GOMISTATION

足が絡まっても、踊り続けて

カテゴリ:2014年アニメ > 四月は君の嘘


お久しぶりな気がするようなしないような。


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アバン:ブランコ有馬、内在する自己(=黒猫)との対話(1)

A:渡の中学最後の大会終わり
・渡泣いてるシーンからの音楽OLはスゴク上手い
・黒猫(2)
・公園の宮園の作画いい
・黒猫(3)
・ライバルとの邂逅

B:過去の有馬から紡がれる現在
・小学生時代の3人
・有馬のコンクールへの恐怖と宮園の支え
・相座から見た有馬
・演奏はオマケでしかない(脚本的な意味で)
・それに至るまでが描写したいところ


脚本・構成

全体の構成としては、黒猫(=有馬の自己)をベースとした、葛藤回です。過去に縛られつつ、何とかもがいている状態。有馬の気持ちとしては、やはり宮園に依存する部分が多く、だからこその毎報コンへの出場を決める。有馬・井沢・相座、三人の小学生時代を回想として出すことにより、邂逅がよりはっきりと明確なものになる。「不安になる、失敗したらどうしよう」という感情は、当時のままの有馬には、最初は自分だけが抱え持つパーソナルな心情だと思っているんだけど、これは当然勘違いです。B後半、他の演奏者が震えて待っていたり、必死に譜面を読み直している状況を見て、有馬はやっと把握します。「ああ、みんな大変なんだ…」と。ここでも宮園の存在は大きい。有馬にとっては、彼女こそが太陽であり、色をつけてくれた張本人である以上の意味を持ち始めています。



作画

げそさんいましたね。黒猫カットあたりらしい。良かったと思う。後はなんだろう。演出にもまたぐことなんですが、渡が泣いているシーンからの音楽オーバーラップはとってもきれいに繋がってた。ああ上手いなあと。実直に心情を映し出していて、それでいて、次のシーンにつなぐんだから。





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アバン:相座兄の思い

A:相座兄の演奏と三人の過去
・演奏シーン神がかってる
・グラフィニカいいね

B:井沢の過去と演奏
・木枯らしの演出は見事


脚本・構成

相座・井川の有馬に対する感情の違いが独特で、しかしやはり彼らが固執するぐらいに、有馬は素晴らしいものを持っているということが分かります。相座にとっての有馬とは、「完全超人、自分のあこがれ」であり、井川にとっては「有馬公生を否定するために演奏している。最初の演奏こそが本来の有馬公生」という何とも両極端な感じ。相座にとってはリスペクトの対象で、井川にとっては「(私がピアニストの道を選んだ)責任とってよ!」という感じ。現実世界でもそうですが、しつこい、執念深い人は何だかんだ凄いひとが多い気がします。まあ、どっちも非凡ですよね。



作画

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グラフィニカ(咲-Saki-CG方式)のピアノCGは素晴らしい。そして、ロトスコ&モーションキャプチャー(だったと思う)による作画も負担が大きいと思われますが、良かったです。「彼らがそこに存在している」という感覚を出すのは、非常に苦労がいると思うんですが、その部分が出ていて良かった。存在感がきちんとあった。相座兄のラストで、肩がカタカタなるカットがあるんですが、そこは畳み掛けている感じがあっていいですね。


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井川の手クニクニ。ここ上手かった。小島さんいましたっけ。


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ラストの木枯らし演出は、作画・CGも相まって見事。美しい画面がそこには存在していて、井川の実直な有馬に対する思いや師事している先生の感情(「いけエミ!」)、そして何よりも井川のこれまでの苦しみ・葛藤・スランプが伝わって素晴らしかった。


こんな感じでした。いやはや大変遅くなり誠に申し訳ない。


[追伸]
「四月は君の嘘」とは関係ないですが、「グリザイア」「新Fate」どっちか各話感想中止します。色んな都合が重なった上です、ごめんなさい。各話感想はやっぱ2個までだね…反省や…


■四月は君の嘘OP:ブランコのカット
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このブランコのカット、カッコイイっすよね。
このカッコよさの要因は、おそらく「右方向への一貫性」です。

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白い鳥は、画面の左方向に向かって飛んでいますが、(カメラワークによって)相対的な位置は右方向に移動しています。ここでは、画面下に見える白い流線によって、風が左から右に向かって(つまり右方向)吹いていることも分かります。この2つの事象が、次カットでのブランコの急速的な運動の示唆・伏線になっているんですよ。



この後のカットも、「右方向への一貫性」は保たれたままで展開されます。

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さっきのブランコとは反対方向からのアングル。風は右方向へと吹いています、それに従う形で有馬のネクタイと髪の毛も右方向へとなびいている。後ろでは、さっきのブランコが余韻をもった動きを見せています。ここでは、動きの対比として、明らかに有馬のネクタイの挙動の方が大きくて、しかも速いです。だから結果的に、ブランコの左方向への動きよりも、右方向への方にアクションの比重がかかっています。つまり、ここでも「右方向への一貫性」が保たれていることが分かりますよね。

まあ言っちゃうと、これって実際にはあり得ないカットじゃないですか。さっきは右方向に風が吹いてて、ブランコがそれによって動いたのに、反対方向にカメラが動いた次のカットでも、右方向に風が吹いている。現実に即して考えると、有馬のネクタイは左方向に揺れるべきなんだけど、何でこういう風にしてるのかって言うと、「右方向への一貫性を保つため」だと僕は思うんですよ。

有馬は別の位置にいて風を受けてるんだよとか、そもそもOPにそんなことを言うのは野暮ったい、というのは当然あるわけなんですが、一連のシークエンスとして、何故違和感なく自然にカットが繋がっているのか、ということを見ていくと、やはりこういう「大切な矛盾」含んだカットが存在しているからではないかなあと思うわけです。


世間様から一週近く遅れていることは承知してます。

アバン:椿と有馬の過去
・2人で大車輪、椿が有馬をおんぶ

A:毎コンの練習 有馬と宮園パート
・モノローグとセリフの洪水
・徐々にピアノに実直に向き合う有馬

B:椿パート
・野球(ソフトボール) 
・影と光の対比(安直やな…) 

C:ライバル達パート
・何気に作画良かった(女の子の方ね)



脚本・作劇・構成

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おさらいしておきますと、このアニメは「セリフ」 が非常に大量にあります。特に「モノローグ」。「モノローグ」とは独白ともいい、相手を必要としないセリフのことです。独り言みたいなもん(心の中での呟きも)です。少女漫画系作品においては、恋愛対象の相手に対して抱く感情を本人に言う勇気が無かったり、その感情がよく分からないものであったりするために、モノローグが発生します。

このモノローグ・セリフの氾濫によって、「セリフに頼りすぎて、(アニメ本来の)絵で表現していない」「セリフが多すぎて、うっとうしい」という意見が多いようです。結局、「セリフの氾濫はアニメを駄目にする」という風な誤解をされがちですが、そうではないです。実際、庵野監督による、『彼氏彼女の事情(98)』では、大量のモノローグ、セリフを処理しているにも関わらず、アニメ本来の面白さを失わずに映像化できています。

だから、「セリフの氾濫はアニメを駄目にする」ではなく、正確には、「セリフの氾濫をきちんと演出できないと、アニメとしては破綻してしまう」ということです。この問題は、コンテ・演出に帰結します。どれほどのセリフの多さであっても、処理できているアニメは存在し、例えば出崎監督の『スペースコブラ』はその代表格といえるでしょう。コブラのつぶやき・セリフ、敵の焦燥を含め、全く飽きさせないような画面展開により、素晴らしい作品になっています。


では、『四月は君の嘘』はどうなのか。正直なところを言うと、ギャグ・コメディはとても上手い。ただ、シリアスな場面における、緩急の付け方があまり良くない。具体的に言うと、カット割りやコンテのテンポが良くない、と思うんです。シリアスな場面において、どうにも尺を大目にとって、シリアスな感じに展開させているシーンが多いですが、それはシリアスとギャグの緩急であり、シリアスなシーン内における緩急ではありません。それが必要だと僕は思うんですよ。

出崎・庵野監督は、どちらもカット割りが細かい監督です。繰り返しのショットとか、トラックアップの多用とかフラッシュカットとか。とにかく、バンクを活かしたカットも含めて、映像のテンポが良いです。こういうわけで、4話の有馬演奏回と、6話の石浜さんによる有馬の葛藤回は良いと思ったんですよ。ちゃんとシリアスにも緩急を持ち込んでいたから、セリフも浮かず、セルにしっかりと染み付いてた。接着剤でくっつけたかのように、しっかりと映像になってた。



前置きが長くなりました。6話はどうだったのかというと、惜しかった。
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Bにおける、椿のベーラン一周シーンとか、最後におんぶされながら泣くシーンとか、そういったところのシリアスは良かった。コンテ細かく割ってて、特におんぶされながらのシーンは良かった。同ポの多用とかもあって。


だけど、有馬と宮園の会話における、「ショパンが囁くんだ」の辺りのシーンが惜しい。

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ここ3カットぐらいしか無いんですよ。俯瞰と、テープレコーダーのアップと宮園ドーナツと。ポン寄りと、TU・TBの使用で倍のカット数にはできるし、テンポは確実に生み出せるのに何故か(※ベーラン一周とか、ラスト泣きシーンの存在があるから、出来ないのではない)やっていない。そうしない意図があるのかもしれない。中学生の内面描写をナルシズム的にやるために、わざとテンポを悪くしてる、とか。結局は分からんわけですが。





作画・画面構成

ラスト、椿の無くシーン。しがみつき方、泣き方、髪の毛のぐしゃっとした感じ。どれをとっても良かった。うめえ。誰が描いてんのかな。全く分からん。完全に適当なこと言うと、濱口さんかもしれない。
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後は、演出にもまたがることですが、こういった表現はいいですね。個人的に好みです。
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ああ、野球の描写はとても良かったです。(相手チームの)ブロック巧すぎて笑った。あんなこと中学生で出来るんかな。本当は、グラブに収めたままタッチするのが普通なんだけど、「ボールを見せる」ということで、ああいう感じになったのかなあと思う。後はクッションボールの処理ミスとかも自然で巧かった。



そんなところです。 

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