LBL:Gomistation

A conclusion is the place where you got tired of thinking.

カテゴリ: 2017年アニメ

冴えカノ2期です

まあぶっちゃけ、ぼくは1期で満足しきっていて(彼らの旅路はこれから続いていくんだ的なエンドで良いと思った)、2期はいらない、必要ではない、蛇足じゃねえかなあと。そういう考えの元、2期を見たわけですが、必要かもしれねえ、いや微妙だなあっていうのが、今の率直な感想です。

先に言い訳しておきますが、考えながらに書くので、文章が長くなる。3行以上読めない人ばかりでしょう。だから、メイドラの記事と同じく、読み飛ばして良いです。たぶん面白くないんで。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

冴えカノの面白い部分は、ゲーム制作の中での衝突やその解決、まあそういった所だと思うんですが、2期1話でも結構、普段見過ごされがちな所に突っ込んで作ってますよね。



冴えカノ01-03冴えカノ01-02

1年前に、エリリは倫理くんに勧められて、霞詩子の「恋するメトロノーム」を読み感動した、そして作者にも敬意を抱いた。サインを欲しがり、本棚に丁寧に飾った。そのラノベも含めて倫理くんと語り合いと思う中で、屋上でイチャラブする女、詩羽先輩が登場し、彼女の存在にひどくイラつき、ドギツく当たるわけですが、なんと詩羽先輩は、作者、霞詩子その人であった。で、葛藤するわけです。


冴えカノ01-04冴えカノ01-05

エリリにとっては、作家としての霞詩子はサインを欲しがるほどに大好きだけれど、現実でトモヤとイチャラブされる詩羽先輩は嫌い。嫌いというか、私のトモヤを取るんじゃねえみたいな、嫉妬心がある。こりゃあ、「作者と作品の関係」について、よく踏み込んでるなと思う。

インターネットが発達し、SNSで作者が発信できるようになると、僕らはたびたび、幻滅しました。ドギツいネトウヨ発言を日々垂れ流すアニメの作画監督とか、五体不満足で、立派な本を出しといたくせに、不貞行為をしてネットでは言い訳を繰り返す人とか、まあ数知れません。こういったのは、ハロー効果っていいますね。



冴えカノ01-06

で、エリリは、自分のプライドとして、詩羽先輩には頭を下げてまでサインをもらいたくない。「作品は好きだけれど、あいつは認めたくない」と。そんな中、詩羽先輩も、エリリの存在(私の倫理くんを困らせて!)に苛立ち、彼女の美術部の個人部屋へと赴きます。で、詩羽先輩もエリリが同人作家であることに気づく、いや、そんなことよりも衝撃だった、彼女のイラストの妙を認めざるを得なかったのは、イーゼルに立て掛けられていた、キャンパスの絵でしょう。



冴えカノ01-07冴えカノ01-08

詩羽先輩はそのとき、素直に感動してしまった。作者がいかに偏屈であっても、クズであっても、どうであれ、圧倒的なものを見せられて感動してしまえば、素直に認めざるをえない。「作者と作品は分ける」というよりも、「作品がすさまじければ、作家がどうとか関係ない」という風に判断をした。そして、1年後に、お互いにサインを求めた。これは、「作者と作品の関係」に対する一つの答えですよね、素直になれよと、それがよく描けていたと思う。

「冴えヒロ」と呟いた人を片っ端からブロックしていく、どっかの難ありキャラクターデザイナーも、僕は絵に惚れているので、まあ関係ありません。そういうことですよね。

たぶん、今回の記事は大半の人には理解できないと思うので、読み飛ばしてもらって構いません。僕の趣味で書くだけなんで。


20170327042621
(「小林さんちのメイドラゴン」08話)

まあ言うまでもなく、トールの人外的な動きを表現している。これを見て、思い出した、正確に言えば、ニコニコのコメントであったのが、「フォルテSPと似てる」というもの。フォルテSPなんて、誰も分からんでしょう。

「ロックマンエグゼ」というゲームがあったんですよ、遠い昔に。で、そん中に出てくる、裏ボス的なもんがフォルテSP。こいつが極悪に強くて、だけど、まあカッコイイんだわ。


20170327042620
(「ロックマンエグゼ4」対フォルテSP戦)

化物みたいに強いキャラっていうのは、圧倒的じゃないといけない。目で追えるような速度じゃダメなんよ。このgifは遅くしてるからね、ゲーム本編だともっと速い。まあ、このフォルテSPは見て分かるとおり、残像が2つある。


25]

メイドラの残像は、OLの応用だと思う。こっちは残像が3つ。同じセル素材をダブラシて、タイミングを変えている。ただ、そのタイミングがうまいっすね。



残像は、あまり目に見えるような形、具体的な形となって、表現はされてこなかったように思う。そもそも、残像っていうのは、「キャラの移動がクソ速くて、前の状態が目に残る」ってこと。それは、もっぱら、ブレ線、ブラー、オバケ、流背なんかで再現されてきて、デフォルトになってた。

高速移動表現とsmears-ReadMe!Girls!の日記・雑記 
この記事は大変に興味深かった。自分が見落としていた表現もちらほら。
なるほど、確かに流線や土煙も、あとは流線背景なんかも使われますね。面白い。


そんで、メイドラみたいな方法では、あまり表現されてこなかったと思うわけ。で、なんで、こんなに執着しているか、というと、今までの残像、よく知られた残像とは違っていたから。ただそれだけ。

<参考文献>
高速移動表現

もういいよ…もうどうせ…そう思う度、奮闘できるのは、「このすば」EDのダクネスの優しさに触れることができるからだ。


20170327005022
(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期ED)

子どもの目線に合わせて話を聞き、笑顔を浮かべる。今はクルセイダーである中で、領民への気遣いを忘れない。これを優しいと呼ばず、なんと呼ぶのだ。優しさの概念だ。


25]
 (「この素晴らしい世界に祝福を!2」ED)

他のキャラクターが日常を平穏に過ごす中、ダクネスは1人、領民を気遣っている。それが彼女のもつ領主としての矜持であり、優しさだ。優しさと強さは表裏一体だ。強さは、力ばかりではない。


「戦っても、どうせ、負けてしまう」そんな時に戦う、ヒーロー像がある。まさしく、ダクネスはそうではないか。このすばにおけるヒーローはダクネスである。攻撃が当たらずとも、負けようとも、領民を守るのだ。その気概こそが、ダクネスを形どっている。

映像における”テンポ”という言葉は、たびたび物議を醸す。極端な人は使うなとまでも言う。しかし、実際にテンポはあると思う。


・アクアじゃんけん
20170324000101
(「この素晴らしい世界に祝福を!2」 07話)

2期07話のこのシーンは、非常にテンポが良いと感じた。どうだろうか。

アクアがブレッシングで運を上げた後、カズマは卑怯だと言い、じゃんけんへと移る。じゃんけんへと移った後、アクアは負けている。そして、なんでよ~と理不尽さを嘆きカズマにすがる。


この内容だが、本編では、すさまじく省略されている。

このすばセリフ流れ07-01
じゃんけんをする時には2人の姿はなく、声のみ(OFF状態)の画面となっている。代わりに馬車のおっさんのあくびが映る。すなわち、彼らがどのようにじゃんけんをしたかは一切描写されていない。


このすばセリフ流れ07-02
そして結果すら示されない。示されるのは「アクアの泣き顔」であり、アクアの理不尽な訴えである。これだけだが、「アクアが負けた」と素直に分かる。

1~4カット目の流れと省略(カッコ赤文字部分)をまとめると以下のようになる。


じゃんけんするぞ!準備中:1カット目

じゃんけんの合図:2カット目

(じゃんけんの様子)

(じゃんけんの結果、負けた手など)

アクアの泣き顔:3カット目

アクアの嘆き、カズマのドヤ顔:4カット目


こういう感じである。つまり、なんと、じゃんけんがメインのシーンなのに、それについては一切描写されていない。どんな手を出したかの結果すら(カズマはチョキっぽいが)描写せずに、「アクアの泣き顔」でじゃんけんの全てを語る。まあ言ってしまえば、単純な省略コンテかもしれない。しかし、この「省略」にこそ、テンポは隠れていると思う。



「このすば」の中で、テンポと関連して際立っていたのが次のシーン

20170324023640
(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期04話)

マッチカット+Lカット
これは少し特殊なつなぎ方

マッチカット(似たものでカットをつなぐ、ここではアクアの髪の輪っか)で場面をつないだ上に、音声がそのまま次のカットに続く。後者の繋ぎ方を「Lカット」と呼んだりする。詳しくは下記参照。
スプリット編集とは何か-大匙屋) 

このすばセリフ流れ07-03

このすばセリフ流れ07-04
このように、馬小屋からギルドへと、ある場所からまったく別の場所へと、スムーズに場面転換を行う。ああ、ここの流れは何度見ても美しいです。「アクアじゃんけん」では時間が省略されたが、ここでは、時間(夜から昼へ)と場所(馬小屋からギルドへ)の移動が省略されている。


つまり、

穀潰しが!

アクア泣く:1カット目

カズマ「回復魔法はよ」、アクア「それだけはイヤ!」:2カット目

(馬小屋でのすったもんだ) 

(とりあえず寝て起きて、ギルドへ到着)

存在意義を奪わないでくれとアクア懇願:3カット目

ダクネスめぐみんに、回復魔法の件を再び説明:4カット目


という感じ。4カット目も、やや省略気味。「ダクネスめぐみんの2人に、アクアが再び説明している状況」を省略している。仮定だけど、わざわざ、めぐみんダクネスを呼んだり、状況を示唆するカットを挟むと、やや冗長になってしまうかもしれない。

ここのカット割りは天才的、というか天才


1つ目の例では、「時間」を省略し、2つ目の例では、「時間」と「場所の移動」と「状況」の3つを省略している。映像における”省略”といえば、何かと「時間」ですが、それ以外にも色々とあることが分かると思う。


さて、

goods-00071662
(SDダクネスもカワイイ)


「省略するとテンポがよくなる」では、あまりに飛躍した結論です
そこで、「そもそも、何かしらを省略すると、映像はどうなるのか?」という事を考えたい

省略をすることによって、何が生まれるかですが、まず、予測できる状況の説明を省いて、映像の流れがスムーズになる。アクアじゃんけんでは、「まあ、アクアは負けるだろう」、と視聴者は既に予測をしていて、この分かりきった状況を、わざわざ長ったらしく演出すると冗長になる。これがまずあるだろうと。そんで、もう一つあるのは、見てる側が情報の速度に付いていこう、とする点だ。2つ目の例で、僕らに映像の意味が分かるのは、最終カットに来てから。つまり、展開を予測できずに、僕らは遅れを取り、映像に追いつこうと努力する。それゆえ、没入感が生まれる。

この2つから探るに、大事なキーワードは、「予測」と「省略」で、
これらの関係が、テンポの良さ・悪さを生み出している主な原因だろうと、僕は推測する。



<参考文献>
『四月は君の嘘』20話の演出を語る - OTACTURE 
・スプリット編集とは何か-大匙屋

55]38]
いいか、ダクネスは変態だ。それはまず認める。モノ扱いされるのも、物理的に縛られたりするのも、責められたりするのも、実際好きなんだろう。その変態さは否定しない。ただ、ダクネスの変態さは表面的、上っ面だ。ダクネスの本質ではない。本当のダクネス、アニメで描かれるダクネスは、彼女の一部にしか過ぎない。

28]42]
ダクネスは常に変態的な行動をとっているわけではない。真面目な夜戦のシーン、バニルの死を悼む時、彼女は変態ではなかった。むしろ、常識人ではなかったか。そこから、高貴な生まれ、お嬢様な一面が分かるだろう。と考えていくとだ、本当のダクネスは、変態ではない。

表面的な変態プレイを好んでいるように見えるが、実のところダクネスは変態ではない。いわば、ファッションだ。「キクリンかっこいい~♪」などとインスタグラムに自撮り写メを上げている、カープ女子が野球をファッションとして身に着けるように、ダクネスもまた変態を着ているのだ。まあその程度は、大分違ってるな。ドM変態羞恥的プレイガチ勢だけど、やはりファッションだ。


18]22]

本当のダクネスが顕著に現れたのは、1期09話でのシャワーシーンだ。いざそういった場面になるとキョドっていた。あのシーンには、「背中流し」「強引な男」「流されるままに」やらの、普段のダクネスならば、すぐさまに受け入れる羞恥的プレイがあった。しかし、実際は違った。キョドったまま、「今日のカズマは変だ」と言い続け、羞恥的プレイは拒み、「ぶっ殺してやるぅ!」と、サキュバスをぶっ潰す気マンマンで風呂から上がった。

では、本当のダクネスとは何か。ダクネスは何を求めているか。ダクネス・フォード・ララティーナは、世間知らずのお嬢様であり、人付き合いが苦手である。よって、羞恥的なプレイは彼女の表層にしかすぎない。あれはダクネス自身を守るための盾なのだ。彼女は純愛を求めている、おれには分かる。


04]
もう一度言うぞ、本当のダクネスは、純愛を求めている。少しずつ前進していく、恋愛を求めている。手をつなぐことさえ、ダクネスはきっと、段階を踏まねばなるまい。それくらい、ダクネスは固い。クルセイダーとしてだけではなく、異性に対しても固かったのだ。

そうして、カズマとベッドインするに至っても、きっとダクネスは頬を紅潮させ、ためらうだろう。同時にカズマも心臓をバクバクさせながら、二人一緒に抱き合ったところまではいいが、そのままお互いに眠れず、目も合わせられず、朝を迎えるのだ…

そして、目の下にできたクマを隠しつつ、「羞恥プレイでないと興奮できない」とかわいく言い訳をする。

これがダクネスだ。
お前らちょっとは学んでおけ。

↑このページのトップヘ

©GOMISTATION 2012-2020 All rights reversed