冴えカノ2期です
まあぶっちゃけ、ぼくは1期で満足しきっていて(彼らの旅路はこれから続いていくんだ的なエンドで良いと思った)、2期はいらない、必要ではない、蛇足じゃねえかなあと。そういう考えの元、2期を見たわけですが、必要かもしれねえ、いや微妙だなあっていうのが、今の率直な感想です。
先に言い訳しておきますが、考えながらに書くので、文章が長くなる。3行以上読めない人ばかりでしょう。だから、メイドラの記事と同じく、読み飛ばして良いです。たぶん面白くないんで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冴えカノの面白い部分は、ゲーム制作の中での衝突やその解決、まあそういった所だと思うんですが、2期1話でも結構、普段見過ごされがちな所に突っ込んで作ってますよね。


1年前に、エリリは倫理くんに勧められて、霞詩子の「恋するメトロノーム」を読み感動した、そして作者にも敬意を抱いた。サインを欲しがり、本棚に丁寧に飾った。そのラノベも含めて倫理くんと語り合いと思う中で、屋上でイチャラブする女、詩羽先輩が登場し、彼女の存在にひどくイラつき、ドギツく当たるわけですが、なんと詩羽先輩は、作者、霞詩子その人であった。で、葛藤するわけです。


エリリにとっては、作家としての霞詩子はサインを欲しがるほどに大好きだけれど、現実でトモヤとイチャラブされる詩羽先輩は嫌い。嫌いというか、私のトモヤを取るんじゃねえみたいな、嫉妬心がある。こりゃあ、「作者と作品の関係」について、よく踏み込んでるなと思う。
インターネットが発達し、SNSで作者が発信できるようになると、僕らはたびたび、幻滅しました。ドギツいネトウヨ発言を日々垂れ流すアニメの作画監督とか、五体不満足で、立派な本を出しといたくせに、不貞行為をしてネットでは言い訳を繰り返す人とか、まあ数知れません。こういったのは、ハロー効果っていいますね。

で、エリリは、自分のプライドとして、詩羽先輩には頭を下げてまでサインをもらいたくない。「作品は好きだけれど、あいつは認めたくない」と。そんな中、詩羽先輩も、エリリの存在(私の倫理くんを困らせて!)に苛立ち、彼女の美術部の個人部屋へと赴きます。で、詩羽先輩もエリリが同人作家であることに気づく、いや、そんなことよりも衝撃だった、彼女のイラストの妙を認めざるを得なかったのは、イーゼルに立て掛けられていた、キャンパスの絵でしょう。


詩羽先輩はそのとき、素直に感動してしまった。作者がいかに偏屈であっても、クズであっても、どうであれ、圧倒的なものを見せられて感動してしまえば、素直に認めざるをえない。「作者と作品は分ける」というよりも、「作品がすさまじければ、作家がどうとか関係ない」という風に判断をした。そして、1年後に、お互いにサインを求めた。これは、「作者と作品の関係」に対する一つの答えですよね、素直になれよと、それがよく描けていたと思う。
「冴えヒロ」と呟いた人を片っ端からブロックしていく、どっかの難ありキャラクターデザイナーも、僕は絵に惚れているので、まあ関係ありません。そういうことですよね。
まあぶっちゃけ、ぼくは1期で満足しきっていて(彼らの旅路はこれから続いていくんだ的なエンドで良いと思った)、2期はいらない、必要ではない、蛇足じゃねえかなあと。そういう考えの元、2期を見たわけですが、必要かもしれねえ、いや微妙だなあっていうのが、今の率直な感想です。
先に言い訳しておきますが、考えながらに書くので、文章が長くなる。3行以上読めない人ばかりでしょう。だから、メイドラの記事と同じく、読み飛ばして良いです。たぶん面白くないんで。
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冴えカノの面白い部分は、ゲーム制作の中での衝突やその解決、まあそういった所だと思うんですが、2期1話でも結構、普段見過ごされがちな所に突っ込んで作ってますよね。


1年前に、エリリは倫理くんに勧められて、霞詩子の「恋するメトロノーム」を読み感動した、そして作者にも敬意を抱いた。サインを欲しがり、本棚に丁寧に飾った。そのラノベも含めて倫理くんと語り合いと思う中で、屋上でイチャラブする女、詩羽先輩が登場し、彼女の存在にひどくイラつき、ドギツく当たるわけですが、なんと詩羽先輩は、作者、霞詩子その人であった。で、葛藤するわけです。


エリリにとっては、作家としての霞詩子はサインを欲しがるほどに大好きだけれど、現実でトモヤとイチャラブされる詩羽先輩は嫌い。嫌いというか、私のトモヤを取るんじゃねえみたいな、嫉妬心がある。こりゃあ、「作者と作品の関係」について、よく踏み込んでるなと思う。
インターネットが発達し、SNSで作者が発信できるようになると、僕らはたびたび、幻滅しました。ドギツいネトウヨ発言を日々垂れ流すアニメの作画監督とか、五体不満足で、立派な本を出しといたくせに、不貞行為をしてネットでは言い訳を繰り返す人とか、まあ数知れません。こういったのは、ハロー効果っていいますね。

で、エリリは、自分のプライドとして、詩羽先輩には頭を下げてまでサインをもらいたくない。「作品は好きだけれど、あいつは認めたくない」と。そんな中、詩羽先輩も、エリリの存在(私の倫理くんを困らせて!)に苛立ち、彼女の美術部の個人部屋へと赴きます。で、詩羽先輩もエリリが同人作家であることに気づく、いや、そんなことよりも衝撃だった、彼女のイラストの妙を認めざるを得なかったのは、イーゼルに立て掛けられていた、キャンパスの絵でしょう。


詩羽先輩はそのとき、素直に感動してしまった。作者がいかに偏屈であっても、クズであっても、どうであれ、圧倒的なものを見せられて感動してしまえば、素直に認めざるをえない。「作者と作品は分ける」というよりも、「作品がすさまじければ、作家がどうとか関係ない」という風に判断をした。そして、1年後に、お互いにサインを求めた。これは、「作者と作品の関係」に対する一つの答えですよね、素直になれよと、それがよく描けていたと思う。
「冴えヒロ」と呟いた人を片っ端からブロックしていく、どっかの難ありキャラクターデザイナーも、僕は絵に惚れているので、まあ関係ありません。そういうことですよね。
メイドラ08話の残像表現とフォルテSP
たぶん、今回の記事は大半の人には理解できないと思うので、読み飛ばしてもらって構いません。僕の趣味で書くだけなんで。

(「小林さんちのメイドラゴン」08話)
まあ言うまでもなく、トールの人外的な動きを表現している。これを見て、思い出した、正確に言えば、ニコニコのコメントであったのが、「フォルテSPと似てる」というもの。フォルテSPなんて、誰も分からんでしょう。
「ロックマンエグゼ」というゲームがあったんですよ、遠い昔に。で、そん中に出てくる、裏ボス的なもんがフォルテSP。こいつが極悪に強くて、だけど、まあカッコイイんだわ。

(「ロックマンエグゼ4」対フォルテSP戦)
化物みたいに強いキャラっていうのは、圧倒的じゃないといけない。目で追えるような速度じゃダメなんよ。このgifは遅くしてるからね、ゲーム本編だともっと速い。まあ、このフォルテSPは見て分かるとおり、残像が2つある。
![25]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/9/29acca34-s.jpg)
メイドラの残像は、OLの応用だと思う。こっちは残像が3つ。同じセル素材をダブラシて、タイミングを変えている。ただ、そのタイミングがうまいっすね。
残像は、あまり目に見えるような形、具体的な形となって、表現はされてこなかったように思う。そもそも、残像っていうのは、「キャラの移動がクソ速くて、前の状態が目に残る」ってこと。それは、もっぱら、ブレ線、ブラー、オバケ、流背なんかで再現されてきて、デフォルトになってた。
高速移動表現とsmears-ReadMe!Girls!の日記・雑記
この記事は大変に興味深かった。自分が見落としていた表現もちらほら。
なるほど、確かに流線や土煙も、あとは流線背景なんかも使われますね。面白い。
そんで、メイドラみたいな方法では、あまり表現されてこなかったと思うわけ。で、なんで、こんなに執着しているか、というと、今までの残像、よく知られた残像とは違っていたから。ただそれだけ。
<参考文献>
・高速移動表現

(「小林さんちのメイドラゴン」08話)
まあ言うまでもなく、トールの人外的な動きを表現している。これを見て、思い出した、正確に言えば、ニコニコのコメントであったのが、「フォルテSPと似てる」というもの。フォルテSPなんて、誰も分からんでしょう。
「ロックマンエグゼ」というゲームがあったんですよ、遠い昔に。で、そん中に出てくる、裏ボス的なもんがフォルテSP。こいつが極悪に強くて、だけど、まあカッコイイんだわ。

(「ロックマンエグゼ4」対フォルテSP戦)
化物みたいに強いキャラっていうのは、圧倒的じゃないといけない。目で追えるような速度じゃダメなんよ。このgifは遅くしてるからね、ゲーム本編だともっと速い。まあ、このフォルテSPは見て分かるとおり、残像が2つある。
![25]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/9/29acca34-s.jpg)
メイドラの残像は、OLの応用だと思う。こっちは残像が3つ。同じセル素材をダブラシて、タイミングを変えている。ただ、そのタイミングがうまいっすね。
残像は、あまり目に見えるような形、具体的な形となって、表現はされてこなかったように思う。そもそも、残像っていうのは、「キャラの移動がクソ速くて、前の状態が目に残る」ってこと。それは、もっぱら、ブレ線、ブラー、オバケ、流背なんかで再現されてきて、デフォルトになってた。
高速移動表現とsmears-ReadMe!Girls!の日記・雑記
この記事は大変に興味深かった。自分が見落としていた表現もちらほら。
なるほど、確かに流線や土煙も、あとは流線背景なんかも使われますね。面白い。
そんで、メイドラみたいな方法では、あまり表現されてこなかったと思うわけ。で、なんで、こんなに執着しているか、というと、今までの残像、よく知られた残像とは違っていたから。ただそれだけ。
<参考文献>
・高速移動表現
優しさのダクネス
もういいよ…もうどうせ…そう思う度、奮闘できるのは、「このすば」EDのダクネスの優しさに触れることができるからだ。

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期ED)
子どもの目線に合わせて話を聞き、笑顔を浮かべる。今はクルセイダーである中で、領民への気遣いを忘れない。これを優しいと呼ばず、なんと呼ぶのだ。優しさの概念だ。
![25]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/6/1/6153d588-s.jpg)
(「この素晴らしい世界に祝福を!2」ED)
他のキャラクターが日常を平穏に過ごす中、ダクネスは1人、領民を気遣っている。それが彼女のもつ領主としての矜持であり、優しさだ。優しさと強さは表裏一体だ。強さは、力ばかりではない。
「戦っても、どうせ、負けてしまう」そんな時に戦う、ヒーロー像がある。まさしく、ダクネスはそうではないか。このすばにおけるヒーローはダクネスである。攻撃が当たらずとも、負けようとも、領民を守るのだ。その気概こそが、ダクネスを形どっている。

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期ED)
子どもの目線に合わせて話を聞き、笑顔を浮かべる。今はクルセイダーである中で、領民への気遣いを忘れない。これを優しいと呼ばず、なんと呼ぶのだ。優しさの概念だ。
![25]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/6/1/6153d588-s.jpg)
(「この素晴らしい世界に祝福を!2」ED)
他のキャラクターが日常を平穏に過ごす中、ダクネスは1人、領民を気遣っている。それが彼女のもつ領主としての矜持であり、優しさだ。優しさと強さは表裏一体だ。強さは、力ばかりではない。
「戦っても、どうせ、負けてしまう」そんな時に戦う、ヒーロー像がある。まさしく、ダクネスはそうではないか。このすばにおけるヒーローはダクネスである。攻撃が当たらずとも、負けようとも、領民を守るのだ。その気概こそが、ダクネスを形どっている。
「このすば」から見る、アニメのテンポ
映像における”テンポ”という言葉は、たびたび物議を醸す。極端な人は使うなとまでも言う。しかし、実際にテンポはあると思う。
・アクアじゃんけん

(「この素晴らしい世界に祝福を!2」 07話)
2期07話のこのシーンは、非常にテンポが良いと感じた。どうだろうか。
アクアがブレッシングで運を上げた後、カズマは卑怯だと言い、じゃんけんへと移る。じゃんけんへと移った後、アクアは負けている。そして、なんでよ~と理不尽さを嘆きカズマにすがる。
この内容だが、本編では、すさまじく省略されている。

じゃんけんをする時には2人の姿はなく、声のみ(OFF状態)の画面となっている。代わりに馬車のおっさんのあくびが映る。すなわち、彼らがどのようにじゃんけんをしたかは一切描写されていない。

そして結果すら示されない。示されるのは「アクアの泣き顔」であり、アクアの理不尽な訴えである。これだけだが、「アクアが負けた」と素直に分かる。
1~4カット目の流れと省略(カッコ赤文字部分)をまとめると以下のようになる。
じゃんけんするぞ!準備中:1カット目
↓
じゃんけんの合図:2カット目
↓
(じゃんけんの様子)
↓
(じゃんけんの結果、負けた手など)
↓
アクアの泣き顔:3カット目
↓
アクアの嘆き、カズマのドヤ顔:4カット目
こういう感じである。つまり、なんと、じゃんけんがメインのシーンなのに、それについては一切描写されていない。どんな手を出したかの結果すら(カズマはチョキっぽいが)描写せずに、「アクアの泣き顔」でじゃんけんの全てを語る。まあ言ってしまえば、単純な省略コンテかもしれない。しかし、この「省略」にこそ、テンポは隠れていると思う。
「このすば」の中で、テンポと関連して際立っていたのが次のシーン

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期04話)
マッチカット+Lカット
これは少し特殊なつなぎ方
マッチカット(似たものでカットをつなぐ、ここではアクアの髪の輪っか)で場面をつないだ上に、音声がそのまま次のカットに続く。後者の繋ぎ方を「Lカット」と呼んだりする。詳しくは下記参照。
(スプリット編集とは何か-大匙屋)


このように、馬小屋からギルドへと、ある場所からまったく別の場所へと、スムーズに場面転換を行う。ああ、ここの流れは何度見ても美しいです。「アクアじゃんけん」では時間が省略されたが、ここでは、時間(夜から昼へ)と場所(馬小屋からギルドへ)の移動が省略されている。
つまり、
穀潰しが!
↓
アクア泣く:1カット目
↓
カズマ「回復魔法はよ」、アクア「それだけはイヤ!」:2カット目
↓
(馬小屋でのすったもんだ)
↓
(とりあえず寝て起きて、ギルドへ到着)
↓
存在意義を奪わないでくれとアクア懇願:3カット目
↓
ダクネスめぐみんに、回復魔法の件を再び説明:4カット目
という感じ。4カット目も、やや省略気味。「ダクネスめぐみんの2人に、アクアが再び説明している状況」を省略している。仮定だけど、わざわざ、めぐみんダクネスを呼んだり、状況を示唆するカットを挟むと、やや冗長になってしまうかもしれない。
ここのカット割りは天才的、というか天才
1つ目の例では、「時間」を省略し、2つ目の例では、「時間」と「場所の移動」と「状況」の3つを省略している。映像における”省略”といえば、何かと「時間」ですが、それ以外にも色々とあることが分かると思う。
さて、

(SDダクネスもカワイイ)
「省略するとテンポがよくなる」では、あまりに飛躍した結論です
そこで、「そもそも、何かしらを省略すると、映像はどうなるのか?」という事を考えたい
省略をすることによって、何が生まれるかですが、まず、予測できる状況の説明を省いて、映像の流れがスムーズになる。アクアじゃんけんでは、「まあ、アクアは負けるだろう」、と視聴者は既に予測をしていて、この分かりきった状況を、わざわざ長ったらしく演出すると冗長になる。これがまずあるだろうと。そんで、もう一つあるのは、見てる側が情報の速度に付いていこう、とする点だ。2つ目の例で、僕らに映像の意味が分かるのは、最終カットに来てから。つまり、展開を予測できずに、僕らは遅れを取り、映像に追いつこうと努力する。それゆえ、没入感が生まれる。
この2つから探るに、大事なキーワードは、「予測」と「省略」で、
これらの関係が、テンポの良さ・悪さを生み出している主な原因だろうと、僕は推測する。
<参考文献>
・『四月は君の嘘』20話の演出を語る - OTACTURE
・スプリット編集とは何か-大匙屋
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/d/2d7b5fd9-s.jpg)
![38]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/4/c45f7d7d-s.jpg)
いいか、ダクネスは変態だ。それはまず認める。モノ扱いされるのも、物理的に縛られたりするのも、責められたりするのも、実際好きなんだろう。その変態さは否定しない。ただ、ダクネスの変態さは表面的、上っ面だ。ダクネスの本質ではない。本当のダクネス、アニメで描かれるダクネスは、彼女の一部にしか過ぎない。
![28]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/2/82ec829f-s.jpg)
![42]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/2/22f470eb-s.jpg)
ダクネスは常に変態的な行動をとっているわけではない。真面目な夜戦のシーン、バニルの死を悼む時、彼女は変態ではなかった。むしろ、常識人ではなかったか。そこから、高貴な生まれ、お嬢様な一面が分かるだろう。と考えていくとだ、本当のダクネスは、変態ではない。
表面的な変態プレイを好んでいるように見えるが、実のところダクネスは変態ではない。いわば、ファッションだ。「キクリンかっこいい~♪」などとインスタグラムに自撮り写メを上げている、カープ女子が野球をファッションとして身に着けるように、ダクネスもまた変態を着ているのだ。まあその程度は、大分違ってるな。ドM変態羞恥的プレイガチ勢だけど、やはりファッションだ。
![18]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/4/54a1bbaf-s.jpg)
![22]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/6/c6b61f75-s.jpg)
本当のダクネスが顕著に現れたのは、1期09話でのシャワーシーンだ。いざそういった場面になるとキョドっていた。あのシーンには、「背中流し」「強引な男」「流されるままに」やらの、普段のダクネスならば、すぐさまに受け入れる羞恥的プレイがあった。しかし、実際は違った。キョドったまま、「今日のカズマは変だ」と言い続け、羞恥的プレイは拒み、「ぶっ殺してやるぅ!」と、サキュバスをぶっ潰す気マンマンで風呂から上がった。
では、本当のダクネスとは何か。ダクネスは何を求めているか。ダクネス・フォード・ララティーナは、世間知らずのお嬢様であり、人付き合いが苦手である。よって、羞恥的なプレイは彼女の表層にしかすぎない。あれはダクネス自身を守るための盾なのだ。彼女は純愛を求めている、おれには分かる。
![04]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/4/3/43083625-s.jpg)
もう一度言うぞ、本当のダクネスは、純愛を求めている。少しずつ前進していく、恋愛を求めている。手をつなぐことさえ、ダクネスはきっと、段階を踏まねばなるまい。それくらい、ダクネスは固い。クルセイダーとしてだけではなく、異性に対しても固かったのだ。
そうして、カズマとベッドインするに至っても、きっとダクネスは頬を紅潮させ、ためらうだろう。同時にカズマも心臓をバクバクさせながら、二人一緒に抱き合ったところまではいいが、そのままお互いに眠れず、目も合わせられず、朝を迎えるのだ…
そして、目の下にできたクマを隠しつつ、「羞恥プレイでないと興奮できない」とかわいく言い訳をする。
これがダクネスだ。
お前らちょっとは学んでおけ。
・アクアじゃんけん

(「この素晴らしい世界に祝福を!2」 07話)
2期07話のこのシーンは、非常にテンポが良いと感じた。どうだろうか。
アクアがブレッシングで運を上げた後、カズマは卑怯だと言い、じゃんけんへと移る。じゃんけんへと移った後、アクアは負けている。そして、なんでよ~と理不尽さを嘆きカズマにすがる。
この内容だが、本編では、すさまじく省略されている。

じゃんけんをする時には2人の姿はなく、声のみ(OFF状態)の画面となっている。代わりに馬車のおっさんのあくびが映る。すなわち、彼らがどのようにじゃんけんをしたかは一切描写されていない。

そして結果すら示されない。示されるのは「アクアの泣き顔」であり、アクアの理不尽な訴えである。これだけだが、「アクアが負けた」と素直に分かる。
1~4カット目の流れと省略(カッコ赤文字部分)をまとめると以下のようになる。
じゃんけんするぞ!準備中:1カット目
↓
じゃんけんの合図:2カット目
↓
(じゃんけんの様子)
↓
(じゃんけんの結果、負けた手など)
↓
アクアの泣き顔:3カット目
↓
アクアの嘆き、カズマのドヤ顔:4カット目
こういう感じである。つまり、なんと、じゃんけんがメインのシーンなのに、それについては一切描写されていない。どんな手を出したかの結果すら(カズマはチョキっぽいが)描写せずに、「アクアの泣き顔」でじゃんけんの全てを語る。まあ言ってしまえば、単純な省略コンテかもしれない。しかし、この「省略」にこそ、テンポは隠れていると思う。
「このすば」の中で、テンポと関連して際立っていたのが次のシーン

(「この素晴らしい世界に祝福を!」1期04話)
マッチカット+Lカット
これは少し特殊なつなぎ方
マッチカット(似たものでカットをつなぐ、ここではアクアの髪の輪っか)で場面をつないだ上に、音声がそのまま次のカットに続く。後者の繋ぎ方を「Lカット」と呼んだりする。詳しくは下記参照。
(スプリット編集とは何か-大匙屋)


このように、馬小屋からギルドへと、ある場所からまったく別の場所へと、スムーズに場面転換を行う。ああ、ここの流れは何度見ても美しいです。「アクアじゃんけん」では時間が省略されたが、ここでは、時間(夜から昼へ)と場所(馬小屋からギルドへ)の移動が省略されている。
つまり、
穀潰しが!
↓
アクア泣く:1カット目
↓
カズマ「回復魔法はよ」、アクア「それだけはイヤ!」:2カット目
↓
(馬小屋でのすったもんだ)
↓
(とりあえず寝て起きて、ギルドへ到着)
↓
存在意義を奪わないでくれとアクア懇願:3カット目
↓
ダクネスめぐみんに、回復魔法の件を再び説明:4カット目
という感じ。4カット目も、やや省略気味。「ダクネスめぐみんの2人に、アクアが再び説明している状況」を省略している。仮定だけど、わざわざ、めぐみんダクネスを呼んだり、状況を示唆するカットを挟むと、やや冗長になってしまうかもしれない。
ここのカット割りは天才的、というか天才
1つ目の例では、「時間」を省略し、2つ目の例では、「時間」と「場所の移動」と「状況」の3つを省略している。映像における”省略”といえば、何かと「時間」ですが、それ以外にも色々とあることが分かると思う。
さて、

(SDダクネスもカワイイ)
「省略するとテンポがよくなる」では、あまりに飛躍した結論です
そこで、「そもそも、何かしらを省略すると、映像はどうなるのか?」という事を考えたい
省略をすることによって、何が生まれるかですが、まず、予測できる状況の説明を省いて、映像の流れがスムーズになる。アクアじゃんけんでは、「まあ、アクアは負けるだろう」、と視聴者は既に予測をしていて、この分かりきった状況を、わざわざ長ったらしく演出すると冗長になる。これがまずあるだろうと。そんで、もう一つあるのは、見てる側が情報の速度に付いていこう、とする点だ。2つ目の例で、僕らに映像の意味が分かるのは、最終カットに来てから。つまり、展開を予測できずに、僕らは遅れを取り、映像に追いつこうと努力する。それゆえ、没入感が生まれる。
この2つから探るに、大事なキーワードは、「予測」と「省略」で、
これらの関係が、テンポの良さ・悪さを生み出している主な原因だろうと、僕は推測する。
<参考文献>
・『四月は君の嘘』20話の演出を語る - OTACTURE
・スプリット編集とは何か-大匙屋
本当のダクネス
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/d/2d7b5fd9-s.jpg)
![38]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/4/c45f7d7d-s.jpg)
いいか、ダクネスは変態だ。それはまず認める。モノ扱いされるのも、物理的に縛られたりするのも、責められたりするのも、実際好きなんだろう。その変態さは否定しない。ただ、ダクネスの変態さは表面的、上っ面だ。ダクネスの本質ではない。本当のダクネス、アニメで描かれるダクネスは、彼女の一部にしか過ぎない。
![28]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/2/82ec829f-s.jpg)
![42]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/2/22f470eb-s.jpg)
ダクネスは常に変態的な行動をとっているわけではない。真面目な夜戦のシーン、バニルの死を悼む時、彼女は変態ではなかった。むしろ、常識人ではなかったか。そこから、高貴な生まれ、お嬢様な一面が分かるだろう。と考えていくとだ、本当のダクネスは、変態ではない。
表面的な変態プレイを好んでいるように見えるが、実のところダクネスは変態ではない。いわば、ファッションだ。「キクリンかっこいい~♪」などとインスタグラムに自撮り写メを上げている、カープ女子が野球をファッションとして身に着けるように、ダクネスもまた変態を着ているのだ。まあその程度は、大分違ってるな。ドM変態羞恥的プレイガチ勢だけど、やはりファッションだ。
![18]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/4/54a1bbaf-s.jpg)
![22]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/6/c6b61f75-s.jpg)
本当のダクネスが顕著に現れたのは、1期09話でのシャワーシーンだ。いざそういった場面になるとキョドっていた。あのシーンには、「背中流し」「強引な男」「流されるままに」やらの、普段のダクネスならば、すぐさまに受け入れる羞恥的プレイがあった。しかし、実際は違った。キョドったまま、「今日のカズマは変だ」と言い続け、羞恥的プレイは拒み、「ぶっ殺してやるぅ!」と、サキュバスをぶっ潰す気マンマンで風呂から上がった。
では、本当のダクネスとは何か。ダクネスは何を求めているか。ダクネス・フォード・ララティーナは、世間知らずのお嬢様であり、人付き合いが苦手である。よって、羞恥的なプレイは彼女の表層にしかすぎない。あれはダクネス自身を守るための盾なのだ。彼女は純愛を求めている、おれには分かる。
![04]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/4/3/43083625-s.jpg)
もう一度言うぞ、本当のダクネスは、純愛を求めている。少しずつ前進していく、恋愛を求めている。手をつなぐことさえ、ダクネスはきっと、段階を踏まねばなるまい。それくらい、ダクネスは固い。クルセイダーとしてだけではなく、異性に対しても固かったのだ。
そうして、カズマとベッドインするに至っても、きっとダクネスは頬を紅潮させ、ためらうだろう。同時にカズマも心臓をバクバクさせながら、二人一緒に抱き合ったところまではいいが、そのままお互いに眠れず、目も合わせられず、朝を迎えるのだ…
そして、目の下にできたクマを隠しつつ、「羞恥プレイでないと興奮できない」とかわいく言い訳をする。
これがダクネスだ。
お前らちょっとは学んでおけ。
今週のダクネス/08話
くぁわいい

嫉妬するんだ…ダクネスも嫉妬するんや。ああ、こういう、普段は頭がおかしいキャラクターの素の部分が垣間見えると、良いですね。ギャップ萌えとはちょっと違う。ギャップ萌えはツンデレみたいな感じじゃん。ダクネスの可愛さとは違う。そんなジャンルでダクネスを縛るんじゃない。
素が出てしまうというのは、その人に対して、油断しているという証拠。油断しているということは、それだけの好意を持っているということ。すなわち、素が出ることは、好意が溢れ出てしまったということ、ではないか。普段の変態加減はそれを隠すためのもの…、ああララティーナ最高です。
![51]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/d/cde096bb-s.jpg)
お嬢様にも関わらず、変態だろまず。そんでもって、羞恥心の欠片もねえなあと思ったら、家柄には羞恥を覚える常識あるキャラでもある。ギャップがやばい。おっぱいも良いしモブの名前もしっかりと覚えている騎士っぽい真摯さもある。ああよく分からんが、最期のときはダクネスに抱かれて死にたい。

嫉妬するんだ…ダクネスも嫉妬するんや。ああ、こういう、普段は頭がおかしいキャラクターの素の部分が垣間見えると、良いですね。ギャップ萌えとはちょっと違う。ギャップ萌えはツンデレみたいな感じじゃん。ダクネスの可愛さとは違う。そんなジャンルでダクネスを縛るんじゃない。
素が出てしまうというのは、その人に対して、油断しているという証拠。油断しているということは、それだけの好意を持っているということ。すなわち、素が出ることは、好意が溢れ出てしまったということ、ではないか。普段の変態加減はそれを隠すためのもの…、ああララティーナ最高です。
ダクネスの最高さ
![51]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/c/d/cde096bb-s.jpg)
お嬢様にも関わらず、変態だろまず。そんでもって、羞恥心の欠片もねえなあと思ったら、家柄には羞恥を覚える常識あるキャラでもある。ギャップがやばい。おっぱいも良いしモブの名前もしっかりと覚えている騎士っぽい真摯さもある。ああよく分からんが、最期のときはダクネスに抱かれて死にたい。
「小林さんちのメイドラゴン」の面白さには、2つの理由がある
TVアニメ「小林さんちのメイドラゴン」公式サイト http://maidragon.jp/
さて、最近は「小林さんちのメイドラゴン」にハマっております。カンナ可愛い。
早速ですが、この作品が面白いのは何故でしょうか。とうぜん、トールやカンナちゃんは可愛いですよね。小林さんの尻も素敵だけども。でも本当にそれだけでしょうか。僕はですね、この作品が面白い理由の一つとして、まずは「尻尾」にあると思うんですよ。トールからにょろんと出てるアレですアレ。
![33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/3/9/39432daa-s.jpg)
なぜ、たかが「尻尾」が話を面白くするのか?
自分の説明をする前に、少し立ち止まって考えて欲しいんですが、「尻尾が生えてるメイド」って異質ですよ。なんで尻尾がそのままあるんだ…みたいな。初見の時は「あーはいはい、1話だけインパクト出して、後の話数ではキャラ萌えのために引っ込めるパティーンね」と思ってたんですが、その後も引っ込まない。え、尻尾が引っ込まないんだけど、なんぞこれ。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/e/d/ed9bfcb0-s.jpg)
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/58900ac4-s.jpg)
さて、なんで「尻尾」が話を面白くしているかについてですが。
まず、トールたちドラゴンの常識は、こっちの世界ではほとんど通用しません。「門番って何したら?→殺せ」「唾液で洗濯する」「自分の炎で料理する」など、これらは全て、この世界では通用しないですよね。許容できないことです。つまり、これらはこの世界の人々にとって「理解しがたい事」です。すなわち、「尻尾」って「不気味で、理解しがたい事の象徴」なんですよ。ドラゴンの世界から醸し出される不気味さ(あり得ない価値観や文化)が作品を面白くしているんです。そして「尻尾」はそのシンボルなんです。ただ、当然それだけでは話は面白くなりません。その不気味さの数がヤバイんですよ。
普通の作品、そんなにツッコミどころが少ない作品だったら、受け手側は軽く「あいあい」と流せるんです。「あーこれくらいかなるほどねフンフン」と。もう余裕しゃくしゃくですよね、ポテチとコーラ食べて音楽聞いて、ゲームしながらでも余裕で受け取れる。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/588aa015-s.jpg)
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/e/d/ed9bfcb0-s.jpg)


だけども、「メイドラゴン」では、理解しがたい部分、いわば「ボケ」が次から次へと波のように押し寄せてくる。しかも、小林さんもメイドについては自分のこだわりを展開する。もうこうなっちゃうと、思考のスピードは追っつきません。千手観音でもツッコミきれない。しかし、場面は次へ次へと移っています。そうすると、「この世界ではそういうもんなんだな」という風な理解に留めるようにならざるを得ません。「まあまあで許容する」ようになります。

だから、このアニメに関しては、見てる側に主導権ってあんまりないんです。ツッコミどころ満載で、もう千手観音ですら諦めるレベルですから、僕らが手綱を握れるはずもないんですよ。見てる人は、理解しがたい内容にぶんぶんと振り回されます。女の子(理解しがたいもの)に引っ張られて、初めてデートする感じですね。そのときは、あなたの目には彼女しか映らないでしょう。それと同じように、主導権を握られると作品に没入できるわけです。だから、「尻尾」、もっと正確に言えば「尻尾が醸し出す不気味さ」が面白くしているんですね。
さて、不気味や理解しがたい事柄は、この物語を理解しよう・分かろうという思考を働かせます。しかし、ボケが多すぎて処理できない。だから、主導権は物語の方にあり、僕らはそれに引っ張られていく感じです。ただですね、「不気味」や「理解しがたい事柄・現象」には今まで言ってきたことのような良いことばかりではなく、副作用のような悪いこともあります。

それは不安感です。理解しがたい事って重なっていくと、少し怖くなるんですよ。例えば、意味不明な「文字化け」なんかがそうです。あれが何枚もコピーされたらヤバイっすよね、なんぞこれとなる。会社や学校で普通の書類をプリントアウトしたのに、いきなしA4用紙全面にズラーッと文字化けが印刷されるとギョッとなる。「メイドラゴン」 において、流石に文字化けレベルの意味不明さはありませんが、前述のとおり「トール」たちドラゴンの存在は、この世界において不気味です。
彼らの生活や文化は理解できないところが多い。「尻尾の丸焼き作って自分で食べる」みたいな事が重なると処理できないから、前述したとおり「物語に没入する」というメリットもあるんですが、同時に不安も残ってしまう。このファンタジーな世界についていけるかなあ、みたいな。そこで、生きる精神安定剤こと「小林さん」の存在があるんですよ。
![46]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/6/6/660682fe-s.jpg)

小林さんって、見てる人とだいたい同じ感想を言ってくれるんですよ(メイドについては除く)。そこで、見てる人も「まともな人もいるんやな」と安心できる。つまり、共感してくれる人がいる安心感が出るんです。もしも、文字化けがびっしりとプリントされた書類を見て、「おーちゃんと印刷できてるじゃないか」 なんて上司から言われたら、自分が異世界に来たのかと勘違いしますよ。
だけど、これって対処療法な不安解消なんです。だって、不安の発信源は「トールたちドラゴンの文化・価値観・力」ですから。だからといって、物語の世界からトールたちを追い出すわけには、もちろんいきません。ですので、前述した「まあまあで許容する」という手段を踏むわけですが、それ以外にも不安を解消してくれるものが、なんとあります。あるんです。
![57]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/b/7bfb01c1-s.jpg)
それは、「トールの小林さんへの愛」です。小林さんが1話で述べたとおり、「ドラゴンは最強の生き物」であり、人間どころか世界も一瞬で破滅させられる凄まじいパワー、いわば”核爆弾”みたいな強大な力を持っている。その「理解しがたい力」によって、この世界は滅ぼされるのではと少し不安になる。ご安心ください。「小林さんへの愛」がそれを防いでくれるんです。
![13]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/7/f7ea470e-s.jpg)
![36]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/f/5f37300b-s.jpg)
小林さんが呑んだくれたときにトールに怒鳴っても、適当にあしらっても、けっしてトールは小林さんを攻撃したりしませんよね。そんで、小林さんと感想がリンクしてますから、見てる人は小林さんに感情移入します。だから、自分たちも安全と分かる。すなわち、「小林さんが攻撃されない=ハルマゲドン回避」なんです。
ラブアンドピースとはよく言ったものです。で、トールさえ防げばこっちのもんです、カンナや他のドラゴンがもしも小林さんを傷つけたりしたら、即トールがハルマゲドンですから(※小林さんが浮気しても即ハルマゲドンですが、そういった性格じゃないですよね)。これでハルマゲドン回避作戦成功。
![07]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/a/b/abbf616d-s.jpg)
そういうことで、安心して見ていられるんですね。ちなみに、「メガネ」もぼくらと同じ感想を持つので、安心感を醸し出してくれる。地味にメガネは、この世界で最もまともな人ですね。
少し、ここまでの内容を整理します
1、不気味で理解しがたいことは、(それを分かろうとするので)没入を誘う
2、ただし、同時に「不安感」も発生する
3、それを解消してくれるのが、「小林さん」の存在(見てる人と同じ感想=安心)と
トールの小林さんへの愛(世界のハルマゲドン回避=安心)
すなわち、
僕らの常識がそこそこ通じて(小林さんやメガネの存在=安心感)、
なおかつ不気味な要素(トールの尻尾)が残っているために、
『メイドラゴン』の世界に引っ張られる(主導権は物語)
ゆえに、この世界に没入できる
だから、他の類似作品と差別化され「メイドラゴン」は面白くなっています。
これが一つ目の「メイドラゴン」が面白い理由です。
で、もう一つ、この「メイドラゴン」を面白くしているものがあるんですよ。
これは、ちょっとジャンル的な理由なんですが。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/588aa015-s.jpg)
それは、「自分たちの世界(価値観・文化)を一方的に押し付けていない」ところです。
順を追って説明します。
まず、この「メイドラゴン」は、『落ちもの』というカテゴリに入ります(※広義的には「異世界召喚・転移」ですかね)。落ちものとは、主人公の元に突然、カワイイ女の子がやってきて日常を一緒に送る…というようなジャンルです。「ラピュタ」「うる星やつら」「はたらく魔王さま!」あたりが具体的な例ですね。これを「落ちもの」だったり「異世界召喚・転移」と言います。まあ、この辺はもともと曖昧なんで大体で良いです。
そんで、具体的な作品名は出しませんが、従来の「落ちもの」では、「この世界の価値観や文化が、当たり前のように相手の世界に通じるものとして」描いているものが多く存在している。または、異世界という設定があるのにも関わらず、相手の世界や存在を無視している作品も多い。
「いやそれって当たり前じゃね?こっちの世界に来たんだから」と思う人もいるかもしれません。しかし、少し立ち止まって考えて欲しい。もちろん、異世界召喚・転移や「落ちもの」では、自分たちの常識がある程度は通用しないと、見ていて理解もへったくれもありません。文字化けを眺めていても、楽しくない。ですが、果たして、僕たちや世界に元々いる住人は「相手の世界の常識や価値観を理解しようと、許容しようと」しましたかね。
![02]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/3/b356ad2f-s.jpg)
![05]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/7/77bd0093-s.jpg)
自分たちの世界の価値観や文化が通用するのは当たり前とみなす一方、相手のそれはあまり許容しない、というか、興味すらもたない。これって、ちょっと筋通らなくないですか。自分が異世界に行った際、たとえば、「書類は文字化けで印刷されるのが当たり前の世界を許容しろ」とか言われたら、辛くないですかね。ちょっと、きついですよね。
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/58900ac4-s.jpg)
![58]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/d/2/d217f353-s.jpg)
![58]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/5/b5982ad7-s.jpg)
![45]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/b/fbd05494-s.jpg)
![02]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/f/2f0cefdb-s.jpg)
![04]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/1/5/15401c38-s.jpg)
お互いの許容の話に戻りますが、トールの”あっちの世界”で受けた傷を小林さんが心配する。これだけでも、この世界側が少し歩み寄っている感じはしませんか。ドラゴンの世界での事なんて気にする余裕なんてない忙しいプログラマーが、ちょっとだけでもドラゴンという別世界の住人の気持ちに立ってあげる。そこにドラゴンとか人間とか、種族や民族間で発生するクダラナイ偏見はないんです。だからこそ、1話のCパートはすごく心に刺さると思うんですよ。
つまるところ、何が言いたいのか。
![35]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/a/7ae86bb3-s.jpg)
![46]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/c/0c8d74f5-s.jpg)
さて、最近は「小林さんちのメイドラゴン」にハマっております。カンナ可愛い。
早速ですが、この作品が面白いのは何故でしょうか。とうぜん、トールやカンナちゃんは可愛いですよね。小林さんの尻も素敵だけども。でも本当にそれだけでしょうか。僕はですね、この作品が面白い理由の一つとして、まずは「尻尾」にあると思うんですよ。トールからにょろんと出てるアレですアレ。
![33]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/3/9/39432daa-s.jpg)
なぜ、たかが「尻尾」が話を面白くするのか?
自分の説明をする前に、少し立ち止まって考えて欲しいんですが、「尻尾が生えてるメイド」って異質ですよ。なんで尻尾がそのままあるんだ…みたいな。初見の時は「あーはいはい、1話だけインパクト出して、後の話数ではキャラ萌えのために引っ込めるパティーンね」と思ってたんですが、その後も引っ込まない。え、尻尾が引っ込まないんだけど、なんぞこれ。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/e/d/ed9bfcb0-s.jpg)
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/58900ac4-s.jpg)
さて、なんで「尻尾」が話を面白くしているかについてですが。
まず、トールたちドラゴンの常識は、こっちの世界ではほとんど通用しません。「門番って何したら?→殺せ」「唾液で洗濯する」「自分の炎で料理する」など、これらは全て、この世界では通用しないですよね。許容できないことです。つまり、これらはこの世界の人々にとって「理解しがたい事」です。すなわち、「尻尾」って「不気味で、理解しがたい事の象徴」なんですよ。ドラゴンの世界から醸し出される不気味さ(あり得ない価値観や文化)が作品を面白くしているんです。そして「尻尾」はそのシンボルなんです。ただ、当然それだけでは話は面白くなりません。その不気味さの数がヤバイんですよ。
普通の作品、そんなにツッコミどころが少ない作品だったら、受け手側は軽く「あいあい」と流せるんです。「あーこれくらいかなるほどねフンフン」と。もう余裕しゃくしゃくですよね、ポテチとコーラ食べて音楽聞いて、ゲームしながらでも余裕で受け取れる。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/588aa015-s.jpg)
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/e/d/ed9bfcb0-s.jpg)


だけども、「メイドラゴン」では、理解しがたい部分、いわば「ボケ」が次から次へと波のように押し寄せてくる。しかも、小林さんもメイドについては自分のこだわりを展開する。もうこうなっちゃうと、思考のスピードは追っつきません。千手観音でもツッコミきれない。しかし、場面は次へ次へと移っています。そうすると、「この世界ではそういうもんなんだな」という風な理解に留めるようにならざるを得ません。「まあまあで許容する」ようになります。

だから、このアニメに関しては、見てる側に主導権ってあんまりないんです。ツッコミどころ満載で、もう千手観音ですら諦めるレベルですから、僕らが手綱を握れるはずもないんですよ。見てる人は、理解しがたい内容にぶんぶんと振り回されます。女の子(理解しがたいもの)に引っ張られて、初めてデートする感じですね。そのときは、あなたの目には彼女しか映らないでしょう。それと同じように、主導権を握られると作品に没入できるわけです。だから、「尻尾」、もっと正確に言えば「尻尾が醸し出す不気味さ」が面白くしているんですね。
さて、不気味や理解しがたい事柄は、この物語を理解しよう・分かろうという思考を働かせます。しかし、ボケが多すぎて処理できない。だから、主導権は物語の方にあり、僕らはそれに引っ張られていく感じです。ただですね、「不気味」や「理解しがたい事柄・現象」には今まで言ってきたことのような良いことばかりではなく、副作用のような悪いこともあります。

それは不安感です。理解しがたい事って重なっていくと、少し怖くなるんですよ。例えば、意味不明な「文字化け」なんかがそうです。あれが何枚もコピーされたらヤバイっすよね、なんぞこれとなる。会社や学校で普通の書類をプリントアウトしたのに、いきなしA4用紙全面にズラーッと文字化けが印刷されるとギョッとなる。「メイドラゴン」 において、流石に文字化けレベルの意味不明さはありませんが、前述のとおり「トール」たちドラゴンの存在は、この世界において不気味です。
彼らの生活や文化は理解できないところが多い。「尻尾の丸焼き作って自分で食べる」みたいな事が重なると処理できないから、前述したとおり「物語に没入する」というメリットもあるんですが、同時に不安も残ってしまう。このファンタジーな世界についていけるかなあ、みたいな。そこで、生きる精神安定剤こと「小林さん」の存在があるんですよ。
![46]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/6/6/660682fe-s.jpg)

小林さんって、見てる人とだいたい同じ感想を言ってくれるんですよ(メイドについては除く)。そこで、見てる人も「まともな人もいるんやな」と安心できる。つまり、共感してくれる人がいる安心感が出るんです。もしも、文字化けがびっしりとプリントされた書類を見て、「おーちゃんと印刷できてるじゃないか」 なんて上司から言われたら、自分が異世界に来たのかと勘違いしますよ。
だけど、これって対処療法な不安解消なんです。だって、不安の発信源は「トールたちドラゴンの文化・価値観・力」ですから。だからといって、物語の世界からトールたちを追い出すわけには、もちろんいきません。ですので、前述した「まあまあで許容する」という手段を踏むわけですが、それ以外にも不安を解消してくれるものが、なんとあります。あるんです。
![57]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/b/7bfb01c1-s.jpg)
それは、「トールの小林さんへの愛」です。小林さんが1話で述べたとおり、「ドラゴンは最強の生き物」であり、人間どころか世界も一瞬で破滅させられる凄まじいパワー、いわば”核爆弾”みたいな強大な力を持っている。その「理解しがたい力」によって、この世界は滅ぼされるのではと少し不安になる。ご安心ください。「小林さんへの愛」がそれを防いでくれるんです。
![13]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/7/f7ea470e-s.jpg)
![36]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/f/5f37300b-s.jpg)
小林さんが呑んだくれたときにトールに怒鳴っても、適当にあしらっても、けっしてトールは小林さんを攻撃したりしませんよね。そんで、小林さんと感想がリンクしてますから、見てる人は小林さんに感情移入します。だから、自分たちも安全と分かる。すなわち、「小林さんが攻撃されない=ハルマゲドン回避」なんです。
ラブアンドピースとはよく言ったものです。で、トールさえ防げばこっちのもんです、カンナや他のドラゴンがもしも小林さんを傷つけたりしたら、即トールがハルマゲドンですから(※小林さんが浮気しても即ハルマゲドンですが、そういった性格じゃないですよね)。これでハルマゲドン回避作戦成功。
![07]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/a/b/abbf616d-s.jpg)
そういうことで、安心して見ていられるんですね。ちなみに、「メガネ」もぼくらと同じ感想を持つので、安心感を醸し出してくれる。地味にメガネは、この世界で最もまともな人ですね。
少し、ここまでの内容を整理します
1、不気味で理解しがたいことは、(それを分かろうとするので)没入を誘う
2、ただし、同時に「不安感」も発生する
3、それを解消してくれるのが、「小林さん」の存在(見てる人と同じ感想=安心)と
トールの小林さんへの愛(世界のハルマゲドン回避=安心)
すなわち、
僕らの常識がそこそこ通じて(小林さんやメガネの存在=安心感)、
なおかつ不気味な要素(トールの尻尾)が残っているために、
『メイドラゴン』の世界に引っ張られる(主導権は物語)
ゆえに、この世界に没入できる
だから、他の類似作品と差別化され「メイドラゴン」は面白くなっています。
これが一つ目の「メイドラゴン」が面白い理由です。
で、もう一つ、この「メイドラゴン」を面白くしているものがあるんですよ。
これは、ちょっとジャンル的な理由なんですが。
![19]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/588aa015-s.jpg)
それは、「自分たちの世界(価値観・文化)を一方的に押し付けていない」ところです。
順を追って説明します。
まず、この「メイドラゴン」は、『落ちもの』というカテゴリに入ります(※広義的には「異世界召喚・転移」ですかね)。落ちものとは、主人公の元に突然、カワイイ女の子がやってきて日常を一緒に送る…というようなジャンルです。「ラピュタ」「うる星やつら」「はたらく魔王さま!」あたりが具体的な例ですね。これを「落ちもの」だったり「異世界召喚・転移」と言います。まあ、この辺はもともと曖昧なんで大体で良いです。
そんで、具体的な作品名は出しませんが、従来の「落ちもの」では、「この世界の価値観や文化が、当たり前のように相手の世界に通じるものとして」描いているものが多く存在している。または、異世界という設定があるのにも関わらず、相手の世界や存在を無視している作品も多い。
「いやそれって当たり前じゃね?こっちの世界に来たんだから」と思う人もいるかもしれません。しかし、少し立ち止まって考えて欲しい。もちろん、異世界召喚・転移や「落ちもの」では、自分たちの常識がある程度は通用しないと、見ていて理解もへったくれもありません。文字化けを眺めていても、楽しくない。ですが、果たして、僕たちや世界に元々いる住人は「相手の世界の常識や価値観を理解しようと、許容しようと」しましたかね。
![02]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/3/b356ad2f-s.jpg)
![05]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/7/77bd0093-s.jpg)
自分たちの世界の価値観や文化が通用するのは当たり前とみなす一方、相手のそれはあまり許容しない、というか、興味すらもたない。これって、ちょっと筋通らなくないですか。自分が異世界に行った際、たとえば、「書類は文字化けで印刷されるのが当たり前の世界を許容しろ」とか言われたら、辛くないですかね。ちょっと、きついですよね。
![55]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/5/8/58900ac4-s.jpg)
![58]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/d/2/d217f353-s.jpg)
![58]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/b/5/b5982ad7-s.jpg)
![45]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/f/b/fbd05494-s.jpg)
「小林さんちのメイドラゴン」はですね、そのお互いに許容するバランスを上手く取ってると思うんです。こっちの世界の常識も少しは分かって欲しいけど、同時にドラゴンの世界も許容できる部分は許容しようとする。尻尾の丸焼きは食えないし、唾液での洗濯や、ブレスを用いた料理は、さすがに許容できない。だけども、トールの行動の意味や習性は、人間と同じように分かろうとする。尻尾が邪魔だからしまえとは言わない。
![09]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/6/0664104f-s.jpg)
そんで「メイドラゴン」は、こっちの世界の異常な部分にも触れてるんですね。それは今の段階で言うと、同調圧力なんですが。この世界において、同調圧力って致命的な問題でしょう。その異常な点について、トール(相手の世界)側の目線を入れていることに真摯さを感じるんですよ。「それって良くないことじゃね?なんでヒトはそんなことすんの?」と、異世界の方から見て、人間の世界にも許容できない部分があるんだよということを、きちんと示している。
![09]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/6/0664104f-s.jpg)
そんで「メイドラゴン」は、こっちの世界の異常な部分にも触れてるんですね。それは今の段階で言うと、同調圧力なんですが。この世界において、同調圧力って致命的な問題でしょう。その異常な点について、トール(相手の世界)側の目線を入れていることに真摯さを感じるんですよ。「それって良くないことじゃね?なんでヒトはそんなことすんの?」と、異世界の方から見て、人間の世界にも許容できない部分があるんだよということを、きちんと示している。
![02]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/f/2f0cefdb-s.jpg)
![04]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/1/5/15401c38-s.jpg)
お互いの許容の話に戻りますが、トールの”あっちの世界”で受けた傷を小林さんが心配する。これだけでも、この世界側が少し歩み寄っている感じはしませんか。ドラゴンの世界での事なんて気にする余裕なんてない忙しいプログラマーが、ちょっとだけでもドラゴンという別世界の住人の気持ちに立ってあげる。そこにドラゴンとか人間とか、種族や民族間で発生するクダラナイ偏見はないんです。だからこそ、1話のCパートはすごく心に刺さると思うんですよ。
![35]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/7/a/7ae86bb3-s.jpg)
![46]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/0/c/0c8d74f5-s.jpg)
落ちものや異世界召喚・転移系の面白さにとって大切なことは、お互いに「分かり合う」ことなんです。こっちの一方的な価値観の押し付けではなく、相手の事も許容する、少しでも分かろうとする。そんで、相手の世界も分かろうとしないと、せっかくの「異世界」という設定は意味をなさないんです。というか、そもそも同じ種族間、人と人の間でもお互いに理解できていないじゃないですか。
だからOPのこのシーンはそういうことなんです。
![27]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/1/21b6ed86-s.jpg)
人とドラゴンの間だけじゃないんすよ、共存するために相互理解が必要なのは。
今までの類似作品では、自分たちの世界(価値観・文化)を過剰に前提としたものが多くありました。相手にこちらの世界の許容は求めるのに、こっちは相手を許容しない、分かろうとしない。それは少し傲慢じゃなかったか、そしてそれは「異世界」という設定を無駄にしてはいなかったか、という事です。
![50]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/d/8d37bc6b-s.jpg)
「メイドラゴン」にはそれがありません。分かろうとお互いに歩み寄っている。他種族間だけど、お互いの気持ちを考える。そういった点で、既にあるジャンルなのに他の類似作品との間に違いが生まれ、斬新さがある。異世界の設定も上手く活かしている。それゆえ、面白くなってると思います。
![27]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/2/1/21b6ed86-s.jpg)
人とドラゴンの間だけじゃないんすよ、共存するために相互理解が必要なのは。
今までの類似作品では、自分たちの世界(価値観・文化)を過剰に前提としたものが多くありました。相手にこちらの世界の許容は求めるのに、こっちは相手を許容しない、分かろうとしない。それは少し傲慢じゃなかったか、そしてそれは「異世界」という設定を無駄にしてはいなかったか、という事です。
![50]](https://livedoor.blogimg.jp/ouritu_dora/imgs/8/d/8d37bc6b-s.jpg)
「メイドラゴン」にはそれがありません。分かろうとお互いに歩み寄っている。他種族間だけど、お互いの気持ちを考える。そういった点で、既にあるジャンルなのに他の類似作品との間に違いが生まれ、斬新さがある。異世界の設定も上手く活かしている。それゆえ、面白くなってると思います。
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