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馬之翁塞

カテゴリ: 漫画・コミカライズ



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「かぐや様は告らせたい」とはミラクルジャンプで平成27年7月から連載がスタートした、恋愛マンガである。今は週刊ヤングジャンプに連載の場を移している。この漫画を知ったのは、ヤンジャンに掲載されていたからだ。本題に入る前に、読むに至った経緯を説明させていただきたい。

筆者は大の「嘘喰い」ファンであるが、ヤンジャン自体には毛ほども興味がなかった。単行本派であったためだ。ただ、単行本を買って読み進めていくと、39巻の終わりで非常に面白いゲームが始まってしまった。そう、エアポーカーである。久々に漫画の続きが気になって仕方がなくなってしまい、脳みそは嘘喰いのこと以外考えられなくなった。こうなっては致し方ない、善は急げだ。深夜に原付を飛ばし、コンビニを2、3軒回ってやっとこさ購入した。

こういう次第で定期的にヤンジャンを買うようになるのだが、当初は他の漫画など見る気が起きなかった。内容が分からない漫画は、よほどのインパクトがないと途中からは入りにくい。だから、実質的にはヤンジャンは嘘喰い専用機となっていた。たまに「うまるちゃん」を眺め見るくらいだった。


とてつもない衝撃が走ったのは、「かぐや様」がヤンジャンで連載を開始したYJ17号、ではない。YJ17号では2話掲載だったが少し眺め読みする程度で、そこまでの衝撃ではなかった。単行本を購入するまでに至らせたのは、その次のYJ18号掲載の第3話「かぐや様は口付けたい」である。


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伝統ある名門高校の生徒会メンバーである、会長の白銀御行と副会長の四宮かぐやは、どちらも相手のことを思いつつも、その強靭なプライドによって、「付き合ってやってもいい」というスタンスであった。しかし、何事もなく半年を過ぎると流石に焦りも出てくる。その間に彼らの思考は、「いかに相手に告白させるか」というものに変わっていった。 

このあらすじだけで、彼らの合理性が伺い知れる。「付き合ってやってもいい」では事態が進行しなかったために、「相手に告白させる」という方向へと思考がチェンジした。素直になれない相手に対し、自分への好意を認めさせ告白へと導く…無駄なプライドは高く保ちつつ理路整然としている。


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この日は、書記である藤原千香が持ってきたコーヒー豆を発端とし、コーヒーを飲むためのティーカップを巡って、かぐやと会長の間で頭脳バトルが勃発する。


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まずは会長がティーカップに何かが付いていることに気付く。どうにもこれは四宮のリップクリームであるようだ。ティーカップは四宮のものであり、取り違えたことに気付いた会長は四宮に伝えようとするが、そこである事に気付く。



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この事に気付いてしまった会長は、「四宮のティーカップを使い、(過失で)口を付けよう」という思考に陥る。しかし、会長は全国2位の頭脳を持つ男である。完全なロジックでないと、自分を欺けない。

付いているのはステッィクのりではないか、いやそもそもこれがリップクリームであるということを証明はできないのではないか…と自分を納得させる論理を考えていくが、シアバターの匂いによって儚くもロジックは崩壊させられる。




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狼狽する会長を傍目に、四宮へと視点は移る。



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お前だったのかよ!いやいや、かぐや様がカップに触った形跡なんて… 


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めちゃくちゃ普通にありました。なんとさり気ない伏線。そして、きちんとカップのデザインも変わっている。すげえ。短時間でリップクリームを利用しての策を思いつく、かぐや様もハンパない。



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慌てふためく会長を見ながら優雅なコーヒブレークを楽しもうとするが、ここで謎の罪悪感を感じてしまう、かぐや様。


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そう、この意図的なカップの取り違えは、ド変態行為であるということに気付いてしまうのだ。四宮家は日本でも有数の財閥、かぐや様は紛うことなき令嬢である。そんな令嬢が変態などあってはならない。会長はロジックの形成に頭を悩ませ、四宮は自身の変態性について思考を巡らせている。


結果、こうなる。
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声に出して笑ってしまった。周りから見ればくだらなく、当人たちは本気であるという状況のギャップが面白い。藤原書記も銘柄を思い出すのに必至で、生徒会は静寂に包まれる。しかし、両者の目的はどちらとも「間接キス」である。同じ目的ならば、両者が取る行動はシンプルだ。


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状況への協調と容認である。どちらもこの状況を認めていれば、会長も四宮もどちらの論理も通用する。というか必要がない。リップクリームが付いていようが、変態的行為であろうが、 この状況を両者が看過した時点で、それらはすべて意味をなさない。


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そして、とうとう間接キスへ…となったところで、藤原書記が銘柄を思い出す。普通は分からないような、コピ・ルアクというマイナーな銘柄に2人は反応し(糞から生成された豆なので)飲むのを止める。そして、このオチ。


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そうなのだ。コピ・ルアクもそうだが、そもそも2人が賢くなければ、このような事態は生じていない。リップクリームには気づかないだろうし、気付いたとしても取り替えるだろう。会長のように「この状況を利用して」という策略は思いつかないのだ。そもそも、取り違えに気づかないかもしれない。


彼らは賢いがために、前進できずにいるのだ。なんと面白い悲劇だろうか。もしくはプライドを捨て素直になれば、すぐに解決するようなことなのに、それができない。努力家の天才と令嬢では致し方ないことなのだ。その縛りがまた良い。


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「恋愛」という未知なものに対し、彼らは怯んだり屈したりしない。素直などという乙女的にはNO!な行為は排除し、徹底して合理的な思考にすがるのだ。恋愛本やジェンダー理論、さまざまな理論を使い、あくまで相手に本気で告白をさせようとする。

この構造は、「嘘喰い」における立会人や賭郎の思想を思い出させる。

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(「嘘喰い」39巻より)

「かぐや様」では”恋愛は好きになったほうが、負けである”というルールを自らに課して、「嘘喰い」では上記のように自分に課したルールを破ることなく、その中で戦っている。言ってしまえば、「かぐや様」において、相手に告白することは死よりもあり得ないのだ。

勝負は、どんなものでも本気であればあるほど面白い。本気の斬り合いこそ、魂を揺さぶる。それは、「嘘喰い」でも「かぐや様」でも同じだ。本気で戦うほど、物語は面白くなっていく。だから、「かぐや様は告らせたい」はとても魅力的であり、面白いのだ。


現在、ニコニコ静画で第1話から5話まで無料公開中だ。
こちらも面白いのでオススメである。

かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~
http://seiga.nicovideo.jp/comic/17780?track=verticalwatch_cminfo5 



ちなみに、タイトルもまたいい。
「告白させたい」ではなく「告らせたい」となっている。主語はかぐや様であるから、これは当然かぐや様の気持ちである。表面上は大人びている令嬢でありながら、中身には高校生としてのあどけなさも残っている。「告る」という言葉は、上から目線の理想恋愛という点も含みつつ、同時にあどけなさも表しているように感じた。また、普通の青春を送りたいと思いつつも、令嬢の身ではそれが叶わない。そういう状況に置かれた、かぐや様のささやかな抵抗をタイトルで表現しているようにも感じた。


さて、昨日「寄生獣 セイの格率」の主要キャラクターデザインと一部声優が公開され、話題となっている。僕も、初めて見た時は面食らったが、それから色々と考えてみた。

この記事で僕が言いたいのは、今風になった絵柄とか、女の子の顔が少し違うとか、ミギーの声優が平野綾とか、そんなくだらないことではない。ただ 1点だけ、言いたい。
それは、「シンイチのメガネ」についてだ。
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アニメ『寄生獣 セイの格率』10月より放送開始 ミギー役は平野綾さん より引用)


シンイチは、元々優しく少し驚きやすくて、そんなに強くない普通の男の子だ。そんな彼は、母親が殺された後、自分もパラサイトに殺されかけ、体内にミギーの一部分が入る。そして、自分の母親に寄生したパラサイトを倒した伊豆の一件以来、風貌がまるっきり変わり、野性味があふれながらも合理的・冷静な判断を下せる男になっていく。当初の優しさと変化した感情に対する葛藤、その中で考え苦しみながらも、ひたむきに生きていく。それが『寄生獣』という作品の一つの魅力となっていると僕は感じている。 動物の死に直面し、道路から死体を引き上げるが、息絶えると躊躇せずゴミ箱に捨てるシーンはそれをよく表していると思う。

平松禎史によるキャラクターデザインは素晴らしい。20年前の漫画作品ともなると、今の漫画作品のキャラクターデザインとは比べ物にならない苦労や試行錯誤があったろうに思う。アニメにとって動かしやすいような絵柄でありつつも、今風な感じにしなきゃいけないし、それでいて原作絵のテイストも十分感じられるものにならなくてはならない、という注文は非常に大変だ。このキャラクターデザインには心底感動する。それでもなお、「メガネ」というアイデアに理解や納得はできても、悲しいと同時に情けなく感じるのだ。なぜかというと、このキャラデザはTVアニメ制作の現状を示しているからだ。この説明は後々する。

まずは以下において、漫画原作のデザインを思い出していこう。漫画原作においては、少しひ弱だが優しい序盤のシンイチと、伊豆編以降の野性味あふれるシンイチとは、髪型と微細な表情しか変化していない。つまり、伊豆編以前・以後とでは意外とビジュアル的な違いは少ないということである。

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(※伊豆以前の普通なシンイチ)

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(※左は伊豆に向かうとき、右は伊豆の一件が終わった後)

これをそのままアニメで表現するのは、極めて難しいだろう。原作の微細な絵をアニメに落としこむ事は、やろうと思えばできるかもしれないが、大変に難しいと思う。今のTVアニメでは殆どの場合、上手い人が1人でカラー絵の全てを描くわけではない。原画、動画、彩色、撮影など全ての部門で多人数による共同作業なのだ。この原作絵を単純にそのままアニメでやろうとしたら、どの部門(特に線画工程)もエキスパートの人材が集まらないと完成はしないだろう。

だから、シンイチのひ弱な感じの表現や全体のクオリティの維持を優先して、「メガネ」という装置をシンイチに付けることにしたのだ。スタッフは手を抜いているわけでも、努力を怠ったわけでも、判断を誤ったわけでもない。極めて現実主義であり、なおかつその中で出来うる限りの理想を目指そうとしたのだ。今のアニメ制作現場において、最小限のコストで最大限のクオリティを確実に発揮できる表現手法を見出しただけなのだ。しかしまた、「メガネ」という装置が与える印象の範囲は広い。「メガネ」はひ弱な男の子という印象の他に、大人しい・根暗な印象や知的な印象も同時に与える。作品を通じて、活発で生真面目な性格でもない、シンイチにとって、そういった印象を与えるのはふさわしくない。


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そんな弱点もあるのに、なぜ「メガネ」を付けたのか。それは、「メガネ」という装置でシンイチ自身をデフォルメすることにより、序盤のシンイチと伊豆編以降のシンイチとの差異をハッキリとさせる狙いがある。つまり、「メガネ」を使うことで、原作そのままの絵で作るよりも、序盤のひ弱なシンイチと伊豆編以降の野性味あふれるシンイチとの違いがビジュアル的に分かりやすくなるということだ。原作通りにやって、「後半のシンイチには、原作よりも野性味があんまり感じられないなあ」となるよりは100万倍マシである。

だがしかし、これは同時にアニメ制作現場(マッドハウスでさえ)に原作絵のテイストというものを、今のTVアニメで再現できる力がないことも示しているのだ。目尻への微妙な表現、眉毛の書き方、眼力の表現、それを実によく描けるアニメーターはそこまで多くないと思う。しかもそれが動画できちんと反映される保証はない。また、たとえ居たとしても、次から次へとアニメが視聴者によってタバコのようにポイ捨てされるような時代においては、上手いアニメーターを多数拘束し、お金をたくさん費やして作ることが難しいという実情もまた存在するのではないのかと思う。でも僕は、「アニメは原作とは別物として見る」というほどニヒルにもなれないし、「映像化の失敗」に寛容な方でもない。だから僕は悲しくなるとともに、情けなく感じるしかないのだ。 

これを誰かのせいにすることはできない。今のアニメ制作の現状は、ポケモンやエヴァの成功をきっかけとした、製作委員会方式による比較的リスクの少ない企画の乱発の結果によるもので、アニメ制作会社に罪はないと思う。「当たればデカイ宝くじ」を皆でこぞって引いて、楽しんでた輩が悪いとは一側面では言える。けど、その輩たちがいなければ、これだけ効率化されたテレビアニメ制作というものはなかったであろう。その効率化がいいか悪いかは分からないが、とにかく昔よりもアニメの企画が通りやすくなったのは事実だと思う。だからこそ、20年前も前のこの作品がアニメ化されるんだろうし。

もしくは、(止め絵といった所まで)くっだらない高クオリティを維持し続けることを望む視聴者のせいかもしれない。庵野秀明がかつて言ったように、「作品全体がそんなに良くなくても、ここは光っているという場面があればそれでいい」のに、全体のクオリティ(特にキャラ)の維持を希望する人には一因があるかもしれない。とにかく、様々な要因が重なって、複雑化しているのが今のアニメの現状と言えよう。

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「アニメ寄生獣」は賛否両論になるだろう。だけど、シンイチの顔の描写に関しては今のTVアニメでは最大限のクオリティなのだ。ミギーの変形作画、寄生獣の様々な作画など、作画的なリソースを考えた時にも決して悪い判断では全然ない。むしろ、大いに推敲し試行錯誤した末の苦渋の決断と言えると思う。当然、制作者側もできることなら、原作の機微な所までしっかりと映像化して評価を受けたいはずである。原作という理想と実制作の様々な問題がある現実との間で苦しみ、実際のアニメ制作現場でできる範囲の最大のクオリティを目指そうとした努力や苦労を僕は感じる。決して手など抜いていない、本気である。僕ら視聴者は、その本気に応えるべくきちんと映像を受け止めなければならないと思う。いつまでもタバコをポイ捨てしていると、いつか山火事が起きるものだ。


最初に言っとく。原作知らなくてもいい、ガイナや庵野に興味ある人は見よう!!

アオイホノオ 公式サイト 
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最近といえば、監督不行届のあまりの出来の悪さに愕然として、「原作の良い部分が、出てねえじゃねえか」と喚き散らしたし、4年前くらいに大好きな漫画が3部作で実写化された時に、コマまで同じに撮りますと聞いて、一抹の不安は覚えながらも、そこそこな期待をして待った映画が駄作だったこともあったし、とにかく”漫画原作が実写化(アニメ化)されることには期待感など全くなく、むしろ恐怖感の方が大きかった。

そのため、島本和彦原作の『アオイホノオ』の実写化も「ふーんヤスケン庵野役なんだー」ぐらいのノリでガッツリ本気で見ようなどとは思ってもいなかった。だから録画もしてないし、番組予約すらしていないし、アオイホノオが放映される日を知ったのは、偶然に見たTwitterからだった。

まあ、原作ファンとして、また罪もない作品が傷つけられるのを見守ってやるかという傍観者の気持ちで、番組へ臨む。

お、「この話はフィクションである」を明朝でやってんじゃん。どんなにひどくても、ここだけは評価できるな~。なんて偉そうな視聴者でいたのだが、そんなのは瞬く間に消える。


!?
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初っ端に、DAICON3の映像!?この監督分かってる!これはすごい!
 
21世紀といえども、よもや地上波で「DAICON3」が見れるなど、誰も予想できなかったであろう。

ここで分からない人のために解説しておくと、DAICON3(大阪で3回目の意味)という日本SF大会が開催されるとき、運営主体であった岡田斗司夫、武田康廣に依頼を受け、赤井孝美、山賀博之、そして庵野秀明を中心に制作されたアニメーションが「DAICON3」である。

■「DAICON3」


「DAICON3」の終了と共に、制作組織も解散される予定だったが、すんごいものが出来たので解散するのはもったいないと次回の「DAICON4」に向けて、正式に制作組織として作ったのが「DAICON FILM」である。

つまり、簡単にいえば、自主制作アニメである。赤井がキャラ、庵野がメカ・エフェクト、山賀は背景を描いたのだ。スゴイんだけど、そんなものが地上波に出るなんて予想も何も無かった。こんなことやれる監督が日本にもいたんだと、昨今相次いだ実写化の失敗を恨みつつも、ただただ画面にへばり付くしかなかった。


そしてお話が始まる。

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まずは焔くん(島本和彦)の、漫画分析から始まる。この自然な上から目線、若者の心理描写として原作漫画「アオイホノオ」はずば抜けているのだ。この「自分だけが分かっている」「自分の中にだけ王国がある」感じが、これでもかという風に原作まんまに出ている。主演の人は上手い。柳楽優弥さんだっけ、上手い。ナルシストというか、青年特有の傲慢なくせに打たれ弱い感じ、そういうもんの芝居が上手い。


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そして、焔くんが色々とあだち充について語った後、パラパラ漫画の授業が行われる。何十枚かで、動きのある絵を作って来いというもの。焔くんは、自信満々に描き上げ、友達に見せて自慢をするが、後ろの方で何やら騒々しい。なんだなんだと駆けつけると、 一人の男のパラパラ漫画がスゴイらしい。


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フィアットがパトカーを押しつぶし、ボンネットが上がりつつ、細かい破片が画面いっぱいに飛び散っているではないか。この精密な車のディテールと、破片の踊り具合、ボンネットの挙動、フィアットが飛ぶ感じ、どれをとっても衝撃的であったろう。それにしてもよく再現してある。


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そりゃ焔くんも、驚いてパラパラされる。原作漫画では島本和彦の嘆きが書いてあったが、「僕の描いていたのはパラパラ漫画にしかすぎない」と。そうなのだ、焔が自信満々に描いたのは、所詮パラパラ漫画であり、この男が描いたのは”アニメーション”になっていたのだ。


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これを描いたのが、「風立ちぬ」主演声優、庵野秀明。ヤスケンいい感じに庵野を演じてくれそうです。一応この後にも出てくるであろうから、ネタバレが嫌という方は見るのを避けてもらいたいが、これはダイエーの計算用紙に描いたペーパーアニメで、庵野秀明の作画のスゴさが分かると思う。


■「へたな鉄砲も数打ちゃ当たる!」「じょうぶなタイヤ!」庵野秀明(1979,80)


ちなみに、「へたな鉄砲も数打ちゃ当たる!」の方は、庵野が浪人生時代に描いたものである。すなわち19歳でこんなのを描いてたのだ。底知れないエフェクトの観察力には、今も驚くばかりである。



さて本題に戻ろう。こんなのを19やそこらで見たら、誰だって才能の差に驚き、自分の力の無さを嘆くだろう。

焔くんは、叫びながら学校内を走る。

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しかし、そこは青年。青年特有の謎ポジティブにより、「まだまだ俺には無限の可能性がある」とかバズ・ライトイヤーみたいなことを言い出す始末。原作通りにするにしても、大声を出して笑ってしまった。島本和彦漫画と言えば、大声を出して走るのが一種のお決まりでもあるが、実写化するとこんな面白いのか。


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そして、ここで後々のアニメ界を担う人材の紹介。山賀博之は言うまでもなく、ガイナの現社長。南雅彦はボンズの社長として今も奮闘してると思う。(※正直、さほど知らない)原作漫画の雰囲気そのままのキャスティングは見事の一言である。ただ「王立」のことを、広告会社か配給会社のせいで付けられた「オネアミスの翼」と呼ぶのはオタキングが怒りそうでもある。


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お話は、5分間のショートフィルムを班ごとに作るというものに進む。焔たちのチーム「なんなとくクリスマス」は、学生特有の軽いノリでフィルムを作ろうとするが、理想主義者な焔くんは怒りまくる。そんな適当じゃダメだろうと。


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結果、見るに堪えないフィルムとなってしまったが、学生時代のプロジェクトの進め方としては、岡田斗司夫曰くこれが正解らしい。「作品の完成」が何よりも優先されるのだから、確かにとは思う。まあそんな理屈は、焔くんみたいな若者には通用しない。焔の怒りは高まるばかりである。

ここら辺りも原作の感じはすごく洗練されて出ている。まあ細かいこと言うと、南に焔が突っかかるときはやりすぎのような気もするが十分許容の範囲内。


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そして山賀たちの班のフィルム。ウルトラマンを学生で作ったのだ。ちなみに僕は、DAICON関係では多分コレだけ実物を見たことがない。


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結果は、大ウケ。大した設備やお金もない中、素顔のウルトラマンを、色をつけたジャージとウインドブレーカー、胸のカラータイマー、本家の効果音を使用などの省エネ制作にもかかわらず、リアルに再現。「手法があったのに気付かなかった」と、焔の心はボロボロになる。


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「次は絶対感動させてみせる」という庵野の言葉を受けて、「絶対オレは感動しないからな!」と言い残し、また走る焔くんであった…
(※ちなみに焔のセリフは、ドラマオリジナル)


OPは金田っぽいコマ撮りで、これまた面白い。

■「アオイホノオ 比較動画」 


元ネタあるとはこれまた驚き。ラッキーマンは何となしにそうかもなあというぐらいで、ただ金田っぽくしてるだけだと思ってました。作画ファンが持ってる知識の有意義な使い方ですね。ちなみに判明してないパートの1個目は、「スケバン刑事」みたいな女性キャラっぽいっすね。二個目はガチガチのロボもんっぽい。まあ分からんわけですが。


まあこんな感じで、本当に面白かった。
決して、原作と構成や場面、セリフが一致してるわけではないのに、原作を100%以上実写化しているように感じるのは、時代背景を綿密に検証した美術や小物などのおかげだと思います。焔くんの机の感じ、雑誌の黄ばんだ感じとか、あの時代の女の眉毛とか、そういう細かいところをよく考えて作っているように感じます。原作とも比べて記事にしようかなとも思いましたが、そういや明日2話だし、とにかく見てもらおう精神で、1時間くらいで書き上げました。

ということで、タイトルに嘘偽りはございません。これは、21世紀数ある漫画原作の実写化においてベストと言っても過言ではない出来です。多分、焔くんの漫画とか漫画のコアなネタよりも、庵野のネタの方がよく出てくるように思います。(次回予告で、ヤスケンがもうウルトラマンの動きやってたし)原作では行ってないけど、DAICON4ぐらいまで行くんじゃないのかなあ。流石に無理か。

明日深夜(金曜深夜)2話放送。これは、見なきゃ損です。ガチで。

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