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足が絡まっても、踊り続けて

カテゴリ: 2018年アニメ


爆発疲れを起こしているので、とりあえず最新アニメに。

配信で「はねバド!」というアニメが面白いと聞きまして、少し見ています。アヤノという天才バドミントン少女と、凡人の努力家ナギサを中心に描かれていく、王道のスポコンアニメ(かな?)。OPはさわやかでいいですね、アニメを見ているみなさんが過ごせなかった青春といった感じがします。心を掴んだのは、1話のアバンです。よくできている。



<1話アバン>
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ラリーの応酬の中で響くはバドミントンの打音のみ。こういう彼女たちの狭い世界、当事者である彼女たちにしか理解できない世界が描かれているのが好み。すごくいい。短いショットを繋げていくことで、バドミントンというスポーツの慌ただしさを伝えている。シャトルが瞬間的にぐしゃあとなることは、一見軽そうに見えるラリーに複数の意味を付与していますよね。この試合じたいもそうですが、ナギサの絶望感、なにをやっても返されてしまう重たい雰囲気。それらを表現している。



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ナギサとアヤノの打ち合いをローポジションで回り込み。3話まで見た中だと、このカットが攻防の魅せ方ではいちばん良かった。おそらく、短いカットの連続は小気味良いリズムを生むのですが、それと同時に打ち合いのすべてを見ることができない。彼女たちが、シャトルを拾いに行くまでに、スマッシュを打つまでに、どういった動きや判断があるのか、そういった過程がスポーツの醍醐味ですので、このカットは光っている。


ギスギスミントン
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スランプから抜け出せず半ば八つ当たりのようなスパルタを課すナギサに対し、ユカがキレるシーン。ここギズギスしてて良かったです。2カット目でユカが煽った後に、3、4カット目でナギサが無言でユカの元へ。ネットをくぐって一直線というのがいいですよね、激しい怒りが伝わる。5カット目ではリコが2人の仲裁に入りますが、やや引きの絵に。この後、ナギサに一度寄ってから、傍観者の男子部員と、ユカ派閥女子部員、微妙なラインの女子部員を一周して映すので、そのための準備だったのかな。周りが見えてないナギサに対して、こんだけやべえ状況だと示す。



<3話の風邪移うつしクソレズ/テンポ>
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カオルコちゃんとの回想シーン。カオルコPOV(2カット目)から次のカットまで大胆に省略していますね。ここは要するに、無理やりクソレズから風邪をうつされた結果だけわかりゃいいんで。お見事でした。



ストーリーは特に言うことないかなあ。僕は最初イライラして、ビンタしたれや親友ならとか思ったんですが。リコやエレナがそれぞれの親友に対して、ビンタして正論を言えばいい、というのは理想論でしかないんですよ。彼女たちは誰よりもナギサとアヤノの辛さを知っているはず。であるならば、なおさら言えない。正論では人は動かないことが多いし、問題も解決しない。2話で金髪コーチがやったように、本人が自覚しないと問題は解決しない。

気になるのは、「フィクションにおける天才はなぜ主体性に欠けるのか」ということです。誰か書いてくだぱい。


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[01話 ラボのトイレ付近]

そういやgif作ってた
シュタゲゼロは陰鬱な雰囲気、紅莉栖を救うことを諦めてしまった世界線ですので、とてもよく似合っていた。OFF画面の使い方がちょっとイマイチかなと思います。OFF画面、オフショットとは、「発声者をわざと画面から外して撮影する」技法です。

業界用語辞典 「オフショット」


たとえば1話の屋上付近

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ここでは、鈴羽がこの世界線の悲惨さを語り、タイムマシンに乗ってくれるように説得を試みます。しかし、オカリンは助手を助けられない、殺めてしまったこと、また殺めてしまのではないかということに恐怖を感じて拒否する場面です。


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鈴羽「この世界線の行き着く先は地獄しか待っていない~どうしようもない世界」

ここややオフ気味というか、被写体が遠いんで想像するしかない。広角カットでやや画面を歪ませて、お互いを取り巻く状況を表現。想像に任せてて上手い。



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鈴羽「未来を!」の後

これはテンポのお話とも関わってくるんですが、この苦悶の感情は視聴者のほとんどが理解していると思うんですよ。わざわざ画面に写すと、表現過剰になる。いやそんなんわかってるしみたいな。



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オカリン「おれはいろんな世界線を見てきた~お前が死ぬ世界線も」→「世界線を変えることは理から外れたことだから人間の領域ではない」

このカットはまあ結果論になってしまうんで、あんま良くないんですが。
辛い感情や苦しい感情を吐露する人物のカットで、そのまま被写体を写しても感情移入しにくい。オカリンの気持ちは十二分にわかっているけれど、それはオカリンにしか体験したことない、想像を絶するものであり、彼の表情や所作で表現をするのは困難。1話に限らず、オカリンの衝撃や困惑、不安を目で表現しようとするカットだらけなんで、ぶっちゃけ「あー次はオカリンがまた目をビクッとさせるんかな」みたいな予測が立ってしまう。





対して、まあまあ良かったのは02話のこの辺


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[02話 アマデウス紅莉栖と初対面するシーン]

インサート気味にオカリンのカットは挿入されますが、基本的には過去の記憶とアマデウス紅莉栖が描写される。同じことですが、オカリンにとって助手の姿は衝撃で、僕らにはわかるけれど、想像を絶するもの。であれば、彼の表情ではなく、彼の記憶にある助手を写すことで、ーもっと言えば、彼の記憶が錯綜しているー、そういった状況を見ることで、僕らはオカリンの衝撃を少し感じることができる。


直接的に描いても、得られるものが少ないんですよ。無駄に精巧なコインの話がありますけど、あれと同じで。描写しちゃうと、そこまでですけど想像力は無限ですから。なんかなー描写しすぎ、過剰描写しすぎっていう感想がまず浮かびます。


まあでも、直接的に描くことにこだわりがあるとも言える。オカリンの抱く恐怖を身をもって、肌に感じてほしい、という意図があるのかもしない。けっこう直接的な描写が多いですよねゼロは。紅莉栖を刺した後のオカリンのトラウマ描写も直接的でした。

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