アグネスタキオンが最強馬と信じてやまないので初投稿です。
「ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉」、ようやく見ました(1*)。
決心がついたので。
なんの決心かって?
「アグネスタキオンが走れない姿を見る決心」
です。
─当時の背景から述べましょう。

(2000年:日本ダービー)
アグネスタキオンが皐月賞を取る1年前、日本ダービーでは河内jと武豊jで猛烈なデッドヒートを繰り広げていました。河内洋は当時45歳でしたが、まだ日本ダービーを取れていなかった。その河内が乗っていたのが「アグネスフライト」という馬です。
アグネスフライトとエアシャカールの叩き合いは最後のゴール板にまでもつれ込み、武豊騎乗のエアシャカールはハナ差の2着に敗れた。結果として、河内洋はデビューから27年目にしてようやく悲願の日本ダービー制覇を成し遂げます。
管理していた長浜調教師をして、アグネスフライトの全弟(父も母も同じ)である、アグネスタキオンは「兄よりもさらに強い」と言わしめた。
その後は皆さんもご存知の通り、アグネスタキオンは圧倒的なパフォーマンスで4連勝します。
ラジオたんぱ杯(現行:ホープフルS)ではジャングルポケット、クロフネに完勝。
弥生賞では不良馬場の中でミスキャスト、マンハッタンカフェに7馬身差。
皐月賞ではその強さから単勝1.3倍の支持を受けて、あっさりとクラシック戴冠。
タラレバが許されない競馬の中で、「もし走れていたら…」という想像・妄想は矛盾の塊ではありますが、つまるところ、ロマンの思考なのです。ボクは見たかった。スズカでさえも復活レースに出たんだから、アグネスタキオンも走ればよいのだ。
しかし、現実はそうもいかなかった
■ 劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』予告【5月24日(金)公開】
PV段階から画面に押されているのはジャングルポケット。なぜジャングルポケットなのだ。かれは確かにダービー馬であるし、ジャパンCにも勝ったが、勝ち鞍はそれだけ。この馬にフューチャーする理由があまりない。TVシリーズで何かしているのかもしれないけれど。
スタッフは豪華、作画は素晴らしい、ストーリーは賛否が分かれる。というか、これはストーリーがあるものなのか。タキオンは後方で見つめているだけ、自分が走れない悔しさを心の奥底で噛み締めながら、他馬である彼らの「可能性」を個々に表現していくだけ。
これは令和のプロジェクトA子ですわ。くだらない。
え?プロジェクトA子ってなんですかって?宮崎駿に一蹴された若者たちの作画アニメ(※映像だけすごく良く、ストーリーはないようなもの)だと思ってください。興味がある人だけ調べたらいいよ。
あのですね。アグネスデジタルもそうなんですが、
ボクは走る姿が見たかったのです。競走馬なのですから。で、アニメーター界の重鎮たる吉成鋼まで招牌したのですから、すんげえ映像は絶対に作れるはず。しかし、タキオンは走らなかった。フジキセキ(朝日杯勝利後、屈腱炎のため引退)まで調教とはいえ走ったのに。嫌がらせかよ。
なんとなくの物語はわかりますよ。これ以上走ったら自分の脚は壊れてしまう、科学者として「設定された」タキオンにはそれが分かった。だから、皐月賞後は自室に引きこもった。ジャンポケは食い下がるけれど、一向に出る必要がないと言い張るタキオン。
ジャンポケを主役に置き、あくまでもタキオンはライバルまで。IFを描くのがウマ娘の存在意義だと思っているんですけどね。「忠実な再現」ほど、この世の中で面白くないものはありません。
だから1期のサイレンススズカの出走から復活は盛り上がったんでしょう。あそこで退場させるのが筋ですよ。史実どおり描くならね。でもそれはくだらない。それが分かっていた。
タキオンのダービーの走りをどうしても見たかったんです。いち競馬ファンとして、いちアグネスタキオンファンとして。皐月賞の後、怪我がなければどんなレースをしたんだろう。どんな走りをしたんだろう。かれはどんな競走馬になったであろう、どんな影響を与えたであろう。どれだけの人たちを魅了しただろう…。

けっきょくタキオンが皐月賞以降に走ることはなかった。なんだこの日和った映像は。
繰り返しますが、「忠実な再現」ほど面白くないものはないんです。それはすでに当時、ドラマチックに走っているわけなので。その追体験なんてしても仕方ないんですよ。その熱量まで再現をしきれるはずもなく。
少なくとも、当時の史実を追うだけで、あの時の熱量をもった映像ではなかった。なんか今後もウマ娘というコンテンツを忘れないでね、みたいなついでの映像。IP活動としての映像。そんな映像が人の心を揺さぶられるわけもないわけです。砂遊び(2*)に使われてしまったことももの悲しかった。
1*…見たのは2024年の秋くらいだっけ…流石に今じゃない。
2*…「砂遊び」「砂場」とは、作画スラングの一種である。世界観に合わない作画(※たとえば、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」において、「NARUTO」のような走りをする作画を披露することだ。幸いなことにエヴァーガーデンには存在はしてない。)をしたり、個性といいつつ中村豊の再現をひたすらに行う、そういった作画の実験や理想の再現に留まる(向上心もなく無思考な)変な「砂の遊び場」になってしまうことを指す。
一言でいえば、メインストリートに立てないアニメーターのオナニーだと思ってください。
「ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉」、ようやく見ました(1*)。
決心がついたので。
なんの決心かって?
「アグネスタキオンが走れない姿を見る決心」
です。
─当時の背景から述べましょう。

(2000年:日本ダービー)
アグネスタキオンが皐月賞を取る1年前、日本ダービーでは河内jと武豊jで猛烈なデッドヒートを繰り広げていました。河内洋は当時45歳でしたが、まだ日本ダービーを取れていなかった。その河内が乗っていたのが「アグネスフライト」という馬です。
アグネスフライトとエアシャカールの叩き合いは最後のゴール板にまでもつれ込み、武豊騎乗のエアシャカールはハナ差の2着に敗れた。結果として、河内洋はデビューから27年目にしてようやく悲願の日本ダービー制覇を成し遂げます。
管理していた長浜調教師をして、アグネスフライトの全弟(父も母も同じ)である、アグネスタキオンは「兄よりもさらに強い」と言わしめた。
その後は皆さんもご存知の通り、アグネスタキオンは圧倒的なパフォーマンスで4連勝します。
ラジオたんぱ杯(現行:ホープフルS)ではジャングルポケット、クロフネに完勝。
弥生賞では不良馬場の中でミスキャスト、マンハッタンカフェに7馬身差。
皐月賞ではその強さから単勝1.3倍の支持を受けて、あっさりとクラシック戴冠。
タラレバが許されない競馬の中で、「もし走れていたら…」という想像・妄想は矛盾の塊ではありますが、つまるところ、ロマンの思考なのです。ボクは見たかった。スズカでさえも復活レースに出たんだから、アグネスタキオンも走ればよいのだ。
しかし、現実はそうもいかなかった
■ 劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』予告【5月24日(金)公開】
PV段階から画面に押されているのはジャングルポケット。なぜジャングルポケットなのだ。かれは確かにダービー馬であるし、ジャパンCにも勝ったが、勝ち鞍はそれだけ。この馬にフューチャーする理由があまりない。TVシリーズで何かしているのかもしれないけれど。
スタッフは豪華、作画は素晴らしい、ストーリーは賛否が分かれる。というか、これはストーリーがあるものなのか。タキオンは後方で見つめているだけ、自分が走れない悔しさを心の奥底で噛み締めながら、他馬である彼らの「可能性」を個々に表現していくだけ。
これは令和のプロジェクトA子ですわ。くだらない。
え?プロジェクトA子ってなんですかって?宮崎駿に一蹴された若者たちの作画アニメ(※映像だけすごく良く、ストーリーはないようなもの)だと思ってください。興味がある人だけ調べたらいいよ。
あのですね。アグネスデジタルもそうなんですが、
ボクは走る姿が見たかったのです。競走馬なのですから。で、アニメーター界の重鎮たる吉成鋼まで招牌したのですから、すんげえ映像は絶対に作れるはず。しかし、タキオンは走らなかった。フジキセキ(朝日杯勝利後、屈腱炎のため引退)まで調教とはいえ走ったのに。嫌がらせかよ。
なんとなくの物語はわかりますよ。これ以上走ったら自分の脚は壊れてしまう、科学者として「設定された」タキオンにはそれが分かった。だから、皐月賞後は自室に引きこもった。ジャンポケは食い下がるけれど、一向に出る必要がないと言い張るタキオン。
ジャンポケを主役に置き、あくまでもタキオンはライバルまで。IFを描くのがウマ娘の存在意義だと思っているんですけどね。「忠実な再現」ほど、この世の中で面白くないものはありません。
だから1期のサイレンススズカの出走から復活は盛り上がったんでしょう。あそこで退場させるのが筋ですよ。史実どおり描くならね。でもそれはくだらない。それが分かっていた。
タキオンのダービーの走りをどうしても見たかったんです。いち競馬ファンとして、いちアグネスタキオンファンとして。皐月賞の後、怪我がなければどんなレースをしたんだろう。どんな走りをしたんだろう。かれはどんな競走馬になったであろう、どんな影響を与えたであろう。どれだけの人たちを魅了しただろう…。

けっきょくタキオンが皐月賞以降に走ることはなかった。なんだこの日和った映像は。
繰り返しますが、「忠実な再現」ほど面白くないものはないんです。それはすでに当時、ドラマチックに走っているわけなので。その追体験なんてしても仕方ないんですよ。その熱量まで再現をしきれるはずもなく。
少なくとも、当時の史実を追うだけで、あの時の熱量をもった映像ではなかった。なんか今後もウマ娘というコンテンツを忘れないでね、みたいなついでの映像。IP活動としての映像。そんな映像が人の心を揺さぶられるわけもないわけです。砂遊び(2*)に使われてしまったことももの悲しかった。
1*…見たのは2024年の秋くらいだっけ…流石に今じゃない。
2*…「砂遊び」「砂場」とは、作画スラングの一種である。世界観に合わない作画(※たとえば、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」において、「NARUTO」のような走りをする作画を披露することだ。幸いなことにエヴァーガーデンには存在はしてない。)をしたり、個性といいつつ中村豊の再現をひたすらに行う、そういった作画の実験や理想の再現に留まる(
一言でいえば、メインストリートに立てないアニメーターのオナニーだと思ってください。