映像における”テンポ”という言葉は、たびたび物議を醸す。極端な人は使うなとまでも言う。しかし、実際にテンポはあると思う。
・アクアじゃんけん

(「この素晴らしい世界に祝福を!2」 07話)
2期07話のこのシーンは、非常にテンポが良いと感じた。どうだろうか。
アクアがブレッシングで運を上げた後、カズマは卑怯だと言い、じゃんけんへと移る。じゃんけんへと移った後、アクアは負けている。そして、なんでよ~と理不尽さを嘆きカズマにすがる。
この内容だが、本編では、すさまじく省略されている。

じゃんけんをする時には2人の姿はなく、声のみ(OFF状態)の画面となっている。代わりに馬車のおっさんのあくびが映る。すなわち、彼らがどのようにじゃんけんをしたかは一切描写されていない。

そして結果すら示されない。示されるのは「アクアの泣き顔」であり、アクアの理不尽な訴えである。これだけだが、「アクアが負けた」と素直に分かる。
1~4カット目の流れと省略(カッコ赤文字部分)をまとめると以下のようになる。
じゃんけんするぞ!準備中:1カット目
↓
じゃんけんの合図:2カット目
↓
(じゃんけんの様子)
↓
(じゃんけんの結果、負けた手など)
↓
アクアの泣き顔:3カット目
↓
アクアの嘆き、カズマのドヤ顔:4カット目
こういう感じである。つまり、なんと、じゃんけんがメインのシーンなのに、それについては一切描写されていない。どんな手を出したかの結果すら(カズマはチョキっぽいが)描写せずに、「アクアの泣き顔」でじゃんけんの全てを語る。まあ言ってしまえば、単純な省略コンテかもしれない。しかし、この「省略」にこそ、テンポは隠れていると思う。
「このすば」の中で、テンポと関連して際立っていたのが次のシーン

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期04話)
マッチカット+Lカット
これは少し特殊なつなぎ方
マッチカット(似たものでカットをつなぐ、ここではアクアの髪の輪っか)で場面をつないだ上に、音声がそのまま次のカットに続く。後者の繋ぎ方を「Lカット」と呼んだりする。詳しくは下記参照。
(スプリット編集とは何か-大匙屋)


このように、馬小屋からギルドへと、ある場所からまったく別の場所へと、スムーズに場面転換を行う。ああ、ここの流れは何度見ても美しいです。「アクアじゃんけん」では時間が省略されたが、ここでは、時間(夜から昼へ)と場所(馬小屋からギルドへ)の移動が省略されている。
つまり、
穀潰しが!
↓
アクア泣く:1カット目
↓
カズマ「回復魔法はよ」、アクア「それだけはイヤ!」:2カット目
↓
(馬小屋でのすったもんだ)
↓
(とりあえず寝て起きて、ギルドへ到着)
↓
存在意義を奪わないでくれとアクア懇願:3カット目
↓
ダクネスめぐみんに、回復魔法の件を再び説明:4カット目
という感じ。4カット目も、やや省略気味。「ダクネスめぐみんの2人に、アクアが再び説明している状況」を省略している。仮定だけど、わざわざ、めぐみんダクネスを呼んだり、状況を示唆するカットを挟むと、やや冗長になってしまうかもしれない。
ここのカット割りは天才的、というか天才
1つ目の例では、「時間」を省略し、2つ目の例では、「時間」と「場所の移動」と「状況」の3つを省略している。映像における”省略”といえば、何かと「時間」ですが、それ以外にも色々とあることが分かると思う。
さて、

(SDダクネスもカワイイ)
「省略するとテンポがよくなる」では、あまりに飛躍した結論です
そこで、「そもそも、何かしらを省略すると、映像はどうなるのか?」という事を考えたい
省略をすることによって、何が生まれるかですが、まず、予測できる状況の説明を省いて、映像の流れがスムーズになる。アクアじゃんけんでは、「まあ、アクアは負けるだろう」、と視聴者は既に予測をしていて、この分かりきった状況を、わざわざ長ったらしく演出すると冗長になる。これがまずあるだろうと。そんで、もう一つあるのは、見てる側が情報の速度に付いていこう、とする点だ。2つ目の例で、僕らに映像の意味が分かるのは、最終カットに来てから。つまり、展開を予測できずに、僕らは遅れを取り、映像に追いつこうと努力する。それゆえ、没入感が生まれる。
この2つから探るに、大事なキーワードは、「予測」と「省略」で、
これらの関係が、テンポの良さ・悪さを生み出している主な原因だろうと、僕は推測する。
<参考文献>
・『四月は君の嘘』20話の演出を語る - OTACTURE
・スプリット編集とは何か-大匙屋
・アクアじゃんけん

(「この素晴らしい世界に祝福を!2」 07話)
2期07話のこのシーンは、非常にテンポが良いと感じた。どうだろうか。
アクアがブレッシングで運を上げた後、カズマは卑怯だと言い、じゃんけんへと移る。じゃんけんへと移った後、アクアは負けている。そして、なんでよ~と理不尽さを嘆きカズマにすがる。
この内容だが、本編では、すさまじく省略されている。

じゃんけんをする時には2人の姿はなく、声のみ(OFF状態)の画面となっている。代わりに馬車のおっさんのあくびが映る。すなわち、彼らがどのようにじゃんけんをしたかは一切描写されていない。

そして結果すら示されない。示されるのは「アクアの泣き顔」であり、アクアの理不尽な訴えである。これだけだが、「アクアが負けた」と素直に分かる。
1~4カット目の流れと省略(カッコ赤文字部分)をまとめると以下のようになる。
じゃんけんするぞ!準備中:1カット目
↓
じゃんけんの合図:2カット目
↓
(じゃんけんの様子)
↓
(じゃんけんの結果、負けた手など)
↓
アクアの泣き顔:3カット目
↓
アクアの嘆き、カズマのドヤ顔:4カット目
こういう感じである。つまり、なんと、じゃんけんがメインのシーンなのに、それについては一切描写されていない。どんな手を出したかの結果すら(カズマはチョキっぽいが)描写せずに、「アクアの泣き顔」でじゃんけんの全てを語る。まあ言ってしまえば、単純な省略コンテかもしれない。しかし、この「省略」にこそ、テンポは隠れていると思う。
「このすば」の中で、テンポと関連して際立っていたのが次のシーン

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期04話)
マッチカット+Lカット
これは少し特殊なつなぎ方
マッチカット(似たものでカットをつなぐ、ここではアクアの髪の輪っか)で場面をつないだ上に、音声がそのまま次のカットに続く。後者の繋ぎ方を「Lカット」と呼んだりする。詳しくは下記参照。
(スプリット編集とは何か-大匙屋)


このように、馬小屋からギルドへと、ある場所からまったく別の場所へと、スムーズに場面転換を行う。ああ、ここの流れは何度見ても美しいです。「アクアじゃんけん」では時間が省略されたが、ここでは、時間(夜から昼へ)と場所(馬小屋からギルドへ)の移動が省略されている。
つまり、
穀潰しが!
↓
アクア泣く:1カット目
↓
カズマ「回復魔法はよ」、アクア「それだけはイヤ!」:2カット目
↓
(馬小屋でのすったもんだ)
↓
(とりあえず寝て起きて、ギルドへ到着)
↓
存在意義を奪わないでくれとアクア懇願:3カット目
↓
ダクネスめぐみんに、回復魔法の件を再び説明:4カット目
という感じ。4カット目も、やや省略気味。「ダクネスめぐみんの2人に、アクアが再び説明している状況」を省略している。仮定だけど、わざわざ、めぐみんダクネスを呼んだり、状況を示唆するカットを挟むと、やや冗長になってしまうかもしれない。
ここのカット割りは天才的、というか天才
1つ目の例では、「時間」を省略し、2つ目の例では、「時間」と「場所の移動」と「状況」の3つを省略している。映像における”省略”といえば、何かと「時間」ですが、それ以外にも色々とあることが分かると思う。
さて、

(SDダクネスもカワイイ)
「省略するとテンポがよくなる」では、あまりに飛躍した結論です
そこで、「そもそも、何かしらを省略すると、映像はどうなるのか?」という事を考えたい
省略をすることによって、何が生まれるかですが、まず、予測できる状況の説明を省いて、映像の流れがスムーズになる。アクアじゃんけんでは、「まあ、アクアは負けるだろう」、と視聴者は既に予測をしていて、この分かりきった状況を、わざわざ長ったらしく演出すると冗長になる。これがまずあるだろうと。そんで、もう一つあるのは、見てる側が情報の速度に付いていこう、とする点だ。2つ目の例で、僕らに映像の意味が分かるのは、最終カットに来てから。つまり、展開を予測できずに、僕らは遅れを取り、映像に追いつこうと努力する。それゆえ、没入感が生まれる。
この2つから探るに、大事なキーワードは、「予測」と「省略」で、
これらの関係が、テンポの良さ・悪さを生み出している主な原因だろうと、僕は推測する。
<参考文献>
・『四月は君の嘘』20話の演出を語る - OTACTURE
・スプリット編集とは何か-大匙屋