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I LOVE U,I KILL U

カテゴリ: マンガ(YJ中心)

かぐや様のチカダンス、すごく話題になってますね。藤原書紀の頭のおかしさを示すような、トリッキーなリリックとメロディに乗せて、チカが踊る。中山直哉さんという方がロトスコープを用いて描かれたそうで。特に良かったのは、「スカートの動き方」ですね。


・かぐや様は告らせたい:チカダンス(2019)#03ED
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ロトスコといえど、このストンと落下する感じ。実写映像から画をうまく拾ったんだろうなあ、ギャザースカートの重力を感じる。




さて、スカート作画にはいろいろあるのだぜ。チカダンス並に、それ以上にスゴイのもあるのだぜ。


・CLANNAD 〜AFTER STORY〜(2008)#ED
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これはフレアスカートですね。スカートが波状にうねるとだいたいフレアスカート。とんとんとジャンピング気味なので、スカートがダイナミックに動く。そのダイナミックさに合わせて、影の入れ方も激しくなっている。



・電脳コイル(2007)#OP
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OPの1カット、本田雄による作画
走ってきてゆっくりと止まるシーケンス。ゆっくりになるに従って、スカートの跳ねがだんだんと小さくなるところがポイント。スカートの跳ねが大きいことで、けっこうな速度で走ってきたのを伝える。


#02
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サッチーから逃げるところ。フレアスカートっぽい。必死に逃げる脚に合わせて、動くスカート。特にヤサコ(メガネ)のスカートの動きに注目。


同スロー
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動きを見ると、二人のスカートの素材・布地が異なっているのが明確にわかりますよね。ヤサコのはやわらかく、フミエのはやや硬め。なんかラーメンみてえだな。



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同じく02話から。本田雄による作画。重心の移動がスカートの動きによって示されている。


同スロー
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いったん右に寄ったため重心が傾き、スカートが右方向に跳ねる。ここが上手い。



・四月は君の嘘(2014)#20
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西井涼輔による作画
ややデフォルメ調に描かれている。スカート見事だなあ、揺れ+伸びが上手い


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左右にスカートが揺れて、ジャンピングに合わせてスカートも一緒に伸びて、着地したら横に膨らむ。



・進撃の巨人2ndseason(2017)#27
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村に帰る途中のサシャ。スカート長いのでロングフレアかな。それより大事なのは、巨人の間をすり抜け落下した後の動き。膝の形にスカートが変形し、立ち上がるときにスリムに変化。技巧光る。


#27 ★
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ローポジションから俯角への回り込みショット。サシャの鬼気迫った表情もそうですが、回り込みながらスカートが大きくなびくことで、画面全体に緊迫感をもたらし最大の山場を醸し出す。






ざっと見たけど、スカート作画のだいたいはこんな感じ。他にもたくさんあるでしょうけれど。ここで紹介したのは工夫されているのが分かる。けれど、これらを差し置いて、常軌を逸した「どうやって描いたんだ?悪魔とプリーツ契約でもしたか?」と思うくらいのスカート作画がある。




それは西井涼輔による「恋愛ラボ」のプリーツ作画です



・恋愛ラボ(2013)#1 ★★★
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プリーツスカートを書かせたら右に出る者はおるまい

スカートは最初だらっとしている。左足からダンボールに乗り、引っ張られる力の描写はさも当然のように着地した衝撃のリアクションまでスカートに反映させて揺らしている。精緻・繊細という言葉が似合うスカート


 
#12 ★★
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サヨは普通に走っているのでスカートはまとわり付くように動くくらいですが。キャピキャピしているリコのプリーツは左右に大きく跳ねる。体の動きは描ける人はいると思うけれど、リコの変な動きに合わせて装飾品であるプリーツを破綻なく描き切っている。最初のスライディングも含めて


チカダンスにハマっている人も、何気なしに覗いた人も覚えてもらう言葉は、板野サーカスならぬ「西井プリーツ」です。とんでもないよね西井涼輔のプリーツスカート作画。

<参考資料>
作画オタク2名との配信-ニコニコ動画

藤原書紀が踊る、かぐや様3話のED通称「チカダンス」はその愛くるしさで、瞬く間に広がっていった。多くの人の感想は「かわいい」「実写に見えるほど動いている」と、とにかく絶賛の嵐が吹き荒れている。ただ、僕は納得がいかない。お得意の逆張りだろうか?


◆かぐや様は告らせたい「チカっとチカ千花っ♡」


ロトスコープによって描かれた本映像は、近々にメイキング映像が出されるそうだが、その前にすべての陰謀を暴いてやる(※なにもかも間に合いませんでした)。世界を騙せ、可能性をつなげ、世界は欺ける、というコンセプト。


まあロトスコ関係の細かい話はやめにしました。どうせ文章なんて読み飛ばされるものですから。ロトスコープが、M・フライシャーによって発明されたという通説はあるけれど、彼がギャロップ連続写真(1886/エドワード・マイブリッジ)にすげえ影響を受けたんじゃねっていう推論なんて誰も読みません。それで、かぐや様3話EDっていうのはぶっちゃけ大したことしていない。たしかに、ロトスコープなのに、線が歪んでいない、実写映像からの抜き取りが上手い、というのは確実にあります。どうやって抜き取って整理したんだろうか、繋げたんだろうか、というのは疑問です。高いレベルで、「大したことない」と言っているので注意されたい。ちゃんと読め。



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それで、まあ本題はそういうことではない。素晴らしく可愛いならそれでいいじゃないか。たくさんの人を幸せにしたならそれでいいじゃないか。しかし、これだけ絶賛されているのはなにかあるはずだ…と考えた結果、これは「TikTok」である、という結論に辿り着きました。




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TikTokとは、ティーン向けの動画投稿SNSサービス。リズムに合わせて芝居をする動画が日々アップロードされています。んで、これは藤原書紀のTikTokなんですよ(鍵垢)。だってさ、一人残った放課後の生徒会室で、カメラを固定しながら音楽に乗せて、芝居している。最初から、伏線としてウルシゴキブリを配置しオチ要因まで用意している。TikTok以外のなにものでもない。

TikTokとアニメオタクって一見離れたところにあるように見えますが、今回の件を見るに、なんだろう近いところにあると思う。けっこうVtuberと同じ感じなんですよ、だからTikTokなんて使わない20代付近のアニメオタクにも受けたんじゃないかなあ。Vtuberと違うのは、ポップでリズミカルな音楽に乗せて「自分らしい情緒的な芝居」をするところ。それ以外は大雑把に言えば、かわいい女の子がかわいく演技する、みたいなもんですから。そのため、着想としてはTikTokみたいな動画共有SNS、みたいなものがあるのかなあ、そのためティーンから20代の共感を得て絶賛されているのかなと結論付けました。自分でも思います、ちょっと強引ですね。普段こういう語り方をしないにしても、いかがなものか。すいません。

わたモテというと、さいきんはなにかと百合百合しい話題が多いです。「ゆりちゃ」には自分も驚きを隠せませんでしたが。あれはね、あそこでゆりちゃんの反応を見せないのが良いんですよ。反応を見せたら、その段階・レベルまでしか読者は想像ができないんです。見せないことで、想像を膨らませる。ホラーやサイコ映画だと、この表現手法は頻出しますよね。直接お化けやサイコキラーを描いても恐怖は引き立ちにくい。「そこになにかいる/なにか起きるかも」、という曖昧な感じが視聴者の想像を掻き立て、その結果、大きな恐怖・不安に繋がるわけです。



なんのはなしだっけ。そうそう、ぼくはゆりちゃんが出てくる回も好きですが、雰囲気がもっとも好きな回は、喪109「モテないし雪の日の学校」です。あらましを言うと、大雪のため、午後休校になる回です。もこっちは朝出かけるのを面倒くさがり、学校についても「午後は休校になれ」と思っている。つまるところ、めっちゃネガティブですよね。流石に2年もぼっちやってない。

学校に来た人数が少ないので、1限目は図書館で自習になります。ここでおすすめの本をゆりちゃんが聞いたことで、もこっちに本を勧めてもらう流れに。ガチレズさんが来た後はおのおのの時間を過ごしますが、その後も少しだけ共通した流れがあります。それは、おすすめされた本を読む(吉田さんに読める本はなかった、ヤンキーは寝ているのが似合う)部分です。

大雪の中でたまたま学校に来れた生徒の中だけで少し繋がりがありますよね。その中で、おのおのの時間がわずかに共通した部分をもって流れていくのが自然でいいなあと。最後は、加藤さんから本のお礼を言われマニキュアを塗ってもらう。

もこっちの感想が、曖昧なのがすげえ良いんですよ。少なくとも、行かなきゃ良かった・最悪だとはなってない。「大雪の中でイヤなことしか待っていないはず」と、もこっちは感じていたけれど、行ってみると思ったよりも楽しかった。ふだんあまり接点のない加藤さんと話して、やったこともないマニキュアを塗ってみたりした。それがもこっちにとって、素敵だったかどうかはどうでもいいことなんですよ。大事なのは、思ったよりも楽しかったということです。

もこっちにとって楽しかったことに間違いはない。けれど、マニキュアを塗ってもらった指を映して終わるのがいいんですよ。結果的に、ああ良い雰囲気だよなあと想像できるので。もしも漫画内でもこっちの感情の機微を描いてしまうと、その段階でイメージは終わってしまうんです。もこっちは、「これぐらい楽しんだんだな」と終わってしまう。そうさせないところがわたモテの作者は上手いですね。描かない表現をよくよく理解している。

ギャンブル漫画において、僕らが快感を抱く、面白い、すげえと思う部分とはどこなのか。

そのほとんどって、賭けに勝って大金を得たことより、主人公の思考・行動が勝利に至る過程なんですよ。小さな観察を何個も積み重ねて、勝てるように絞りに絞っていくけれども、それでもどっちに転ぶか分からない選択肢がある。そこで初めて、「何かに賭ける」という行為になる。この過程をすっ飛ばして、最初から賭けるのはただの運否天賦であり、ギャンブルジャンキーです。

この構造は、「嘘喰い」における「ハングマン編(廃坑のテロリスト編)」が分かりやすいと思うんで、順を追って説明していきたいと思います。


1、ギャンブルの説明
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ハングマンにおいては、ババ抜きが採用された。ババに書かれた数字だけ、ハングマン(首吊り機)の工程(全11工程)が進んでいく。当事者同士に発覚しないイカサマは不問。





2、思考の流れ/状況を、いろいろな角度から描写する


Ref01、先手後手を決めるじゃんけんの描写
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何かに違和感を感じる獏の姿を描写する。その一方で、第三者の視線として、梶の感想を入れる。



Ref02、ミスリードを誘う、第三者の描写


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(第5巻、最初のババ抜きで負けた直後の嘘喰い側陣営)

ギャンブルの当事者だけではなく、第三者からの思考も入れて、ミスリードを誘う。ここでは、梶の考え=獏の考えのように見せかける。獏の狙いは、まだ分からない。読み手側に色々と考えさせる。梶を通して描写することで、「ここは獏にとって重要な行為」ということを気付かせる。隠さない。



Ref03、繰り返し
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(画像右:3連敗し後がない状況の獏の手)

指でトントンする描写を何度も繰り返す。繰り返すことによって、それがただの苛つきではないと印象付ける。ただ、これが「何をしているか」までは分からない。絶妙な塩梅の描写加減。



Ref04、敵陣営の思考描写
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(同5巻:2戦連続、獏が勝った後の敵陣営)

敵の思考が混乱している様子を描写する。全ては、まだバラさない。「アレ」や「コイツのおかげで…」とぼやかすことで、何のことを指しているか不明瞭にする。ヒントは出すが、答えは出さない。それが、読み手に「何のことについて言っているのか?」を考えさせ、没頭させる。



3、ネタバラシ

ここまで書いといてなんですが、やっぱ読んでもらいたいので、ネタバレしない笑。全ての描写が大事であって、こんなちょっとした引用では伝えきれない。「ハングマン」においては、2段階のネタバラシでした。一度目は、勝負中に堂々とネタバラシをし、ああ、そういうことだったのか、でも、どうやってそれを可能にしているのか、まではバラさない。そして、勝負が終わった後に、全貌のネタバラシを行う。

読み直すと、「この描写も、あの描写も全て結びついていた」となるのが気持ちいいんですよ。勝つために何を行っているのか。イカサマをしている方は、それがバレないようにどのように振る舞っているのか。それが、ネタバレにならない程度の範囲で描き、読者にある程度の情報を把握させ推測させる。

全て分かってしまうように情報を描写しては冗長になるし、まったく描写しないのは後付になる。情報の小出しは、ギャンブル漫画の要ですが、こと「嘘喰い」においては、それが大胆なときがある。全て描写されているのに気付かない、しかも、それがミスリードやブラフだったりする場合がある。ここが「嘘喰い」において、最も感嘆するところです。


同じような構造は、「銀と金」や「カイジ」などでも見受けられます。ギャンブルの説明を行い、主人公が、それにもとづいて観察を行い行動をする。何かに気付いたときには、それをコマに入れて、描写する。主人公に、少し遅れてついていくぐらいの描写加減。で、最後に、ネタバラシをする。これが、まあ、一般的というか、自分が読んできて面白かったギャンブル漫画の流れです。

とにかく言えることは、まず1つは、主人公が観察している、何かに違和感を感じている、それらの描写がないと最後のネタバラシには意味がありません。2つに、この塩梅が非常に重要です。全て開陳してしまえば、もはや読者にはそれ以降の展開が手に取るように分かり、退屈になってしまう。まったく描写しなければ、意味不明、後付のように感じる。

以上の2点が、ギャンブル漫画において、まず最も重要と考えています。

キャラクターの絵に特別なこだわりはないんだけれど、どうにも羽海野チカ絵(特に女の子)は苦手で避けていた。ただ、うちの親が絶賛しており(なんとアニメまで見ていた精力的)、はよ読んでみんしゃいと急かされダンボールで送られてきたので、読んだ。徹夜しました。



まず最初に思ったのが、複雑な状況を何個も作ることで、読者もその状況下にいるように感じさせるところが一つの魅力だ。零くんの将棋のこと、そんで川本家のこと、ひなちゃんのこと、幸田家のこと、学校のこと、これらを同時に進行させていくので、頭がそれに集中して、没入していく。

この複雑な状況をよくこんがらないように作って描いたのがすごいなと思った。まるで、混線したケーブルをゆっくりと解いていくかのように、一つ一つの問題にたいして、その場しのぎの対応ではなく、根本から地道に向き合おう、という作者の覚悟が心に響いてくるようだった。問題にかんしても、すべてきれいには解決されない。

たとえば、川本家の中学校でのいじめ事件では、被害にあった、ちほちゃんは最後まで後遺症を抱えたままだった。これがマンガっぽくなくて、面白かった。現実と同じような、時間の進み方で、そんなに簡単に心は治らない。だけれど、フィクションらしく希望もあって、その塩梅が良かった。いじめた方の女子も、単純な勧善懲悪で裁かれるのではなく、地道な話し合いの末に、学年主任によって、「自分で気付くしかない」とされ、放置された。裁かれるのでもなく、(なにか偶発的で)短絡的な罰を受けるわけでもなく、放置されたので、ああ、これはリアルだなと感じた。

このマンガの主題は、もつれにもつれた問題や自分の心に「向き合うこと」にあるように思う。表面的に解決を図ったり、誤魔化したりをいっさいしない。これが最大の魅力だと感じる。その点でいえば、川本父の登場とエピソードには少し疑問が残る。彼は極めて単純だからだ、他のお話のように、もつれていない。このキャラクターを出すことによって、何を描きたかったのかがいまいち分からないのだ。単純に、ひなと零くんとの間に婚約フラグを立てたかったため、とは思えないから、もう少し考えてみることにする。


島田先生がかっこよすぎる(2回目
キャラクターはまったく違うけれど、まるで「天」のアカギみたいだ。

さて、3月のライオンを読み終わった。4.5巻が一番面白かったなあ。今は主人公は底を抜け幸せ街道まっしぐらなので、重たいエピソードを拾っていくんだろうか。


その残すメインは、姉・香子とのエピソードだろうな。意図せずとも養子の方が可愛がられ、捻くれてしまった凡人の屈折がどういったところに着地するのかという部分は最大に気になる。彼女は歩よりも将棋について、未練があった。未練があったけれど、父親から将棋は諦めろと言われた。側では、養子として自分よりも優秀、かつ両親に愛されている零の姿がある。これで屈折しない方がおかしい。

彼女が、凡人として、辛かった幼少期の問題について、どういった風な決着をつけるのか。それが描かれるのが、物語としては大きな部分となるような気がする。まあ、どうなるかはまったく分からんが、11巻ラストでは零はひなたに婚約を申し出た。過去に”家庭をめちゃくちゃにされた”という感情が強く残っているとしても、後藤とのエピソードを見る限り、どうにも荒らそうなどとは思えん。



あと、クズの見本として川本家の父親が話題になりましたが、実際のところ、この漫画における、一番のゴミクズは幸田母です。幸田父も半分入る。歩や香子は将棋の家庭に生まれて、厳しく育てられたのにもかかわらず、零に自分たちの存在意義や家庭における立ち位置を奪われてしまった。だから、彼らの零に対する憎悪というのは、この上なく理解できる。歩が描かれないのはちょっと謎ですが(※2人描くのはキツイから、姉の香子に託したのかもしれない)。

幸田母は、零が家に戻ってきたときに、当時を回想していました。零はいい子だった、自分たちの子どもはどうして上手くいかなかったのか、自分はできることがなかった、と結論を出している。


その10巻Chapter97は相当に胸糞悪い。

「居間が凍りついていただろう、ほっとした」
「(心配していることを口に出せず)この子の表情は柔らかい、大人になった」
「まだ歩は子どもなのに」

零が帰ってきて真っ先に考えたのは、零の状況ではなく、家庭の雰囲気。半ば強制的に家から追い出したくせに、「大人になった、向かい合ってくれる」と独白する。零に対する後ろめたさすら、言葉に出して謝罪できない。自分の子どもに対しては、まだ成人前にもかかわらず、もう将来がないかのような扱い。


この時点で、だいぶイライラしてたんですが、決定的なのは最後のコマで、

「零が自分の子どもであった(普通のこどものようだった)夢を見て、ほっとした」


ここでダメだった。極端にいえば、幸田母は平和に暮らせたら、子供とかどうでも良かったんですよ。

幸田母の思考には、子どもなんてのは、そもそもある程度は堕落するのが当たり前というのが根底にあって、本来は香子と歩の存在を許容するはずだった。けれど、零の出現によって、香子と歩が相対的にひどくダメに見えるようになった。で、子どもたちが反抗して家庭が崩壊した中で、辛い思いを抱えてしまい、許容できなくなってしまった。それが、「子育てに失敗したのかな」「歩はまだ子どもだ」という独白に発露している。

零に対しての目線も、「いい子(家事も手伝う、棋士としても素晴らしい)だった」という無責任クソ親なだけだったらまだ良かったんですが、上記のセリフから、「堕落してない零が悪かったかもね、もっと普通に堕落してくれていたら楽だったのに」と読み取れる。楽だったというのは、当時の家庭の崩壊はなかったかもね、あー子育てってしんどー、と解釈できる。零に対しても、こいつ「いい子すぎて邪魔だなあ」という、まったく逆の感情があったと思うんですよね。つまり、子どもたちの態度がバラバラだったことで、歪みが生まれ、冷え切った家庭の中において過ごした、自分への同情が強く残っている。なんやこいつ。

これ矛盾しているように見えるんですが、2パターンの場合に分けられて、

(1)子ども全員が、零みたいだったら良かった
(2)子ども全員が、堕落してたら良かった

こういう感じなんですよ。つまり、平和だったら何でも良かったという感じで、子どもたちに対しては「心の弱さに負けた」、夫に対しては「専門分野だから任せた」と、自分は悪くないと言い聞かせている。主体性のなさ、責任感のなさに呆れて閉口。川本父なんてのは分かりやすい悪でカワイイもんですよ、幸田母のほうがきつい。


と思ったら、既に書かれていた。やはり多くの人が思うんでしょうね、あれは。

「三月のライオン」に見る毒親からの呪縛


【追記】
父親は将棋一筋のバカですから、歩や香子に、他の道を探したあげることができるのは、幸田母1人だけなんですよ。彼女しか子どもたちを守ってあげることはできないんです、結果がでなくても、そこまでの過程を褒めてあげれば良かった。他の道の可能性を示してあげれば良かった。少なくとも、「なんでうちの子はいい子に育たなかったんだろう」みたいなことは、口を割けても言ってはいけない。子供の教育を放置して、自分の幸せや気持ちを優先させる。勝手に育ってくれたにもかかわらず、迷惑をかけた零に対して謝罪もできない。だけれど、いい母親でありたいという体裁は残す。こういうのが、本当に虫唾が走る。


まあ、まだ物語は終わっていないから、この姉弟についても描かれる予定があるのかもしれない。それが楽しみだなあ。とにもかくにも、島田先生はかっこいいです。かっこよすぎて困る。


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「かぐや様は告らせたい」とはミラクルジャンプで平成27年7月から連載がスタートした、恋愛マンガである。今は週刊ヤングジャンプに連載の場を移している。この漫画を知ったのは、ヤンジャンに掲載されていたからだ。本題に入る前に、読むに至った経緯を説明させていただきたい。

筆者は大の「嘘喰い」ファンであるが、ヤンジャン自体には毛ほども興味がなかった。単行本派であったためだ。ただ、単行本を買って読み進めていくと、39巻の終わりで非常に面白いゲームが始まってしまった。そう、エアポーカーである。久々に漫画の続きが気になって仕方がなくなってしまい、脳みそは嘘喰いのこと以外考えられなくなった。こうなっては致し方ない、善は急げだ。深夜に原付を飛ばし、コンビニを2、3軒回ってやっとこさ購入した。

こういう次第で定期的にヤンジャンを買うようになるのだが、当初は他の漫画など見る気が起きなかった。内容が分からない漫画は、よほどのインパクトがないと途中からは入りにくい。だから、実質的にはヤンジャンは嘘喰い専用機となっていた。たまに「うまるちゃん」を眺め見るくらいだった。


とてつもない衝撃が走ったのは、「かぐや様」がヤンジャンで連載を開始したYJ17号、ではない。YJ17号では2話掲載だったが少し眺め読みする程度で、そこまでの衝撃ではなかった。単行本を購入するまでに至らせたのは、その次のYJ18号掲載の第3話「かぐや様は口付けたい」である。


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伝統ある名門高校の生徒会メンバーである、会長の白銀御行と副会長の四宮かぐやは、どちらも相手のことを思いつつも、その強靭なプライドによって、「付き合ってやってもいい」というスタンスであった。しかし、何事もなく半年を過ぎると流石に焦りも出てくる。その間に彼らの思考は、「いかに相手に告白させるか」というものに変わっていった。 

このあらすじだけで、彼らの合理性が伺い知れる。「付き合ってやってもいい」では事態が進行しなかったために、「相手に告白させる」という方向へと思考がチェンジした。素直になれない相手に対し、自分への好意を認めさせ告白へと導く…無駄なプライドは高く保ちつつ理路整然としている。


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この日は、書記である藤原千香が持ってきたコーヒー豆を発端とし、コーヒーを飲むためのティーカップを巡って、かぐやと会長の間で頭脳バトルが勃発する。


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まずは会長がティーカップに何かが付いていることに気付く。どうにもこれは四宮のリップクリームであるようだ。ティーカップは四宮のものであり、取り違えたことに気付いた会長は四宮に伝えようとするが、そこである事に気付く。



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この事に気付いてしまった会長は、「四宮のティーカップを使い、(過失で)口を付けよう」という思考に陥る。しかし、会長は全国2位の頭脳を持つ男である。完全なロジックでないと、自分を欺けない。

付いているのはステッィクのりではないか、いやそもそもこれがリップクリームであるということを証明はできないのではないか…と自分を納得させる論理を考えていくが、シアバターの匂いによって儚くもロジックは崩壊させられる。




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狼狽する会長を傍目に、四宮へと視点は移る。



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お前だったのかよ!いやいや、かぐや様がカップに触った形跡なんて… 


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めちゃくちゃ普通にありました。なんとさり気ない伏線。そして、きちんとカップのデザインも変わっている。すげえ。短時間でリップクリームを利用しての策を思いつく、かぐや様もハンパない。



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慌てふためく会長を見ながら優雅なコーヒブレークを楽しもうとするが、ここで謎の罪悪感を感じてしまう、かぐや様。


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そう、この意図的なカップの取り違えは、ド変態行為であるということに気付いてしまうのだ。四宮家は日本でも有数の財閥、かぐや様は紛うことなき令嬢である。そんな令嬢が変態などあってはならない。会長はロジックの形成に頭を悩ませ、四宮は自身の変態性について思考を巡らせている。


結果、こうなる。
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声に出して笑ってしまった。周りから見ればくだらなく、当人たちは本気であるという状況のギャップが面白い。藤原書記も銘柄を思い出すのに必至で、生徒会は静寂に包まれる。しかし、両者の目的はどちらとも「間接キス」である。同じ目的ならば、両者が取る行動はシンプルだ。


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状況への協調と容認である。どちらもこの状況を認めていれば、会長も四宮もどちらの論理も通用する。というか必要がない。リップクリームが付いていようが、変態的行為であろうが、 この状況を両者が看過した時点で、それらはすべて意味をなさない。


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そして、とうとう間接キスへ…となったところで、藤原書記が銘柄を思い出す。普通は分からないような、コピ・ルアクというマイナーな銘柄に2人は反応し(糞から生成された豆なので)飲むのを止める。そして、このオチ。


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そうなのだ。コピ・ルアクもそうだが、そもそも2人が賢くなければ、このような事態は生じていない。リップクリームには気づかないだろうし、気付いたとしても取り替えるだろう。会長のように「この状況を利用して」という策略は思いつかないのだ。そもそも、取り違えに気づかないかもしれない。


彼らは賢いがために、前進できずにいるのだ。なんと面白い悲劇だろうか。もしくはプライドを捨て素直になれば、すぐに解決するようなことなのに、それができない。努力家の天才と令嬢では致し方ないことなのだ。その縛りがまた良い。


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「恋愛」という未知なものに対し、彼らは怯んだり屈したりしない。素直などという乙女的にはNO!な行為は排除し、徹底して合理的な思考にすがるのだ。恋愛本やジェンダー理論、さまざまな理論を使い、あくまで相手に本気で告白をさせようとする。

この構造は、「嘘喰い」における立会人や賭郎の思想を思い出させる。

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(「嘘喰い」39巻より)

「かぐや様」では”恋愛は好きになったほうが、負けである”というルールを自らに課して、「嘘喰い」では上記のように自分に課したルールを破ることなく、その中で戦っている。言ってしまえば、「かぐや様」において、相手に告白することは死よりもあり得ないのだ。

勝負は、どんなものでも本気であればあるほど面白い。本気の斬り合いこそ、魂を揺さぶる。それは、「嘘喰い」でも「かぐや様」でも同じだ。本気で戦うほど、物語は面白くなっていく。だから、「かぐや様は告らせたい」はとても魅力的であり、面白いのだ。


現在、ニコニコ静画で第1話から5話まで無料公開中だ。
こちらも面白いのでオススメである。

かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~
http://seiga.nicovideo.jp/comic/17780?track=verticalwatch_cminfo5 



ちなみに、タイトルもまたいい。
「告白させたい」ではなく「告らせたい」となっている。主語はかぐや様であるから、これは当然かぐや様の気持ちである。表面上は大人びている令嬢でありながら、中身には高校生としてのあどけなさも残っている。「告る」という言葉は、上から目線の理想恋愛という点も含みつつ、同時にあどけなさも表しているように感じた。また、普通の青春を送りたいと思いつつも、令嬢の身ではそれが叶わない。そういう状況に置かれた、かぐや様のささやかな抵抗をタイトルで表現しているようにも感じた。

■最終戦、5回戦どうなる
酸素のメーター表示、散々に描写されており怪しいです。今週号(458話)は大事な話数だったんじゃないかな。梟のセリフは、おそらくこの話数のみならず、エアポーカー全体を通しての事だろうと思うし、そう考えると40巻は読み直さないとなあ。「考えるんだ!」のところも怪しいし。

<ラロ側視点>
嘘喰いが勝つには、5回戦で(ほぼ負けの)ラロにBetさせなきゃいけないわけですが、ここでどんな手を打ってくるか。ラロは「勝った」と確信していますが、例え5回戦しょっぱなフォールドでもエア数は17で同数。つまり、ラロは「同数のエアでも勝てる何かを握っている」と考えるのが常套。その何かはさっぱり分からんわけですが。

でも、「有利」だと思っていて、その後に獏のエアが一つ減って「勝った」となるんだから、やはりラロがエア偽装してる可能性もあるのかな。ラロは嘘喰いのエア偽装にも気付いた上で、自分のエアも偽装した。だけど、これでも弱いなあ。「勝った」と確信するなら、もっとなんか必要だと思う。うー分からん。


<嘘喰い視点>
エア偽装はたびたび話題になっていますが、エア偽装はおそらくブラフ。5回戦に向けて見極めたいラロは、嘘喰いが使った後のエアに目がいくはず。そんで、ガラスが割れてる(何かしらの細工が施されているような)メーターに気づく。ここで疑心にかられるはず、自他共「ラロは無駄なことは考えない」という描写が再三あって、はじめてここでそれをしちゃうんじゃないのかな。「斑目は、自分よりも余分にエアを隠し持っているのではないか」みたいな疑心にかられる可能性が高い。


<その他立会人の視点>
真鍋立会人(元密葬課)が指を切っていることに気付かなかった、血が出ていることに気づかなかったのはなぜか。これが今週号での最も大きい謎だと思う。嘘喰いがエアを机に叩きつつけたい際に、メーターのガラスを壊したとして、そのガラス片に気付かず指切っちゃった課長ドジっ娘パターンがまず考えられる。そこから、「嘘喰いはメーターを弄った(エア偽装した)」というのが「そういうことか・・・」というセリフに繋がると思う。

疑問点も少しある。
まず、痛みに気づかないってのは少し引っかかる。水から上がってすぐに気付いたんならまだしも、けっこう経ってから気付いたので「水中では痛みを感じなかった」と考えてもええんかな。まあ普通に、水中ではガラス片なんて見えないし、怪我するわきゃないと思っていれば、痛みに気づかないのも変ではない。痛みはあったけど、血が出てるのは指摘されないと気付けないなんてことはままあるし。

まあ、考える限り問題は多分ここじゃないですね。ただ単に、何かに課長は気付いたというだけ。それがおそらく、「水中にはガラス片が漂っていて、そのガラス片は嘘喰いがメーター偽装のために作り出したものだ(すなわちエア偽装してる)」と思ったんじゃないかな。



後、なかなか5回戦が始まらないのは上で揉めてるから(たぶんミスったときのカードの処遇)。梟さんが裸で激おこなはず。気になるのは、梟がミスった後のカードの処遇。すなわち、「そのカードはもう使えないのか、ミスったプレイヤーのカードだけ使えなくなるのか、どっちのカードも残るのか」ということ。カード残るのは無さそうだなあ、5回戦にしぼった意味がないし。

4回戦で使ったカード、梟は「KKKQQ」ですでに使ったハートのKを使ったためにミスが起こったわけですが、相手のハルのカードは明示されてない。

[4回戦]
26(嘘喰い)vs63(ラロ)の時の残りカードは次の通り。
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梟はKKK(♡♤♧)QQなので、残っているのはK(◇)を含めた20枚。
「両者ミスった場合、もっかい100秒かけて作る」というルールがありますが、嘘喰いが降りたために
ハルがミスったか、そして両者作りなおしたのか」どうかまでは分からん。梟ミスを読んで、ハルがわざとミスするのも十分にありえる。

描写は、「梟がミス、役は不成立」というだけで、負けとは言ってないんですよねえ。
どっちもありえるのか。

あーやっぱり、上の処遇が分かんないとどうにもですね。
片方がミスったら負けだから、その時点で両方が出したカードは使えないと見た方が妥当?

梟がミスった目的は、わからんなあ。10枚以下にしたかったのか?
最終戦に、Kを一枚温存するため?
なんでそんなことするんだ、分からん。


<予想とか>
「これでやれることは全てやった」のセリフにはたくさんのミーニングがある。「これで」の部分に点が付いていて、その時描写されてたのは25のカード。「25のカードでBet」というのはおそらくミスリードで、本命はカードそのものもしくはエアだと思う。




考えるほどワケワカランですね
上のルールをもっと詳しく知りたいので、41巻早く読みたいです

嘘喰いとアイデアルの首領・ラロとが皇帝をかけ最後のゲームに挑む。
それが「エアポーカー」なるもの。(ネタバレ含むので注意)

エアポーカー(下)のルール(40巻62-63頁から)
0、[使うカードとチップ]
それぞれが使うのは、bet用のエア25個とカード5枚
※エア1つあたり80Lの酸素があり、約5分程度の呼吸ができる。

1、[参加料]
参加料はゲーム毎に1ずつ増える
(1回戦は1エア、2回戦は2エア…5回戦は5エアとなる)

2、[Bet]
・ファーストBetは交互(1回戦が獏なら、2回戦のBetはラロ)
・一回30秒以内
・レイズの上限は場に出ている総額の半分
(場に6エアある場合、MAXレイズはその半分の3エア)
・Bet総額の上限は、残りエアの少ないプレイヤーの所持数まで
(それぞれの所持数が、12エアと18エアの場合。Betできる上限は12エアまで)

(Bet補足)
ポーカーには、チェック、コール、レイズ、フォールドと4つのアクションが行えます。
・チェックは、その回のBetをパスすること(このままのBet数で賭けたい)
・コールは、同額のチップをかけること
・レイズは、Bet総額を上げること
・フォールドは、そのゲームから降りること

・このエアポーカーでは、最大Betが上記のとおり、エアの少ないプレイヤーの所持数までとなっているので、それまでは何度でもレイズできます。1回戦では、参加料と呼吸用のエアを除いた23エアが上限です。

・両者がチェックすると、Betは終わります

・普通のポーカーと違って、「カードをオープンしてから」Betを行います


3、[エアの取り決め]
・呼吸等で酸素が減少したエアは、参加料及びBetに使用できない
・一度呼吸用に使ったエアは~以下同文(40巻、49頁)


4、[天災]
・特定の負け方をした場合、負けたプレイヤーのみ賭けていた額と同額のエアを水中に放出
(6エア賭けて、天災が発生すれば、負けたプレイヤーは6エア放出)
※ポーカーの勝敗には関係しない。役が強いほうが勝つのは変わらず。
※すなわち負けた方は、Bet数*2のエアを失う
※勝った方は、ベット数のエアのみを獲得

5、[勝敗の判定]
・プレイヤーが椅子から10秒離れた時点で、敗北
・相手プレイヤーは足かせの鍵を使用可能になる

6、[違反事項]
・進行を妨害する一切の行為が確認された場合、即時に敗北とする
(※イカサマ禁止とは明示されていない)
(※立会人にバレなきゃイカサマ容認と解釈できる?)


[両者に配られたカードの数字]
斑目:25、26、36、39、45
ラロ:8、15、44、47、63


[カードの法則]
1デッキから作られたポーカーの役
役5枚の数字の合計数

☆カードの範囲は6~64
6=(AAAA2でAのフォーカード、1*4+2=6)
64=(KKKKQでKのフォーカード、13*4+12=64)

[ポーカーの役の強さ:補足]
・数字はAが最も強く、2が最も弱い

1、ロイヤルストレートフラッシュ(AKQJ10を全て同じマークで揃える:AKQJ10*♡)
2、ストレートフラッシュ(同じマークで連続する5枚を揃える:23456*♧)
3、フォーカード(同じ数字のカードを4枚持つ:55558)
4、フルハウス(スリーカード+ワンペア:333QQ)
5、フラッシュ(同じマークで5枚を揃える:57JQK*♡~♤)
6、ストレート(連続する5枚を揃える、マークはばらばらで可:23456)
7、スリーカード(同じ数字のカードを3枚持つ:66632)
8、ツーペア(ワンペアが2つ:22JJK)
9、ワンペア(同じ数字のカードを2枚持つ:99K62)
10、役なし(ブタ、ハイカード:KQ652)

☆フォーカード>フルハウス>フラッシュ>ストレートの部分は間違えやすいので注意
[語呂]4つの家が、閃光で真っ直ぐに吹き飛ばれた


<1回戦>

[両者のカード]
ラロ:15 

斑目:36

[作成されたポーカーの役]
ラロ(梟)
s01s02s03s04s05

役:スペードのストレートフラッシュ

斑目(ハル)


[Bet数]
8エアずつ
・参加料1エア
・ラロがまず1Bet(2エア)
・斑目コール&MAXレイズ(4エア)
・ラロコール&MAXレイズ(8エア)
・斑目コール+2人のチェックでBetタイム終わり

[勝敗によってのエア移動]
勝:ラロ(23+8エア→32エア)
負:斑目(23-8エア→15エア)(呼吸で-1)
※呼吸数による、微妙の差異あり

[その他描写]
・初っ端、ラロは椅子から離れ、数呼吸分を稼ぐ
・斑目のエアの数値は0


<2回戦>
[両者のカード]
ラロ:8
斑目:39

[Bet数]
15エアずつ
・参加料2エア
・斑目MAXBet2エア(4エア)
・ラロコール&1エアレイズ(5エア)
・斑目コール&MAXレイズ(10エア)
・ラロコール&1エアレイズ(11エア)
・斑目コール&4エアレイズ(15エア)

[作成されたポーカーの役]
ラロ(梟)
d02h02c02c01d01

役:フルハウス

斑目(ハル)
c09d09h09s09d03

役:フォーカード

[勝敗によってのエア移動]
勝:斑目(15+15エア→29エア)(呼吸で-1)
負:ラロ(32-15エア→16エア)(呼吸で-1)

[その他描写]
・獏は死にかけ、弛緩の段階までいく
(※使い終わったエアを「枯渇している」と強く思わせる)
・ラロ、牛歩作戦
・復活後の獏、大量に酸素を消費する
(※この時ラロは考えるのに集中しており、獏の方に気が行っていない)

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