■野中記事
8月に書くとか言っといて、遅れてるね。もう少しかかる、と思う。
多分9月の中旬(15日あたりの三連休)で、仕上げられたなあと思ってる。
■紙の質
ツイッターでとある人と話してたんだけど、紙の質って本当に大事な要素だなあって。手塚治虫の文庫本って、秋田文庫と講談社文庫と2個あるんだけど、秋田文庫の方がいいんだよね。それは、指にかかるかどうかとかそういう種類のこと。秋田文庫の方が紙が柔らかくて、すげえ読みやすい。講談社文庫の方は、余白のクソさもある上、紙が硬くて読みづらい。しっかりと広げて読めるかどうかみたいな問題がある。読むシチュエーションって何も、机の上だけじゃないじゃんね。
これは先日言った「マテリアル」の問題にも絡んできて、付加価値を付けるためには、ただ「マテリアル」であるだけではダメということがよくわかった。よく言われるのは差別化とか、ブランド化とか、そういうこともあるけど、一番の価値は「この本の手触りから変更したくない」っていう受け手側の安心・信頼みたいなもんなんだと思う。電子書籍がさほど普及しないのは、出版社とか製本業者の関係もあるけど、消費者の大半がいいものと思っていないことに起因する、と思うんだよ。
実際に、電子書籍と文庫と、違う媒体で同じ本を読んだことはあるんだけど、圧倒的に紙の方が何かね、いいのよ。まあ、それは多分色んな所で言われてるから言う必要もないかもしれないけど。「すぐに別の巻を参照できる」とか「同時に読むことができる」とか、挙げ出したらキリがなくて、電子書籍は場所を取らない、どこでも読めるっていうのが長所だと思ってるんだけど、そんなもん指先一本で跳ね返しちゃうくらい利便性が高いんだよね。また違う話だけど、「紙はアイパッドに勝てない」っていうのは、岡田も宮崎も皆言ってて、それは本と同じく自由度の高さ(利便性の高さ)の点においてなんだよね。自分の思うがままに(それこそ手足のように)、色んな機能が使えるようになったら、電子書籍もアイパッドも一気に普及すると思う。スマホみたいに。
■気になってること
エーピクにそんな期待してなかったんだけど、これはそこそこ良さそう。というか、多分けっこう面白いと思う。寄生獣とか色々あるけど、これは見るべし見るべし。1話の出来にもよるけど、PVはいい感じなので。 後、『キルミーベイベー』『ズヴィズダー』に関しては、特異なアニメなので見ていただきたい。特に、『ズヴィズダー』。これは革新的な作品だと思ってる。商業的な大成功はしなかったけど。
■増尾配信は著作権侵害なのか?
これは相当考えましたが、結論から言うと、侵害してないと思う。「増尾昭一を語る」という命題の主張・議論・批評において、映像、図版等についてはそれぞれに説明・必要性の解説をしているし、命題に必要な材料であると僕は少なくとも認識してる。だから、「映像を使った批評」という今回の配信は、引用として認められるべきであると思う。図版や画像はまだ、引用の妥当性というものが認知されつつあると思うけど、「映像に関する引用の妥当性」という点は、非常にグレーなゾーンで冒険が必要だと思うのが僕の認識。
商用利用を問わず、今回は規模が小さいということで見逃されてる点があるのも事実。だけど、これがyoutubeで10万回再生とかされて、規模がでかくなった時に、著作権侵害となるかどうかは、もう企業のさじ加減としか言いようがない。まるまる無断転載をしたわけでもなく、それが必要だから引用として映像を使ったというのが僕のスタンスだけど、全く分からん。今でも、無断複製は企業によって対応が違うのが多いでしょ。サンライズ・ジブリは著作権侵害に厳しいけど、あそこは厳しくないとか。
でも引用という認識なので(※増尾昭一氏に関する映像を無断で複製して公衆通信化等をしてやろうという意図ではない)、引用と認めてもらいたいというのはあるけど、難しい問題だと思う。スクエニとSNKの問題を見てても思う。
「増尾昭一を語る」という命題は、「アニメーターの原画を語る」という事と同義であることは当たり前で、「原画を語る」ためには、そのための映像・画像・図版が必要だから、結局元の命題を満たすためには、映像等の引用は必要不可欠という認識が正しいと僕は思う。
8月に書くとか言っといて、遅れてるね。もう少しかかる、と思う。
多分9月の中旬(15日あたりの三連休)で、仕上げられたなあと思ってる。
■紙の質
ツイッターでとある人と話してたんだけど、紙の質って本当に大事な要素だなあって。手塚治虫の文庫本って、秋田文庫と講談社文庫と2個あるんだけど、秋田文庫の方がいいんだよね。それは、指にかかるかどうかとかそういう種類のこと。秋田文庫の方が紙が柔らかくて、すげえ読みやすい。講談社文庫の方は、余白のクソさもある上、紙が硬くて読みづらい。しっかりと広げて読めるかどうかみたいな問題がある。読むシチュエーションって何も、机の上だけじゃないじゃんね。
これは先日言った「マテリアル」の問題にも絡んできて、付加価値を付けるためには、ただ「マテリアル」であるだけではダメということがよくわかった。よく言われるのは差別化とか、ブランド化とか、そういうこともあるけど、一番の価値は「この本の手触りから変更したくない」っていう受け手側の安心・信頼みたいなもんなんだと思う。電子書籍がさほど普及しないのは、出版社とか製本業者の関係もあるけど、消費者の大半がいいものと思っていないことに起因する、と思うんだよ。
実際に、電子書籍と文庫と、違う媒体で同じ本を読んだことはあるんだけど、圧倒的に紙の方が何かね、いいのよ。まあ、それは多分色んな所で言われてるから言う必要もないかもしれないけど。「すぐに別の巻を参照できる」とか「同時に読むことができる」とか、挙げ出したらキリがなくて、電子書籍は場所を取らない、どこでも読めるっていうのが長所だと思ってるんだけど、そんなもん指先一本で跳ね返しちゃうくらい利便性が高いんだよね。また違う話だけど、「紙はアイパッドに勝てない」っていうのは、岡田も宮崎も皆言ってて、それは本と同じく自由度の高さ(利便性の高さ)の点においてなんだよね。自分の思うがままに(それこそ手足のように)、色んな機能が使えるようになったら、電子書籍もアイパッドも一気に普及すると思う。スマホみたいに。
■気になってること
エーピクにそんな期待してなかったんだけど、これはそこそこ良さそう。というか、多分けっこう面白いと思う。寄生獣とか色々あるけど、これは見るべし見るべし。1話の出来にもよるけど、PVはいい感じなので。 後、『キルミーベイベー』『ズヴィズダー』に関しては、特異なアニメなので見ていただきたい。特に、『ズヴィズダー』。これは革新的な作品だと思ってる。商業的な大成功はしなかったけど。
■増尾配信は著作権侵害なのか?
これは相当考えましたが、結論から言うと、侵害してないと思う。「増尾昭一を語る」という命題の主張・議論・批評において、映像、図版等についてはそれぞれに説明・必要性の解説をしているし、命題に必要な材料であると僕は少なくとも認識してる。だから、「映像を使った批評」という今回の配信は、引用として認められるべきであると思う。図版や画像はまだ、引用の妥当性というものが認知されつつあると思うけど、「映像に関する引用の妥当性」という点は、非常にグレーなゾーンで冒険が必要だと思うのが僕の認識。
商用利用を問わず、今回は規模が小さいということで見逃されてる点があるのも事実。だけど、これがyoutubeで10万回再生とかされて、規模がでかくなった時に、著作権侵害となるかどうかは、もう企業のさじ加減としか言いようがない。まるまる無断転載をしたわけでもなく、それが必要だから引用として映像を使ったというのが僕のスタンスだけど、全く分からん。今でも、無断複製は企業によって対応が違うのが多いでしょ。サンライズ・ジブリは著作権侵害に厳しいけど、あそこは厳しくないとか。
でも引用という認識なので(※増尾昭一氏に関する映像を無断で複製して公衆通信化等をしてやろうという意図ではない)、引用と認めてもらいたいというのはあるけど、難しい問題だと思う。スクエニとSNKの問題を見てても思う。
「増尾昭一を語る」という命題は、「アニメーターの原画を語る」という事と同義であることは当たり前で、「原画を語る」ためには、そのための映像・画像・図版が必要だから、結局元の命題を満たすためには、映像等の引用は必要不可欠という認識が正しいと僕は思う。