■たまには政治の話もしよう



7月21日の参議院選挙の投票はどこにするか決まっているだろうか。ぼくは期日前ですでに投票した。はっきりというと、立憲である。選挙区も比例も、立憲に入れた。当日の浮動票は、比例れいわに動くと読んで、比例も立憲にした。自分としてはやや保守的な選挙となった。

自分の周辺には、びっくりするぐらい保守しかいない。というか、やや中立~左派といえるのが、競馬民の一人くらいであり、あとは現実もネットも保守一色である。まあ保守のことはあとにして、とにかく、不安定なこの情勢において、もはやノンポリは恥であると主張しておきたいと思います。ぼくは30代前後ですが、あと20年もすれば、自分たちが責任世代となります。そんなときに、「20年もあったのになんでここまでひどい国になったんだ」と下の世代からの叱責が自分には手に取るように見えます。タピオカなんて飲む前にやることがあったんじゃないのか、そう言われないように、せめて自分に行える選択はやっていこうという思いです。

アニメ系ブロガーで左派的な(というか政治的な)発信をされている方は、ほっけさんぐらいしか知りません。現実においても、数人です。それぐらい、日本において、政治と性と宗教の話はタブーになっている、もしくは白い目で見られるような状況です。ぼくは違う角度からいきたいと思います。日本人の政治に対するそっけなさは、やはり、「わからないものは怖いもの症候群」だと思うんですよ。

何度言ったかわかりませんが、「こんなことも知らないのか」というクソみたいな問答は空に放り投げて、「こんなこともあるぞ!」と気楽にお互いが質問できるような世の中になって欲しいんですよ。少なくとも自分のブログや現実の周辺では。ほとんどアニメを見ていない状態で、自分はブログをはじめました。それはエヴァQの感想を書くためだったからです。で、少なくともブログを書いていく上で、少しでも多くの人に見てもらうには既存の領域では戦えず、ニッチ産業を見つけるしかない。そこで、エフェクト作画、という一つのジャンルを見つけ、なるたけわかりやすく楽しく紹介してきたつもりです。たくさんの記事をとても評価をしてもらいました。右も左も分からない作画というジャンルの中で、教えてもらったことは「情熱さえあればいい」という勇気がこもった言葉でした。ぼくはこの勇気を伝播したいのです。

ぼくは未だにわからないアニメやアニメーター、技術だらけです。それでもいいじゃないか。もっと楽しみが残っている。これからも、新しいクリエイターや新しい技術は出てきます。素晴らしいアニメや映像やクリエイターに出会える可能性がまだいくつも残っている。そうポジティブに捉えれば、知識が少ないことは罪ではありません。政治も同じことです。ぼくらは年金問題や、いろいろ難しい問題を考え選択しなければいけません。ただ、知識が少ないとまるで主権者でないかのように扱われる状況はありえません。国民主権が前提である世の中では、そんなことはあってはなりません。政治参加に知識はいりません。必要だとしても、基本的なものだけです。で、参加していく中で、いろいろなことを知っていけばよい。そのいろいろなことが残っているとなると、まだまだ政治を楽しめるチャンスがあるのと同じです。

政治参加は生活の何に役立つのか・・・と問われると、個人的には「いろいろな仕組みやデータが分かって楽しい」ということを挙げたいのですが、まずは選挙制度を知り投票することで自分たちの生活が変わる可能性があります。選挙や投票は自分たちの未来に直結しています。


保守の方では、「現在の自民党の独裁的・強権的な政治を肯定しているわけではないが、野党(たとえば、野党第一党:立憲)の政策は現実的ではない」と言う方が多いです。

ほかには、
・反対しかしない、対案を出さない
・立憲や野党の政策、ビジョンは理想論で達成できない
・いまの野党は政権担当能力がない


これらはほとんど、根拠がないか違うんですよ。

1つ目は確たるデータがあります。印象論です。

「野党は賛成ばかりして対案を出し続けている」が客観的な事実
http://agora-web.jp/archives/2040283.html

2つ目のビジョンは理想論なのかの判断は難しいところですが、提言していること(立憲ビジョン)でとてもとてもユートピアなところはありますかね。まじで頭おかしいことは言ってないと思います。

3つ目に、政権担当能力がないとはよく言われることですが、そりゃ5年くらいは長い目で見ないと駄目ですよ。いいですか、自民党以外の野党が単独で政権を担ったのは、2009年~2012年のたった3年ですよ。もういちど、与党となり内閣を組閣したのはたった3年(村山富市は省きます、連立与党ですから。入れてもいいけど、これでも5、6年)。しかも、リーマンショックの尻拭いと東日本大震災のWコンボ。これでどうやって政権担当能力を評価するんですか。できないですよ。育てないと。

で、ぼくはそんなことよりも、保守の方は理想論よりもエセ現実論になっているのが恐ろしいんです。ぼくら国民はどうなりたいんですか。みんな幸せになりたいのではないですか。現実的な経済政策がアベノミクスで、雇用は非正規だらけになって、物価は上がり、実質賃金はマイナス、GDPの下げ幅はリーマンショック並。しかし、仕方がない、これが「現実的な政策」なんだからと、受け入れている。これが「自己責任論」に結びつくわけなんですよ。

自民党はせいいっぱい現実的な政策を行った。だから、いま貧しい・辛いのは自分の責任だとなるわけ。で、野党には期待できないから、諦めるしかないよね。自民党支持者はこうなっているとおもう。そんな希望もクソもない社会を求めているのは現実主義者でもなんでもありません。ただの諦念者です。希望や期待を政治に抱いてはダメってもう過半数以上の国民が思い込んでいるんですよ。なんでだよ、政府じゃないとできないことって山ほどあるでしょ。もっと希望をもってわがままになろうよ、と思う。

ただ、椅子取りゲームに必死になっている政治家を見ればそうならざるを得ない。

ですから、実は「選挙で議席を失った人のバックアップ」が非常に大事と考えます。金持ってる世襲の政治家はいいとしても、コネもなにもない政治家は次の選挙(最低3、4年)までどうやって食っていくのか。この仕組みがないから、いつまで経っても「裕福な生活が保証される」椅子取りゲームをやっちゃう。政治家ひとりひとりのオブサーブと、国会における定期的な成果アナウンスと、議席喪失者のバックアップ。この3つをきわめて透明度をたかく情報公開することで、いったいまずなにが国会で行われているのか、政治家がなにをしているのかが分かると思います。ここがスタート地点。分かるとだんだんと楽しくなってきます、それは勉強でもエフェクト作画でも政治でも同じ。

印象から、データと合理をもとに楽しく政治参加しましょう