がある方は見てみたらどうでしょうか。僕は見れる気がしません。(※だって17分だぜ…)



(5)「闘牌伝説アカギ 〜闇に舞い降りた天才〜(2005)」のCG麻雀描写

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もうお疲れの方も多いでしょう、僕も疲れてます。そろそろ終わりたいんですが、麻雀CGアニメの草分け的存在、「アカギ」を語らずして終わりというのは少し寂しい感じがありますので。打牌の感じも良かったんですが、個人的には、このシーンが一番魅力的だった。


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20話。鷲巣麻雀2回戦のアカギの手牌を右にPANする形で描写。パースが効いてて良いカットです(やはり、麻雀漫画・アニメといえば、パースをきつめに効かしているのがカッコイイ)。鷲巣麻雀での使う牌は、1種類につき3つが透明牌です。そこで起きる、この透明感の描写。凄まじいのは、鷲巣の部下鈴木の服の映り込み方。ラストで最も明確になるんですが、きちんと屈折してるんですよ。

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すげえこれ。CGだけじゃなくて、撮影も相当に頑張って作業したに違いない。このディテールによって、もっとリアルさが増加します。


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18話。煽りから俯瞰アングルへの転換。こういった立体的なカメラワークが多用されるのが、「アカギ」における麻雀描写の魅力の一端であると思う。対面のアカギや鷲巣の手は作画で、それ以外はCG。この立体的カメラワーキングによって、臨場感と麻雀が分からない人にも伝わる「何か良い手が来た」という状況説明になっているんですよね。本当、こういうカメラワークが多用されます。透明感はさっき説明したように、同様に素晴らしい。

これエンドクレジット見ても、「COXAI ANIMATION STUDIO」とかすんごい曖昧な感じなんですけど、何処がやったんでしょうか。最初オレンジと勘違いしてたんですが。「メトロポリス」みたいにマッドハウス内部なんでしょうかね。これ10年前にやってんの本当すごいと思う。



(N)麻雀CG表現

個人的に「咲-Saki-」よりも「アカギ」の麻雀描写の方が好みなんですが、どこらへんが良いのか具体的に分かってない。ただ何となく、重い感じが「アカギ」CGにはあるなあという程度で(後は、やはりカメラワークでしょうか)。次回は、その辺りを詳しく説明できたらなと思っています。「勝負師伝説 哲也(2000-01)」とかも麻雀アニメではありますが、あっちの麻雀描写はほとんど作画ですので、さわり程度にしか触れないと思います。「哭きの竜(1988-90)」に至っては見たことがないです。まあ、どちらにもアニメにおける「麻雀描写の基本」みたいなモンはあると思います。


比較コラ2


カン!(続く)


<参考文献>
2-2-3 <アクションつなぎとジャンプショット>-映像の読み書きについて考える
アニメにおけるマッチカットの実例-大匙屋@セミリタイア 
アニメ用語、絵コンテ用語、映像用語、井上ジェットのカメラワーク大辞典
ジャンプカット-Wikipedia
<ジャンプ・カット手法>-テアトル十瑠 
蓮實重彦×青山真治-怠惰なひな菊 

久々のエフェクト記事で、こころぴょんぴょんしてます。
(※一期です)

■『ソードアート・オンライン(2012)』#19
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黒田結花っぽいなと思ったんだけど、エンドクレジットで確認できず。(佐々木)政勝調のディテール少なめな感じの煙と爆発で胸躍った(こころぴょんぴょんした)。こういった、写実感ある爆発を見たのは久々な気がします。まずデフォルメの代表として、橋本・柿田作画というものがあると思うんだけど、それと政勝系作画どう違うのかというと、爆発・煙内部の線がぐおんぐおんと動くんですわ。あくまで、橋本・柿田作画は、全体のフォルムを動かすんであって、内部のディテールは高密度になるか、模様付け程度で終わるんだけど、政勝系作画って前回紹介した黒田結花みたいに内部の線が縦横無尽に動き回るんですね。それもただ動いてるんじゃなくて、爆発における「膨張」と「収縮」をきちんと内部の線で描いてるんですよ。それが格好いい。作画されたのは、柳隆太(『SAO』作監・原画)さんらしい。(※一応言っておくと、デフォルメ系は劣っているとかそういうことを言いたいわけではない。ただ単に、比較としてデフォルメ系のエフェクトを出してるだけですので。)


同#19
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これなんかは色合いが完全に、アレだよね。言わずもがな、80年代後半の庵野秀明(『風の谷のナウシカ』『王立宇宙軍』)にそっくりなんですよね。初見は真面目にびっくりしました。でもこの色合いは王道的でいいですね。最近のエフェクト作画は、爆発はピンク・紫、もしくは濃いオレンジが、煙は灰色が主流だと思うんですけど、やっぱ赤黒と透過光って最高ですよね。さっきも言ったけど、「膨張」と「収縮」をフォルムの動きというよりは、内部の線の動きで表現してる。新しい爆発も追加してドンドンという感じで作画されてるから、パッと見は二次元的ですよね。濃い黒カゲがあるから、全体を通して見ると立体的になってる。


同#19
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これは今回注目した人とは、また別の人だと思うんだけど(少なくとも1カット目は)、一瞬橋本作画かと思ってしまった。橋本敬史という人はフォルムで動かすと先ほど説明したと思うんだけど、他の特徴としてエフェクト内部のディテールは楕円形のカゲを多く入れるんですね。『機動戦士ガンダムUC(2010)』とか、最近だと『アルドノア・ゼロ(2014)』が分かりやすいと思う。

『機動戦士ガンダムUC』は橋本作画にかかわらず、全体的に橋本調の煙が多い印象。SNIPESこと、小林冬至生さんは、この『UC』でエフェクト作監を務められているんですが、橋本作画からの影響があったりするのかなあと思ってみたりしています。





#20
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お話を『ソードアート・オンライン』のエフェクト作画に戻しましょう。#19のエフェクト作画は、柳隆太らしいということは分かりましたが、#20には参加してない。だから、このカッケエ煙と爆発はまた別の人ということになります。初見時は、(#19と)同じ人じゃないかなあと思ってましたが、今見ると結構違いますね。まあ、政勝系には変わりないんですが。特に、2個目が良かった。内部からぶわあっと盛り上がること(※内側から外側に向かって出て行く感じ)で、爆縮を上手く表現してる。

で、まあ調べていく内に鹿間貴裕さんの作画と判明しました(※gif3個目は確定的、1.2個目は微妙)。鹿間さんは個人的な印象としてアクションが上手い方、という感じなんですが、そういう人はエフェクトをあんまりフォルムで描かないんでしょうかね。ちょっと気になってくる。かの有名な井上俊之もさほどエフェクトをフォルムで描かないじゃないですか(※フォルムでガリガリ押さない)。まあ、あれはまた別の次元の問題なのかな…分かんないや。





オマケ#20
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で、エフェクトついでにこりゃうめえという作画あったのでご紹介。キリトがリーファの腰の剣を取った後に、リーファが剣を探しているシーン。乳揺れまである。突然の事態に困惑しつつも剣を取り出そうとするけども、肝心の剣が無くて驚く描写が上手い。特に左腕の作画。剣を取り出そうとする、手の動きに方と肘が自然と連動していて上手い。『アイシールド21(2005)』で脚光を浴びた、石田慶一さんによる作画。

何かあんま更新できないのもアレなので。
(※一応、Fate、グリザイア、君嘘に関しては必ず感想記事出しますので、ご安心を。少しばかり遅れるかもしれませんが…そこはごめんね。) 

「ソードアート・オンライン」を最近見始めたんですが、いやあそこそこに面白いですね。売れる、人気になる理由も分からんではないです。というかメッチャ分かる。ああ、これは人気出て2期もやるわなと。



■『ソードアート・オンライン(2012)』 #1
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1つ目は、90度回転の擬似バレットタイム。2つ目は180度超えのカメラワークによる、バレットタイムですね。多分そう言って大丈夫だと思う。で、こういったバレットタイムを何故使用するかですが、もう単純にカッコイイからですね。スポーツでも、「ボールが止まって見える」じゃないですけど、そういった「スローモーションのように見えるほど集中できた」経験って誰しもあると思うので。そういった現実に起きる事象の誇張的表現だと思うんですね。だから一見、デフォルメ(ハイスピードカメラで撮られるような)っぽいんだけど、実はめっちゃフォトリアルな表現です。



■ED1
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後は、こういった面白い回り込み作画もあったりしたり。面倒臭そうなのにね、良くやりますわ。ここは回り込みもいいんだけど、髪の毛のリアクション、フォロースルーじゃないけど、行って帰っても上手い。ふわふわしてる感じ上手く出せてますよね。 

シュタゲ劇場版、他の人の感想を読みました。まあ大抵似たり寄ったりなんですけど。 その中でも共通して多かった「キャラの行動が矛盾してる」というのには、あまり賛成できないので少し書きます。

例えば、「オレのことは忘れろ」と言いながら、紅莉栖にキスをする点。
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これは全然おかしくないんです。まず、アニメってどこから発生してると思いますか。現実世界に生きる作者の思考、経験、そして作者に対する他人の言動、社会背景から発生します。現実では、矛盾した行動を時に我々はとります。好きな人を殴ったり、壊したくもないものをわざと壊したりします。でもそれは人間が持つ理性の防衛本能だったり、無意識だったり、当然起こりうる行動なんです。「死にたい」と言いながら、死なないのはその最たる例であります。人間は本質的には、矛盾の生き物です。そんな人間から発生するアニメも、自分で一から創造できるとはいえ、矛盾した言動を脚本に抱えることは避けられないのです。なぜなら人間は、動物のように本能的な行動しかしないのではなく、矛盾した言動もする理性的な生き物だからです。


さて、この前提を踏まえた上で、本題に戻ります。
「『オレのことは忘れろ』と言いながら、紅莉栖にキスをすること」は、本当におかしいことでしょうか。
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オカリンだって当然、自分の存在がなくなるなんてのは耐えがたい現実なわけですし、紅莉栖やまゆりとずっと一緒にいたいに決まっています。これは、アニメの外にいる僕達が思う客観的な事実であり、オカリンの持つ一つの主観的な感情です。「オレのことは忘れろ」と言ったのは、紅莉栖とまゆりの平穏を考えたからであり、オカリン献身的な感情の表れです。これは、RS能力を持ち、数多の世界線を飛び続けたTV版から常に示されてきました。それでも、この言動とは矛盾する「紅莉栖やまゆりと一緒にいたい」という自己的な感情(エゴイズム)を持ってしまいます。これらのように、相反する2つの感情が1人の人間の中に存在している状態を、アンビバレントといいます。簡単に言うと、相反する2つの感情が内在している状態です。(憎悪+愛とか)

アンビバレントは、とても不安定な状態です。どっちに揺らいでもしようがないような状態です。あのシーンは、岡部は自分がいなくなるという前提に立った上で、紅莉栖と最後のお別れと自分へのケジメのつもりで「キス」をしたのです。つまり、自分がいなくなってしまう現実に怯えながら(エゴ)も、それを「オレのことは忘れろ」と彼女らに隠した上(献身的な感情)で、紅莉栖と離れたくないという自己的な感情(エゴ)と紅莉栖の持つ納得出来ない感情(紅莉栖にとってのエゴ)を満足させるためには、「キス」をするしかなかったのです。

合理的な選択として、記憶に強く残すのを避けたいのならば、「キス」などせずにさっさと去るべきです。でも完全合理な生き物はコンピュータであり、人間ではありません。感情という一つの基準があるから、人間は自分に関係のない落し物のために時間を浪費したり、他人にプレゼントを送ったりするのです。だから、オカリンの言動は矛盾していて、むしろ当然なのです。

これは、僕の解釈であり、確かに完全に正しい解釈ではないかもしれません。それでも、上っ面のセリフと行動を照らしあわせて、矛盾してるからおかしいと言うことは、この解釈という次元にすら立っていません。さらに、ここに至るまでに、岡部と紅莉栖の間で激しい口論があります。その文脈も踏まえた上で、アニメを見ていかないと誤った認識をしてしまい、結果「この脚本はおかしい」という短絡的な結論に至るのです。
これは何もシュタゲに限った話ではありません。

「エヴァQ」においても、ミサトのシンジへの愛情と恐怖の感情を読めない人がいて、ミサトの行動はおかしいと語るユーザーは少なくありませんでした。 DSSチョーカーを持つ手の震え方ですべてがわかるのに、ファンがわかろうとしない。艦長という役目で、人工使徒が次々と攻めてくる。しかも14年間も経っていて、どう接するべきかも上手く掴めない。サードはシンジくんが起こしたという、思い込みのようなものがあり、隔離すべきという艦長の役目と助けてあげたいというミサトさんの狭間で揺れていただけなのです。

こういうことを言うと、「ただの妄想だ」「制作者がどういう風な意図で作ってるかなんてお前に分かるのか」と言われがちです。確かに妄想にすぎないかもしれないし、制作者の意図も正確には分かりません。でも分かろうとすることが大事なんじゃないのか、と最近よく思います。

ファンと制作者が相互に交流して作品について語り合うことはまず出来ません。僕らにできるのは、差し出されたアニメーションをどう解釈するかということです。そして、その手がかりとして、監督のインタビューなりがあるんではないでしょうか。僕らは、もっと「アニメ読解力」を高めるべきだと思います。差し出された餌をそのまま食べるだけの家畜ではなく、人間であるべきです。

自分の中では、シュタゲの映像化ってTV版で終わっていたんですが、知人が「スゴい面白いから見たほうがいいよ!Qがクソに見える!」とおっしゃっていたので、重い腰を上げてようやく見ました。

結論を先に言っとくとですね、アニメでハマった人は見てもしょうがないんじゃないかなあと。
これは僕の推測ですけど、リアタイで見てた人ってきっとSF的な要素に面白さを感じたと思うんですよ。まあ岡部と紅莉栖の絡みもハマる部分ではあると思いますが。大きな部分としては、「SFがあった」っていうのは間違いないんです。



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アバンはね、素晴らしいんですよ。この上なく。「あ、これは当たりかも」という感じで見ることができていたんです。紅莉栖はスゴい色っぽいし、飛行機のカットで、ああアメリカから帰ってきたんだなって分かるし、いとうかなこのOP流れるしでもう非常にワクワクしてたわけですよ。


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そんでラボメンと会ったりとか、導入的なところはそれなりに良かった。一見さんお断りには違いないんですけど。まあ流石に、紅莉栖のツンデレキャラ押しは少ししつこかったと思いますが。


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物語のメインとして、「RSを繰り返した岡部に、過負荷がかかっている」ということを説明するカットが最初から何個も挿入されます。劇場版を作る上で、これ以上何をやるのかと思っていたんですけど、この設定はいい。オカリンだけが持つRS(リーディング・シュタイナー)、世界線を跨いでも記憶を完全に保持しつづけられる能力に、何か副作用的なものが無いと確かにおかしい。うんうんなるほど、という感じで説得力がある。


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そんで、「RS=デジャブ」という可能性を見出しつつ、真面目なお話を岡部と紅莉栖がします。こういう真面目で、ちょい真剣なSFタイムはたまらんわけなんです。現実的に見て、説得力が増せば増すほど、面白くなるんです。そして、話の途中で岡部は消えてしまう。この2カットが上手い。岡部がいなかった世界に突然なって、思考と記憶が上手く結びついていかない紅莉栖の行動の表現に感心するわけです。


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鈴羽から言われていたとおり「電子レンジ、携帯、SERN」をヒントにタイムリープマシンを使い、焼き肉パーティ前まで遡ります。ここでラボメンの中にも、少なからず別世界線、タイムリープマシンを作っていた時の記憶がある描写も上手い。みんなそれぞれRSを持っている=デジャブというのが面白いわけです。上のカットは、オカリンがシュタインズ・ゲート(SG)世界線にいるとき(左)と、その近くにいるR世界線に引っ張られて、消えているとき(右)。ここは紅莉栖の表情も合わさって凄くいい。


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上は、R世界線説明をするためTV版でも頻繁に用いられた世界線描写カット。二重らせん構造のようで、ビジュアル的に美しい。しかも、科学的に二重らせん構造は安定的なはずなのに、オカリンにとっては不安定というのも皮肉めいていて面白いわけです。


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鈴羽との対面。ここでもう一捻り欲しかった。年をとった紅莉栖が、科学者と女の間で葛藤して「昔の自分なら、素直に岡部を救いたいと思えるかも」っていう理由にはして欲しくなかったんです。個人的には。でも百歩譲って、ここはまだいい。科学を超えた感情を理由に描くなら、それはそれでとも思えるし、何よりディストピア云々だとTV版の焼き直しみたいで同じ嫌ですし。


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二度目のオカリン消え去りシーン。このドクペが落ちていく表現が上手いなあと。本題は、岡部の存在をわずかながら思い出して泣き崩れる紅莉栖に対して、ダルが「痴漢にでもあったん?」と言うんですが、こんなセリフ言わせるべきじゃない。シリアスシーンだったら、そんなこと言うキャラではないんですよ。焦って「ちょ、どしたん牧瀬氏」とかいうとこなんですよ。流石にアホだろホン書きと思った。


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ここで萎えました。
ウェルズの子供が監督した「タイムマシン」的な展開にしても良かったかな。まあそれだと、α世界線の岡部の奮闘と被ってしまって駄目ですかね。いずれにせよ、一回ショタ岡部が紅莉栖の代わりに死んじゃって、紅莉栖は恐怖を味わい、「SG世界線の岡部に強烈な印象を植え付けるための」解決方法は思いつかないけど、とりあえず過去に行って、キスして解決しちゃった、は駄目ですよ。90分尺なら何でも許されると思うなよと。こんな滅茶苦茶な解決方法で、納得するわけないじゃないですか。もっと、TV版の時のような説得力が欲しかった。


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「返してくれないか。俺のファーストキスを」「ダメ」で、ああただのオカクリだったんだなと。いやこれならOVAでええですやんと。劇場でわざわざやる必要性を内容の点からは、全くとして感じない。ニトロプラスとか5pbがもっと儲けたかったんだろうなあと思っちゃうわけです。当然、キス一つで最終的には解決してもいいんですよ。でもそれは、いろんな方法、過程を経た上でやってこそ、カタルシスにつながるわけで。さしてTV版オカリンのように、死力を尽くしたわけでもなく、オカリンの一回の死に自責をつのらせただけでは、視聴者は納得しないんですよ。少なくとも僕は。


これはですね、多分狙ってる層が違うんですよ。TV版は深夜アニメだし、オタクも多い。じゃあ、少し小難しいことやっても大丈夫だろうと。メインターゲットはゲームからの人とオタク男性だったわけです。でも劇場となると、今度はお一人様にたくさん来てもらおうっていう感じの戦略では、リクープ(制作費を回収すること)が比較的に難しくなってしまう。だから、カップル狙いで行くのが妥当だと製作は考えたと思うんですよ。そういう層はライトユーザーだし、コアな層と違って口コミも広がりやすいし、でリスクは格段に下がるわけです。マーケティングとしては優秀なんだろうけど、近年の劇場ムーブメントにも便乗した形になって、僕としては印象悪いです。

始めからオカクリとして見ていたとしても、中途半端な内容なので、個人的には多分ダメに思っちゃいます。うーんなんだろうなあ、本当にOVAでいいじゃんっていう内容だったんで、残念で仕方ないです。企画の安田猛は、結構なやり手プロデューサーだと思ってたんですけど、今回ので見方が少し変わりそうです。 

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