■今年もよろしくお願いします

750_1334_s_witch__17-576x1024

あけましておめでとうございますですよ。
本年もGOMISTATIONをよろしくお願いいたします、わよ。

えーっとどうしようかな、と思っている部分ではあります。
2019年以前の仕様に戻そうかな。バラした体で戻すのはあれだけど。
流石に「楽しい記事」だけの場所にしたい欲が強い。

スパイトな性質の日本人に嫌気が差している…とかいっても仕方ないでしょ笑
でもネタバラシをしたから、もう逆なのかな?
そういうあるていどの分別と知性がある人(発信すること自体もリスクになってしまうと理解している人)たちには、なんとなく伝わる可能性が大きいとも思う。

まあそういう記事はええか…
いますぐ練炭で一家心中して、大事なものがすべて火の中で燃えちゃえばいいのにねとか書いても、ま、ええか。炭火焼きにコンガリされた子どもを抱きかえているところをカメラに収めたいですよね。家族が黒ずみの死体が川の字でならんでもいい。どれでも素晴らしいことです。

こういうブラックジョークは日本人からするとすごく琴線にふれるようで。
(※でもいま読んでいるあなたは少しギョッとしたよね笑 大脳皮質が刺激を感じている笑)
オレからすると、「法には触れない、地味で不快な(受けて側が)消耗する行為」の方がもっと嫌で実際に害が生じると思うんだけど、これが理解されない。
実害性はどちらにありますか?」という真面目な選択肢を出すと、日本人は途端に言葉を濁す。


みなさん、こういったことご経験ありません?



■日本社会とスパイトな性質
「地味な不快行為はあるていどは、承諾される社会」ではありますよね。銃でも持ち込まれていたらまったく様相は違っただろう。つまるところ、「暴力が存在していない」んですこの日本社会には。

「暴力が存在していない」ということは、「あるていどの不快な行為」を抑制させる仕組みがないんです。社会の構造的に、人間を「躾ける」仕組みがない。だから、ぶつかりおじさん・おばさんは存在するし、スパイトな性質(不快行為を行う)人間が過剰に存在している。

たちが悪いことにこれはその人々が権威や目上に行うのではなく、「自分から見て格下/弱者の人間」に行うところにあります。権威主義的であり、もっというと、なおかつ奴隷的でもある。格下の人間はアメリカのように銃を所持しておらず、反撃がされないことが確定している。そういった部分を踏まえて、スパイト行為をするんです。とても卑怯ではないですか。

目上や権威に対しては、ヘコヘコと腰を曲げ、反撃がないであろう格下の人間にはスパイト行為を行う。これが今の日本社会に対するオレの印象です。奴隷でなおかつ従順、反骨精神などなく、権威といっしょに動くことを良きとする。


--整理すると、
・権威に対して奴隷的である
・権威や構造に対して従順的である
・その2つに対して、無思考的である
・自分から見て、格下に対してのみ攻撃的になる
・なにかに対して意見をもたない  /  それを言葉にすることを空気的に良しとしない
・意見を発信している人 / 戦っている人を冷笑する


恥ずかしい人間性ではなかろうかね?
これから大変な社会になって行く際に、こういう人たちと肩を組んで大きな組織と戦おうと思う?



答えはノーだぜッ!
変わるべきは社会の仕組みであり、その仕組みはひとりひとりの道徳・思考によって構築されていく。

だからこそ、「教育」「思考」「反骨精神」が大事っていう話ですね。
三が日から変な話になりましたが、これが日本社会の病巣であることには間違いありません。
大変な世の中になっていく際に、目をつぶってそれが過ぎ去ることを願うのは無駄でしかない。