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A conclusion is the place where you got tired of thinking.

カテゴリ: 塾の子

タイ米配信、そろそろしないといけないのでは?
あ、しかし、これは面白い話題だ


独立行政法人 大学入試センター様へ
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こんにちは。管理人さん別館でセンター試験(共通テスト)の記事読みました。
ちょうど 1*”センター”から”共通”に切り替わる時、私は立場上の関係で”共通”がどういうテスト形式になるのか分析していました。(センター試験の過去問を解きまくる&各社の出す予想問題を解きまくる等)でも蓋を開けてみたら、ほぼ何も変わってない!

2*英語がTOEICぽくなってるくらいじゃん!!と絶望した
のを、久しぶりに思い出しました~。
1. 名無しさん 2022年09月17日 15:54
これは裏を取るまでもなく元同業者 笑
苦労された・振り回されている、ここ数年ですネ。4ね文科省。



1*
あの時期はですねえ…本当に「クソのセンター試験を踏襲」、という一言で片付けてよろしいと思います。整数の性質をきちんと項目化したのはいいんですが、これ消えますからねw 新しい指導要領では。

数学はもうぼくの学習したころとは大きく変わりました。統計学が流行ってしまった結果、この国では、2015年度(2016年入学)からなんと全受験生の9割が受けるであろう、「数学ⅠA」という科目に、「データの分析」というクソみたいな項目を追加してしまった。

内容じたいはそんなに難しくないんですよ、パターンですから。ただ、共通テストに代わってからも時間は60分しかない。去年の数学ⅠA、おそらくコメントの方は知っていらっしゃると思いますが、なんと過去最低点です。たったの38点

baka


これ2日目で女の子泣きますよ。まあ女の子以外も昨年は泣きましたネ。数学ⅡBもまともに調整できないのに、点取科目のⅠAがこんなになることある?共通テストの母体はいまだ「独立行政法人 大学入試センター」ですが、どういう神経で試験つくってるんだろう…無能集団だろ。

だいたいマーク式でやっているのは「採点に間違いがなく、迅速である」という主張のくせに、結果が確定するのは4月になってからじゃないですか。受験おわってますよ。意味わからんですよ、自己採点させるの。非合理、非効率、負担増、意味不明。

この点において、どれだけ負担がかかろうとも、大学入試の一次試験を筆記化すべきという主張をおれはずっとしています。教育には金をかけてナンボや。マーク1個ずれただけでおじゃんになるようなのは、勝馬投票券だけでいいんですよ。


で、条件付き確率にこだわる理由もベイズ推定やらせたいだけなんですよ。まーた、統計学じゃねえかよ。バカがよ。大学に入ってからでよろしい。極端にいえば、微積と関数計算できればええねん!高校数学は!理工系大学ほど、そういう傾向は顕著です。微積、微積、とにかく微積、他の項目やこ大学行ってからでええ。

んで、なんど数学Cを入れたり、消したりしたら気が済むんや。遊んどるんか。

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数Ⅰはデータの分析を除けばいいですが、これがクソなのでクソです。

数Ⅱはとくに変更なし、キレイにできとる。

数Aは、整数の性質を消したのなんで??????4ね。ぼくの年代では単元化されず(※指導要領の微妙なところでしたが、扱っていた)だったけど重要な部分だったのに。なにより整数の考え・概念はきわめて重要、これを消すなど言語道断。

数B、もうこれ嫌がらせだろ。なんだよ社会生活って。もう、場合の数と確率と数列いっしょにしろや。どうせ二項定理で躓くんだから、数列と一緒に学べば、躓くの減るだろ。

数Ⅲはとうとう極限と微積だけに。スッキリとした、これは良い。

数C、これはベクトルと平面上の曲線・複素数平面とキレイに。

総評、数ⅢCはうまくいってる。A、Bが汚い、汚物。
数Ⅰはデータの分析クンが本当にいらない。犯罪者。4問出題にしろ(半ギレ;数と式、二次関数、図形と計量…あと一個たりない。かんたんな代数とちょっとひねった国立二次基礎ぐらいの代数いれた方がいい。代数なめすぎ)

この後、行列(※筆者はギリギリ行列世代です)を復活させて複素平面また消すんやろなあ…(遠い目)。行列と複素数平面の交代劇は理学と工学の争いらしいです。噂で聞いた話ですけど。マア、これは難易度を上昇させるためなんですよ。昔から、算数・数学は「図形がらみ」で無限にややこしくできるので。代数学もっとやらせろ!


( ^ω^)フゥウゥゥゥゥゥ




( ^ω^)…あ、英語について

2*
2018年時点で小5、現在高1生(2025年1月)からは、共通テストから「英語」という科目がなくなります(※外部試験のみ)。ですので、とうじはTEAPしか発表がなく(いまは、いろいろある;英検、TEAP、IELTS)、小学生のお子さんを持つご父兄にとりあえず、そういう世の中になるので、英語は速く、と勧めたのを思い出します。

端から端まで、おっしゃる通りぜーんぶ英語になった。まあそれはいいけど、80分で出来るわけがないWordの量ですよ。暴力だよ、こんなの。キャパ超えてる。バカ。作ったヤツ、ちゃんとバカ。そもそも、リスニング・スピーキングに課題がある日本人にこんな試験させても無意味だろ。私文の英語かよw

で、これを勧めたの自民党・萩生田光一だから、被害にあった受験生・関係者は覚えておこうね!
共通一次試験を導入したのは、海部俊樹(今年、鬼籍に入りましたネエ)。海部はまだ理念があったんじゃないか、調べてないけど。萩生田なんてマジでカルトなんだから、ノックアウトや。


じゃあ、おまえ英語どんな問題だすんだよって言われそうなんですけど、

おれはめっちゃシンプルで、

・読解4つ(短文読解:200~300Words:2つ、長文読解:800~1500Words:2つ)
・ライティング(整序問題)2つ(1文まるごと×5;かんたんなのと、ちょっとむずかしいの)
・あとなんかひとつ時間くるしくなるやつ(新傾向でここだけ毎年変える)

文法学者になるわけじゃないんだから、文法問題は撤廃。発音・アクセントもいらない。キャパオーバーにならないような長文で65点(※なんといまの英語は筆記ではなく、リーディングとなり100点満点なのだ;むかしは200点満点でした)取らせるように調整する。差は少しだけ付けばいい。多くの学生に、得点できる余裕を持たせて、点を取れる喜びを感じさせて興味をもたせた方がよっぽど良い。

モチベなくなるやろ、今のテスト。
他の学校授業で、それこそスピーキングとリスニングの補え。
英語の教師、どうせできないし、過労でアカンのやけどな…

以上です。キレイな言葉でコメントをいただきまして、見習いたいところでございます。
そういう文章で人を惹きたいですねえ。

オカンは未だに、「共通一次」って言いますw
共通テストに変わりましたが、おれもずっと「センター試験」って言うんだろうなあ

おおよそアニメブログとは思えない更新が続いている。
更新はしている、ということでゆるして欲しい。

科目・資格の勉強が、


(※浅倉透に一目惚れしたのは間違いなかったようです、かわいい)



まず、独学には3つあります。はい、独学とは一つではないのです、ここが多くのヒトがよく分かっていないところ。塾の子の特権です。独学とは次の3つに分けることができます。

1、完全独学
2、部分独学
3、ちょっと独学

完全?部分?( ^ω^)…???となっていても安心してください、かんたんです。


1、完全独学
指導者をいっさい必要としないモノ

テキストと自分で完結します。だから、たとえば、簿記のよくできたテキスト(TACよりもネットスクール愛用者でした;今のはあまり良くないなあ…)とか、青チャートとか、そういったものはテキスト内でほとんどの不明点・疑問点を解決することができるので、指導者が必要ないんですね。

だから、完全に自分1人で学習ができる。そういう意味での完全独学。
ようできたテキストだからできること。


2、部分独学
指導者がいちぶ必要になってしまうモノ

かゆいところに手が届かない!イマイチここの説明・解答が不十分、4ね!となるテキストは、指導者が必要となります。指導者に聞くことで、ままええわ…今回は許したる、そういう意味だったんやなこの解答は…となるテキストですね。これが全テキストの8割ぐらいを占めるのではないか。

学生ならば教師に聞けばいいわけですが、社会人になってしまうと、なかなかそういう都合のいいヒトがいるわけでもなく、難しい。ネットで調べて解決すると時間を食ってしまうから、そういうデメリットがある。


3、ちょっと独学
指導者ありき(もしくは個人の能力ありき)で作られているテキスト

もうこれに関しては4ね・くたばれとしか思わん。古くはスタンダード数学…、まあこれはそういう時代だったからいいでしょう。さいきん出ているテキストで、個人の能力に依存してしまう、いっさい分かりやすくなく、指導者ありきのテキストは犯罪と言っても過言ではない。

さいきんだと、LEC・TAC系列は本当にセンスがなく…、中等教育ならば駿台テキストもそういう傾向はあり…まあこれはうちにお金払って勉強してね^^ということなんでしょう。教科書にすらならない、字面の羅列をしてしまう。どうしたんだ!なんのためのテキストだ!これはいけませーん!!


要するに、優秀なテキストほど、(指導者いらずの)独学がしやすいという結論です。当たり前。

ぼくはマイペースでやりたいし、分かってるところに50分かけるのが嫌だ。分かっていないところに、50分しか割かないのは嫌だ。というかバカじゃねえのと思っているので、よほどのことがない限り、指導者を頼りません。ひどく門外漢の分野だとたぶん頼る。



**テキストの選び方

じゃあその優秀なテキストはどうやって選べばいいのか?」という疑問がみなさん出てくると思うんですが、これはかんたん!学びたい分野の参考書を3冊ほど買って自分に合うのを探せ!合わなかったのは捨てろ!

売れてても自分にとって分かりにくければ意味はなし。「内容が雑」とかレビューされてたとしても、レイアウトがいい・見やすい・読みやすいテキスト、そういうのでいい。だいたいの書籍の載っている内容に実はほとんど差(*)はないので、「自分が続けられそう」なヤツを選んでお付き合いをしましょう。

継続がいちばん。こと学習において、継続に勝るものはほとんどありません。



*内容の差
アホな指導者ほど、内容(載っている情報量)の差にこだわりますが、そんなマイクロな部分はあとからいくらでも補える。まずは、骨格・血肉となる部分を身につけられるような書籍がいちばん良いです。枝葉はあとからでよい。

うちの親父がカリスマであった、塾講師として、とてもハイレベルなところにいた、というのは何度もお話をしていると思います(※知らない方に簡潔に説明すると、3つの塾を、それぞれ、違う地域で、違う年代で作り、そして、すべての塾を成功させました)。

今回は、合否、つまり「受験の結果」についての、言及という点で、ぼくは塾と講師を語りたい。

言い切りますが──
塾・予備校・講師は、結果を出すことがすべてです。保護者・ご父兄はそれなりのお金を払い、子供を預けているのですから、「合否は悲しいけれど、人生には左右しない」なんてことを言ってしまうヤツは、もう塾講でも講師でも先生でもありません、ただの教えてる風なヤツ。指導員って名前にすればいい。講師を名乗ってはいけない。



いや、じっさい、ぼくは親父の塾を閉めるさいに、やってしまったことがあるのです。こんな事態になってしまって申し訳ない、しかし、(岡山の県立)高校のレベルには大して差がないよ。そのようなニュアンス、つまり、「落ちても大丈夫だよ」ということを言ってしまったのです。

この不遇な事態において、かれらには、どうしても幸せになって欲しかった。さいごには、「いや、直前期に言うことではありませんでした。ごめんなさい、すべてを出し切り受かるのが最も良いです」と言いましたが、中途半端なことを言ってしまったことに変わりはありません。

「落ちても大丈夫だよ」というのは詭弁です。塾に通う必要性がなくなるからです。結果を出す、志望校・目標校に受からせる、そういったことを目的として、塾に通ったり先生に教えを乞うわけでしょう。落ちても大丈夫であれば、最初から塾なんて必要ないではないですか。ダメですよ、なにがあっても言っちゃダメです。


迫田っていうバカがYouTubeにいましてね
sakota

まあこういうのは、もうあふれてるバカ、いろんなところにいるバカ


・合否で人生は決まらない
・ぼくも失敗したから気持ちがわかる
・でもいまの人生はハッピーです^^→だから、合否は気にしても仕方ない


といういキレイゴトを並べるわけです。この3つは必ずクズが言うセリフです。覚えておいてください。「講師は、その名の通り、お師匠さまたれ」、と以前から言っておりますが、やはりそうです。合否で人生は変わりますよ。それを最も端的に示した、講師・玉置全人(たまおき まさと)先生のお話がこちら。




素晴らしいですよ、お師匠さまです。これが師です。
これと教えることが重なって、「講師」になるのです。
(※学歴ではない、というところもミソです)

もしくは、「接点t」で有名な…
接点n
(※「接点」の検索候補、面白すぎる)



代ゼミ講師・荻野暢也(のぶや)先生の今年のブログでもわかります
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とくに好きな部分だけ引用させていただきますが─

私はよく「ひとりでご飯が食べられるようになればいい」と生徒には言うようにしています。

正直なところそれが本音です。

だから人それぞれですが、悔いのないように限界まで頑張ってあとはなるようになると受け入れたらいいのです。人生の成功の仕方とは人の数だけあって少なくともたった一つではありませんから。

ノブヤの個室 - もう一年頑張る受験生へ
引用元:https://ameblo.jp/nobuyavader/entry-12731415878.html
これはぼくの恩師の先生もおっしゃっていて、とても突き刺さりました。自分の親父もそうでした。とかく、カリスマと謳われたり、名講師と呼ばれる方は、このような考えをもっています。優しさをもって、厳しいことを言うのです。

「令和の虎 受験生編」で、あの中身がバカばっかりだったの分かったでしょ?賭け麻雀してたんだから、かれらのことなんて、センセイなんて呼んじゃいけないんですよ。賭け麻雀じたいが問題というよりも、そんな時間があるんだったら、荻野センセイやうちの親父みたいに、プリントの改善をしたり、生徒の質問に付き合うわけです。

だから、かれらは、いいとこ指導員、わるいとこマアただのバカです。
年間200万~1000万の授業料を請求する、医進系予備校・塾も同じたぐいです。どうしても医者にならなくてならない生徒を引き受けている聖人のような感じでしょう。別に医者じゃなくてもいい、と荻野先生は上段でおっしゃっているけれど、かれら(医進系)はもう詐欺みたいなもんじゃないですか。そもそも、「令和の虎」なんてクソみたいな番組には、出る時間がないんです、本当の「講師」ならね。だからかれらのことは、繰り返しますが、いいとこ指導員です。お師匠さまの文字をもった、師ということばをつけて呼ぶに値しません。


慮りと優しさをもち、人生単位で物事を考えて、率直に生徒に言葉を投げかけてくれる人、それが講師です。

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