GOMISTATION.OLD01

I LOVE U,I KILL U

カテゴリ: 感想・評・レビュー等

節約しつつも、美術で手を抜かない、それがゴーハンズ。


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魚眼的な画角のカット。
前も載せましたね、ホワイトボード以外は同じ。


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川流のエフェクトCG。
いやー意外とキレイですね。
で、紅葉のもみじの散り様も地味にCG。


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こういう吹き出し型のバンクで画面の情報量を増やすのが上手い。
ただ、カメラ横流しにしていくだけだと、味気ないですからね。
静止画でも、そういう細かな効率化は見て取れます。


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ここの手の仕草、超上手かったです。
後で、多分gifにします。


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距離感出てていいですねえ。
というかここでしか使わないのに、何でこんな美術気合入ってんだ。
体育館の天井まで描きたがるアニメスタジオは、そうそうないと思います。

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ここも古典的な作画省略で。
口パクを書かなくていいようにするのは、エヴァでもあったりします。

新世紀エヴァンゲリオン #3
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同カット絵コンテ
BlogPaint
(新世紀エヴァンゲリオン 絵コンテ集vol.1より)
ちなみに鶴巻コンテです。
こういった節約カット、マッキー上手いです。


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この辺りがどうしてもなあ、と。
雨降って、13秒ぐらいで止むって、訳分かんない。
このネタ挟む意味ないんですよ。
話題の転換という意味で挟むなら、もうちょっと尺増やすべきです。


後は散々の「スズ」押しが、どうにもしつこい感じが。
キモイこと言いますと、カップリングは読者の妄想ってスタンスじゃないですか。
距離感が大事なんですよ。ハーレムって当然付き合っちゃ駄目なわけで。
というかギャグなので、イチャイチャしすぎるとカエデさんに出てきてもらいたい。
風紀委員長ですしね。

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( ^ω^)…自分から風紀を乱していくのか…ファッキューカエデ
とまあ冗談は置いといて。
ハイライト無しの畑さんとカエデが並ぶことで、違いが浮き彫りに。
まともなキャラには、ハイライト入れる方針なんだと思います(適当) 


そんなこんなで、残り2話ですかね。
一期から4年近くも経ってるのに、ベクトルが違ったトコに向かないのはスゴいです。
最近、「WitSTUDIO」といい派生スタジオが目立ってる感じがします。
何ででしょうね。マンネリみたいなもんが消えちゃうんでしょうか。  

個人的には「トップをねらえ!」回でした。


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激昂する流子。#19辺りのバンクかな。 


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いい爆発だあ。
粉塵エフェクトのブラシがいい感じです。


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生々しい縫の目の動き。SEも合わさって初号機を思い出す。
両手が無くなったことで、本性が露わになりつつある。
縫、最後に悲しい死に方しそうだなあ。


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「一緒に戦ってくれ、流子」
いつか来るとは思ってましたけど、やっぱ最高にグッときますね。

トップをねらえ! #4
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もうここしか思い出せませんよね。感涙ですよ。
デストロイド・モンスターは思い出して、トップは思い出さんとはどういうことなのか。
まあパロディなんて気付いた一部が喜びゃいいもんですから。
強制であると窮屈にするだけですね。


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流石に、流子デレまでやるとは思ってなかった。
序盤からここに至るまで、ツンツンしていたのは伏線だったか…


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おお、変身バンク作画リンクしてたんだと。
これで、純潔皐月の変身バンクも師匠で確定しましたね。


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いおりん極制服ここでくるんすね。うえだゆうじがいい味出してます。ホントに。
三ツ星ってこともそうですけど、皐月の計画を知ってたのは、四天王とそろいといおりんだけってことからも十分皐月からの信頼が熱いということが伺えます。


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このサーカスっぽいのは誰かな。
クレジットに雨宮がいるなら可能性はあります。


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生命繊維の目的のお話。ここらへんは「2001年宇宙の旅」ですかね。
17話あたりで、猿に服着せてたりしてたのはモロですね。
寄生虫としての設定は、そんな真新しいもんじゃないですが、惑星ごと爆発させてまた他の惑星を征服しようとする。これ面白いですね。爆発させたときに、どんなショックが宇宙に起こるのかとか考えるとまた面白い。少しSFチック。


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ガンバスター満艦飾マコ。
やけにマコの変身カット気合入ってるなあと思ってたんですが、このためか!


もう後2話です。まあ何だかんだ言って無難に熱く締めてくるんじゃないのかなあ。最終話で、生命繊維がヒラ~っと宇宙を彷徨っている終わりでもいいかなと個人的には。これTVで終わらすには惜しいコンテンツですよね、素人から見てもそう思うんだから、当然制作側もそう思ってるはず。でもやろうと思ったら、ホントに「トップ」みたいにしなきゃ駄目だからきついかなあ。

他の惑星からの原初生命繊維が助けに来ても、おかしくはないよね

遅くなりすぎて、アレですが。
ウオミータカトシ親戚と古谷OG回。


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またもやセル机があったので。
最近見返すと、こればっか気になります。


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イマジナリーラインの話題に乗り遅れて、なんだか複雑な心境ですが。
ここはカメラ位置変わりません。FIXのままです。
で右奥にいた、畑さんが、次のシーンでは左に来てる。
アニメにおける時間軸の流れが右から左なのは、手塚治虫が発明した漫画的な要素も十二分に影響してると思うので。
(※漫画は、元々上から下に読み進めるものでした。)
鳥山明すげーとなる前に、手塚治虫の偉大さを見直すべきではと、一部界隈には声を大にして言いたいわけです。


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んで古谷OG登場。ラムちゃんにはびっくりしました。
ちょうど増尾、庵野パート研究で「うる星やつら」見まくっていたので、本当に驚いた。
まあここのカットは、レイアウトが面白かったので載せてます。


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最近、だんだんとセル背景と背景の使いどころが分かってきたような。
コメディなところはセルで、それ以外の比較的真面目なとこは美術でってことなのでは。


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舞台は、東京工科大学(工学院大学)だったりするそうで。


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ちょっと火のエフェクトに注目。
当然のごとくCGでしたが。ゴーハンズの方針はよく分からん。
メンドイところはCGにお任せという感じなのか。


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「…お母さんは、アニメのセル塗りのパートをやってたこと(涙」 
これアニメオリジナルなんですよね。
ジブリの保田さんは色彩設計として有名になりましたが、彩色・仕上げ出身です。
女性は丁寧で細かい作業に向いてるというのがあり、多くの女性が彩色等で働いたとか。
「風の谷のナウシカ ロマンアルバム」でその壮絶さが語られております。
まあとんでもないです。

お話変わって、9、10話演出があんま好きではないです。
それはまた10話で書くと思います。

シュタゲ劇場版、他の人の感想を読みました。まあ大抵似たり寄ったりなんですけど。 その中でも共通して多かった「キャラの行動が矛盾してる」というのには、あまり賛成できないので少し書きます。

例えば、「オレのことは忘れろ」と言いながら、紅莉栖にキスをする点。
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これは全然おかしくないんです。まず、アニメってどこから発生してると思いますか。現実世界に生きる作者の思考、経験、そして作者に対する他人の言動、社会背景から発生します。現実では、矛盾した行動を時に我々はとります。好きな人を殴ったり、壊したくもないものをわざと壊したりします。でもそれは人間が持つ理性の防衛本能だったり、無意識だったり、当然起こりうる行動なんです。「死にたい」と言いながら、死なないのはその最たる例であります。人間は本質的には、矛盾の生き物です。そんな人間から発生するアニメも、自分で一から創造できるとはいえ、矛盾した言動を脚本に抱えることは避けられないのです。なぜなら人間は、動物のように本能的な行動しかしないのではなく、矛盾した言動もする理性的な生き物だからです。


さて、この前提を踏まえた上で、本題に戻ります。
「『オレのことは忘れろ』と言いながら、紅莉栖にキスをすること」は、本当におかしいことでしょうか。
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オカリンだって当然、自分の存在がなくなるなんてのは耐えがたい現実なわけですし、紅莉栖やまゆりとずっと一緒にいたいに決まっています。これは、アニメの外にいる僕達が思う客観的な事実であり、オカリンの持つ一つの主観的な感情です。「オレのことは忘れろ」と言ったのは、紅莉栖とまゆりの平穏を考えたからであり、オカリン献身的な感情の表れです。これは、RS能力を持ち、数多の世界線を飛び続けたTV版から常に示されてきました。それでも、この言動とは矛盾する「紅莉栖やまゆりと一緒にいたい」という自己的な感情(エゴイズム)を持ってしまいます。これらのように、相反する2つの感情が1人の人間の中に存在している状態を、アンビバレントといいます。簡単に言うと、相反する2つの感情が内在している状態です。(憎悪+愛とか)

アンビバレントは、とても不安定な状態です。どっちに揺らいでもしようがないような状態です。あのシーンは、岡部は自分がいなくなるという前提に立った上で、紅莉栖と最後のお別れと自分へのケジメのつもりで「キス」をしたのです。つまり、自分がいなくなってしまう現実に怯えながら(エゴ)も、それを「オレのことは忘れろ」と彼女らに隠した上(献身的な感情)で、紅莉栖と離れたくないという自己的な感情(エゴ)と紅莉栖の持つ納得出来ない感情(紅莉栖にとってのエゴ)を満足させるためには、「キス」をするしかなかったのです。

合理的な選択として、記憶に強く残すのを避けたいのならば、「キス」などせずにさっさと去るべきです。でも完全合理な生き物はコンピュータであり、人間ではありません。感情という一つの基準があるから、人間は自分に関係のない落し物のために時間を浪費したり、他人にプレゼントを送ったりするのです。だから、オカリンの言動は矛盾していて、むしろ当然なのです。

これは、僕の解釈であり、確かに完全に正しい解釈ではないかもしれません。それでも、上っ面のセリフと行動を照らしあわせて、矛盾してるからおかしいと言うことは、この解釈という次元にすら立っていません。さらに、ここに至るまでに、岡部と紅莉栖の間で激しい口論があります。その文脈も踏まえた上で、アニメを見ていかないと誤った認識をしてしまい、結果「この脚本はおかしい」という短絡的な結論に至るのです。
これは何もシュタゲに限った話ではありません。

「エヴァQ」においても、ミサトのシンジへの愛情と恐怖の感情を読めない人がいて、ミサトの行動はおかしいと語るユーザーは少なくありませんでした。 DSSチョーカーを持つ手の震え方ですべてがわかるのに、ファンがわかろうとしない。艦長という役目で、人工使徒が次々と攻めてくる。しかも14年間も経っていて、どう接するべきかも上手く掴めない。サードはシンジくんが起こしたという、思い込みのようなものがあり、隔離すべきという艦長の役目と助けてあげたいというミサトさんの狭間で揺れていただけなのです。

こういうことを言うと、「ただの妄想だ」「制作者がどういう風な意図で作ってるかなんてお前に分かるのか」と言われがちです。確かに妄想にすぎないかもしれないし、制作者の意図も正確には分かりません。でも分かろうとすることが大事なんじゃないのか、と最近よく思います。

ファンと制作者が相互に交流して作品について語り合うことはまず出来ません。僕らにできるのは、差し出されたアニメーションをどう解釈するかということです。そして、その手がかりとして、監督のインタビューなりがあるんではないでしょうか。僕らは、もっと「アニメ読解力」を高めるべきだと思います。差し出された餌をそのまま食べるだけの家畜ではなく、人間であるべきです。

自分の中では、シュタゲの映像化ってTV版で終わっていたんですが、知人が「スゴい面白いから見たほうがいいよ!Qがクソに見える!」とおっしゃっていたので、重い腰を上げてようやく見ました。

結論を先に言っとくとですね、アニメでハマった人は見てもしょうがないんじゃないかなあと。
これは僕の推測ですけど、リアタイで見てた人ってきっとSF的な要素に面白さを感じたと思うんですよ。まあ岡部と紅莉栖の絡みもハマる部分ではあると思いますが。大きな部分としては、「SFがあった」っていうのは間違いないんです。



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アバンはね、素晴らしいんですよ。この上なく。「あ、これは当たりかも」という感じで見ることができていたんです。紅莉栖はスゴい色っぽいし、飛行機のカットで、ああアメリカから帰ってきたんだなって分かるし、いとうかなこのOP流れるしでもう非常にワクワクしてたわけですよ。


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そんでラボメンと会ったりとか、導入的なところはそれなりに良かった。一見さんお断りには違いないんですけど。まあ流石に、紅莉栖のツンデレキャラ押しは少ししつこかったと思いますが。


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物語のメインとして、「RSを繰り返した岡部に、過負荷がかかっている」ということを説明するカットが最初から何個も挿入されます。劇場版を作る上で、これ以上何をやるのかと思っていたんですけど、この設定はいい。オカリンだけが持つRS(リーディング・シュタイナー)、世界線を跨いでも記憶を完全に保持しつづけられる能力に、何か副作用的なものが無いと確かにおかしい。うんうんなるほど、という感じで説得力がある。


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そんで、「RS=デジャブ」という可能性を見出しつつ、真面目なお話を岡部と紅莉栖がします。こういう真面目で、ちょい真剣なSFタイムはたまらんわけなんです。現実的に見て、説得力が増せば増すほど、面白くなるんです。そして、話の途中で岡部は消えてしまう。この2カットが上手い。岡部がいなかった世界に突然なって、思考と記憶が上手く結びついていかない紅莉栖の行動の表現に感心するわけです。


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鈴羽から言われていたとおり「電子レンジ、携帯、SERN」をヒントにタイムリープマシンを使い、焼き肉パーティ前まで遡ります。ここでラボメンの中にも、少なからず別世界線、タイムリープマシンを作っていた時の記憶がある描写も上手い。みんなそれぞれRSを持っている=デジャブというのが面白いわけです。上のカットは、オカリンがシュタインズ・ゲート(SG)世界線にいるとき(左)と、その近くにいるR世界線に引っ張られて、消えているとき(右)。ここは紅莉栖の表情も合わさって凄くいい。


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上は、R世界線説明をするためTV版でも頻繁に用いられた世界線描写カット。二重らせん構造のようで、ビジュアル的に美しい。しかも、科学的に二重らせん構造は安定的なはずなのに、オカリンにとっては不安定というのも皮肉めいていて面白いわけです。


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鈴羽との対面。ここでもう一捻り欲しかった。年をとった紅莉栖が、科学者と女の間で葛藤して「昔の自分なら、素直に岡部を救いたいと思えるかも」っていう理由にはして欲しくなかったんです。個人的には。でも百歩譲って、ここはまだいい。科学を超えた感情を理由に描くなら、それはそれでとも思えるし、何よりディストピア云々だとTV版の焼き直しみたいで同じ嫌ですし。


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二度目のオカリン消え去りシーン。このドクペが落ちていく表現が上手いなあと。本題は、岡部の存在をわずかながら思い出して泣き崩れる紅莉栖に対して、ダルが「痴漢にでもあったん?」と言うんですが、こんなセリフ言わせるべきじゃない。シリアスシーンだったら、そんなこと言うキャラではないんですよ。焦って「ちょ、どしたん牧瀬氏」とかいうとこなんですよ。流石にアホだろホン書きと思った。


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ここで萎えました。
ウェルズの子供が監督した「タイムマシン」的な展開にしても良かったかな。まあそれだと、α世界線の岡部の奮闘と被ってしまって駄目ですかね。いずれにせよ、一回ショタ岡部が紅莉栖の代わりに死んじゃって、紅莉栖は恐怖を味わい、「SG世界線の岡部に強烈な印象を植え付けるための」解決方法は思いつかないけど、とりあえず過去に行って、キスして解決しちゃった、は駄目ですよ。90分尺なら何でも許されると思うなよと。こんな滅茶苦茶な解決方法で、納得するわけないじゃないですか。もっと、TV版の時のような説得力が欲しかった。


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「返してくれないか。俺のファーストキスを」「ダメ」で、ああただのオカクリだったんだなと。いやこれならOVAでええですやんと。劇場でわざわざやる必要性を内容の点からは、全くとして感じない。ニトロプラスとか5pbがもっと儲けたかったんだろうなあと思っちゃうわけです。当然、キス一つで最終的には解決してもいいんですよ。でもそれは、いろんな方法、過程を経た上でやってこそ、カタルシスにつながるわけで。さしてTV版オカリンのように、死力を尽くしたわけでもなく、オカリンの一回の死に自責をつのらせただけでは、視聴者は納得しないんですよ。少なくとも僕は。


これはですね、多分狙ってる層が違うんですよ。TV版は深夜アニメだし、オタクも多い。じゃあ、少し小難しいことやっても大丈夫だろうと。メインターゲットはゲームからの人とオタク男性だったわけです。でも劇場となると、今度はお一人様にたくさん来てもらおうっていう感じの戦略では、リクープ(制作費を回収すること)が比較的に難しくなってしまう。だから、カップル狙いで行くのが妥当だと製作は考えたと思うんですよ。そういう層はライトユーザーだし、コアな層と違って口コミも広がりやすいし、でリスクは格段に下がるわけです。マーケティングとしては優秀なんだろうけど、近年の劇場ムーブメントにも便乗した形になって、僕としては印象悪いです。

始めからオカクリとして見ていたとしても、中途半端な内容なので、個人的には多分ダメに思っちゃいます。うーんなんだろうなあ、本当にOVAでいいじゃんっていう内容だったんで、残念で仕方ないです。企画の安田猛は、結構なやり手プロデューサーだと思ってたんですけど、今回ので見方が少し変わりそうです。 

今回は少し真面目に脚本の方のお話を。
(※書いてると長くなったので、作画ピックアップとは分けました。)


とうとう大詰めな感じ
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21話
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皐月は四天王と連携をとり、純潔流子を救命具で助けようとするが失敗に終わる。
一方ラ行は、人間カバーズを動力源として原初生命繊維に乗り、「始まりの地」へと向かう。
攻防終盤、皐月の一瞬の隙をついた攻撃により、傷口から流子にマコと鮮血が入り込む。
そこで、ようやく流子は正気に戻り…血の雨を浴びながら終わる。


残り3話。もう3話しかないのか。
主な伏線は、NBサイドの過去に服に着られた女性だけになった気がする。
これすっげえ重要だと思うけど、どこで回収してくんのか。


超怪しい、ラ行の秘書とそろいさん
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なんだか知らんが超怪しい。
ミスリーディングである可能性は高いけど、そういう演出をしている風に感じる。



「皐月!」「皐月様!」「皐月ちゃん!」
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「乃音」は、まさしく今作のキーパーソンであろう。
物語を円滑にするための、半分視聴者側のキャラと言っても過言ではない。

この人じゃないと駄目なんだ!という声優は、みんなそれぞれいると思うけど。
自分の場合は、新谷さんがまさにそれ。
「風立ちぬ」の庵野秀明と同じくらい、希少で魅力的な声を持っている。
キルラキルの視聴きっかけは、半分以上が新谷さんである。

後、何気に乃音ちゃんの過去回想の伏線回収してたりする。(お城の話ね)



キルラキルは、壮大な兄弟、親子喧嘩
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キルラキルの全体像は、壮大な親子喧嘩であり、壮大な兄弟喧嘩でもある。 
世界規模になってしまった喧嘩は、実は僕らの身近にあるものであることに気付く。
そのおかげで、王道な、悪く言えばありきたりなストーリー展開でありながら、
視聴者は「キルラキル」を陳腐なものとは感じない。

手塚治虫が過去に言ったように、身近なものを取り込んだ作品は親近感を湧かせるのだ。
古臭く感じ、敬遠されるのを回避しているのは、多くがここに起因する。
「兄弟喧嘩」という身近なものであるおかげで、僕らはこの作品に沈み込んでいけるのだ。



パロディの多さとオリジナリティ
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(※比較対象は、上から順に「エヴァ旧劇」、「彼氏彼女の事情」、「エヴァ旧劇」)

キルラキルは「炎の転校生」「あしたのジョー」から始り、「キルラキル」へと変身を遂げる。
その道中に、「彼氏彼女の事情」「エヴァンゲリオン」を通って行く。

最初は、ただのパロディ満載、既視感バリバリのアニメが、知らぬ間に斬新さを放つ。
パロディ・オマージュの多様性から、オリジナリティが発現するのだ。
これはアニメとしては、「トップをねらえ!」「エヴァンゲリオン」が代表的である。
過去作品の模倣、オマージュを繰り返すことで、親しみやすくする。
そうして、いつの間にか、オマージュを超え、オリジナリティが出てくる。

「いつの間にか」と言ったように、一体どこから「キルラキルさ」が出てくるのかは定かで無い。
おそらくオマージュを繰り返した、作品全体から出てくるのではないか。
「キルラキル」24話全体を俯瞰することで、ようやくオリジナリティは出てくるのだ。 


久しぶりに真面目に語ったような気がする。
正直に言うと、「キルラキル」は「ナディア」のような感じ。
つまり、今石は次の作品で、もっとすごい何かを起こす。
10年代を代表する、アニメ監督になる可能性がある、と感じている。

 

8話。臨海学校の下見ということで、遊ぶ役員共メンバーと夏休み終わり


泳ぐコトミとスズ
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CG海と水しぶきのコンポジット
水ってやっぱ難しいんすかね。
のりだーぐらいしか思いつかないけど、あれはまた違うベクトルの水作画だからなあ


帰ろっかな シノ他
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これ結構うまい
過剰に暗くしちゃうアニメが多いとおもうけど、この暗さ加減は絶妙


鉄砲当てゲーム
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こういう嘘パースにするんなら、もうちょっと大げさに銃口大きくしてもいいと思う
まあ本当若干ですけど


花火CG
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これなかなかキレイ。
爆発・炎・煙に関しては、CGってまだまだなんですが、光の特効はいいなあ
放物線、流線は、CGの得意分野っぽい


ブルブルスズ
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もう最近、CG背景と普通の背景の境目が曖昧で個人的に困ってます
これも普通の背景だと思うんですけどね、若干他より浮いてたので
ただ手前に引いてるだけなんですかね


肝試し下見中の風景
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すっごい美術だなあ
これコンポジットも大変だよ…
某ラブコメの美術は見習うべきだと思う


シノとアリア
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アリアの服のシワがエロくていい
二人を並べちゃうことで、アリアのないすばでいが伝わってくる
決してシノが貧相なわけではない


こっこれは…のシノとタカトシ
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画角が面白いカット
若干歪めてますよね
そして、机はセルという


旅館でのそれぞれ
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またもや机はセル
これどうなんだろうと思って、少し他アニメの資料も引っ張ってきました

咲-Saki-全国編 #7
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ニャル子W #1
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やっぱ普通は美術だよね
セルでやることで、キャラと背景との浮きを無くすのかな



どでかいリムジン
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細かいとこまで、描き込んでてナイスな美術
美術特化の「役員共」ならでは


今週のスルタカ 
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レイプ目スズと焦るタカトシの図が、なかなか面白ったので
シリアスコメディ感を存分に出してる演出


キルミー出島
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他キャラは若干作画にブレがありますけど
(※回ごとに違ってるのはむしろ当然)
何故かブレない出島さん作画。まあこういう斜めの角度が多いからですかね


ムツミ寝顔
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スズなめてムツミ
少し頭身小さめな感じ
ここの机は流石に背景でやってますね

基本的に、キャラの動きを書かなくていいときはセルでやんのかなあ

スズ役の矢作さんですけど、本当ここの1分ぐらいは上手い
一期に比べてダイナミックに演技してくる
これから更に主演作多くなるんじゃないのかなあ

声優つながりで、田村少年(出島)はもっと出てもらいたい
ポスト朴さん枠いけるんちゃうんかと、素人ながら感じてます


トリプルブッキング映像
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作り込みに笑いました。すごいね
この映像は本編でいつか流すのかな


9話に続く。
確か、次はウオミー親戚と古谷さんだったと思います
あ、OPとEDは別記事でまた色々と言及するよ

【追記 2015/07/25】
新しいエントリー出しますので、しばしお待ちくださいませ
【追記 2017/03/11】
金ロー効果半端ねえなあと思ってます。
この記事は雑なので、こちらも合わせて
「おおかみおとこの死」の描写に関しての解釈と、細田監督の意図
http://royal2627.ldblog.jp/archives/45677579.html


さて金曜ロードショーで地上波初放映されました、「おおかみこどもの雨と雪」。
既に感想は出していますが→おおかみこどもの雨と雪、今更ながら見ました。

改めてなぜ面白くないと感じたのか書いていきたいと思います。




都会と地方の対立構造

おおかみおとこを失った後、花は子どもの真の姿を知られてはいけないため、必死に隠し通そうとしますが限界がきます。その後田舎に引っ越し、まるで20年前の固定観念のような田舎で暮らしていきます。
つまりは、「都会」に助けはなく、「田舎」にはあたたかみがある。そんな主張というか偏見で作っています。ここにおいて、その是非はどっちでもいいのですが、先述したとおり20年、いや何十年も前からの「都会は冷たい、地方はぬくもりがある」という固定観念で構成されているところに陳腐さを感じずにはいられないので、まず新鮮味が感じられません。あれこれ見たことあるくね?みたいな。当然、そのありきたりな題材の中でも、何か別の視点から描ければ全く問題はないと思いますし、面白くなると思いますよ。

基本的に、主張の仕方としては、一般論に対して批判的になること(※普段利用している電気の光は実は、自分たちの視野を狭くしているとか。まあ高校現代文ですね。)が当たり前なんですが、この作品はその逆をいっている。戦わなきゃいけない一般論に擦り寄り、媚びへつらっていては、何の主張があるんでしょうか。「トトロ」のまね事をして、ただ単に無難な選択肢を選んだようにしか思えません。



脚本によって殺される「おおかみおとこ」

個人としては、一番嫌なとこです。「おおかみおとこ」と一緒になって、子どもも出来て、さあこれからという時に「おおかみおとこ」はあっさりと死んでしまう。そのあっさりと死んでしまうことが、現代の理不尽さを示していると言われれば、少しは納得もできますが、やはり脚本的に死んでもらいたかったようにしか感じません。

今回細田監督は、「強く生きる女性」を描こうと思ったのでしょう。前作「サマーウォーズ」でもその徴候は出ていましたが、細田監督は大分フェミ。そのためには、せっかく出した「おおかみおとこ」が邪魔になってしまう。だから死んでもらおう、と。これ「おおかみおとこ」はハーフの子どものためでしかないですよね。単なるに、「おおかみと子どものハーフ」が欲しかったから、キャラとして入れただけ。つまり、簡潔にひどく言えば、「おおかみおとこ」は「種馬」でしかないわけです。



唐突な転校生の唐突さ

転校生は唐突に決まってるだろアホか。と言われそうですが、何故出したか分からない。確か怪我して、雨の中雨と(ややこしい)一緒に残って、雨「私おおかみハーフなんやで」と、多分これぐらいじゃないですか。こいつに何の意味があるかっていったら、次で説明しますけど、「選択の後押し」のためなんですよ。こいつもね、最初から出しといて、後からどんどんって形でもいいわけじゃないですか。 なんで途中で出してきて、勘が良くて、んでつきまとうのか。よく分かんない。

子ども二人は当然、2つ道があるから設定したわけで。「おおかみ」なのか「人間」なのか、どっちで生きていくのかっていうのを選ばせるわけですけど、その選択の後押しのために「転校生」出したと思うんですよ。 これが個人としては、後付みたいで嫌なんです。ツギハギみたいな感じの脚本が伝わってくるんです。



結局、何が言いたかったのか?

テーマが分散してるんですよ。「都会と田舎」、「おおかみか人間か」、「生きること」、「強く生きる女性」とか色んなことが詰め込みすぎて、結局主題が雲散霧消してしまっている。「エヴァ」なら、他人と自己の問題じゃないですか。「ナウシカ」なら、自然との対立と巨神兵の業、「ガンダム」なら対話、とはっきりしてるんですよ。受けそうなテーマ色々突っ込んだけど、結局全部中途半端な感じで何かうーん、といった感じで。

かといって商業性に特化していると言われれば、そうでもない。田舎からは、ほとんど「トトロ」だし。何か「サマーウォーズ」みたいにドッカーンとか映像だけで楽しいシーンが多いわけでもなし。

どこの層狙ってるかというと、やっぱり母親とファミリー層なんだろうなとは思いますけどね。それでも大分退屈な作品でした。一応擁護として、これ多分いろいろ企画や製作から言われたりしたんじゃないんかなーとか思います。「ジブリみたいにやってくれ!」「トトロみたいなの作ってくれ!」みたいな。

何にせよ、次回作に細田監督の評価は持ち越されそうです。


 

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ただ、高畑さんは、自分がそのアイデアに自分が乗り気でなくても面白い事を言い出す人なのです。ある時、僕に聞いてきたのです。
「かぐや姫は、月の人でしょう。数ある星の中で、なぜ地球へやってきたんですか」と。
こう言われると、答えが出ない。「なんで、ですかね。難しいですね」と。

その後に、「なんで一定期間いて、月に戻ったんですか?」という。これもわかんない。そうかと思うと「地球へ来て、彼女はどんな気持ちで、毎日をどう生きてたんですか?」って言われたのですよ。これも、また、わからないのです(笑)。
最後に高畑さんが言い出したのが、「そもそも地球へやってきたのは、彼女が、地球に憧れたからじゃないか」と。それで、「月の人が地球に憧れる事は罪だろうと。だから罰として地球へ送り込まれたんだろう」と。「では、なんで、また元に戻らなければならなかったのか。多分、もう一つ、本当の罰があったのかな?」という。
こんな事を言われると、「面白そうですね」という事になるわけですよ(笑)。
 


才能がありすぎますね、高畑さんは。
こんな発想できないですよ。

中でも、「本当の罰があったのかな?」という部分は気になります。 
それは、それこそ高畑勲にしか分からんわけですけど。

僕も自分なりに考えてみたんですけどね。

地球人的な考え方をしてしまったから月から追放されたんじゃね?とか。
実は偉い人(地球で言うトコの天皇とか)の子どもなんだけど、出生がよくなくて(側室の不倫の子どもとか)、そういった後継者の候補からは外されてた、とか
でも、実際には月で戦争が始まってしまって、他の王子や王女たちは皆死んでしまって、追放したはずの「かぐや姫」を取り戻さなくてはならなくなった、とか
ある特定の子孫でないと、動かせない機械、機構、組織があるだとか。

全然及びませんね…


「かぐや姫の物語」は11月公開。
楽しみです。



_SS500_
まずは話の流れから。

マケドニアのフィリッポス王は、ギリシアの統一を果たそうとしていた。
そこで、マケドニアによる統一を阻もうとするアテネ側に与する2都市”ビザンティオン”と”ペリントス”に狙いを定め、海と陸両方からの攻めを始める。
ビザンティオンは、フィリッポスが、ペリントスは、パルメニオンが、それぞれ陸から攻め込んだ。
海、つまりマケドニア艦隊には指揮官はいなかった。陸戦を得意とするマケドニアにとっては当然のことであったのだが…


まずは、対ビザンティオン攻城戦である。

アッタロス率いる、攻城隊はビザンティオンの堅い守備によって阻まれ、投石機など当時としては最新の攻城兵器を用いるが、城壁破壊はできずにいた。結局、分散していた「もぐら攻め」 の隊を東に集中させることで、攻略しようと軍議でフィリッポス王は決める。

そこで、伝令が軍議へと突然やってくる。
「ペリントスを攻めていたマケドニア艦隊がやられた」と。
当然、ビザンティオンにもアテネ艦隊は来襲することが予想される。しかし、ここではビザンティオンの方が比重として高く気づかなかったのだろう。

アテネ艦隊の指揮官は、弁論家で政治家の「フォーキオン」 であった。
このフォーキオンは、戦の指揮において堅実かつ着実であり、また冒険家ではなく、確実性を重んじる指揮官であった。
しかも、ペリントスの前には、 エウボイアという島があり、その島の三都市をまたたく間に開城させての、ペリントス来襲であった。
まさに、この知将フォーキオンあってこそのアテネ艦隊とも言える。

エウメネスは軍議後、ふと気付き、フィリッポスに進言するが時既に遅し。
フォーキオン率いるアテネ艦隊は、ビザンティオンにやってきたのだ。

三段櫂船の軽さ、歩兵の軽装、それによる機動性、そして操船の練達度のあまりの違い。これらをもってして、マケドニアは海戦においてアテネに完敗する。 
しかも、対岸にはアテネの陸援軍も配置され、ビザンティオン攻城戦は諦めざるを得ない状況となる。

この2ヶ所での戦において、ペリントス、ビザンティオンどちらも攻めるには堅い都市であることも判明し、またマケドニアにとっては海戦での圧倒的な差を見せつけられた形となった。



そしてマケドニアの首都、ペラに帰ろうぜとなるかと思いきや、もう一つ戦が始まる。
ビザンティオンの北部、スキタイのアタイアスの王国は隣国イストリアとの戦いにより疲弊しきっていた。
そこへ、マケドニア軍(陸)がやってきているではないか。
この陸軍を使えば、イストリアを挟撃することができると考えた、アタイアスはフィリッポスに援軍の見返りとして王位を継承すると言い出しだのだ。
マケドニア、スキタイの王フィリッポスとなれば、アテネどころではなくペルシアにも対抗できるかもしれない、そのためフィリッポスは進軍を決めた。


しかし、マケドニアが北へと向かう途中、イストリアの王が急死し、イストリアの勢力は見る見るうちに萎んでしまった。これでは、もはやマケドニアの手を借りる必要もない。 ということで、王位継承の話もなくなり、遠征費など出さぬということで、フィリッポスの逆鱗に触れることとなる。

そして紀元前399年、マケドニアVSスキタイの戦が始まる。
しかし、当時においては最強陸軍のマケドニア。
一方的な展開で勝利を収め、捕虜2万、良質な馬2万を率いて帰る。 



ところが、遠征帰りに地元のトリバロイの人々には、マケドニアがスキタイから分捕った財宝があるという誤報が流れており、フィリッポスは敵襲により太ももに大怪我を負う。

エウメネスは斥候、偵察や追跡を果たす役割を自ら担い、アッタロスの気絶を利用し、各将軍へと命令を下す。
その結果、何とかトリバロイは退いていった。
しかし、マケドニアとしては、この戦で捕虜の大半を失い、フィリッポス王の大怪我というまさに痛すぎる損害であった。





ということで読み終わりました、ヒストリエ8巻。

2つの都市を攻め込もうぜということで始まった戦でしたが、ビザンティオンは堅すぎるわ、ペリントスにいる艦隊はフォーキオンに落とされるわで、全くの完敗でした。

エウメネスが進言した、帆と帆柱を外すという軽量化作戦があったとしても、あの練達度が高いアテネ艦隊には勝てなかったろうなあと思いましたが、それにしてもフィリッポス王は油断し過ぎ。 ビザンティオンにかける思いが強かったのは分かるんだけども。

そして、思ったのは最後の遠征帰りの奇襲の時に、さっさと他の部隊も斥候出せやと。エウメネスだけじゃん。どっかの一つは物見を出していたようですが。
個々の将軍の力が弱すぎやしませんかと感じました。

ざっとこんな感じです。 

岩明均さんって確か、アシ使ってない上に手の集中が上手く効かないらしくて(アフタヌーン6月号あたり)
もっと読みたいんですけどねえ。
多分、次は2014年の秋、冬頃じゃないかなあとか思っとります。

「ヘウレーカ」みたいなのも大好きです。 

ではでは。 

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