おひさし、おひたし
1月ブリの更新ということで、もうはや新しい年が来ますね。
これが最近よかったんすわ~
■ 私の推しは悪役令嬢。(2023/秋/メインPV)

(https://youtu.be/ngLo_IfemZE?si=en2s7lP2O3bGQdQe&t=25)
キャラセル一枚でこの演出
言わずもがなではありますが、ただスライドさせているだけです。
それにしてもテンポがいいですね。
たぶん3コマで、頭の部分の↑と↓のいち往復を描いているんだと思う。
ああ、こういった表現を見たかった。
これだけローコストにも関わらず、情緒の表現をコミカルにやってのけている。
PVしか見ていませんが、これが最も優れていましたね。
他の表現で目新しいものは正直に言ってなかった。
(PVで存在しないんだから、本編にもなかろう)
アニメとはなんぞや、と最近おもうことも少なくなりました。
でも、「ぼっち・ざ・ろっく」は売れて、けろりらさんも有名になったので、
天国で野中正幸も喜んでいることでしょう。

野中系は確立されていきます。
2010年代のアニメーションは野中正幸抜きでは語れないからです。
血は繋がっていく。まさしくドゥラメンテのように。
次回は、楽しい作画のアニメ(おすすめ)を書く予定
教養のような堅くて面白くないものではないアニメーション紹介になれば幸い。
(海外向けのsakuga fanboy/girlに向けて、これからは書いていくつもりです)
1月ブリの更新ということで、もうはや新しい年が来ますね。
これが最近よかったんすわ~
■ 私の推しは悪役令嬢。(2023/秋/メインPV)

(https://youtu.be/ngLo_IfemZE?si=en2s7lP2O3bGQdQe&t=25)
キャラセル一枚でこの演出
言わずもがなではありますが、ただスライドさせているだけです。
それにしてもテンポがいいですね。
たぶん3コマで、頭の部分の↑と↓のいち往復を描いているんだと思う。
ああ、こういった表現を見たかった。
これだけローコストにも関わらず、情緒の表現をコミカルにやってのけている。
PVしか見ていませんが、これが最も優れていましたね。
他の表現で目新しいものは正直に言ってなかった。
(PVで存在しないんだから、本編にもなかろう)
アニメとはなんぞや、と最近おもうことも少なくなりました。
でも、「ぼっち・ざ・ろっく」は売れて、けろりらさんも有名になったので、
天国で野中正幸も喜んでいることでしょう。

野中系は確立されていきます。
2010年代のアニメーションは野中正幸抜きでは語れないからです。
血は繋がっていく。まさしくドゥラメンテのように。
次回は、楽しい作画のアニメ(おすすめ)を書く予定
教養のような堅くて面白くないものではないアニメーション紹介になれば幸い。
(海外向けのsakuga fanboy/girlに向けて、これからは書いていくつもりです)
感想^3/ウマ娘アプリと咲-Saki-と競馬カメラワーク
さいきんの面白かった読み物ほか
シン・エヴァンゲリオンの感想の感想
https://anond.hatelabo.jp/20210406053210
いやあ、これは感服ですね。最高にクールってやつ。バッサリ切ってる。
特に大事なのは、第2項、第3項ですね。
とても当たり前のことですが、まあ人間、「当たり前」や「普通」のことを見落とし/誤るので、ときどき改めないといけないわけです。
庵野秀明以外が作っているのはとうぜんです。庵野庵野と騒いで、他の人のアイディアが入っていないようにみなすのは冒涜に近い。
作画と画面にかんしては、メンツが当初とは大きく変わりました。本田雄の完全不参加は、ダメージ以外のなにものでもないでしょう。特技監督であった故・増尾昭一も同じく。この2人が欠けてしまった穴はとても大きいですが、なんとか補わないといけなかったはずです。でもまあ、他のスタッフとか語れないでしょう。いや、もっと正確に言うと、語る気がない。語れないし語る気もないから、庵野の私生活とかそういうクダラナイものを、”感想”としてしまっているわけで。
さて、語るところがない/中身がない/内容がないと、幼稚な反駁(欺瞞)しているバカもいるのですが、「第3村」については語らないといけない、シン・エヴァについては。この第3村は、旧劇においても、TV版においても、存在しなかったものであり、鈴原トウジ、相田ケンスケなどが28歳になり、それぞれの活動をしている。トウジは町医者(村医者?)となり、ケンスケはサバイバル班として活動していますよね。委員長に至っては子供を産んで育てて、親と一緒に住んでいる。
つまるところ、この「第3村」は旧劇やTV版との最も大きな差異なわけです。ここを語らずに、ここを考えずして、なーにが「シン・エヴァ」の感想かと思うわけですよ。ぼくやこの増田はね。そこをこの増田はもう的確に批判していますね。素晴らしい。
<ウマ娘アプリ>
美少女化における、ダービーが無価値になってしまったことなどはもう傍に置きましょう。
スキルが最も上手くできてますね。基本システムはパワプロのパクリですが、よく出来ている。「ウイニングポスト」「ダービースタリオン」ができなかったことをやり遂げたのは、素晴らしい。ウイポもいいじゃん、これパクっちまえよ。闘志システムなんてつまんねえもん。
【スキルについて】
(先行○、栄養補給、コーナー○、末脚など)
こういったスキル、つまり、「能力の可視化」が素晴らしいですよね。距離別に分けているのも作り込まれているなと感心した。まあ細かいこと言うと、短距離の区分が微妙だったりとかあるんですけど(*)、「能力の可視化」によって、それぞれの馬の特徴をうまく再現した。追い込み馬だったり、逃げ馬だったり、それがこのゲームの肝なので、細かいことはいいでしょう。
この「能力の可視化」で思い出すのは、やっぱ「咲-Saki-」かな。
嶺上開花という麻雀の1役を自分のスキル(使用可能なもの!)として持つ、とかいま考えてもどうかしている。サンキューリッツ。「どういう風にキャラクターの打ち手としての強さを見せるか」が難しい麻雀マンガにおいて革命でしたから。「むこうぶち」とか、基本的に御無礼って言ってるだけのおじさんですからねアレ。そういう意味でいうと、「兎」は惜しかったのかもしれない。インフレしすぎて、最後は主人公が天和してたからなあ。
咲-Saki-の話をもう少しすると、そういう能力を持つ組と、なにも持っていない一般人の戦いも熱かったですよね。良い対比関係ができていた。一般雀士が腕で交わしていく展開も良かった。
【カメラワークについて】
よく実際の競馬のカメラを再現されていると評判なんですが、まず、「元のJRAのカメラワークはクソ」なので、これを再現してはいけないんですよ。全体的にカメラはちょっと寄りすぎ。
ロングショット→超ロングショット→コーナー固定カメラ→ロングショット
この切り替わりで馬群が分からなくなるんじゃな…( ^ω^)
豪快に大外から差し切るときも見にくくて、ここは流石にウイポに軍配が上がるか。まあソシャゲで、しかも縦画面で競馬のカメラワークを再現しようとするのは無謀としか思えないので、元々が悪いような気もします。ライブも横なんだから、横にすりゃいいのに。
Q、じゃあいいカメラワークあんのかよ!教えろやハゲ!
A、こちらです
*2000年/BCクラシック(※米国ダート最高峰のレース)
Giant's Causeway(ジャイアンツコーズウェイ)とTiznow(ティズナウ)の熾烈な叩き合いが有名なマッチレース。直線に入ってから(1分50秒あたりから)は、並走する車に、おそらく昇降式のレールカメラを取り付けて、上から下にカメラを下げていったんじゃないのかなと推測している。
このカメラワークの良いところは、最終コーナーという、「位置取りがめっちゃ変化するところ」を捉えながら、なおかつ直線の先頭馬群を立体的に映していることです。似たようなことを新潟競馬場ではやっているんですけどね。
これがJRAのカメラワークでは、前述した通り、固定カメラをいったん挟むので、カメラで捉えている馬群の状態に一瞬のスキが出来てしまう。結果として、2~3秒ほど、コーナー~直線での位置取りは見えなくなります。東京などの中央4場ではまあ、カメラに一貫性がありません。
有名なのは、やはりゴールドシップの皐月賞だろう
*皐月賞/2012
向こう正面:ロングショット(2分23秒~38秒)
→これは普通、ちょっとカメラの振り方速いけど良い
コーナー手前:超ロングショット(39秒~41秒)
→馬群全体の状態を示す、これも良い
コーナー:固定カメラPAN(42秒~52秒)
→後方馬群を最後まで映してしまうせいで、先頭の状態が分からなくなる
※51秒あたりで先頭馬群の情報が失われている
直線:ロングショット(53秒~3分5秒)
→ズームイン、ズームアウトでわけわからんやろがい!
ゴール板前カメラ(5秒~14秒)
→まあここはそれなりに良い
※もう少し角度つけて欲しい、俯角に
※内側の馬とかわからん
こういう風に5回ぐらい切り替わるので、カメラのスイッチングが重要になってくるんですが、その辺はJRAはアホなんで分かってないですね。だから、これを真似してはいけない。
そんで、ウマ娘はというと、スタート直後あたりは、俯角のカメラワークも多く、見応えも十分なんですが、向正面を超えるあたりからJRAのクソカメラが顔を覗かしてきますね。やっぱり縦画面だと入り切らないなあ、という感じ。
シン・エヴァンゲリオンの感想の感想
https://anond.hatelabo.jp/20210406053210
いやあ、これは感服ですね。最高にクールってやつ。バッサリ切ってる。
特に大事なのは、第2項、第3項ですね。
エヴァンゲリオンは庵野秀明以外の人間も作っている
せめて作品の話をしろ
とても当たり前のことですが、まあ人間、「当たり前」や「普通」のことを見落とし/誤るので、ときどき改めないといけないわけです。
庵野秀明以外が作っているのはとうぜんです。庵野庵野と騒いで、他の人のアイディアが入っていないようにみなすのは冒涜に近い。
作画と画面にかんしては、メンツが当初とは大きく変わりました。本田雄の完全不参加は、ダメージ以外のなにものでもないでしょう。特技監督であった故・増尾昭一も同じく。この2人が欠けてしまった穴はとても大きいですが、なんとか補わないといけなかったはずです。でもまあ、他のスタッフとか語れないでしょう。いや、もっと正確に言うと、語る気がない。語れないし語る気もないから、庵野の私生活とかそういうクダラナイものを、”感想”としてしまっているわけで。
さて、語るところがない/中身がない/内容がないと、幼稚な反駁(欺瞞)しているバカもいるのですが、「第3村」については語らないといけない、シン・エヴァについては。この第3村は、旧劇においても、TV版においても、存在しなかったものであり、鈴原トウジ、相田ケンスケなどが28歳になり、それぞれの活動をしている。トウジは町医者(村医者?)となり、ケンスケはサバイバル班として活動していますよね。委員長に至っては子供を産んで育てて、親と一緒に住んでいる。
つまるところ、この「第3村」は旧劇やTV版との最も大きな差異なわけです。ここを語らずに、ここを考えずして、なーにが「シン・エヴァ」の感想かと思うわけですよ。ぼくやこの増田はね。そこをこの増田はもう的確に批判していますね。素晴らしい。
<ウマ娘アプリ>
美少女化における、ダービーが無価値になってしまったことなどはもう傍に置きましょう。
スキルが最も上手くできてますね。基本システムはパワプロのパクリですが、よく出来ている。「ウイニングポスト」「ダービースタリオン」ができなかったことをやり遂げたのは、素晴らしい。ウイポもいいじゃん、これパクっちまえよ。闘志システムなんてつまんねえもん。
【スキルについて】
(先行○、栄養補給、コーナー○、末脚など)
こういったスキル、つまり、「能力の可視化」が素晴らしいですよね。距離別に分けているのも作り込まれているなと感心した。まあ細かいこと言うと、短距離の区分が微妙だったりとかあるんですけど(*)、「能力の可視化」によって、それぞれの馬の特徴をうまく再現した。追い込み馬だったり、逃げ馬だったり、それがこのゲームの肝なので、細かいことはいいでしょう。
この「能力の可視化」で思い出すのは、やっぱ「咲-Saki-」かな。
嶺上開花という麻雀の1役を自分のスキル(使用可能なもの!)として持つ、とかいま考えてもどうかしている。サンキューリッツ。「どういう風にキャラクターの打ち手としての強さを見せるか」が難しい麻雀マンガにおいて革命でしたから。「むこうぶち」とか、基本的に御無礼って言ってるだけのおじさんですからねアレ。そういう意味でいうと、「兎」は惜しかったのかもしれない。インフレしすぎて、最後は主人公が天和してたからなあ。
咲-Saki-の話をもう少しすると、そういう能力を持つ組と、なにも持っていない一般人の戦いも熱かったですよね。良い対比関係ができていた。一般雀士が腕で交わしていく展開も良かった。
【カメラワークについて】
よく実際の競馬のカメラを再現されていると評判なんですが、まず、「元のJRAのカメラワークはクソ」なので、これを再現してはいけないんですよ。全体的にカメラはちょっと寄りすぎ。
ロングショット→超ロングショット→コーナー固定カメラ→ロングショット
この切り替わりで馬群が分からなくなるんじゃな…( ^ω^)
豪快に大外から差し切るときも見にくくて、ここは流石にウイポに軍配が上がるか。まあソシャゲで、しかも縦画面で競馬のカメラワークを再現しようとするのは無謀としか思えないので、元々が悪いような気もします。ライブも横なんだから、横にすりゃいいのに。
Q、じゃあいいカメラワークあんのかよ!教えろやハゲ!
A、こちらです
*2000年/BCクラシック(※米国ダート最高峰のレース)
Giant's Causeway(ジャイアンツコーズウェイ)とTiznow(ティズナウ)の熾烈な叩き合いが有名なマッチレース。直線に入ってから(1分50秒あたりから)は、並走する車に、おそらく昇降式のレールカメラを取り付けて、上から下にカメラを下げていったんじゃないのかなと推測している。
このカメラワークの良いところは、最終コーナーという、「位置取りがめっちゃ変化するところ」を捉えながら、なおかつ直線の先頭馬群を立体的に映していることです。似たようなことを新潟競馬場ではやっているんですけどね。
これがJRAのカメラワークでは、前述した通り、固定カメラをいったん挟むので、カメラで捉えている馬群の状態に一瞬のスキが出来てしまう。結果として、2~3秒ほど、コーナー~直線での位置取りは見えなくなります。東京などの中央4場ではまあ、カメラに一貫性がありません。
有名なのは、やはりゴールドシップの皐月賞だろう
*皐月賞/2012
向こう正面:ロングショット(2分23秒~38秒)
→これは普通、ちょっとカメラの振り方速いけど良い
コーナー手前:超ロングショット(39秒~41秒)
→馬群全体の状態を示す、これも良い
コーナー:固定カメラPAN(42秒~52秒)
→後方馬群を最後まで映してしまうせいで、先頭の状態が分からなくなる
※51秒あたりで先頭馬群の情報が失われている
直線:ロングショット(53秒~3分5秒)
→ズームイン、ズームアウトでわけわからんやろがい!
ゴール板前カメラ(5秒~14秒)
→まあここはそれなりに良い
※もう少し角度つけて欲しい、俯角に
※内側の馬とかわからん
こういう風に5回ぐらい切り替わるので、カメラのスイッチングが重要になってくるんですが、その辺はJRAはアホなんで分かってないですね。だから、これを真似してはいけない。
そんで、ウマ娘はというと、スタート直後あたりは、俯角のカメラワークも多く、見応えも十分なんですが、向正面を超えるあたりからJRAのクソカメラが顔を覗かしてきますね。やっぱり縦画面だと入り切らないなあ、という感じ。
すべてがFになる/2015アニメ;ベストシーンは7話に
もうこいつ更新しないかも?とか思ったでしょ
もうちょっとだけ続くんじゃ( ^ω^)
すべてがFになる ★★★★
(2015、制作/A-1 Pictures、監督/神戸守)
※森博嗣原作(1996年刊行、第一回メフィスト賞受賞)


原作の小説は15年前に刊行。ミステリー作品。真賀田四季という天才科学者の住む孤島において、ある殺人事件が起きる。
大学教授、犀川(さいかわ)先生が解決するというよりは、出来事や過去の思い出、犀川先生や西之園萌絵(犀川の助手ポジ)の性格の中で解決させられていく感じ。天才・真賀田四季にひたすら翻弄されたのが良かった。あくまでもこの殺人事件を解決することには、大した意味はなさそう、という感じすら抱いた。
アニメの演出でもっとも好みだったのは、黒木美幸回(#1、9演出)、倉田綾子回(#7演出、※演出の評価については、「没入のていど」で決めています。気付いたらEDだった。、そういうものは、演出のカテゴリーで評価すべきかと)。そして、次に重要なのが、なぜこれほどまでに没入したのか。
個人的な「すべてがFになる」のベストカットはこれかな~
#7
(コンテ/神戸守、演出/倉田綾子)
TB→(17秒から)FIX
なが~いトラックバック。トラックバック中に、部屋のドア枠にぎょっとし、階段の手すりにびっくりする。FIXした後は、その2つの枠を使って、画面内に新たな枠、つまり区切りを作る。幼い西之園萌絵がどんどん、檻に入れられていく感じがしますよね。日がさす部屋から暗い室内にカメラが引いていくから、明暗の対比もいいよね。ここは一連がすごくキレイにできていて惚れ惚れした。


空港のシーンから見て欲しいので、(アニメを消費する気力がない)諸氏は7話だけでも見て欲しい。それでも無理な人は7話Bパートから見て欲しい。ひさびさに良かった。
(※ミステリーオタクによると、メフィスト賞作家は癖が強いらしいけれど、最近の画一的な作品群を見ると、もっと映像化して欲しい。イドも良かったし)
もうちょっとだけ続くんじゃ( ^ω^)
すべてがFになる ★★★★
(2015、制作/A-1 Pictures、監督/神戸守)
※森博嗣原作(1996年刊行、第一回メフィスト賞受賞)


原作の小説は15年前に刊行。ミステリー作品。真賀田四季という天才科学者の住む孤島において、ある殺人事件が起きる。
大学教授、犀川(さいかわ)先生が解決するというよりは、出来事や過去の思い出、犀川先生や西之園萌絵(犀川の助手ポジ)の性格の中で解決させられていく感じ。天才・真賀田四季にひたすら翻弄されたのが良かった。あくまでもこの殺人事件を解決することには、大した意味はなさそう、という感じすら抱いた。
アニメの演出でもっとも好みだったのは、黒木美幸回(#1、9演出)、倉田綾子回(#7演出、※演出の評価については、「没入のていど」で決めています。気付いたらEDだった。、そういうものは、演出のカテゴリーで評価すべきかと)。そして、次に重要なのが、なぜこれほどまでに没入したのか。
個人的な「すべてがFになる」のベストカットはこれかな~
#7
(コンテ/神戸守、演出/倉田綾子)
TB→(17秒から)FIX
なが~いトラックバック。トラックバック中に、部屋のドア枠にぎょっとし、階段の手すりにびっくりする。FIXした後は、その2つの枠を使って、画面内に新たな枠、つまり区切りを作る。幼い西之園萌絵がどんどん、檻に入れられていく感じがしますよね。日がさす部屋から暗い室内にカメラが引いていくから、明暗の対比もいいよね。ここは一連がすごくキレイにできていて惚れ惚れした。


空港のシーンから見て欲しいので、(アニメを消費する気力がない)諸氏は7話だけでも見て欲しい。それでも無理な人は7話Bパートから見て欲しい。ひさびさに良かった。
(※ミステリーオタクによると、メフィスト賞作家は癖が強いらしいけれど、最近の画一的な作品群を見ると、もっと映像化して欲しい。イドも良かったし)
聲の形から見る、山田尚子のカット割り
山田尚子といえば、小刻みで丁寧な省略コンテを切る、というのが一つのイメージになってきた。
「聲の形(2019)」でのワンシーン






ここはとある映像を石田くんに見せるのが最も大事なところで、それ以外はぶっちゃけどうでもいい。だけれど、ほかの部分を無下に扱うわけではない。きちんと玄関から入り、おばさんい挨拶する。そういった段階を踏んでいるのが丁寧でいい。
1:石田の家に到着
↓
おばさんに挨拶する
↓
(石田の部屋に上がっていく)
↓
2:屋根裏部屋の直前のはしご
↓
3:カーテンシャッで石田の部屋に到着
↓
(タブレットを取り出す動作)
↓
4:ユヅル「極秘映像を入手した」;ここでもうタブレットを取り出している
↓
5:石田(なんだなんだ)
↓
6:机に置いて一緒に見る
こういう流れ。わずか6カットでここまで丁寧にできるのがスゴイ。大きな省略はないけれど、小刻みな省略、つまり、まあ必要なかろうという部分を的確に省略している。ユヅルが階段を上がったり、タブレットを取り出したり、という部分。
目的地は「とある映像を一緒に見る」にあるので、そこに向かって無駄なく、小刻みにカットを切ることでテンポを加速させる。けれど、突然ユヅルが石田の部屋にジャンプするみたいな、そういった大きな省略じゃないのが山田尚子演出の魅力の一つなのかな。丁寧だよね。
凡例1







「私の声ヘン?」の後のシーン。石田が「やってしまった!」という焦りで、スタンドを上げて(2カット目)自転車に乗る(3カット目)。見送りながら、いやいや言わなきゃと焦って自転車のリアキャリアを掴む西宮(4カット目)、急制動でびっくりする石田(5カット目)、西宮どしたん?の石田(6カット目)、止めたはいいがどうしようの西宮(7カット目)
凡例2







あまり説明いらないと思うがいちおう
こんがらがった感情でダッシュ帰宅(1カット目)、荷物ドサー(2カット目)、ベッドダイブ(3カット目)、なんかあったのか?と聞くユヅル(4カット目)、メールで返答する西宮(5カット目)、メールを見るユヅル(6カット目)、まじかよびっくりのユヅル(7カット目)
付け加えるならば、西宮を映す画面はベッドで落ち着くまで、ずっと動きっぱなし。ふだんの西宮とは違う、躍動的な動きがある(3カット目は俯角アングル)。一方、ユヅルは傍観しているので、客観的な水平アングルによって止まったままで描写されている。動と静の対比がいいよね。
小刻みなカット割りでテンポを加速させると、ギャップで止めのカットに没入してしまう。最初のワンシーンでいうと、映像を見るシーンに長い止めのカットがあるんだけれど、それに見入ってしまう。小刻みな省略はこういう点でも効果的に見える。ここが一つ、山田尚子演出の魅力の大きな一つであろうなと思う。
前々から気になっていた「ヴァイオレット・エヴァーガーデン(2018)」をようやく見ました。自分の中では、佳作とはいいがたく良作どまりでしたが、きわめて強烈に残るシーンがありました(※全体が面白いかどうかよりも、そういうカットやシーンを見つけられることのほうが、映像作品を見る際にとっては良いことなのです)。
義手の描写
主人公・ヴァイオレットは戦争で両腕を失くし、義手を付ける。感情がない、感情がわからないということはきわめて表現しにくい。鉄で出来た義手を他人に見せるたびに、その場は少しざわめく。冷たく、近寄りがたい印象を与える。
精巧な義手は、感情とはまったく真逆の性質を持ちます。その場その場で心がゆらいだり、話したことが全て本心でなかったりするように、感情は不安定な存在です。一方で、精巧な義手はそういった不安定さはいっさいなく、ただただ命令どおりに、調整どおりに完璧に動く。
#2

タイプライターのために義手を調整するシーン
肘の可動部を開けると時計のような細工がある。調整部分を上に押し上げると、指の位置や動きが1ミリ単位で正確に変わる。精巧さを伝える。精巧さは「曖昧な感情」とは真逆ですので、ヴァイオレットが感情を持たないことを表すためには、この義手はなくてはならないのです。

「知りたいのです、愛してるを」とひたすらに繰り返す彼女は、少しずつ、少しずつ、それを紐解いていきます。ヴァイオレットはいくつもの体験と手紙を綴ることによって、感情を、心を理解していきます。そうすると、精巧な機械である義手にまで変化は及ぶのです。
#13ー1

諦めないという覚悟を、壊れて2本指になった義手に託す。右PANの勢いは覚悟の大きさであり、ヴァイオレットの感情が、まるで義手にも移ったように見える。
#13ー2

全力を尽くした末、壊れた義手の部品が散っていく様は儚く美しい。もう二度と、誰も失いたくない、その決心が二度目の両腕の破壊へと結びつくわけです。だからこそ、このシーンは美しい。
「聲の形(2019)」でのワンシーン






ここはとある映像を石田くんに見せるのが最も大事なところで、それ以外はぶっちゃけどうでもいい。だけれど、ほかの部分を無下に扱うわけではない。きちんと玄関から入り、おばさんい挨拶する。そういった段階を踏んでいるのが丁寧でいい。
1:石田の家に到着
↓
おばさんに挨拶する
↓
(石田の部屋に上がっていく)
↓
2:屋根裏部屋の直前のはしご
↓
3:カーテンシャッで石田の部屋に到着
↓
(タブレットを取り出す動作)
↓
4:ユヅル「極秘映像を入手した」;ここでもうタブレットを取り出している
↓
5:石田(なんだなんだ)
↓
6:机に置いて一緒に見る
こういう流れ。わずか6カットでここまで丁寧にできるのがスゴイ。大きな省略はないけれど、小刻みな省略、つまり、まあ必要なかろうという部分を的確に省略している。ユヅルが階段を上がったり、タブレットを取り出したり、という部分。
目的地は「とある映像を一緒に見る」にあるので、そこに向かって無駄なく、小刻みにカットを切ることでテンポを加速させる。けれど、突然ユヅルが石田の部屋にジャンプするみたいな、そういった大きな省略じゃないのが山田尚子演出の魅力の一つなのかな。丁寧だよね。
凡例1







「私の声ヘン?」の後のシーン。石田が「やってしまった!」という焦りで、スタンドを上げて(2カット目)自転車に乗る(3カット目)。見送りながら、いやいや言わなきゃと焦って自転車のリアキャリアを掴む西宮(4カット目)、急制動でびっくりする石田(5カット目)、西宮どしたん?の石田(6カット目)、止めたはいいがどうしようの西宮(7カット目)
凡例2







あまり説明いらないと思うがいちおう
こんがらがった感情でダッシュ帰宅(1カット目)、荷物ドサー(2カット目)、ベッドダイブ(3カット目)、なんかあったのか?と聞くユヅル(4カット目)、メールで返答する西宮(5カット目)、メールを見るユヅル(6カット目)、まじかよびっくりのユヅル(7カット目)
付け加えるならば、西宮を映す画面はベッドで落ち着くまで、ずっと動きっぱなし。ふだんの西宮とは違う、躍動的な動きがある(3カット目は俯角アングル)。一方、ユヅルは傍観しているので、客観的な水平アングルによって止まったままで描写されている。動と静の対比がいいよね。
小刻みなカット割りでテンポを加速させると、ギャップで止めのカットに没入してしまう。最初のワンシーンでいうと、映像を見るシーンに長い止めのカットがあるんだけれど、それに見入ってしまう。小刻みな省略はこういう点でも効果的に見える。ここが一つ、山田尚子演出の魅力の大きな一つであろうなと思う。
義手の描写とその変化/エヴァガ(2018)
前々から気になっていた「ヴァイオレット・エヴァーガーデン(2018)」をようやく見ました。自分の中では、佳作とはいいがたく良作どまりでしたが、きわめて強烈に残るシーンがありました(※全体が面白いかどうかよりも、そういうカットやシーンを見つけられることのほうが、映像作品を見る際にとっては良いことなのです)。
義手の描写
主人公・ヴァイオレットは戦争で両腕を失くし、義手を付ける。感情がない、感情がわからないということはきわめて表現しにくい。鉄で出来た義手を他人に見せるたびに、その場は少しざわめく。冷たく、近寄りがたい印象を与える。
精巧な義手は、感情とはまったく真逆の性質を持ちます。その場その場で心がゆらいだり、話したことが全て本心でなかったりするように、感情は不安定な存在です。一方で、精巧な義手はそういった不安定さはいっさいなく、ただただ命令どおりに、調整どおりに完璧に動く。
#2

タイプライターのために義手を調整するシーン
肘の可動部を開けると時計のような細工がある。調整部分を上に押し上げると、指の位置や動きが1ミリ単位で正確に変わる。精巧さを伝える。精巧さは「曖昧な感情」とは真逆ですので、ヴァイオレットが感情を持たないことを表すためには、この義手はなくてはならないのです。

「知りたいのです、愛してるを」とひたすらに繰り返す彼女は、少しずつ、少しずつ、それを紐解いていきます。ヴァイオレットはいくつもの体験と手紙を綴ることによって、感情を、心を理解していきます。そうすると、精巧な機械である義手にまで変化は及ぶのです。
#13ー1

諦めないという覚悟を、壊れて2本指になった義手に託す。右PANの勢いは覚悟の大きさであり、ヴァイオレットの感情が、まるで義手にも移ったように見える。
#13ー2

全力を尽くした末、壊れた義手の部品が散っていく様は儚く美しい。もう二度と、誰も失いたくない、その決心が二度目の両腕の破壊へと結びつくわけです。だからこそ、このシーンは美しい。
木上益治の演出を探る/氷菓5話─その1
作画は一段落ついたので演出の方を探っていこうと思う
氷菓(2012)5話
絵コンテ・演出:三好一郎(※木上益治の変名)
【全話までの流れ】
子供のころの叔父との会話が思い出せない千反田えるをきっかけに、45年前の学校そのものに何があったのかを奉太郎たちが推理していく。そして、見事に過去の出来事を暴き出した。しかし、えるたそ~は違和感が残っている様子。それが前話数までの流れ、つまり、5話は真の解決編です。
・姉から電話を受け取るシーン
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.45_[2020.02.01_12.19.28]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/9/a/9afddbb4-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.45_[2020.02.01_12.19.30]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/5/f549a2c8-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.47_[2020.02.01_12.19.49]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/1/d/1d1b8ec8-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.48_[2020.02.01_12.19.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/d/0/d03522fb-s.jpg)
連続3カット
1カット目:受話器なめて後ろに奉太郎は小さく/広角気味/バストショット
2カット目:受話器を取る奉太郎
3カット目:姉からの電話とわかる/望遠/ロングショット
レンズの意識なんてのは木上益治の演出なら言うまでもなく、問題はそれをどう使っているかです。このシーンでは、1カット目に受話器を手前で大きく映し(「なめて」と言います)奉太郎を左後ろに配置させることで、受話器じたいがキーアイテムであることを主張している。
2カット目は普通のカット。奉太郎が電話に出る。目を引くのは3カット目ですねえ。姉からの電話とわかった途端に、このロングショット&望遠の画面。この異質さ。いつもと違った画面にするのにはなにか理由がある。ここは姉からの電話がめっちゃ重要やでっていうのを客観カメラで伝えるためですよね(主観・客観カメラはキャラ目線かそうでないかだけです、この区別が大事かな、と個人的に思っている)。客観カメラでやっている理由はぶっちゃけ分からん。奉太郎の主観を入れないようにするため?
・姉と談笑する奉太郎
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.52_[2020.02.01_12.19.52]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/a/0adb48e6-s.jpg)
こういう分かりやすく誇張するレイアウトを木上さんは好きそうではある
家具とか家財の後ろから映すのが好みなのか、しかしキレイに収まっている
・姉から「カンヤ祭」が禁句であると聞いて考え込んだ後
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.00_[2020.02.01_12.23.14]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/4/8425305c-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.01_[2020.02.01_12.23.15]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/4/24314f40-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.03_[2020.02.01_12.23.17]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/4/54100a29-s.jpg)
3カットAC(アクション)つなぎ
一連の行為をわざと切って、複数のカットに分ける技法をAC(アクション)つなぎと言ったりします。ここでは奉太郎が姉からの電話を受けて、自分の推理にはどこか不足しているところがあるのではないか、ないしは間違っている部分があるのではないか、ということで、追求すると決めたシーン。単純だけれど、奉太郎の覚悟が伝わってくる。
・序文を書いた本人は分かってからお前ら図書館いくどーのシーン
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.17_[2020.02.01_12.23.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/0/f0c66245-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.20_[2020.02.01_12.23.37]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/7/b7b61193-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.23_[2020.02.01_12.23.40]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/d/cd98f41d-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.29_[2020.02.01_12.23.47]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/a/6/a66b34c3-s.jpg)
連続4カット
1カット目は前述の通り、大きな棚の後ろから奉太郎たちを映す。画面をさらに絞って誇張する。んで2カット目ではいきなり、奉太郎の足へ。ここは奉太郎だけが序文を書いた本人をすでに知っている(さらにその本人が45年前の真相を知っているだろうことまで分かっている)、という部分が大事なので、他の無知な3人は目立ってはいけない。奉太郎だけ。「Just Hotaro.」
3カット目はその延長でやや引いた画面でパンアップしていく。後ろ姿を映すことでミステリアスな感じに。4カット目の目線なしも、そういう意図なんだろう。目線を消すことで、余計に彼の存在を目立たせる。
★関谷純の名前を聞いて、糸魚川(郡山)先生のリアクション
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_12.54_[2020.02.01_12.24.18]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/b/2b9c1ec4-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_12.55_[2020.02.01_12.24.20]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/7/2794eeba-s.jpg)
ここバリ上手い
序文を奉太郎が渡して、糸魚川先生は書いた本人だと認める。んで、糸魚川先生は。奉太郎たちが聞きたいこと、それは45年前の運動についてという所まで察しがいった。ただ、予想外だったのは「関谷純」という名前が出てきたこと。それは予期していなかったんだろうと思う。2カット目、広角レンズで歪んでますよね。これは糸魚川先生の動揺を示したカットだと思う。糸魚川先生の声は明らかに動揺を隠そうとしている様子で、それが画面に滲み出てしまった。
氷菓(2012)5話
絵コンテ・演出:三好一郎(※木上益治の変名)
【全話までの流れ】
子供のころの叔父との会話が思い出せない千反田えるをきっかけに、45年前の学校そのものに何があったのかを奉太郎たちが推理していく。そして、見事に過去の出来事を暴き出した。しかし、えるたそ~は違和感が残っている様子。それが前話数までの流れ、つまり、5話は真の解決編です。
・姉から電話を受け取るシーン
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.45_[2020.02.01_12.19.28]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/9/a/9afddbb4-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.45_[2020.02.01_12.19.30]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/5/f549a2c8-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.47_[2020.02.01_12.19.49]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/1/d/1d1b8ec8-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.48_[2020.02.01_12.19.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/d/0/d03522fb-s.jpg)
連続3カット
1カット目:受話器なめて後ろに奉太郎は小さく/広角気味/バストショット
2カット目:受話器を取る奉太郎
3カット目:姉からの電話とわかる/望遠/ロングショット
レンズの意識なんてのは木上益治の演出なら言うまでもなく、問題はそれをどう使っているかです。このシーンでは、1カット目に受話器を手前で大きく映し(「なめて」と言います)奉太郎を左後ろに配置させることで、受話器じたいがキーアイテムであることを主張している。
2カット目は普通のカット。奉太郎が電話に出る。目を引くのは3カット目ですねえ。姉からの電話とわかった途端に、このロングショット&望遠の画面。この異質さ。いつもと違った画面にするのにはなにか理由がある。ここは姉からの電話がめっちゃ重要やでっていうのを客観カメラで伝えるためですよね(主観・客観カメラはキャラ目線かそうでないかだけです、この区別が大事かな、と個人的に思っている)。客観カメラでやっている理由はぶっちゃけ分からん。奉太郎の主観を入れないようにするため?
・姉と談笑する奉太郎
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_04.52_[2020.02.01_12.19.52]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/a/0adb48e6-s.jpg)
こういう分かりやすく誇張するレイアウトを木上さんは好きそうではある
家具とか家財の後ろから映すのが好みなのか、しかしキレイに収まっている
・姉から「カンヤ祭」が禁句であると聞いて考え込んだ後
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.00_[2020.02.01_12.23.14]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/4/8425305c-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.01_[2020.02.01_12.23.15]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/4/24314f40-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_07.03_[2020.02.01_12.23.17]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/4/54100a29-s.jpg)
3カットAC(アクション)つなぎ
一連の行為をわざと切って、複数のカットに分ける技法をAC(アクション)つなぎと言ったりします。ここでは奉太郎が姉からの電話を受けて、自分の推理にはどこか不足しているところがあるのではないか、ないしは間違っている部分があるのではないか、ということで、追求すると決めたシーン。単純だけれど、奉太郎の覚悟が伝わってくる。
・序文を書いた本人は分かってからお前ら図書館いくどーのシーン
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.17_[2020.02.01_12.23.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/0/f0c66245-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.20_[2020.02.01_12.23.37]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/7/b7b61193-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.23_[2020.02.01_12.23.40]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/d/cd98f41d-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_09.29_[2020.02.01_12.23.47]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/a/6/a66b34c3-s.jpg)
連続4カット
1カット目は前述の通り、大きな棚の後ろから奉太郎たちを映す。画面をさらに絞って誇張する。んで2カット目ではいきなり、奉太郎の足へ。ここは奉太郎だけが序文を書いた本人をすでに知っている(さらにその本人が45年前の真相を知っているだろうことまで分かっている)、という部分が大事なので、他の無知な3人は目立ってはいけない。奉太郎だけ。「Just Hotaro.」
3カット目はその延長でやや引いた画面でパンアップしていく。後ろ姿を映すことでミステリアスな感じに。4カット目の目線なしも、そういう意図なんだろう。目線を消すことで、余計に彼の存在を目立たせる。
★関谷純の名前を聞いて、糸魚川(郡山)先生のリアクション
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_12.54_[2020.02.01_12.24.18]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/b/2b9c1ec4-s.jpg)
![氷菓05-06話.mkv_snapshot_12.55_[2020.02.01_12.24.20]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/7/2794eeba-s.jpg)
ここバリ上手い
序文を奉太郎が渡して、糸魚川先生は書いた本人だと認める。んで、糸魚川先生は。奉太郎たちが聞きたいこと、それは45年前の運動についてという所まで察しがいった。ただ、予想外だったのは「関谷純」という名前が出てきたこと。それは予期していなかったんだろうと思う。2カット目、広角レンズで歪んでますよね。これは糸魚川先生の動揺を示したカットだと思う。糸魚川先生の声は明らかに動揺を隠そうとしている様子で、それが画面に滲み出てしまった。
ID: INVADED1話/画面雑感
ID: INVADED 公式サイト
NAZによる制作。数少ないオリジナルアニメ。監督にあおきえいを据え、キャラデザには碇谷敦(板垣敦)を採用。衆目を引いたのは、なんといっても脚本:舞城王太郎でしょう。「龍の歯医者」「ハンマーヘッド」以来のアニメ作品参加。なによりテレビシリーズにがっつりと参加するのはこれが初めて。
碇谷キャラデが目を引きますねえ

リアルなお話に、すごくリアルなキャラデというのはそれだけで辛くなってしまう。碇谷キャラデぐらいデフォルメされているくらいが、少し遠目から作品を見れるんですよ。リアルなキャラデだと自己投影しすぎてしまう。それが分かってないから、「没個性リーマン主人公」みたいなキャラデが氾濫しているわけです。これはけっこう良い判断材料ですよ。お話はどっちにせよ、ダメなデザインだなってすぐに分かる。
1話のテーマは「欠損」だったので、ダイレクトに犯罪者の無意識って感じがして良いですよね。絵として良かったのは、圧倒的にAパート前半。



三回ポンバック
同ポジから三回それぞれ引いた絵を作る。
レイアウトはこういうふうに連続して良いものが作られるときもあります。ラストカットはそれ以外も中央に枠が作られるように、物が配置されていて良い
やっぱり1話はここだなと
Bパートのぐるぐるパズル組み立てや、カエルちゃんから外れていく犯人のシーンも爽快感があっていいけれど、酒井戸が起き上がるところのシーン。ここが個人的には最も良かった。



戸惑いや混乱だけならば絵で表現するのは大して難しくないですが、そこから落ち着くまでを描こうとすると一気に難易度が上がる。酒井戸の混乱~落ち着きまでの描写はそうとうに良かった。酒井戸がイラついて壁を殴る。当たらないはずの手が壁に当たっている、それに酒井戸が気付く。


同じように足を救出する。バネの感じがいいんだろうなあコレ。足元がバラバラで不安定な世界に安心を与えてくれる。この一連の流れはスゴク良かった。
★18頭もいるので、レース終盤は人気の馬に絞ってカメラは追う
・基本的にロングショット・カメラで撮っている
(※最近では、2018年の「チャンピオンズカップ」のウェスタールンドの例あり、これもすごかった)
五頭分の花嫁(5巻144-148頁)
※五月(右下アホ毛)に注目

ロングショット=全体カメラ

これは石田くんが西宮に会おうとするのを、妹・結弦が妨げるシーンです。大したことないカットに思うかもしれないけど、すごく良いシークエンスでした。
簡単に整理すると、
ポン寄り+ACつなぎ→足元のカットへ
演出技術的には、なんていうことない2つの組み合わせです
やや不安なところがあったので、ポン寄りをもうちょい調べました。ポン寄りの基本原則は、ロング・ミドルショットから、クローズショットになる、ということです。つまり、ポン寄りするときに「カメラと被写体の距離に大きな差が生まれること」が重要だとおもう。
各ショットについてはこちらのサイト様を参考に
◆ ビデオ・写真撮影入門 「構図の基礎・その1」各ショットとアングル
ショットについては定義や種類がブレるので、まあ参考程度で
ロングショット:キャラ米粒くらいで、背景が画面のほとんど
(ミドルショット):キャラ全身入って、背景と半々くらい
(バストショット):キャラの胸から上くらい
クローズショット:キャラの顔が画面をほとんどを占める
キャラと背景の比率で抑えるのが客観的でいいかなあと。まあ大体でいいです、本当に
実例
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.41.12_[2019.08.18_17.08.15]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/4/7471ffc9-s.jpg)
これはロングショット
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.59.19_[2019.08.18_17.13.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/4/b/4b857f6d-s.jpg)
これはクローズショット
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.41.35_[2019.08.18_17.12.53]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/b/5ba37a8f-s.jpg)
これなんかは、微妙だよね。バスト~クローズショット
キャラメインだからクローズショットと言い切ってもいいけど
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.44.20_[2019.08.18_17.13.09]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/9/4/941c9f82-s.jpg)
これはミドル~バストショット
じゃあ冒頭の結弦くんのショットはというと、
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.35.43_[2019.08.14_02.09.49]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/f/ff011a4b-s.jpg)
バストショットですよね
ここからのポン寄りの典型的なパターンは、結弦くんの目元・口元に寄ったりして、最初に述べたとおり、「被写体とカメラの距離の差」を大きく出す。だけど、ここでは西宮にカメラがいくんですよ。これが珍しくて面白かった。

なんでかっていうのは、とうぜん石田くんの主観視点だから。扉が閉まって行く中、西宮を目で追いかけてしまう。急いで追っているので、カメラは左に少しPANしてるわけです。あと、ACつなぎっていうのは、キャラの行為を切って複数のカットにして繋げることです。ここでいうと、「結弦くんがドアを閉めること」をわざと切って、2カットにしている。
とても小気味よいのは、それまでずっと石田くんの主観視点だったのに、3カット目でいきなり足元を映すところです。客観的なローポジションのカメラは日光もなくなり、拒絶されてしまった彼の心情を伝える。良いシークエンス。
◆かぐや様は告らせたい「チカっとチカ千花っ♡」


NAZによる制作。数少ないオリジナルアニメ。監督にあおきえいを据え、キャラデザには碇谷敦(板垣敦)を採用。衆目を引いたのは、なんといっても脚本:舞城王太郎でしょう。「龍の歯医者」「ハンマーヘッド」以来のアニメ作品参加。なによりテレビシリーズにがっつりと参加するのはこれが初めて。
碇谷キャラデが目を引きますねえ

リアルなお話に、すごくリアルなキャラデというのはそれだけで辛くなってしまう。碇谷キャラデぐらいデフォルメされているくらいが、少し遠目から作品を見れるんですよ。リアルなキャラデだと自己投影しすぎてしまう。それが分かってないから、「没個性リーマン主人公」みたいなキャラデが氾濫しているわけです。これはけっこう良い判断材料ですよ。お話はどっちにせよ、ダメなデザインだなってすぐに分かる。
1話のテーマは「欠損」だったので、ダイレクトに犯罪者の無意識って感じがして良いですよね。絵として良かったのは、圧倒的にAパート前半。



三回ポンバック
同ポジから三回それぞれ引いた絵を作る。
レイアウトはこういうふうに連続して良いものが作られるときもあります。ラストカットはそれ以外も中央に枠が作られるように、物が配置されていて良い
やっぱり1話はここだなと
Bパートのぐるぐるパズル組み立てや、カエルちゃんから外れていく犯人のシーンも爽快感があっていいけれど、酒井戸が起き上がるところのシーン。ここが個人的には最も良かった。



戸惑いや混乱だけならば絵で表現するのは大して難しくないですが、そこから落ち着くまでを描こうとすると一気に難易度が上がる。酒井戸の混乱~落ち着きまでの描写はそうとうに良かった。酒井戸がイラついて壁を殴る。当たらないはずの手が壁に当たっている、それに酒井戸が気付く。


同じように足を救出する。バネの感じがいいんだろうなあコレ。足元がバラバラで不安定な世界に安心を与えてくれる。この一連の流れはスゴク良かった。
ワープするとき、テンポが変わる
今回の主人公

まて競馬だからといって逃げるな、とりあえず下の映像だけでも見ていけ。
競馬ワープ

まて競馬だからといって逃げるな、とりあえず下の映像だけでも見ていけ。
競馬ワープ
(※最後方の14番、白い馬に注目)
こんなん最下位やがな…と思うような最後方から、内田騎手の見事なイン付きによって、全馬ごぼう抜きで勝利を収める。名馬ゴールドシップの皐月賞です。競馬実況も「あっその内からゴールドシップ上がってきた!」と、予期せぬ展開によってリアクションが遅れている。競馬ではこういう映像がときどきあります。
競馬に詳しくない人はこの「ワープ」がよく分からないと思うので少し説明する。なんでこんなことが起きるのか?というのは、つまりは「カメラが追えていない・拾えてない」というだけですから。
<ゴールドシップとレースの状況>
・2000mのレース
・ゴールドシップはレース序盤から最後方で最終コーナーを迎える
・先頭とは30~35馬身差(約120m!)
・人気どころの馬(ワールドエースらは外にいた)ので、内側に目線がいかなかった
全体図

(※水色が人気馬、赤色がゴルシ)

※ちなみにウマ娘OPのゴルシはこの皐月賞がモデルレース
・2000mのレース
・ゴールドシップはレース序盤から最後方で最終コーナーを迎える
・先頭とは30~35馬身差(約120m!)
・人気どころの馬(ワールドエースらは外にいた)ので、内側に目線がいかなかった
全体図

(※水色が人気馬、赤色がゴルシ)

※ちなみにウマ娘OPのゴルシはこの皐月賞がモデルレース
<使われているカメラ>
・馬群を映すロングショット用(ロングショット・カメラ)
・コーナーを映す固定カメラ(固定PANカメラ)の2つ
・コーナーを映す固定カメラ(固定PANカメラ)の2つ
★18頭もいるので、レース終盤は人気の馬に絞ってカメラは追う
・基本的にロングショット・カメラで撮っている
・最後のコーナーでいったん固定PANカメラに切り替わってから、ゴール前の直線でまたロングショット・カメラに戻る。
要するに、2つのカメラ切り替え・カメラスイッチの間に、映せない場面が発生してしまう。映せない場面で起きたことが分からないまま、次のシーンへと移動して、そこでやっと起きたことが変わる。これがワープの原因です。
(※最近では、2018年の「チャンピオンズカップ」のウェスタールンドの例あり、これもすごかった)
で、この競馬ワープと似た現象は漫画やアニメでも時々起きるんですよ
このワープによって、テンポがいきなり変わる
五頭分の花嫁(5巻144-148頁)
※五月(右下アホ毛)に注目

ここはフータローの作ったテスト問題をみんなに渡していたら、ニノだけキレているシーンです。構造はゴルシ皐月賞とまったく同じです。ニノのひどい口ぶりや行動に、三玖は苛立ちを募らせていく。そして、ついにと思ったら、実は五月だった。そこに読者はインパクトを覚えるわけです。
ロングショット=全体カメラ
PANカメラ=寄りカメラと置き換えたら、わかりやすい。さっきのレースと構造は同じです。
さっきと同じく色で囲ってみると一目瞭然


この2つのカメラの切り替えの間には、どうしても物理的なスキが生まれてしまう。カメラが捉えきれない部分ができてしまう。その部分から、キャラクターが現れることによって、唐突さを感じる。すると、虚をつかれて理解が遅れる。ここだと、三玖が叩いたかと思ったら、という感じですよね。最終コマの五月のインパクトで決めゴマになっている。テンポ記事では何度も書きましたが、やはり「ものごとの理解が遅れる」ことは、テンポに大きく影響します。
今回の新しい発見は、カメラの切り替えの際に生じる、物理的なスキを利用したテンポ演出技術です・・・と、ここまで書いてみたはいいものの、これアニメ、ドラマ、漫画問わずにめっちゃ見ますね!もう演出技巧として確立されているんでしょう。なんかあれな感じになってしまった。
今回の新しい発見は、カメラの切り替えの際に生じる、物理的なスキを利用したテンポ演出技術です・・・と、ここまで書いてみたはいいものの、これアニメ、ドラマ、漫画問わずにめっちゃ見ますね!もう演出技巧として確立されているんでしょう。なんかあれな感じになってしまった。
「聲の形」の扉閉めカット

これは石田くんが西宮に会おうとするのを、妹・結弦が妨げるシーンです。大したことないカットに思うかもしれないけど、すごく良いシークエンスでした。
簡単に整理すると、
ポン寄り+ACつなぎ→足元のカットへ
演出技術的には、なんていうことない2つの組み合わせです
やや不安なところがあったので、ポン寄りをもうちょい調べました。ポン寄りの基本原則は、ロング・ミドルショットから、クローズショットになる、ということです。つまり、ポン寄りするときに「カメラと被写体の距離に大きな差が生まれること」が重要だとおもう。
各ショットについてはこちらのサイト様を参考に
◆ ビデオ・写真撮影入門 「構図の基礎・その1」各ショットとアングル
ショットについては定義や種類がブレるので、まあ参考程度で
ロングショット:キャラ米粒くらいで、背景が画面のほとんど
(ミドルショット):キャラ全身入って、背景と半々くらい
(バストショット):キャラの胸から上くらい
クローズショット:キャラの顔が画面をほとんどを占める
キャラと背景の比率で抑えるのが客観的でいいかなあと。まあ大体でいいです、本当に
実例
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.41.12_[2019.08.18_17.08.15]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/4/7471ffc9-s.jpg)
これはロングショット
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.59.19_[2019.08.18_17.13.33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/4/b/4b857f6d-s.jpg)
これはクローズショット
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.41.35_[2019.08.18_17.12.53]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/b/5ba37a8f-s.jpg)
これなんかは、微妙だよね。バスト~クローズショット
キャラメインだからクローズショットと言い切ってもいいけど
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.44.20_[2019.08.18_17.13.09]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/9/4/941c9f82-s.jpg)
これはミドル~バストショット
じゃあ冒頭の結弦くんのショットはというと、
![[2018-MO]聲の形.mp4_snapshot_00.35.43_[2019.08.14_02.09.49]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/f/ff011a4b-s.jpg)
バストショットですよね
ここからのポン寄りの典型的なパターンは、結弦くんの目元・口元に寄ったりして、最初に述べたとおり、「被写体とカメラの距離の差」を大きく出す。だけど、ここでは西宮にカメラがいくんですよ。これが珍しくて面白かった。

なんでかっていうのは、とうぜん石田くんの主観視点だから。扉が閉まって行く中、西宮を目で追いかけてしまう。急いで追っているので、カメラは左に少しPANしてるわけです。あと、ACつなぎっていうのは、キャラの行為を切って複数のカットにして繋げることです。ここでいうと、「結弦くんがドアを閉めること」をわざと切って、2カットにしている。
とても小気味よいのは、それまでずっと石田くんの主観視点だったのに、3カット目でいきなり足元を映すところです。客観的なローポジションのカメラは日光もなくなり、拒絶されてしまった彼の心情を伝える。良いシークエンス。
かぐや様3話EDはTikTokである
藤原書紀が踊る、かぐや様3話のED通称「チカダンス」はその愛くるしさで、瞬く間に広がっていった。多くの人の感想は「かわいい」「実写に見えるほど動いている」と、とにかく絶賛の嵐が吹き荒れている。ただ、僕は納得がいかない。お得意の逆張りだろうか?
◆かぐや様は告らせたい「チカっとチカ千花っ♡」
ロトスコープによって描かれた本映像は、近々にメイキング映像が出されるそうだが、その前にすべての陰謀を暴いてやる(※なにもかも間に合いませんでした)。世界を騙せ、可能性をつなげ、世界は欺ける、というコンセプト。
まあロトスコ関係の細かい話はやめにしました。どうせ文章なんて読み飛ばされるものですから。ロトスコープが、M・フライシャーによって発明されたという通説はあるけれど、彼がギャロップ連続写真(1886/エドワード・マイブリッジ)にすげえ影響を受けたんじゃねっていう推論なんて誰も読みません。それで、かぐや様3話EDっていうのはぶっちゃけ大したことしていない。たしかに、ロトスコープなのに、線が歪んでいない、実写映像からの抜き取りが上手い、というのは確実にあります。どうやって抜き取って整理したんだろうか、繋げたんだろうか、というのは疑問です。高いレベルで、「大したことない」と言っているので注意されたい。ちゃんと読め。

それで、まあ本題はそういうことではない。素晴らしく可愛いならそれでいいじゃないか。たくさんの人を幸せにしたならそれでいいじゃないか。しかし、これだけ絶賛されているのはなにかあるはずだ…と考えた結果、これは「TikTok」である、という結論に辿り着きました。

TikTokとは、ティーン向けの動画投稿SNSサービス。リズムに合わせて芝居をする動画が日々アップロードされています。んで、これは藤原書紀のTikTokなんですよ(鍵垢)。だってさ、一人残った放課後の生徒会室で、カメラを固定しながら音楽に乗せて、芝居している。最初から、伏線としてウルシゴキブリを配置しオチ要因まで用意している。TikTok以外のなにものでもない。
TikTokとアニメオタクって一見離れたところにあるように見えますが、今回の件を見るに、なんだろう近いところにあると思う。けっこうVtuberと同じ感じなんですよ、だからTikTokなんて使わない20代付近のアニメオタクにも受けたんじゃないかなあ。Vtuberと違うのは、ポップでリズミカルな音楽に乗せて「自分らしい情緒的な芝居」をするところ。それ以外は大雑把に言えば、かわいい女の子がかわいく演技する、みたいなもんですから。そのため、着想としてはTikTokみたいな動画共有SNS、みたいなものがあるのかなあ、そのためティーンから20代の共感を得て絶賛されているのかなと結論付けました。自分でも思います、ちょっと強引ですね。普段こういう語り方をしないにしても、いかがなものか。すいません。
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