HN:だんごむしさん作画のほうじゃない方からの意見ですけど、棒術、杖術は回転が有るから見栄えしますねあと、突きの方で持ち方でニュって伸びる、みたいなことができるのが魅力
そうそう!
棒術・技斗において、「回転」はとても重要な要素です。回転はキャラクターが大きく映る描写なので、とても映えます。その回転をうまく表現してやるために、レイアウトや構図を考える必要があるので、まあコンテから構造設計がいるんですね。
突きはどうなんだろう…あんまり考えたことがなかったけど、意表をつく1手として重要。作画としてはあまり映えないけれど、ちょっとした使いようですっといい描写になるような気もします。
棒術・技斗において、「回転」はとても重要な要素です。回転はキャラクターが大きく映る描写なので、とても映えます。その回転をうまく表現してやるために、レイアウトや構図を考える必要があるので、まあコンテから構造設計がいるんですね。
突きはどうなんだろう…あんまり考えたことがなかったけど、意表をつく1手として重要。作画としてはあまり映えないけれど、ちょっとした使いようですっといい描写になるような気もします。
*HN:TANAさんOPはそれだけでいい作品が多くて技術的なことはあまり詳しくはないですが、胸躍ることが多いですね。自分は三作品ということだとYAWARA初代・風人物語・あずまんが大王あたりでしょうか。 以下順不同でまいっちんぐマチコ先生とど根性ガエル・NEW GAME!あたりも好きです。昔はTHEOPといえば南家こうじさんっていうイメージでしたが、最近だと誰でしょうかね、松竹徳幸さんや石浜真史さんでももうベテランの域でしょうし。
今回イアキさんが取り上げられたOPもどれもいいですね。野崎君そろそろ原作もたまってきたでしょうし、二期も観たいところです。1*…りょーちもさんは商業はセミリタイアされたみたいですからやるとしてまた感じの違うOPになるのでしょうけれど。それはそれで楽しみです
さいきんだと、THE・OPって感じの人は梅津泰臣になるのかもなあとは思います。
梅津OP言われてるほど、ぼくは好きじゃないですけど笑 「それ町」OPはとても好き。
*「YAWARA!」OP01 「ミラクルガール」 ◎
いやあ、これめっちゃ上手いっすね 驚いた
カメラFIXのまま小躍りしながら、衣装チェンジ。バンッとドアップの顔を出す。
梅津OP言われてるほど、ぼくは好きじゃないですけど笑 「それ町」OPはとても好き。
*「YAWARA!」OP01 「ミラクルガール」 ◎
いやあ、これめっちゃ上手いっすね 驚いた
カメラFIXのまま小躍りしながら、衣装チェンジ。バンッとドアップの顔を出す。
画面縦4分割(パプリカOPを思い出しましたw)や3分割、この時代にもうやってたのか~。さいきんスマホが出てきたじゃないですか、その影響で3分割とかやってると思ってたんですよね。
あとは背景が圧巻ですよね。アメリカン・ポップな背景からアートな背景まで、これは意図的にやってますね笑 配色もええわなあ…これ。
野崎くんはどうなんだろう…動画工房はやる気なさそうな感じもしますが…笑 ここ最近はロリっぽいのを中心に扱ってますので。あのテイストでやって欲しいですけど、竹下良平さんはフリーだしなあ。いや、フリーだからこそ動きやすかったりするのかな、分かんないですね。
てか「ちいかわ」、動画工房でアニメ化するのかあ。なんとなくですけど、ああいう系の作品ってもっとこう不真面目な(※真面目すぎない)スタジオに任せたほうがいい感じもします。「ちいかわ」っていうのが作品タイトルだと思ってました、違うのか(作品タイトルは、「なんか小さくてかわいいやつ」)。腹立ってきた(意味不明)
「まいっちんぐマチコ先生」は江村豊秋さんの作画がとても良い…最初のえーっと、体操でぐるぐるするところです。
1*…りょーちもさん、商業あんまりやってないのかあ。もったいないっすね
あとは背景が圧巻ですよね。アメリカン・ポップな背景からアートな背景まで、これは意図的にやってますね笑 配色もええわなあ…これ。
野崎くんはどうなんだろう…動画工房はやる気なさそうな感じもしますが…笑 ここ最近はロリっぽいのを中心に扱ってますので。あのテイストでやって欲しいですけど、竹下良平さんはフリーだしなあ。いや、フリーだからこそ動きやすかったりするのかな、分かんないですね。
てか「ちいかわ」、動画工房でアニメ化するのかあ。なんとなくですけど、ああいう系の作品ってもっとこう不真面目な(※真面目すぎない)スタジオに任せたほうがいい感じもします。「ちいかわ」っていうのが作品タイトルだと思ってました、違うのか(作品タイトルは、「なんか小さくてかわいいやつ」)。腹立ってきた(意味不明)
「まいっちんぐマチコ先生」は江村豊秋さんの作画がとても良い…最初のえーっと、体操でぐるぐるするところです。
1*…りょーちもさん、商業あんまりやってないのかあ。もったいないっすね
HN:にわか素人さん こんばんは。
先ほどは、お返事ありがとうございました。
しかし「好きなOPベスト3」凄く楽しいお題ですね。
イアキさんが選ばれた作品、「月刊少女野崎くん」と「だがしかし」は初め見たのですが「だがしかし」いいですねぇ、すごくハマりました、連日見てます。
イアキさんが挙げられた39秒からのカットの後の、棚が押し寄せてくるところも気に入りました。棚やキャラがこちらに迫ってくる速さの緩急と、キャラがポーズを取るタイミング、曲の盛り上がりも相まって、いいカタルシスを感じます。
その後の駄菓子のマスコットがいっぱいるところも発想がすごいし、かわいいしよい作品に出合えてよかったです、ありがとうございます。
いえいえ。喜んでもらえたなら、良かったです。
けっこうあのカメラワークは画期的で、カタルシスがあるのも分かります。フェティシズムの塊のようなカメラワーク、付けPAN4連発。
駄菓子マスコットは個人的にはもうちょっとやりようがあったような気もします(チクチク言葉)
けっこうあのカメラワークは画期的で、カタルシスがあるのも分かります。フェティシズムの塊のようなカメラワーク、付けPAN4連発。
駄菓子マスコットは個人的にはもうちょっとやりようがあったような気もします(チクチク言葉)
cm21/umaとかメンタルとか
たくさんのコメントありがとうございます
ありがたい限りです
1米
サクラスーパーオー
https://db.sp.netkeiba.com/horse/ped/1991103497/
父 サクラチヨノオー(ニジンスキー系)
母父 ベリファ(リファール系)
いちょうS 2着(現・サウジRC)
葉牡丹賞 2着
この辺の戦績がなんとも惜しく、けれど愛くるしいですねえ。脚部不安の関係上、あまり強い仕上げはできなかったのかもしれない。
皐月賞では的場均jがテン乗り。後方からの競馬で9番人気ながら2着と穴を開けた。しかし、皐月賞でこれは屈腱炎かなにかになってしまったのか。2年の休養を余儀なくされる。復帰したのは、5歳になってから。的場均が主戦騎手となり条件戦を勝ち上がっていくが、ラストランは富士Sの15着。当時の富士S、1400mだったのかあ。
戦績を見る限りは、1400mは少し忙しそうな(※距離が短く、ペースが合わないことを指す競馬表現)感じがしますが… 皐月賞ではオフサイドトラップ(後の3歳・秋天勝ち馬7歳での秋天制覇;失礼しました;3歳秋天はバブルガムフェローだ)に勝っているし、順調ならば…という無念が伝わります。
こういう「順調にいっていれば…」という、もしも、を考えてしまうけれど、残念ながら事実は変わらないこと。それがなんというか、悲しいのは悲しいんですが、競馬の魅了の一つを担っていると思います。
31歳とはすごい!いやあ、もうこれスーパー元気なおじいちゃんですよ。人間だと95歳くらい?どんな形であれ、好きな馬が長生きしてくれることは喜びです。すごいなあ。
馬術転向で、スーパーオーからハピネスへ。馬名の移り変わりも美しい。後年にかけて、丸くなったおじいちゃん、みたいな笑。素敵な馬をご紹介いただきました。愛が伝わってきます。
おっしゃる通り、自分にとって、とても大事な馬の存在は人生に影響を与えます。価値観にも大きな影響を与えるとおもう。好きな馬の脚部不安は本当につらい。走れたら…というのが常によぎりますから。無事是名馬とはよく言ったものですが、自分はなかなか割り切れない。しかし、これだけ長生きして、いまも元気でいてくれることはもう素晴らしいの一言です。いいエピソードを聞けました。
2米
今年もよろしくお願いします。
#1,歩く
やはり歩くのは効果的ですよねえ。なかなかこう行動に移せなかったり、続かないのが恥ずかしいところですが…自分なりに30分とよく言われるんですが、なかなか長ない?と思うので、歩数ですかねえ。もしくはコースを決めてとか…15分or5000歩は歩きたいかなあ。
#2,小説
せっかく良い内容を書いていただいておりますが、やはり苦手で…申し訳ないです。すいません。
#3,映画の1シーン
ありがとうございます。また見てみます。これに限らず、たしかに映画の名シーン集、もしくは1シーンを見るだけでメンタルは回復しそうな気はします。いいですね、これ。
━━ところで、馬の話で一つ述べたいことがありまして…

過日、2018年の日本ダービーを制したワグネリアン号は多臓器不全で急逝。明け7歳でした。自分が初めて見たダービーだったので、ショックは隠しきれず。
もちろん、馬主の所有物ですから、オーナーである金子真人に権利があることは重々承知の上で言いますが、喉なり(※呼吸が上手くできず、競争能力に大きな影響が出ます)が酷く、手術後もさほど戦績を残さない馬を(引退させずに)走らせていたのはあまり理解できません。
ディープ×キンカメで、ブロードアピール牝系。残したかった血。ディープ亡きいま、欧州で種牡馬も考えられたろうに…と個人的には思います。現役ダービー馬の急逝は前例がほとんどありません。まあこれには、故・近藤利一も地獄で待っとることでしょう。
こうなると、故・岡田繁幸オーナー(※マイネルの冠名で有名)や、メイショウの冠名て有名な松本オーナーの存在はやはり馬産にとって、地味ではありますが、大きく寄与していると感じます。かれらは、まあ要するに、さほど走らないと見込まれる馬も買うわけですから。それで馬産地が回っていく。少なくとも、ダービー馬をこのような処遇にはかれらはしないでしょうね。
金子や利一のように冷徹になれればよいのです 。ダービー馬をこのように扱っても何も思わないでしょう、そのような人物に精神的失調など起こりえない。でも、それでは生きてる意味を感じませんね。ガンの闘病を続けながら、リスグラシュー、ラヴズオンリーユーなどの名馬を送り出し、今なお最前線で頑張っておられる矢作先生のような馬人を目指したいですねえ。
ありがたい限りです
1米
自分の好きな馬ということで、自分はサクラスーパーオーという馬が好きでした。(HN:TANAさん)今年もよろしくお願いします。
クラシック戦線はナリタブライアンがあまりに強くて太刀打ちできませんでしたし、皐月賞の後は脚元の不安・故障が多くなかなか活躍できなかったスーパーオーですが現在もタカオハピネスと名前を変え31歳になっても元気なようです。 スーパーオーが馬術競技に転向したことをきっかけに馬術のほうも見るようになりました。いろいろときっかけを与えてくれた大事な馬ですね。自分の好きな馬ということで、自分はサクラスーパーオーという馬が好きでした。
クラシック戦線はナリタブライアンがあまりに強くて太刀打ちできませんでしたし、皐月賞の後は脚元の不安・故障が多くなかなか活躍できなかったスーパーオーですが現在もタカオハピネスと名前を変え31歳になっても元気なようです。 スーパーオーが馬術競技に転向したことをきっかけに馬術のほうも見るようになりました。いろいろときっかけを与えてくれた大事な馬ですね。
サクラスーパーオー
https://db.sp.netkeiba.com/horse/ped/1991103497/
父 サクラチヨノオー(ニジンスキー系)
母父 ベリファ(リファール系)
いちょうS 2着(現・サウジRC)
葉牡丹賞 2着
この辺の戦績がなんとも惜しく、けれど愛くるしいですねえ。脚部不安の関係上、あまり強い仕上げはできなかったのかもしれない。
皐月賞では的場均jがテン乗り。後方からの競馬で9番人気ながら2着と穴を開けた。しかし、皐月賞でこれは屈腱炎かなにかになってしまったのか。2年の休養を余儀なくされる。復帰したのは、5歳になってから。的場均が主戦騎手となり条件戦を勝ち上がっていくが、ラストランは富士Sの15着。当時の富士S、1400mだったのかあ。
戦績を見る限りは、1400mは少し忙しそうな(※距離が短く、ペースが合わないことを指す競馬表現)感じがしますが… 皐月賞ではオフサイドトラップ(
こういう「順調にいっていれば…」という、もしも、を考えてしまうけれど、残念ながら事実は変わらないこと。それがなんというか、悲しいのは悲しいんですが、競馬の魅了の一つを担っていると思います。
31歳とはすごい!いやあ、もうこれスーパー元気なおじいちゃんですよ。人間だと95歳くらい?どんな形であれ、好きな馬が長生きしてくれることは喜びです。すごいなあ。
馬術転向で、スーパーオーからハピネスへ。馬名の移り変わりも美しい。後年にかけて、丸くなったおじいちゃん、みたいな笑。素敵な馬をご紹介いただきました。愛が伝わってきます。
おっしゃる通り、自分にとって、とても大事な馬の存在は人生に影響を与えます。価値観にも大きな影響を与えるとおもう。好きな馬の脚部不安は本当につらい。走れたら…というのが常によぎりますから。無事是名馬とはよく言ったものですが、自分はなかなか割り切れない。しかし、これだけ長生きして、いまも元気でいてくれることはもう素晴らしいの一言です。いいエピソードを聞けました。
2米
イアキさん本年もよろしくお願いいたします 。(HN:にわか素人さん)
遅くなりましたが、自分がしている事をいくつか書きます。
1.歩く。
何の目的も持たず、ただ歩く。(早く歩く必要はないです。)30分くらいでもいいと思います。 歩いているうちに普段、がんじがらめになっている自意識が薄まる感じして、
少しすっきりします。 広くての緑の多いルートを選ぶとより効果的です。
2.小説を読む。
イアキさんが小説を読まれない場合はスルーしてください。
精神的不調のとき、状態に合わせて処方的に読む定番の作品があり、それを挙げます。
心をほぐしたいとき---「ヘリオット先生奮戦記 上・下(ジェームズ・ヘリオット 著・大橋 吉之輔 訳)」
長編、新米獣医が田舎で奮闘する話で基本、コメディーです。
癒されたいとき---「大炊介始末(山本 周五郎)」 短編集。
山本周五郎独特の柔らかな人間の描かれ方に和みます
活力を失ったとき。---「日本三文オペラ(開高 健)」長編。
邪念に取りつかれたとき。---「アポロンの島(小川 国夫)」短編集。
下二つは極力先入観感のない状態で読んだ方がいいように思ったので説明を省きました、すみません。
3.アニメ。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm34241871
元気が出る短編です、良かったらどうぞ。
見たことのある作品でしたらごめんなさい。
長々すみません、失礼します。
今年もよろしくお願いします。
#1,歩く
やはり歩くのは効果的ですよねえ。なかなかこう行動に移せなかったり、続かないのが恥ずかしいところですが…自分なりに30分とよく言われるんですが、なかなか長ない?と思うので、歩数ですかねえ。もしくはコースを決めてとか…15分or5000歩は歩きたいかなあ。
#2,小説
せっかく良い内容を書いていただいておりますが、やはり苦手で…申し訳ないです。すいません。
#3,映画の1シーン
ありがとうございます。また見てみます。これに限らず、たしかに映画の名シーン集、もしくは1シーンを見るだけでメンタルは回復しそうな気はします。いいですね、これ。
━━ところで、馬の話で一つ述べたいことがありまして…

過日、2018年の日本ダービーを制したワグネリアン号は多臓器不全で急逝。明け7歳でした。自分が初めて見たダービーだったので、ショックは隠しきれず。
もちろん、馬主の所有物ですから、オーナーである金子真人に権利があることは重々承知の上で言いますが、喉なり(※呼吸が上手くできず、競争能力に大きな影響が出ます)が酷く、手術後もさほど戦績を残さない馬を(引退させずに)走らせていたのはあまり理解できません。
ディープ×キンカメで、ブロードアピール牝系。残したかった血。ディープ亡きいま、欧州で種牡馬も考えられたろうに…と個人的には思います。現役ダービー馬の急逝は前例がほとんどありません。まあこれには、故・近藤利一も地獄で待っとることでしょう。
こうなると、故・岡田繁幸オーナー(※マイネルの冠名で有名)や、メイショウの冠名て有名な松本オーナーの存在はやはり馬産にとって、地味ではありますが、大きく寄与していると感じます。かれらは、まあ要するに、さほど走らないと見込まれる馬も買うわけですから。それで馬産地が回っていく。少なくとも、ダービー馬をこのような処遇にはかれらはしないでしょうね。
金子や利一のように冷徹になれればよいのです 。ダービー馬をこのように扱っても何も思わないでしょう、そのような人物に精神的失調など起こりえない。でも、それでは生きてる意味を感じませんね。ガンの闘病を続けながら、リスグラシュー、ラヴズオンリーユーなどの名馬を送り出し、今なお最前線で頑張っておられる矢作先生のような馬人を目指したいですねえ。
とりあえずコメント返信その18/年末も毒だが、抱えるよりはまし
「続きを読む」をちゃんと直せないぐらい、疲弊している。
なにに疲れているんだろうね。
[UMA]つらいときの精神対処方、募集
http://royal2627.ldblog.jp/archives/58798573.html

ストレスが身体的症状に出てしまう、という幼少期を過ごしてから、ストレスとはなにか、ストレスに対処する方法にはどういったものがあるのかと、本を読み漁りました。いちばんはじめに読んだのは、「メンタル・タフネス」という本です。
両親の死を100という基準にすると、同僚の死も受けるストレスは70ぐらいはあったはず。大変だったでしょう。コロナ禍初期ではお葬式ができても、おそらく自分の好きな人の顔を見ることが困難でした。顔も見れずにそのまま火葬にいってしまう遺族のことを考えると、きわめて苦しいな、と思います。
さて、「素直に受け入れる」というのは、俗に言う「森田療法」ですね。医師・森田正馬が考案しました、無為自然の態度を取るんだっけ。起きた出来事・現象に対して、「享受してお付き合いをする」「不安やネガティブな気持ちを否定せずに認める」というものです。アドラーに近い気がします。
率直にいえば、それができれば人間ここまで苦労はしねえよなあ、という対処法だと個人的には思っています。受け入れるにも心のキャパシティは存在しており、過度に抱え込んでしまう事態が発生してしまう。泣いてわめくという状況は、もうほぼ氾濫に近いですから。「受け入れる」という選択は、いいんですよ。森田療法の問題点は、その後のアプローチがないんですよね。
しかし、そういえば、さいきん、ストレスに対するアプローチを考えていなかったようにも思います。コメントありがとうございます。このような直接的な助けを求めても、素通りして、他の記事を読む脳みそメロンパン、いや極めて利己的な態度ばかりでうんざりしていました。さすが日本人!思いやりをもった人間から志んでいく!情報だけとっていくオレ情強~とでも思ってるんでしょうね(※いや、じっさいはなにも考えてないですねw)、うんざりですよ。技巧に関したところしか読もうと思ってないんでしょ。それが合理的な行動だと勘違いしているバカばかり。だからまあ、自民党が勝つのも、納得というところで。そういった面でもコメントは感謝ですねえ。ブログ消そうかなあ。
まあこうやって吐き出すことは、ストレスの解消になっているような気もします。たしか、えーっとなんだっけな。どっかの本で読んだんですけど、ヨシ!もう死のう!という気持ちになって自殺しようとしたところ、ペンが目に留まった。そこで、自分の困っていることを全部書きだしたら、意外と解決可能だったことが判明して、自殺を止めたっていう導入から始まる本があったんですよ。つまり、意外と自分の心の中は整理されていないという証左ですよね。部屋と同じように、定期的なメンテナンスが鍵なのかもしれません。
友人の結婚式への出席を終えて/*ややセンシティブかも
http://royal2627.ldblog.jp/archives/58752647.html

良かったのだろうか…( ^ω^)
まあぼくはそのへんの、なにが良かったのか、幸せに感じたのかがよくわかりませんが、良かったのであれば幸いです。書いた本人もそれなりに報われるというものです。
「金銭的なことにルーズ」というのはきわめて困ります。コメント6行目にもある通り、すなわち、想像力に欠けているのでは?という推察に行き着くのも納得です。金銭的なトラブルは、表面上の返済などが問題ではなくもっと根深い。信頼のゲージやレベルがかんたんに下がってしまうことが問題です。
ぼくの場合はパチンコに二人でいって、その後で「定期代が無いから貸してくれ」と言い出すんですよ。じゃあ、パチンコ打ってる場合じゃねえじゃんと。先に言えと。かれはすこしナルシストなところがあってね。兄貴として見栄を貼りたかったんじゃないのかなと。兄貴かくあるべし、みたいに思っている人ですから。
で、こういったことが続いてしまうと、こちらから兄貴に対する信頼ゲージみたいなものは下がってしまう。起こるのは、疑ってしまうことです。返す気がないのでは?と。で、さらにストレスを溜めてしまう。やはり、思慮や思考が足りないのです。そういうルーズな人々は。教育の問題なんだろうか、きわめて無思考ですよね。あ、エセ中村豊フォロワーのことを言ってるわけではないですよ!黒コマピカッ!w白黒レイアウト集中線1枚!w安易な前景スライド!w 中村豊もこれには天国で泣いてますよ。
マア~思考が足りない人々がここまで多い(増加したのか?それとも顕になっただけなのか?)とは思いませんでした。さいきん、珍しく怒鳴った件がありましてね。

ぼく実家売ったじゃないですか(*http://royal2627.ldblog.jp/archives/58598157.htmlの<6>参照)。それで、岡山に対して、ぼくは苦しい思い出がほとんどなんですよ。壮絶でしたから。
で、そういったことを仲の良い友人には話しているわけなんですが、友人から「岡山には帰らないのか?」というラインが届くわけです。まあ、別にここで怒りはしませんよ。「家がないから、帰らないし帰れない」と端的に伝えるだけですので。ただ、悪ふざけで、夜8時ごろに「今から岡山来いよ~w」とか電話がかかってくるわけです。まあここも、冗談ですのでね、基本的には怒りませんよ。堪忍袋の緒が切れたのは、その後、まだ「いつ来るの?」って冗談のラインが送られてきたことでしょうね。しつけえんだわ。
そんで、まあクダランからやめろと言ったんですが、かれは理解できないんです。ろくにきちんと考えもしないし。「岡山に対して、きわめて苦しい感情がある」、だから帰りたくもない。だいたい、ぼくは岡山のこういった、もう面倒くさいしつこい陰湿な絡み方が嫌だから、上京したわけで。広島・岡山などの瀬戸内海側にお住みの方は、きわめてこの、”異常性のあるノリだけで生きてる人間たち”に承諾していただけると思いますが。
かれの言い訳を書きますよ。「そんなつもりはなかった」、つまり、まあ実家がないことなどを踏まえて意図的におちょくったわけではない。そりゃあ、そうでしょう。あなたは、キモチワリイ、頭のワリイ、”その場のノリ”でやっただけなんですから。なにか意図をもってやるほど頭も良くない。
「そんなつもりはなかった」っていうのは、きわめて優れたエクスキューズです。よく犯罪者が使いますよね。で、こういった側は、自分がやられると怒るんです。怒らないのであれば、まだ整合性とれてますが、まあ流石に都合が良すぎるんちゃうの?と。まあ、無理なんですよ、こういうのは。もう思考に溝ができすぎている。賢いとかそういうのじゃなくてね。けっこう真面目に、考えるスペースが脳みその中で決まっているんじゃないんすかね。
かれのような人間は自己完結するんです。自分の中では、こういった流れで、こういった部分で”ノリ”が終わって、相手のアクションは普通だから、相手にも問題ない(というより、こういうのが大半のコミュニケーションなんでしょう)、という判断なんです。友人が想像力に難がある、というのは悲しいです。きわめてね。
お二人のコメントは助かりました。まあ、やはり定期的に心の中身を取り出して整理していくこと。想像力に欠けた人物というのは困るということ。そして、そういった人間がいまの日本では、たくさんいる…ということ。
元からですが、自分と家族をさらに優先して考えて来年も生きていこうと思います。
なんかトリビアの泉を思い出すようなテイスト。
これってトリビアの種になりませんか?みたいな、そういう平成を思い出すコメントをいただきました。断っておきますが、バカにはしておりません。
そもそも映画館・シアターなどの施設のライトは、とても暗く設定されていますよね。というか、真っ暗。大きな画面だけれど、発光加減などで白く飛んでしまう(※つまり見えにくい)部分もあるとおもう。これが家だと、部屋の中のライトは自分で変更できる。暗くも明るくもできる。モニターも同じく、明度や彩度を変えることすらできる。
つまり、視聴環境+視聴デバイスの2つにより、映画館では気付かなかったけれど、家の中のモニターで見ると、「こんなに違ったのか!こんなにはっきりしていたのか!」という現象が起きるのだと思います。
あと、個人的にですが、映画館のような密閉空間は緊張しがちで、そういった面も含めて見落とすということは往々にしてありえます。
はえ~すっごい詳しい・・・( ^ω^)
丁寧なコメントいただきました。ありがとうございます。
1*…いい加減、業界内で統一してください、今すぐ
これ別にアニメじゃなくても思うんですよ。衣服もそうでしょ?こっちのLとあっちの店のLは違うとかやってられない。統一規格つくって、自分たちのLでブランド化するんなら分かるけどさ。なんで服も統一規格ないの?アホなん?いちいち試着するのもめんどい。
( ^ω^)ふう…
そうだそうだ、ディフュージョン効果とかありましたね。すんんんごい前にちょっとだけ触れた気がする。
このあたりはたぶん業界内でもごちゃごちゃしてそうですねえ。いい機会なので、ぼくがふだんどんな風に調べていたりするのかを記事にしてみよう。脳内を記事に出すから、ふだんとはちがってちょっとアレだけど。まったく解決してませんからね、コレ今。書いてる途中でも解決してない。
さて、まあこういうときはきちんと語義からいきましょうか
(※けっきょく、丁寧にやるしかないのだ)
#ディフュージョン(diffusion;名詞)…拡散、普及
#グロー(glow;動詞、名詞)...輝く、白熱する
#ブルーム(bloom;動詞、名詞)…(花が)咲く
はい( ^ω^)
まずざっくりと。
(※腹が立つのはこういう用語で動詞を使うのか、名詞を使うのか統一されていないことですね)
ここでわかるのは、ディフュージョンが他のもの影響を与える感じで、グロー、ブルームは自発的な感じ。いいですか、何度も言いますが、まだざっくりとです。ここで煮詰めようとするとかえって理解が悪くなる。まだ煮詰めてない。
ということで、
グループ1:ディフュージョン(他に影響するのがメインっぽい
グループ2:グロー、ブルーム(自発的に光りそう
と仮に分けます( ^ω^)
( ^ω^)馬男検索中…
( ^ω^)ハハア…
(※クソみたいなサイトしかなくて切れている図)
(※CLIP STUDIOはこれで分かりやすいとか思ってんのか?)
そうだ!こういうときはCGWORLDの用語辞典が役に立つかも!
CG系だから撮影にも強いはず

なんの成果もなかった…( ^ω^)
なんなん…それでも映像専門雑誌・サイトかお前!!!
なにが日本一や! あ ほ く さ
( ^ω^)calm down...calm down...
いやいちおうあった
#ディフューズ→拡散反射光
https://bit.ly/3rppkBP
CGWORLDの気持ちも分かる。他の効果は動詞なのに、なんでこれだけ名詞なんだよカスってことでしょ?だからディフューズ表記なんでしょうね。でもディフューズから拡散反射光へのリンクはないし、ぶっちゃけ拡散反射光の記述もわかりにくい。というか、これで分かる人はいない。
M.S.Cへいくぅ
ディフュージョン・フィルター…画面をにじませる効果
凡例も載っていて分かりやすいが、もうちょっと厳密さが欲しい。光源、光に対する文章が欲しい。なんでこんなどこも中途半端なんだ。ぜんぜん最強じゃない。

まあでもこういうコンセプトだから、M.S.Cは。厳密さを求める場所じゃない。
( ^ω^)でも、じゃあぼくはどこにいけばいいんですか???
( ^ω^)
(※めんどうくさすぎてイライラしてクソが代と連呼している男の図)
最終手段を出すしかない
撮まや!撮ま!
( ^ω^)…ウソでしょ…撮まにもディフュージョンしかない
( ^ω^)ぶっちゃけブルームは初めて聞いたからいいけど、グロー効果も載ってないのはマジで意外。けっこうびっくり。まあこれは業界内できちんと定義してやろうっていうコンセプトだから…
( ^ω^)じゃあ!おれはどこで探せばいいんだよ(2度目)
おっなんか良いサイトが
ブルームエフェクト
https://developer.playcanvas.com/ja/user-manual/graphics/posteffects/bloom/
ふむふむ( ^ω^)
でもこれって、グローと一緒じゃない???違いはなんなんだよ
あとはブルームってゲーム畑くさい用語が。調べるとUnityがいっぱいひっかかる。
グロー効果の他のキーワード


( ^ω^)アイビス…?
( ^ω^)まさか、あの夏競馬名物、新潟千直(※1000m直線)の

(引用元:https://www.keibalab.jp/topics/40848/)
( ^ω^)アイビスサマーダッシュのことか!?
(※ちなみに今週末です
…という風に、こういう定義系を調べているときは特に、よく脳内で脇道を繰り返します。脳みそが逃げたがっているんでしょうね。
いったん整理
ディフュージョン効果
(;ディフュージョン・フィルター[略称:DF]、拡散反射光)
効果内容:画面全体をにじませるような撮影技法
画面?物体?:画面全体、まじで時々物体
(※というかディフュージョンはフィルターで使われることがたぶん多いので、基本は画面全体でしょうね)
使用目的:画面をにじませることによって、夕方や回想などの本筋とは別のシーン描写を行う
グロー効果
効果内容:被写体/セルの明るい部分に、なんどもぼかしを入れることで、光をにじませる
使用目的:いい感じにする
ブルーム効果
効果内容:わからん、グローと変わらん感じがする
使用目的:いい感じにする
後者が載ってないサイトが本当に多い。
というか、効果の内容と、使用目的を区分しているところがそもそもあんまない
あと、そもそも、にじませるってなんだ??

( ^ω^)なめてんのかテメエ
まあ、なじませる/薄く塗って均等にするって感じなんでしょうね。
次回に続く
なにに疲れているんだろうね。
[UMA]つらいときの精神対処方、募集
http://royal2627.ldblog.jp/archives/58798573.html

ストレスが身体的症状に出てしまう、という幼少期を過ごしてから、ストレスとはなにか、ストレスに対処する方法にはどういったものがあるのかと、本を読み漁りました。いちばんはじめに読んだのは、「メンタル・タフネス」という本です。
両親の死を100という基準にすると、同僚の死も受けるストレスは70ぐらいはあったはず。大変だったでしょう。コロナ禍初期ではお葬式ができても、おそらく自分の好きな人の顔を見ることが困難でした。顔も見れずにそのまま火葬にいってしまう遺族のことを考えると、きわめて苦しいな、と思います。
さて、「素直に受け入れる」というのは、俗に言う「森田療法」ですね。医師・森田正馬が考案しました、無為自然の態度を取るんだっけ。起きた出来事・現象に対して、「享受してお付き合いをする」「不安やネガティブな気持ちを否定せずに認める」というものです。アドラーに近い気がします。
率直にいえば、それができれば人間ここまで苦労はしねえよなあ、という対処法だと個人的には思っています。受け入れるにも心のキャパシティは存在しており、過度に抱え込んでしまう事態が発生してしまう。泣いてわめくという状況は、もうほぼ氾濫に近いですから。「受け入れる」という選択は、いいんですよ。森田療法の問題点は、その後のアプローチがないんですよね。
しかし、そういえば、さいきん、ストレスに対するアプローチを考えていなかったようにも思います。コメントありがとうございます。このような直接的な助けを求めても、素通りして、他の記事を読む脳みそメロンパン、いや極めて利己的な態度ばかりでうんざりしていました。さすが日本人!思いやりをもった人間から志んでいく!情報だけとっていくオレ情強~とでも思ってるんでしょうね(※いや、じっさいはなにも考えてないですねw)、うんざりですよ。技巧に関したところしか読もうと思ってないんでしょ。それが合理的な行動だと勘違いしているバカばかり。だからまあ、自民党が勝つのも、納得というところで。そういった面でもコメントは感謝ですねえ。ブログ消そうかなあ。
まあこうやって吐き出すことは、ストレスの解消になっているような気もします。たしか、えーっとなんだっけな。どっかの本で読んだんですけど、ヨシ!もう死のう!という気持ちになって自殺しようとしたところ、ペンが目に留まった。そこで、自分の困っていることを全部書きだしたら、意外と解決可能だったことが判明して、自殺を止めたっていう導入から始まる本があったんですよ。つまり、意外と自分の心の中は整理されていないという証左ですよね。部屋と同じように、定期的なメンテナンスが鍵なのかもしれません。
友人の結婚式への出席を終えて/*ややセンシティブかも
http://royal2627.ldblog.jp/archives/58752647.html

良かったのだろうか…( ^ω^)
まあぼくはそのへんの、なにが良かったのか、幸せに感じたのかがよくわかりませんが、良かったのであれば幸いです。書いた本人もそれなりに報われるというものです。
「金銭的なことにルーズ」というのはきわめて困ります。コメント6行目にもある通り、すなわち、想像力に欠けているのでは?という推察に行き着くのも納得です。金銭的なトラブルは、表面上の返済などが問題ではなくもっと根深い。信頼のゲージやレベルがかんたんに下がってしまうことが問題です。
ぼくの場合はパチンコに二人でいって、その後で「定期代が無いから貸してくれ」と言い出すんですよ。じゃあ、パチンコ打ってる場合じゃねえじゃんと。先に言えと。かれはすこしナルシストなところがあってね。兄貴として見栄を貼りたかったんじゃないのかなと。兄貴かくあるべし、みたいに思っている人ですから。
で、こういったことが続いてしまうと、こちらから兄貴に対する信頼ゲージみたいなものは下がってしまう。起こるのは、疑ってしまうことです。返す気がないのでは?と。で、さらにストレスを溜めてしまう。やはり、思慮や思考が足りないのです。そういうルーズな人々は。教育の問題なんだろうか、きわめて無思考ですよね。あ、エセ中村豊フォロワーのことを言ってるわけではないですよ!黒コマピカッ!w白黒レイアウト集中線1枚!w安易な前景スライド!w 中村豊もこれには天国で泣いてますよ。
マア~思考が足りない人々がここまで多い(増加したのか?それとも顕になっただけなのか?)とは思いませんでした。さいきん、珍しく怒鳴った件がありましてね。

ぼく実家売ったじゃないですか(*http://royal2627.ldblog.jp/archives/58598157.htmlの<6>参照)。それで、岡山に対して、ぼくは苦しい思い出がほとんどなんですよ。壮絶でしたから。
で、そういったことを仲の良い友人には話しているわけなんですが、友人から「岡山には帰らないのか?」というラインが届くわけです。まあ、別にここで怒りはしませんよ。「家がないから、帰らないし帰れない」と端的に伝えるだけですので。ただ、悪ふざけで、夜8時ごろに「今から岡山来いよ~w」とか電話がかかってくるわけです。まあここも、冗談ですのでね、基本的には怒りませんよ。堪忍袋の緒が切れたのは、その後、まだ「いつ来るの?」って冗談のラインが送られてきたことでしょうね。しつけえんだわ。
そんで、まあクダランからやめろと言ったんですが、かれは理解できないんです。ろくにきちんと考えもしないし。「岡山に対して、きわめて苦しい感情がある」、だから帰りたくもない。だいたい、ぼくは岡山のこういった、もう面倒くさいしつこい陰湿な絡み方が嫌だから、上京したわけで。広島・岡山などの瀬戸内海側にお住みの方は、きわめてこの、”異常性のあるノリだけで生きてる人間たち”に承諾していただけると思いますが。
かれの言い訳を書きますよ。「そんなつもりはなかった」、つまり、まあ実家がないことなどを踏まえて意図的におちょくったわけではない。そりゃあ、そうでしょう。あなたは、キモチワリイ、頭のワリイ、”その場のノリ”でやっただけなんですから。なにか意図をもってやるほど頭も良くない。
「そんなつもりはなかった」っていうのは、きわめて優れたエクスキューズです。よく犯罪者が使いますよね。で、こういった側は、自分がやられると怒るんです。怒らないのであれば、まだ整合性とれてますが、まあ流石に都合が良すぎるんちゃうの?と。まあ、無理なんですよ、こういうのは。もう思考に溝ができすぎている。賢いとかそういうのじゃなくてね。けっこう真面目に、考えるスペースが脳みその中で決まっているんじゃないんすかね。
かれのような人間は自己完結するんです。自分の中では、こういった流れで、こういった部分で”ノリ”が終わって、相手のアクションは普通だから、相手にも問題ない(というより、こういうのが大半のコミュニケーションなんでしょう)、という判断なんです。友人が想像力に難がある、というのは悲しいです。きわめてね。
お二人のコメントは助かりました。まあ、やはり定期的に心の中身を取り出して整理していくこと。想像力に欠けた人物というのは困るということ。そして、そういった人間がいまの日本では、たくさんいる…ということ。
元からですが、自分と家族をさらに優先して考えて来年も生きていこうと思います。
返信その12/ぼくもです
映画館で見ると分からなかったけどパソコンのモニターで見るとはっきり分かるほど特徴ありますねこれ自分だけでしょうか?
シン・エヴァ追告Bのエフェクト作画についてhttp://royal2627.ldblog.jp/archives/57980927.html
なんかトリビアの泉を思い出すようなテイスト。
これってトリビアの種になりませんか?みたいな、そういう平成を思い出すコメントをいただきました。断っておきますが、バカにはしておりません。
そもそも映画館・シアターなどの施設のライトは、とても暗く設定されていますよね。というか、真っ暗。大きな画面だけれど、発光加減などで白く飛んでしまう(※つまり見えにくい)部分もあるとおもう。これが家だと、部屋の中のライトは自分で変更できる。暗くも明るくもできる。モニターも同じく、明度や彩度を変えることすらできる。
つまり、視聴環境+視聴デバイスの2つにより、映画館では気付かなかったけれど、家の中のモニターで見ると、「こんなに違ったのか!こんなにはっきりしていたのか!」という現象が起きるのだと思います。
あと、個人的にですが、映画館のような密閉空間は緊張しがちで、そういった面も含めて見落とすということは往々にしてありえます。
緊急七夕稲作変針その11/撮影技法、格闘編その1
七夕にはいっさい間に合いませんでした( ^ω^)
>(※13号機のこういうぼかし発光ってなんていうんでしたっけ…?)特定の色の明るさ以上に適応しているので、「ディフュージョン効果」ですかね似ていてちょっと違う効果がありまして・発光物に適応する場合、ブルーム効果・明度関係なく無差別にする場合、グロー効果と言ったりしますただ、1*もしかしたら業界や会社さんによっては言い方が違う場合もあるかもしれないです
シン・エヴァ追告Bのエフェクト作画について
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57980927.html
はえ~すっごい詳しい・・・( ^ω^)
丁寧なコメントいただきました。ありがとうございます。
1*…いい加減、業界内で統一してください、今すぐ
これ別にアニメじゃなくても思うんですよ。衣服もそうでしょ?こっちのLとあっちの店のLは違うとかやってられない。統一規格つくって、自分たちのLでブランド化するんなら分かるけどさ。なんで服も統一規格ないの?アホなん?いちいち試着するのもめんどい。
( ^ω^)ふう…
そうだそうだ、ディフュージョン効果とかありましたね。すんんんごい前にちょっとだけ触れた気がする。
このあたりはたぶん業界内でもごちゃごちゃしてそうですねえ。いい機会なので、ぼくがふだんどんな風に調べていたりするのかを記事にしてみよう。脳内を記事に出すから、ふだんとはちがってちょっとアレだけど。まったく解決してませんからね、コレ今。書いてる途中でも解決してない。
さて、まあこういうときはきちんと語義からいきましょうか
(※けっきょく、丁寧にやるしかないのだ)
#ディフュージョン(diffusion;名詞)…拡散、普及
#グロー(glow;動詞、名詞)...輝く、白熱する
#ブルーム(bloom;動詞、名詞)…(花が)咲く
はい( ^ω^)
まずざっくりと。
(※腹が立つのはこういう用語で動詞を使うのか、名詞を使うのか統一されていないことですね)
ここでわかるのは、ディフュージョンが他のもの影響を与える感じで、グロー、ブルームは自発的な感じ。いいですか、何度も言いますが、まだざっくりとです。ここで煮詰めようとするとかえって理解が悪くなる。まだ煮詰めてない。
ということで、
グループ1:ディフュージョン(他に影響するのがメインっぽい
グループ2:グロー、ブルーム(自発的に光りそう
と仮に分けます( ^ω^)
( ^ω^)馬男検索中…
( ^ω^)ハハア…
(※クソみたいなサイトしかなくて切れている図)
(※CLIP STUDIOはこれで分かりやすいとか思ってんのか?)
そうだ!こういうときはCGWORLDの用語辞典が役に立つかも!
CG系だから撮影にも強いはず

なんの成果もなかった…( ^ω^)
なんなん…それでも映像専門雑誌・サイトかお前!!!
なにが日本一や! あ ほ く さ
( ^ω^)calm down...calm down...
いやいちおうあった
#ディフューズ→拡散反射光
https://bit.ly/3rppkBP
CGWORLDの気持ちも分かる。他の効果は動詞なのに、なんでこれだけ名詞なんだよカスってことでしょ?だからディフューズ表記なんでしょうね。でもディフューズから拡散反射光へのリンクはないし、ぶっちゃけ拡散反射光の記述もわかりにくい。というか、これで分かる人はいない。
M.S.Cへいくぅ
あるじゃあん。M.S.C最強!
ディフュージョン・フィルター…画面をにじませる効果
凡例も載っていて分かりやすいが、もうちょっと厳密さが欲しい。光源、光に対する文章が欲しい。なんでこんなどこも中途半端なんだ。ぜんぜん最強じゃない。

まあでもこういうコンセプトだから、M.S.Cは。厳密さを求める場所じゃない。
( ^ω^)でも、じゃあぼくはどこにいけばいいんですか???
( ^ω^)
(※めんどうくさすぎてイライラしてクソが代と連呼している男の図)
最終手段を出すしかない
撮まや!撮ま!
( ^ω^)…ウソでしょ…撮まにもディフュージョンしかない
( ^ω^)ぶっちゃけブルームは初めて聞いたからいいけど、グロー効果も載ってないのはマジで意外。けっこうびっくり。まあこれは業界内できちんと定義してやろうっていうコンセプトだから…
( ^ω^)じゃあ!おれはどこで探せばいいんだよ(2度目)
おっなんか良いサイトが
ブルームエフェクト
https://developer.playcanvas.com/ja/user-manual/graphics/posteffects/bloom/
ふむふむ( ^ω^)
でもこれって、グローと一緒じゃない???違いはなんなんだよ
あとはブルームってゲーム畑くさい用語が。調べるとUnityがいっぱいひっかかる。
グロー効果の他のキーワード


( ^ω^)アイビス…?
( ^ω^)まさか、あの夏競馬名物、新潟千直(※1000m直線)の

(引用元:https://www.keibalab.jp/topics/40848/)
( ^ω^)アイビスサマーダッシュのことか!?
(※ちなみに今週末です
…という風に、こういう定義系を調べているときは特に、よく脳内で脇道を繰り返します。脳みそが逃げたがっているんでしょうね。
いったん整理
ディフュージョン効果
(;ディフュージョン・フィルター[略称:DF]、拡散反射光)
効果内容:画面全体をにじませるような撮影技法
画面?物体?:画面全体、まじで時々物体
(※というかディフュージョンはフィルターで使われることがたぶん多いので、基本は画面全体でしょうね)
使用目的:画面をにじませることによって、夕方や回想などの本筋とは別のシーン描写を行う
グロー効果
効果内容:被写体/セルの明るい部分に、なんどもぼかしを入れることで、光をにじませる
使用目的:いい感じにする
ブルーム効果
効果内容:わからん、グローと変わらん感じがする
使用目的:いい感じにする
後者が載ってないサイトが本当に多い。
というか、効果の内容と、使用目的を区分しているところがそもそもあんまない
あと、そもそも、にじませるってなんだ??

( ^ω^)なめてんのかテメエ
まあ、なじませる/薄く塗って均等にするって感じなんでしょうね。
次回に続く
稲作変神その12/細田守と、世界の操作と
( ^ω^)神様に返信するわけではないです。
( ^ω^)こんかいは言葉を調べる時間がないのじゃ
さいしょに。細田作品は例年ジブリとならんで作品公開前に放映されることが多く。とくに大ヒットした「サマーウォーズ」の後、それはそれは大変な期待をもって迎えられた「おおかみこどもの雨と雪」がなんと賛否を分けてしまった。そのために、初稿から8年経つ今でもコメントをもらう。
8年もだぞ8年。どういうこっちゃねん。まあ、これは残念ながら、その後の細田作品が世間が期待したほどではなかったこと、が影響しているんでしょうね。ぶっちゃけサマヲの時にはポスト宮崎駿、これから最高の作品が続いていくだろう、みたいな大きな期待に包まれていましたので。無敗の三冠馬だけど、春天にも宝塚にも出ないコントレイルかな?
1*
不満点、おおいに同意。
でも、コネとポジショントークしかない、ジャップpoop批評家たちはこれを細田の家族愛の描き方(※噴飯物ですよ)としてみなしたりして鋭くツッコミをしない。分析もしない。構造を考えたり、どのようなものなのかを想定もしない。ここに無思考きわまれり。もっと批評家たちは批判的になれ。当たり前のこと言わすなや。バチバチで戦えよ、クリエイターと評価する側は馴れ合うな。ファック。
(;´Д`)ハァハァ
ふう…失礼( ^ω^)
繰り返しになりますが、金ローで細田作品が放映されるたびに、コメントをいただくことが多いです。エヴァも同様。
「おおかみこどもの雨と雪」はやりたいこと(※世界はとても理不尽で、狼が事故にあったりするのはごくごくあたりまえのこと。そして、その流れの中で生きていくしかないのである)は分かるけれど、それに見合ったことはできなかったという印象。もう正直覚えてねえ。
いちばんは、世界を操作しすぎた感が強い。操作とはなにかというと、児相を露悪的に描きすぎたり、「田舎の頑固者のジジイが実は優しくてマジで田舎幸せハッピー!」ってやりすぎた部分がそうです。これって、そのとある共同体や組織の”良い・ポジティブな”側面(※ないしは、それが過度に誇張されたステレオタイプ;田舎の人・しわくちゃなおばあちゃんは優しい、都会の人は冷たい、ツーブロックの営業マンは怖い)だけを抜き出しているから気色悪く映ってしまうんですよ。
インスタグラムやSNSを皮肉る画像があるじゃないですか

(※スペイン出身のラファエル・アルヴァレス氏によるもの)
構造としては、これと同じですよね
投稿だけを見ると、このひとはとてもハッピーそうだけれど、隠された苦しみがある。そういうのをすべて排して、幸せの切り抜きを投稿しているよねっていうのがこの風刺画です。もちろん、人生上ではかならず苦しみも嫌なこともある。
そんで、「どちらかの側面だけを全力で抜き出し・誇張して演出すると、めちゃくちゃ気色の悪い映像になるんだね!」ってことが分かったのが、おおかみこどもの雨と雪の一つです。だから、これは演出ミスなんですよ。内容もそうだけれど、演出の割合が大きいとおもう。
世界を操作しすぎると、中立的にこのフィクションの世界が回っているとは思えない。この世界になにか、世界の外から力が働いているように思う。それが作劇では面白くなくなってしまう部分です。
つまるところ、これは、ご都合主義です。
細田の好きな世界で人形劇が行われているにすぎず、ぼくらを渡った普遍的な世界で描かれていない。
「ご都合主義だよね~」と感じる大半は”世界の無理やりな操作”です。
これはこの前の「エンジェルビーツ」でも同じく。露悪的にやればやるほど、描きたい状況・対象はフラットではなくなります。露悪的に描くことのデメリットは、その対象となる出来事など、たとえば児相、たとえば試験に向かう前の悲惨な列車事故、それらに「必ずこの感情を抱かせる」という強迫観念じみた演出になってしまうこと。いったいだれが、それでフィクションに没入することができるんだ?
理不尽の見せ方というのは、道端で人が死ぬのが画面端に映っても、主人公たちはべつだん気にしない。画面もわざわざそれをピックアップしない。とうぜんのことなのだから。それがとうぜん救いではなく苦しみではあるけれど、もはや慣れてしまった。そういうのが理不尽な世界の作り方なんですよ。わざと痛いところを見せない。
けれど、想像はさせる。エヴァのケーブル焼くところの叫び声とか、ですね。つまるところ、これは演出が上手くいっていないということではないですか?
ぼくらは新宿のヨドバシとかに行く時に架線下高架下のホームレスを目の端に入れますけど、過度にピントをあわせたり、それにフォーカスをあわせたりしないでしょ?だから、あれは仕方のないことだ、と自分たちがそう了承しているわけですよね。そういうのが理不尽の基礎です。
細田守は、この「おおかみこどもの雨と雪」という作品で、「世界の流れには人間は逆らえない」、みたいなことを描きたかったらしい。けれど、それは演出的に失敗してしまった。それだけのことです。
( ^ω^)こんかいは言葉を調べる時間がないのじゃ
さいしょに。細田作品は例年ジブリとならんで作品公開前に放映されることが多く。とくに大ヒットした「サマーウォーズ」の後、それはそれは大変な期待をもって迎えられた「おおかみこどもの雨と雪」がなんと賛否を分けてしまった。そのために、初稿から8年経つ今でもコメントをもらう。
8年もだぞ8年。どういうこっちゃねん。まあ、これは残念ながら、その後の細田作品が世間が期待したほどではなかったこと、が影響しているんでしょうね。ぶっちゃけサマヲの時にはポスト宮崎駿、これから最高の作品が続いていくだろう、みたいな大きな期待に包まれていましたので。無敗の三冠馬だけど、春天にも宝塚にも出ないコントレイルかな?
はじめまして。さきほどまで金曜ロードショーを見ておりました。一言でいえば、つまらないという感想です。もぞなぎぃさんのコメントにもあるように、1*児童相談所の訪問を悪として描かれていることに強烈な違和感を覚えました。あの場面では、虐待や育児放棄が疑われてもおかしくない状況だと感じましたが、児童相談所の職員が無表情で、母親を追い詰める存在として描かれているのが不快でした。また、転校生も雪にしつこく迫り、勝手に怪我をした割には、その点についての言及はなく「おおかみがやった」という中途半端な言い訳をしている点も不満でした。
「おおかみこどもの雨と雪」が面白くない理由
http://royal2627.ldblog.jp/archives/35843350.html
1*
不満点、おおいに同意。
でも、コネとポジショントークしかない、ジャップpoop批評家たちはこれを細田の家族愛の描き方(※噴飯物ですよ)としてみなしたりして鋭くツッコミをしない。分析もしない。構造を考えたり、どのようなものなのかを想定もしない。ここに無思考きわまれり。もっと批評家たちは批判的になれ。当たり前のこと言わすなや。バチバチで戦えよ、クリエイターと評価する側は馴れ合うな。ファック。
(;´Д`)ハァハァ
ふう…失礼( ^ω^)
繰り返しになりますが、金ローで細田作品が放映されるたびに、コメントをいただくことが多いです。エヴァも同様。
「おおかみこどもの雨と雪」はやりたいこと(※世界はとても理不尽で、狼が事故にあったりするのはごくごくあたりまえのこと。そして、その流れの中で生きていくしかないのである)は分かるけれど、それに見合ったことはできなかったという印象。もう正直覚えてねえ。
いちばんは、世界を操作しすぎた感が強い。操作とはなにかというと、児相を露悪的に描きすぎたり、「田舎の頑固者のジジイが実は優しくてマジで田舎幸せハッピー!」ってやりすぎた部分がそうです。これって、そのとある共同体や組織の”良い・ポジティブな”側面(※ないしは、それが過度に誇張されたステレオタイプ;田舎の人・しわくちゃなおばあちゃんは優しい、都会の人は冷たい、ツーブロックの営業マンは怖い)だけを抜き出しているから気色悪く映ってしまうんですよ。
インスタグラムやSNSを皮肉る画像があるじゃないですか

(※スペイン出身のラファエル・アルヴァレス氏によるもの)
構造としては、これと同じですよね
投稿だけを見ると、このひとはとてもハッピーそうだけれど、隠された苦しみがある。そういうのをすべて排して、幸せの切り抜きを投稿しているよねっていうのがこの風刺画です。もちろん、人生上ではかならず苦しみも嫌なこともある。
そんで、「どちらかの側面だけを全力で抜き出し・誇張して演出すると、めちゃくちゃ気色の悪い映像になるんだね!」ってことが分かったのが、おおかみこどもの雨と雪の一つです。だから、これは演出ミスなんですよ。内容もそうだけれど、演出の割合が大きいとおもう。
世界を操作しすぎると、中立的にこのフィクションの世界が回っているとは思えない。この世界になにか、世界の外から力が働いているように思う。それが作劇では面白くなくなってしまう部分です。
つまるところ、これは、ご都合主義です。
細田の好きな世界で人形劇が行われているにすぎず、ぼくらを渡った普遍的な世界で描かれていない。
「ご都合主義だよね~」と感じる大半は”世界の無理やりな操作”です。
これはこの前の「エンジェルビーツ」でも同じく。露悪的にやればやるほど、描きたい状況・対象はフラットではなくなります。露悪的に描くことのデメリットは、その対象となる出来事など、たとえば児相、たとえば試験に向かう前の悲惨な列車事故、それらに「必ずこの感情を抱かせる」という強迫観念じみた演出になってしまうこと。いったいだれが、それでフィクションに没入することができるんだ?
理不尽の見せ方というのは、道端で人が死ぬのが画面端に映っても、主人公たちはべつだん気にしない。画面もわざわざそれをピックアップしない。とうぜんのことなのだから。それがとうぜん救いではなく苦しみではあるけれど、もはや慣れてしまった。そういうのが理不尽な世界の作り方なんですよ。わざと痛いところを見せない。
けれど、想像はさせる。エヴァのケーブル焼くところの叫び声とか、ですね。つまるところ、これは演出が上手くいっていないということではないですか?
ぼくらは新宿のヨドバシとかに行く時に
細田守は、この「おおかみこどもの雨と雪」という作品で、「世界の流れには人間は逆らえない」、みたいなことを描きたかったらしい。けれど、それは演出的に失敗してしまった。それだけのことです。
稲作変身その11/マーキングで威嚇するネコの話
*変身(へんーしん)
他のものに姿を変えること。別の姿・ようすになること。
このSNS上のぼくも現実から変身している姿…( ^ω^)
いや、ちがうか。あくまでも仮の姿、アバターですね。アバターはサンスクリット語のアヴァターラ、「化身」から来ているらしい。神や仏の「化身(※人を救うために人となって姿を現した仏)」らしい。権化とも呼ぶ。仏教用語だったのか…おまえ
アニメにおける、変身といえば、なんだろうね、なんかアニメーションや漫画ではずっとテーマじゃない?なりたい自分への変身が多いような気がする、転スラとか。
さて
はい、こんにちは
まずひとつめに、ベクトルはどちらであれ物書きはリアクションをもらえると嬉しいものです。反応がないというのは読者の感情が分からないですから。ですので、そのよほど書き手が偏屈でもない限り、よほど変なコメントを書き込まない限り、書き手は喜びますよ(ちなみに、ぼくも書き手からの反応が怖くてコメントが書けないブログは何個かありますwそういうものです人間)。そういう意味ではご立派です。
1*について
怒る人は山ほどいます。怒るというか、もっと正確に言うと、自分のこだわりや主張を、大した根拠もなく押し付ける人ですね。分析や批判はできないくせに、批判の批判・誹謗みたいなのが得意ジャンルな人たちだらけですよ。自分らもうまく言葉にできない、そういう時期があったはずなのに。そういうのを無視してしまう。映像の感動に対して、言語化できないもどかしさは理解できるはずなんです。まあ他人に対する慮りが極端に欠如している、ということではないですかね。単純に思考力が足りない。
もう本当に嫌気がさしていましたねえ、この頃は。5、6年、ずーっとこれしか言ってないんですよ僕は。作画界隈の過疎化は止まらない。人口が減ると、発掘できたかもしれないアニメーターの功績が発掘できなくなってしまう可能性がある。だから敷居を低くして、参入コストを低くして、「ぬるぬる」と言っている人たちを寛容して人口増加を促さないといけない。5、6年これしか言ってない。明確で合理的だと思うんだけど、まあそこまで現実は甘くないですね。
であるにも関わらず、かれら(作画オタク)はツイッター上やSNSですげえ暴走プリウスするじゃないですか。めっちゃ陰湿にキレる。集団で、該当の作画に対する意志を統一したがる。鉄オタと同じですよ。「うわ…近寄らんとこ…」みたいなになるじゃないすか。
どういう陰湿プリウス鉄オタうんこまんかというと
「宝石の国」08話/CGとプリヴィズ(松本憲生作画)の比較と分析
http://royal2627.ldblog.jp/archives/52552846.html


こういう日本語が読めないのに、自分が賢いと思っているひとたちから
「神様になった日」7話の野中作画の異質さ
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57426186.html

こういう「自分はこういう風に思っているんだけどなチラッ」と匂わせてメンドクセー絡み方してくる人までおられる
流石にもう釘刺しておこうかなと、良い機会なので。自分の主張があって思うことがあるんなら、直接ブログに書き込みに来いよ。Twitterでリプライでも送ってこいよ。あん?安全圏でシャドーボクシングしてんじゃねえよ。しょうもないんじゃが。きみらに告げるが、それが嫌なら、もうおれのブログは来ないで欲しいし見ないでください。きみたちみたいな人たちに見られるのは、とても不愉快で、きわめて意義がない。きみらになにか知識を与えるのも癪だしね。他のちゃんとした人に見てもらいたい。
※たいていの読者には関係がない。すまんな
閑話休題。
まあ、そういうコミュニティと認識されると終わりなので、「そういうのもうやめよーべ」みたいな。作画オタクの1人から変な絡み方をされていたし、まあ「オタクきっしょ、さっさと4ね」って感じでしたね確か。ここ(GOMISTATION本館)は楽しい読み物だけ出すと当時は思っていたので、よほどのことがない限り、こういう記事は出していなかったはず。
まあでも、現代の日本社会は不誠実な減点法なので、作画界隈に限らず、自分からなにかを発言しにくいとは思います。否定されまくると、「また否定されるんかなあ…」と考えて発言しなくなるんですよ。当たり前。草野球してて良いプレイしても、常に否定されましたからw 今でも思い出せますよ。吐き気がしますね、バカがいろんな権力を握っていると。
経験しているから分かる。ただでさえ、自分からの意見を出せない国民性なのに否定は愚かとしかいいようがない。その辺を理解しているので、他人の意見はあまり否定していないつもり。よくわかんねえものがきても、即断はせずに思考はする。分からなかったら、分からないとは告げる。自分の解釈とか、曲げちゃいけない部分はうーん時と場合による!
2*ケツイについて
ご立派ですねえ。競馬でもそうです。来ないだろう馬を上げるのはかんたんなんですよ、18頭中3頭しか馬券に絡まないんだから、確率的に。来る馬を上げるべきです。そこを考えるべきです。じぶんはあくまで後押しなので、やはり勇気をもってコメントされたのはご自身の判断でそれがご立派だと思います。良かったです。
自分もなんというか色々試行錯誤期なので、良かったです。いい作品にも出会えたし、コメント返信を記事化して何になるかは分からなかったけれど、こういう一期一会がブログだなあと再確認できたのが良かったです、すごく嬉しい。久々にね。
他のものに姿を変えること。別の姿・ようすになること。
このSNS上のぼくも現実から変身している姿…( ^ω^)
いや、ちがうか。あくまでも仮の姿、アバターですね。アバターはサンスクリット語のアヴァターラ、「化身」から来ているらしい。神や仏の「化身(※人を救うために人となって姿を現した仏)」らしい。権化とも呼ぶ。仏教用語だったのか…おまえ
アニメにおける、変身といえば、なんだろうね、なんかアニメーションや漫画ではずっとテーマじゃない?なりたい自分への変身が多いような気がする、転スラとか。
さて
はい、こんにちは
イアキさん再び、こんばんは。おすすめ作品を見ていただいただけでなく、コメントを取り上げてくださり、さらには過分なお褒めの言葉をいただいてありがとうございます。大変恐縮しております。自分でも、勝手に興奮して人様のブログに書き込むなんて、迷惑ではないかと思ったのですが、作品の凄さに背中を押されました。あともう一つ大きな後押しがありまして、それはイアキさんが昨年の大晦日に書かれた記事です。自分はこれまでネット上で作画の話をしようとするときに、的確に分析、言語化し表現しないといけないと強く思い込んでいました。(1*変なことを書くと怒られそうで怖かった。)それがイアキさんが書かれた「みんなアニメ好きなんでしょ?じゃあ、同じ同じ、作画が楽しかったらオッケーオッケー、みんな仲間。よく分からなくても、ノリでいっしょに楽しもうぜ。ついでに少し覚えたらもっと楽しくなるかもってだけ。作画みたいなもんは。来年は、もっと楽しくやろう。そういうノリで。」という言葉を読んで、臆病だった自分を恥じました。これからは分析的出来て無くても、的外れかも知れなくても、2*臆さず言葉にしてみよう決意しました。それが先日のコメントに至ったという次第です。大変長々と失礼いたしました。また心揺さぶる作品に出合った折には、書かせていただきたいと思います。さようなら。
稲作偏芯10/Dとエウレカと
http://royal2627.ldblog.jp/archives/58177953.html
まずひとつめに、ベクトルはどちらであれ物書きはリアクションをもらえると嬉しいものです。反応がないというのは読者の感情が分からないですから。ですので、そのよほど書き手が偏屈でもない限り、よほど変なコメントを書き込まない限り、書き手は喜びますよ(ちなみに、ぼくも書き手からの反応が怖くてコメントが書けないブログは何個かありますwそういうものです人間)。そういう意味ではご立派です。
1*について
怒る人は山ほどいます。怒るというか、もっと正確に言うと、自分のこだわりや主張を、大した根拠もなく押し付ける人ですね。分析や批判はできないくせに、批判の批判・誹謗みたいなのが得意ジャンルな人たちだらけですよ。自分らもうまく言葉にできない、そういう時期があったはずなのに。そういうのを無視してしまう。映像の感動に対して、言語化できないもどかしさは理解できるはずなんです。まあ他人に対する慮りが極端に欠如している、ということではないですかね。単純に思考力が足りない。
大晦日の記事っていうのはこちらですね。
今年も一年ありがとうございました
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57550280.html
もう本当に嫌気がさしていましたねえ、この頃は。5、6年、ずーっとこれしか言ってないんですよ僕は。作画界隈の過疎化は止まらない。人口が減ると、発掘できたかもしれないアニメーターの功績が発掘できなくなってしまう可能性がある。だから敷居を低くして、参入コストを低くして、「ぬるぬる」と言っている人たちを寛容して人口増加を促さないといけない。5、6年これしか言ってない。明確で合理的だと思うんだけど、まあそこまで現実は甘くないですね。
であるにも関わらず、かれら(作画オタク)はツイッター上やSNSですげえ暴走プリウスするじゃないですか。めっちゃ陰湿にキレる。集団で、該当の作画に対する意志を統一したがる。鉄オタと同じですよ。「うわ…近寄らんとこ…」みたいなになるじゃないすか。
どういう陰湿プリウス鉄オタうんこまんかというと
「宝石の国」08話/CGとプリヴィズ(松本憲生作画)の比較と分析
http://royal2627.ldblog.jp/archives/52552846.html


こういう日本語が読めないのに、自分が賢いと思っているひとたちから
「神様になった日」7話の野中作画の異質さ
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57426186.html

こういう「自分はこういう風に思っているんだけどなチラッ」と匂わせてメンドクセー絡み方してくる人までおられる
流石にもう釘刺しておこうかなと、良い機会なので。自分の主張があって思うことがあるんなら、直接ブログに書き込みに来いよ。Twitterでリプライでも送ってこいよ。あん?安全圏でシャドーボクシングしてんじゃねえよ。しょうもないんじゃが。きみらに告げるが、それが嫌なら、もうおれのブログは来ないで欲しいし見ないでください。きみたちみたいな人たちに見られるのは、とても不愉快で、きわめて意義がない。きみらになにか知識を与えるのも癪だしね。他のちゃんとした人に見てもらいたい。
※たいていの読者には関係がない。すまんな
閑話休題。
まあ、そういうコミュニティと認識されると終わりなので、「そういうのもうやめよーべ」みたいな。作画オタクの1人から変な絡み方をされていたし、まあ「オタクきっしょ、さっさと4ね」って感じでしたね確か。ここ(GOMISTATION本館)は楽しい読み物だけ出すと当時は思っていたので、よほどのことがない限り、こういう記事は出していなかったはず。
まあでも、現代の日本社会は不誠実な減点法なので、作画界隈に限らず、自分からなにかを発言しにくいとは思います。否定されまくると、「また否定されるんかなあ…」と考えて発言しなくなるんですよ。当たり前。草野球してて良いプレイしても、常に否定されましたからw 今でも思い出せますよ。吐き気がしますね、バカがいろんな権力を握っていると。
経験しているから分かる。ただでさえ、自分からの意見を出せない国民性なのに否定は愚かとしかいいようがない。その辺を理解しているので、他人の意見はあまり否定していないつもり。よくわかんねえものがきても、即断はせずに思考はする。分からなかったら、分からないとは告げる。自分の解釈とか、曲げちゃいけない部分はうーん時と場合による!
2*ケツイについて
ご立派ですねえ。競馬でもそうです。来ないだろう馬を上げるのはかんたんなんですよ、18頭中3頭しか馬券に絡まないんだから、確率的に。来る馬を上げるべきです。そこを考えるべきです。じぶんはあくまで後押しなので、やはり勇気をもってコメントされたのはご自身の判断でそれがご立派だと思います。良かったです。
自分もなんというか色々試行錯誤期なので、良かったです。いい作品にも出会えたし、コメント返信を記事化して何になるかは分からなかったけれど、こういう一期一会がブログだなあと再確認できたのが良かったです、すごく嬉しい。久々にね。
あ、副題はまさに繊細ヤクザ、オタクのことです。
こめへん03/0401版
メタ的に見る、オタク批判的な「ヱヴァ新劇場版」
http://royal2627.ldblog.jp/archives/39099606.html
これマジぃ?( ^ω^)
オタクとかバンバン見下してるけど、ガンダムすら知らねえクソニワカだけど。まあこれは「オタク」っていう言葉が広くなりすぎた、広義化してしまったものだと思います。どこからどこまでがオタクかっていう明確な定義なんていうのはないでしょう、ぱっと答えられる人はいない。
で、自分で見直すと、前半はいい感じですね。後半はもうダメ。うんこちんこ。世に出してはダメ。
こういうのは「代入型陶酔式(※以下、陶酔式)」って呼称してましてね、昨今のシン・エヴァ感想でも多々見られた。

好きなキャラクターとスタッフを入れるどん!

ほらこうなるじゃろ?( ^ω^)
これってね、連想ゲームでしかないんですよ。オタクは論理よりも連想を好むので。あくまでも、そう見える、それっぽい、というだけで、別のキャラクターとスタッフを入れることが可能な時点でガバガバでしょう。例のアレ動画のアナグラムかよ。
こういうのが市民権を得たのは、おそらく「ゼロ年代批評」でしょうね。この陶酔式のたちが悪いところは、それっぽい論や語りを展開できてしまうことです。お手軽なんですよ。問題点としては、映像からスタートしていないところ。
何度も言ってきましたけど、映像の批評は、映像画面から、完成画面からスタートしないといけないんです。なんていっても、この媒体、メディアは画面というものがありますから。小説や漫画とは異なるアプローチをしないといけない。
それが、こういう簡単な代入式、ちがった陶酔式の登場によって、「なんとなく分かったフリをする」人間がシン・エヴァではたくさん可視化された。よく分からないけれど、分かった感じになる。映像批評と大げさなことを言いましたけど、映像批評・批判っていうのはオマケみたいなもんで、いちばん大事なのは、映画をトコトン理解する努力なんですよ。
大事なのは、理解しようとすること。批評しようとしてはいけない。これはさいきん気が付きました。たとえば、シン・エヴァでは第3村の存在をどのように捉えるのか、という解釈が大事だったり、なんのために黒波が田植えしたりしたのか、そういうのを一つずつ丁寧に、丁寧に拾い上げていくことが大切なんです。なんでこのアングルを選んだんだろう、とかね。でも、面倒でしょう。だから、短絡的な方法を選ぶんですよ。
こんな公式に当てはめて分かった気になってる人たちは、映像が好きなんじゃないんですよ。庵野秀明と、その周辺のゴタゴタが好きなだけ。スタッフの人間関係や、系統をなんとなく当てはめているだけ。楽屋知識を元に、玄人っぽく、サブカル人間ぽくなりたいだけ。要するに、ゴシップ気質なんですよ、それ以上でもそれ以下でもない。週刊新潮とか呼んでるゲスと変わんないです本質は。
コメント返信その2/特にWEBテキストについて
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57865249.html
人間、一生で期待されることはほとんどありません。それが自分にとっては大したことではないと思っても、このブログを読んでくれている人がいる。それなりに評価されている。単純に書くのが、また好きになるかもしれない。それだけで、自分にとっては簡単に投げ捨てられるものじゃないですよ。だけど、マネタイズできるほどではない。だから、趣味で続けたいけど、いまは身を削れない。
個人サイトはうずらインフォさんの引退もありましたけど、そんなにぽいっとやめられるようなものじゃないんですよ。言うは易し、行うは難し。
読者のみなさんが、なにかこだわりがあって、他人から見たときにゴミであっても、自分にとっては重要で欠けてはならない、そういった存在のものってあると思うんですよ。みんなにはないの??
自分の親父の件で面倒になるのは当然だと思いますよ。まあ、それぞれの家庭環境をぼくは肯定するので、「必ず子供は親を愛さなければいけない」とか言いませんけど。
東日本大震災の被災者の目の前で同じセリフを言って欲しいですね。
「なんかグダグダ言ってっけど、福島の地元?スパッと捨てればいいじゃん」って
言えないっしょ?
自分は合理的に生きている、って誇示される方はたくさんいらっしゃるんですけど、感情によって矛盾する部分を黙殺してるんですよ。ワタミじゃねえんだからさ。「できないっていうのは嘘つきの言葉なんです」みたいな社会はいやですよ、おれは。
だから、どんな人間にも完全な合理性なんて存在しないんですよ。感情があって、それをなんとか理性で解決しようとするから面倒になるんじゃないですか。面倒くさいことを、面倒くせえなあって言いながら考えまくるから人間なんですよ。
いまはね、こういうクッソ面倒くさそうなことをグダグダとやって書いて、いろいろやっているだけ。行き止まりなので、やってこなかった事をいろいろやって、試してるんです。まあ、そんなもんなのよ。コメント返信で読者さんと会話してみようとか笑
http://royal2627.ldblog.jp/archives/39099606.html
このブログは素晴らしい…オタク的な作画やエフェクトやレイアウトを語るだけでなくテーマ的にも分析できている…しかもこの2つ共にかなり精度が高い…シンエヴァを見ると2014年に書かれたこの記事の見方が正しかったことがわかるし他の記事を読むとオタクを見下したような人ではなく、むしろ筋金入りのオタクであることがわかる
これマジぃ?( ^ω^)
オタクとかバンバン見下してるけど、ガンダムすら知らねえクソニワカだけど。まあこれは「オタク」っていう言葉が広くなりすぎた、広義化してしまったものだと思います。どこからどこまでがオタクかっていう明確な定義なんていうのはないでしょう、ぱっと答えられる人はいない。
で、自分で見直すと、前半はいい感じですね。後半はもうダメ。うんこちんこ。世に出してはダメ。
こういうのは「代入型陶酔式(※以下、陶酔式)」って呼称してましてね、昨今のシン・エヴァ感想でも多々見られた。

好きなキャラクターとスタッフを入れるどん!

ほらこうなるじゃろ?( ^ω^)
これってね、連想ゲームでしかないんですよ。オタクは論理よりも連想を好むので。あくまでも、そう見える、それっぽい、というだけで、別のキャラクターとスタッフを入れることが可能な時点でガバガバでしょう。例のアレ動画のアナグラムかよ。
こういうのが市民権を得たのは、おそらく「ゼロ年代批評」でしょうね。この陶酔式のたちが悪いところは、それっぽい論や語りを展開できてしまうことです。お手軽なんですよ。問題点としては、映像からスタートしていないところ。
何度も言ってきましたけど、映像の批評は、映像画面から、完成画面からスタートしないといけないんです。なんていっても、この媒体、メディアは画面というものがありますから。小説や漫画とは異なるアプローチをしないといけない。
それが、こういう簡単な代入式、ちがった陶酔式の登場によって、「なんとなく分かったフリをする」人間がシン・エヴァではたくさん可視化された。よく分からないけれど、分かった感じになる。映像批評と大げさなことを言いましたけど、映像批評・批判っていうのはオマケみたいなもんで、いちばん大事なのは、映画をトコトン理解する努力なんですよ。
大事なのは、理解しようとすること。批評しようとしてはいけない。これはさいきん気が付きました。たとえば、シン・エヴァでは第3村の存在をどのように捉えるのか、という解釈が大事だったり、なんのために黒波が田植えしたりしたのか、そういうのを一つずつ丁寧に、丁寧に拾い上げていくことが大切なんです。なんでこのアングルを選んだんだろう、とかね。でも、面倒でしょう。だから、短絡的な方法を選ぶんですよ。
こんな公式に当てはめて分かった気になってる人たちは、映像が好きなんじゃないんですよ。庵野秀明と、その周辺のゴタゴタが好きなだけ。スタッフの人間関係や、系統をなんとなく当てはめているだけ。楽屋知識を元に、玄人っぽく、サブカル人間ぽくなりたいだけ。要するに、ゴシップ気質なんですよ、それ以上でもそれ以下でもない。週刊新潮とか呼んでるゲスと変わんないです本質は。
コメント返信その2/特にWEBテキストについて
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57865249.html
やめたいならペイっと投げ捨てればいいのに、お父さんがー、バカどもがーって随分面倒くさいなって思っただけです気に障ったのならごめんなさい2021-04-01 08:09:50 D虫
人間、一生で期待されることはほとんどありません。それが自分にとっては大したことではないと思っても、このブログを読んでくれている人がいる。それなりに評価されている。単純に書くのが、また好きになるかもしれない。それだけで、自分にとっては簡単に投げ捨てられるものじゃないですよ。だけど、マネタイズできるほどではない。だから、趣味で続けたいけど、いまは身を削れない。
個人サイトはうずらインフォさんの引退もありましたけど、そんなにぽいっとやめられるようなものじゃないんですよ。言うは易し、行うは難し。
読者のみなさんが、なにかこだわりがあって、他人から見たときにゴミであっても、自分にとっては重要で欠けてはならない、そういった存在のものってあると思うんですよ。みんなにはないの??
自分の親父の件で面倒になるのは当然だと思いますよ。まあ、それぞれの家庭環境をぼくは肯定するので、「必ず子供は親を愛さなければいけない」とか言いませんけど。
東日本大震災の被災者の目の前で同じセリフを言って欲しいですね。
「なんかグダグダ言ってっけど、福島の地元?スパッと捨てればいいじゃん」って
言えないっしょ?
自分は合理的に生きている、って誇示される方はたくさんいらっしゃるんですけど、感情によって矛盾する部分を黙殺してるんですよ。ワタミじゃねえんだからさ。「できないっていうのは嘘つきの言葉なんです」みたいな社会はいやですよ、おれは。
だから、どんな人間にも完全な合理性なんて存在しないんですよ。感情があって、それをなんとか理性で解決しようとするから面倒になるんじゃないですか。面倒くさいことを、面倒くせえなあって言いながら考えまくるから人間なんですよ。
いまはね、こういうクッソ面倒くさそうなことをグダグダとやって書いて、いろいろやっているだけ。行き止まりなので、やってこなかった事をいろいろやって、試してるんです。まあ、そんなもんなのよ。コメント返信で読者さんと会話してみようとか笑
コメント返信その2/特にWEBテキストについて
はい、まずはコメント返信の前にみなさんに説明をします。よく読むように
少し長い(4000文字だって、面倒ダナ)ので休憩しながら、一呼吸ついて、読んでくださいネ
<1、テキストの受け手>
WEBにはテキスト、ブログから各社新聞WEB、動画共有サイト、Twitter、果てはゲーム内チャットなど、さまざまなところに、さまざまなテキストがありますよね。それぞれのサイトによって、テキストの長さや異なる読み方が存在します。
特にこのブログや、個人サイトの300文字以上~500文字以下について、(自分も含めて)多くの読み手はしばしば失敗をします。それは、ななめ読みしただけで、この文章を完全に理解した、と勘違いすることです。たった、これだけの文章なのだから、とななめ読みしてしまう。こういった背景の元で、議論のたたき台となる文章の「誤読・誤った解釈」が起こり、余計な手間が発生する。
実はWEBテキストを読む際に、些細なところまで人は読みません。自分に重要であるか分からない情報にいちいち時間をかけていては、日が暮れるからです。ですから、この失敗じたいは、ごくごく当然と言えます。たとえば、Twitterのななめ読みにより、「ウマ娘3期が制作決定!(1*)」という話題から、「3期作られるのか!」という勘違いをしてしまう。さいきん、戸田恵梨香って結婚したけど、あれって松坂大輔とだっけ?みたいなミスです(2*)。これくらいの、まあ言ってしまえば、そこまで大事ではないことでは、問題はありません。
(1*)いまのところ、そういう決定情報は公式から出ていません
(2*)松坂大輔は埼玉西武ライオンズに所属する投手。戸田恵梨香の婚約者は、俳優の松坂桃李さんです
問題は、重要な事柄、たとえば政治的な発信・情報であったり、とあるアニメの解釈について、「完全に読み取った」という誤解をしてしまい、そこに誤った言及をしてしまうことです。要するに、誤った言及・反応をしてしまうことで、誤った情報が真実・事実のようになってしまい、結果的に公式やご本人が訂正されるケースを指します。余計な手間がかかっていますからね。
<2、テキストの書き手と「省略」>
それで、ここからが本題です。ここまでは、WEBテキストの受け取られ方、について説明してきました。みんなが思っているよりも、もっと僕らは情報を軽く、さっと眺めているし、誤読をたくさんする。誤った言及もしてしまうのは仕方がないけれど、影響が大きい話題については再読・再考してから、言及しようねという話。
さて、それでは発信側はどうなのか。発信側たる、書き手はあるていど書いていくと、「自分の主張を正確に伝えること」に重きを置くようになります。自分の主張の精度を高めたくなります。自分の言いたいことを分かって欲しいからですね。
そうしていくと、文章において、「省略するもの」と「絶対に省略しないもの」の2つが出てきます
「絶対に省略しないもの」には、主語(S)と目的語(O)があります。たとえば、とある意見があったとしましょう。それが、「書き手のぼくのもの」なのか、それとも「また別のだれか」なのかには大きな違いがあります。なるべく誤読を防ぐために、必ず主語(S)をつけるわけです。目的語(O)も同様に、対象者が「あなたたち」なのか、それとも「また別のだれか」をハッキリと明確にするわけです。
では、「省略するもの」とはなんでしょうか。文章は文字数が増えれば増えるほど、誤読の可能性が単純に大きくなります。ですので、なるべく文字数を減らしたい…そういったときには、副詞・修飾語(M)といった、「それが文になくても成立するもの」を無くします。
実例
1、この映画は、面白い
2、この映画は、めちゃくちゃに面白い
3、この映画は、─四半世紀に渡って語り継がれるであろう─そういう予感がするくらいには、面白い
下線部がMに当たる部分です。1文であれば、さほど、誤読は発生しません。下に行くにつれて、度合いが大きくなっている。巷では、文字数が多ければ多いほど、文章としては高尚になっていますが、文字数をかさ増しするのは、実際のところこれぐらい簡単です。
ではこれが複文になった場合はどうでしょう。
1”、この映画は面白いけれど、映像はイマイチだったとぼくは思う
2”、この映画はめちゃくちゃに面白いけれど、映像は前作のスペクタル感に欠けてしまい、そこまで良くなかったとぼくは思う
3”、この映画は、─四半世紀に渡って語り継がれるであろう─そういう予感がするくらい、には面白いけれど、映像に関しては、まさしくその作品の素晴らしさとは反比例するかのごとく、落ち度が目立ったものとなったとぼくは思う
どれも基本的な主張は、「映画は作品としては面白かった、でも映像はビミョー」というものですよね。下にいくにつれ、修飾語や明喩が増え、わかりにくくなります。こういう文章に、よくある「誤読」は以下のような感じですね。
ちなみに、これを避けるためには、書き手は基本的に複文を避けます。
つまり、2文に分けます。
それで、やっとこさ本題のコメント返信にいけるのです
コメント返信その1/0327決定版
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57817850.html
まずは、コメントどうも!
好き好んで~に対して;ぼくは「お知らせ/*」の記事において、そもそも「親父が死んだダメージが予想以上に大きかったみたいで限界だから、今はおやすみするよ」と宣言をしているわけです。で、上の記事においても、以下のように、好き好んでやれる余裕はなくなったと明らかに主張をしている。
Twitter医師団(笑)は確実に、インフルエンサーとしての責任を取るべきです。あなたがたは一般の方とは異なり、専門的な知識を有している、とみなされるのだから、スンナ派のような被害者を増やしたことについてケジメをつけるべき。逃亡すな。EARLとか、あの手のは犯罪ですよ。
お知らせ/*あまりいい読み物ではない
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57780350.html
少し長い(4000文字だって、面倒ダナ)ので休憩しながら、一呼吸ついて、読んでくださいネ
<1、テキストの受け手>
WEBにはテキスト、ブログから各社新聞WEB、動画共有サイト、Twitter、果てはゲーム内チャットなど、さまざまなところに、さまざまなテキストがありますよね。それぞれのサイトによって、テキストの長さや異なる読み方が存在します。
特にこのブログや、個人サイトの300文字以上~500文字以下について、(自分も含めて)多くの読み手はしばしば失敗をします。それは、ななめ読みしただけで、この文章を完全に理解した、と勘違いすることです。たった、これだけの文章なのだから、とななめ読みしてしまう。こういった背景の元で、議論のたたき台となる文章の「誤読・誤った解釈」が起こり、余計な手間が発生する。
実はWEBテキストを読む際に、些細なところまで人は読みません。自分に重要であるか分からない情報にいちいち時間をかけていては、日が暮れるからです。ですから、この失敗じたいは、ごくごく当然と言えます。たとえば、Twitterのななめ読みにより、「ウマ娘3期が制作決定!(1*)」という話題から、「3期作られるのか!」という勘違いをしてしまう。さいきん、戸田恵梨香って結婚したけど、あれって松坂大輔とだっけ?みたいなミスです(2*)。これくらいの、まあ言ってしまえば、そこまで大事ではないことでは、問題はありません。
(1*)いまのところ、そういう決定情報は公式から出ていません
(2*)松坂大輔は埼玉西武ライオンズに所属する投手。戸田恵梨香の婚約者は、俳優の松坂桃李さんです
問題は、重要な事柄、たとえば政治的な発信・情報であったり、とあるアニメの解釈について、「完全に読み取った」という誤解をしてしまい、そこに誤った言及をしてしまうことです。要するに、誤った言及・反応をしてしまうことで、誤った情報が真実・事実のようになってしまい、結果的に公式やご本人が訂正されるケースを指します。余計な手間がかかっていますからね。
<2、テキストの書き手と「省略」>
それで、ここからが本題です。ここまでは、WEBテキストの受け取られ方、について説明してきました。みんなが思っているよりも、もっと僕らは情報を軽く、さっと眺めているし、誤読をたくさんする。誤った言及もしてしまうのは仕方がないけれど、影響が大きい話題については再読・再考してから、言及しようねという話。
さて、それでは発信側はどうなのか。発信側たる、書き手はあるていど書いていくと、「自分の主張を正確に伝えること」に重きを置くようになります。自分の主張の精度を高めたくなります。自分の言いたいことを分かって欲しいからですね。
そうしていくと、文章において、「省略するもの」と「絶対に省略しないもの」の2つが出てきます
「絶対に省略しないもの」には、主語(S)と目的語(O)があります。たとえば、とある意見があったとしましょう。それが、「書き手のぼくのもの」なのか、それとも「また別のだれか」なのかには大きな違いがあります。なるべく誤読を防ぐために、必ず主語(S)をつけるわけです。目的語(O)も同様に、対象者が「あなたたち」なのか、それとも「また別のだれか」をハッキリと明確にするわけです。
では、「省略するもの」とはなんでしょうか。文章は文字数が増えれば増えるほど、誤読の可能性が単純に大きくなります。ですので、なるべく文字数を減らしたい…そういったときには、副詞・修飾語(M)といった、「それが文になくても成立するもの」を無くします。
実例
1、この映画は、面白い
2、この映画は、めちゃくちゃに面白い
3、この映画は、─四半世紀に渡って語り継がれるであろう─そういう予感がするくらいには、面白い
下線部がMに当たる部分です。1文であれば、さほど、誤読は発生しません。下に行くにつれて、度合いが大きくなっている。巷では、文字数が多ければ多いほど、文章としては高尚になっていますが、文字数をかさ増しするのは、実際のところこれぐらい簡単です。
ではこれが複文になった場合はどうでしょう。
1”、この映画は面白いけれど、映像はイマイチだったとぼくは思う
2”、この映画はめちゃくちゃに面白いけれど、映像は前作のスペクタル感に欠けてしまい、そこまで良くなかったとぼくは思う
3”、この映画は、─四半世紀に渡って語り継がれるであろう─そういう予感がするくらい、には面白いけれど、映像に関しては、まさしくその作品の素晴らしさとは反比例するかのごとく、落ち度が目立ったものとなったとぼくは思う
どれも基本的な主張は、「映画は作品としては面白かった、でも映像はビミョー」というものですよね。下にいくにつれ、修飾語や明喩が増え、わかりにくくなります。こういう文章に、よくある「誤読」は以下のような感じですね。
この映画は、─四半世紀に渡って語り継がれるであろう─そういう予感がするくらい、には面白いけれど、映像に関しては、まさしくその作品の素晴らしさとは反比例するかの如く、落ち度が目立ったものとなったとぼくは思うおや、真反対の主張になりましたね。これがこの記事で繰り返し述べてきた、読解の失敗である「誤読」です。書き手がなにを言いたいのかまったく分からない、誤読を招くクソポエムを書く場合がある。つまり、いつも受け手に責任があるわけではないのです。
ちなみに、これを避けるためには、書き手は基本的に複文を避けます。
つまり、2文に分けます。
この映画は素晴らしく面白かった、歴史に残るであろう。しかし、映像はその素晴らしさとは反比例するかのごとく、落ち度が目立ったものとなったと私は捉えている。こうしてしまえば、誤読は避けられます。
それで、やっとこさ本題のコメント返信にいけるのです
コメント返信その1/0327決定版
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57817850.html
きつい言い方になるけど、好き好んでやるなら好き好んで苦労しなさいっていうのと、文章と会話は違いますよって辺りかなあ特に煽り形式は対面でないときに使うと、一方的に「感じ悪い」と思われる可能性がある2021-03-29 05:05:54 D虫
まずは、コメントどうも!
好き好んで~に対して;ぼくは「お知らせ/*」の記事において、そもそも「親父が死んだダメージが予想以上に大きかったみたいで限界だから、今はおやすみするよ」と宣言をしているわけです。で、上の記事においても、以下のように、好き好んでやれる余裕はなくなったと明らかに主張をしている。
好きだから、書きたいから、たった1人にでも伝わればいいから、そういうので、本来いいんですよね。でも、もうその伝わったときの喜びが書く苦労を超えなくなってしまった。ここまでキて、限界を超えて書こうを思えば、金しかないでしょうね。
コメント返信その1/0327決定版より
つまるところ、ぼくはいまちゃんとした文章(*)を書く気がないわけです。
(*)アニメに関する文章
ですので、苦労はそもそも発生しない。書く気がないのだから。好き好んでやるということは現段階においてありえない(できない)と2回にわたって、ぼくは述べているわけです。こうなると、「あなたはきちんと文章を読んでいるのか?」という疑問が生じざるを得ない。そうでないならば、こんなよく分からない内容にならないだろう。よく読んでいなかっただろう、だんごむしくん?反省したまえ。
煽り形式~に対して;
これは僕の文章のアジテート方法論についてですね。「お前らオタクは本当にバカだから、教えるけど~」みたいなくだりを僕はときたま入れるじゃないですか。まあ、入れるんですよ。それで、あれはスパイスだよっていう話で、まあ今回の記事でも何度もいってますけど、みんな文章を本気で読まないので、刺激物として「煽り」を入れているという前提があるんです。授業中に眠いと、生徒はうつらうつらするから先生が大きな声を出す、みたいな。
印象が悪い/感じが悪い/人格を疑われる…etc
この系統のことはもう仕方ないかなと思って、べつだん気にも留めてない。前回も書きましたが、なにを書いても、手練手管を尽くして書いても、書いてある内容とは別のことを穿って、ぼくに悪い印象を抱く人は存在するわけです。それ系のことについて、ぼくが他人に作用できることはないんです。お天気は変えられないので。この太陽キレすぎワロタ、って感じですよ。
ぼくとしては、このていどのジョークも通じねえからオタクで脳みそメロンパンなんだろうな、と理解が深まるばかりで、それ以上ないんですよ。コレは心配してくれているんでしょうけどね、その辺はべつにもう慣れたというか、何十、何百万といるネット住民に対してすべてのカバーはできません。それがぼくの結論です。
(*)アニメに関する文章
ですので、苦労はそもそも発生しない。書く気がないのだから。好き好んでやるということは現段階においてありえない(できない)と2回にわたって、ぼくは述べているわけです。こうなると、「あなたはきちんと文章を読んでいるのか?」という疑問が生じざるを得ない。そうでないならば、こんなよく分からない内容にならないだろう。よく読んでいなかっただろう、だんごむしくん?反省したまえ。
煽り形式~に対して;
これは僕の文章のアジテート方法論についてですね。「お前らオタクは本当にバカだから、教えるけど~」みたいなくだりを僕はときたま入れるじゃないですか。まあ、入れるんですよ。それで、あれはスパイスだよっていう話で、まあ今回の記事でも何度もいってますけど、みんな文章を本気で読まないので、刺激物として「煽り」を入れているという前提があるんです。授業中に眠いと、生徒はうつらうつらするから先生が大きな声を出す、みたいな。
印象が悪い/感じが悪い/人格を疑われる…etc
この系統のことはもう仕方ないかなと思って、べつだん気にも留めてない。前回も書きましたが、なにを書いても、手練手管を尽くして書いても、書いてある内容とは別のことを穿って、ぼくに悪い印象を抱く人は存在するわけです。それ系のことについて、ぼくが他人に作用できることはないんです。お天気は変えられないので。この太陽キレすぎワロタ、って感じですよ。
ぼくとしては、このていどのジョークも通じねえからオタクで脳みそメロンパンなんだろうな、と理解が深まるばかりで、それ以上ないんですよ。コレは心配してくれているんでしょうけどね、その辺はべつにもう慣れたというか、何十、何百万といるネット住民に対してすべてのカバーはできません。それがぼくの結論です。
火をつけたとして、対面だと反発も同意も応答の中で消していけばいいけど、文章だと自分でつけた火は自分で消さなければいけないイアキさんの場合、火をつけてコメント待ちで消すタイミングがない、みたいな時がありそうこの場合の火っていうのは、どこかの炎上とかじゃないよ。話題の盛り上げ方の話ね2021-03-29 06:05:45 D虫
これも同様に、「文章中における刺激の長所/短所」についての話ですね
いま現在自分が大きく抱えてしまったことは、なんで自分をすり減らしてまで、誹謗中傷(*)するようなオタクどもに伝えたいと思っていたんだろう。オタクはコンパクトな情報を摂取することに必死で、そのあまり思考力が減り、ネトウヨになって、独裁政権と化している自民党でも支持しているクズばっかなんだろうな、という根本があります。自分をすり減らしてまで書く理由が見つからないから、おやすみするねと言っているわけです。
(*)とうぜんですが、アジテートがない文章にもたくさんあります
刺激、つまり文章におけるアジテートが一定の読者を怒らせ、よくないことになってしまう。それをどの辺で、「はいこれはあくまでも君たちを起こすための刺激物です」、というネタバラシを行うか、そのタイミングがないんだろうな、という感じの指摘だと思うんですが、あまり関係がないというのが正直なところです。
そういう表面上の小手先の文章テクニックによって、オタクから暴言が飛び交い、それによりなにか気に病んでしまったとかそういうものではなくて、もうこいつらに伝えても可能性ないなあという感じで。そういう根本がゆらいでしまった。アジテートはどうでもいいです。そういう表面上の問題ではない。
こんかいはここまで
手間がかかったわい
いま現在自分が大きく抱えてしまったことは、なんで自分をすり減らしてまで、誹謗中傷(*)するようなオタクどもに伝えたいと思っていたんだろう。オタクはコンパクトな情報を摂取することに必死で、そのあまり思考力が減り、ネトウヨになって、独裁政権と化している自民党でも支持しているクズばっかなんだろうな、という根本があります。自分をすり減らしてまで書く理由が見つからないから、おやすみするねと言っているわけです。
(*)とうぜんですが、アジテートがない文章にもたくさんあります
刺激、つまり文章におけるアジテートが一定の読者を怒らせ、よくないことになってしまう。それをどの辺で、「はいこれはあくまでも君たちを起こすための刺激物です」、というネタバラシを行うか、そのタイミングがないんだろうな、という感じの指摘だと思うんですが、あまり関係がないというのが正直なところです。
そういう表面上の小手先の文章テクニックによって、オタクから暴言が飛び交い、それによりなにか気に病んでしまったとかそういうものではなくて、もうこいつらに伝えても可能性ないなあという感じで。そういう根本がゆらいでしまった。アジテートはどうでもいいです。そういう表面上の問題ではない。
こんかいはここまで
手間がかかったわい
コメント返信その1/0327決定版
令和になっても、コメント返信とは!
(※いや、これは一周まわって新しいのでは?)
FC2コメントが思ったよりも溜まっていた、あらまあ

なんかなあ|4/13
http://royal2627.ldblog.jp/archives/56642111.html
(※いや、これは一周まわって新しいのでは?)
FC2コメントが思ったよりも溜まっていた、あらまあ

なんかなあ|4/13
http://royal2627.ldblog.jp/archives/56642111.html
私が常日頃から思っていることを端的にわかりやすく述べている。素晴らしい
これは去年の4月なので、新型コロナについての検査体制を増やすかどうかで論争が起きていたときですね。スンナ派(笑)とかがいたとき。新たな疾病が発生したときには、検査は確実にすべき(※放置すれば新しい患者を増やすだけですので…)で、検査対象も増やしていく、検査の感度が悪ければ改善していく。その繰り返し。これだけのことなのに、マア世の中は権威と理不尽、とあとなんだ、政府への忖度か?(笑)で、なぜか「検査をするかどうか」だけで1年も揉めた。そんなのは日本ぐらいですよ。前代未聞。
そういうことにTwitterで述べても、ブログで述べても、みんな”タブー”として、避けるわけです。とても冷笑的、というか、事なかれ主義というか。異様なまでに、対立を避ける。PCR検査をするか否かについて広島県はきれいな回答を出しましたけどね。それについて、合理的に反論すればよろしい。いやあ、まさしく脚気のときと同じだったんじゃないのかな。鈴木梅太郎は農学部出身でしたので、論理や合理やデータをもっても、派閥には勝てなかったらしい。もう少し、脚気については知りたいな。
そういうことにTwitterで述べても、ブログで述べても、みんな”タブー”として、避けるわけです。とても冷笑的、というか、事なかれ主義というか。異様なまでに、対立を避ける。PCR検査をするか否かについて広島県はきれいな回答を出しましたけどね。それについて、合理的に反論すればよろしい。いやあ、まさしく脚気のときと同じだったんじゃないのかな。鈴木梅太郎は農学部出身でしたので、論理や合理やデータをもっても、派閥には勝てなかったらしい。もう少し、脚気については知りたいな。
Twitter医師団(笑)は確実に、インフルエンサーとしての責任を取るべきです。あなたがたは一般の方とは異なり、専門的な知識を有している、とみなされるのだから、スンナ派のような被害者を増やしたことについてケジメをつけるべき。逃亡すな。EARLとか、あの手のは犯罪ですよ。
お知らせ/*あまりいい読み物ではない
http://royal2627.ldblog.jp/archives/57780350.html
1. 名無しさん2021年03月11日 20:26何ヶ月先、何年先になってもかまわない気楽な文章でもいいのでいつの日かあなたの記事を読める日が来ればいいと思っていますご自愛ください
ひと月も経たない内にきてしまって、どことなくバツが悪いなと感じている。まあ、これは記事と呼べるものかわかりませんが。あほみたいに気楽な文章にしようと思います。なんせ、ブログですから。大層なことを書こうとしている段階で、なにかを背負ってしまっている笑。神経質な性格がなせる技です、本当に良くない。コメントありがとうございます。
どこかしら、なにかを述べたところで、ぼくの言いたいことは伝わらないのではないか、という諦めがずっとあって抑えきれなくなった。いや、そんなの当たり前じゃないか、と。分かります。納得はしている。世の中にはどんなに言葉を尽くしても、自分の好きなように文章を捻じ曲げて、捻じ曲げた紙を紙ヒコーキする人々が大勢いるのだから、と納得はしているのです。
では、それでも、なぜ文章を書くのか。そういうところに行き着いてしまった。好きだから、書きたいから、たった1人にでも伝わればいいから、そういうので、本来いいんですよね。でも、もうその伝わったときの喜びが書く苦労を超えなくなってしまった。ここまでキて、限界を超えて書こうを思えば、金しかないでしょうね。
「感動を他人と共有すること」に価値を見出だせなくなってきてしまった。そういう感じ。どうせウマ娘でバクシン萌えーなんて言ってる連中に競馬のスプリントレース(1200m)の素晴らしさ、たとえばキングヘイローのあの苦難の末、たどり着いた宮杯のG1勝ち鞍。グランアレグリアのあのスプリンターズステークスの怪物さ。それらは、どうせ伝わらない。自分が抱いた感動を、他人に伝えることはもはや難しくなってしまった。
Wikipedia(笑)をただただ引用したような記事がウケていて、ぼくはショック(※というか、呆れた)。ああ、ネットの諸君、オタクの諸君は、やはりコンパクトな情報を摂取することが、自分たちにとって重要だと勘違いしている。自分で調べもしない、探しにいかない、かといって、他人に聞くわけでもない。コンパクトにまとめられた情報を摂取し称賛することで、情報強者な自身にナルシズムを覚える。もはや知識に価値などないのに。本当に価値があるのは、その知識・情報に熱気があるかどうかなんですよ。
正確な情報よりも、熱気のある情報、とぼくは昔から思っています。この人にしか書けない文章があると信じている。この人にしか、書けなかっただろうな、というコメントすらある。やっぱり楽屋情報(※当時の裏事情とか、そういったトリビア的なモノ)を得て、悦に浸る人々を見るに、苦笑いしか出なかった。どこかしら、やはり権威主義的なものは面白くない。
どこかしら、なにかを述べたところで、ぼくの言いたいことは伝わらないのではないか、という諦めがずっとあって抑えきれなくなった。いや、そんなの当たり前じゃないか、と。分かります。納得はしている。世の中にはどんなに言葉を尽くしても、自分の好きなように文章を捻じ曲げて、捻じ曲げた紙を紙ヒコーキする人々が大勢いるのだから、と納得はしているのです。
では、それでも、なぜ文章を書くのか。そういうところに行き着いてしまった。好きだから、書きたいから、たった1人にでも伝わればいいから、そういうので、本来いいんですよね。でも、もうその伝わったときの喜びが書く苦労を超えなくなってしまった。ここまでキて、限界を超えて書こうを思えば、金しかないでしょうね。
「感動を他人と共有すること」に価値を見出だせなくなってきてしまった。そういう感じ。どうせウマ娘でバクシン萌えーなんて言ってる連中に競馬のスプリントレース(1200m)の素晴らしさ、たとえばキングヘイローのあの苦難の末、たどり着いた宮杯のG1勝ち鞍。グランアレグリアのあのスプリンターズステークスの怪物さ。それらは、どうせ伝わらない。自分が抱いた感動を、他人に伝えることはもはや難しくなってしまった。
Wikipedia(笑)をただただ引用したような記事がウケていて、ぼくはショック(※というか、呆れた)。ああ、ネットの諸君、オタクの諸君は、やはりコンパクトな情報を摂取することが、自分たちにとって重要だと勘違いしている。自分で調べもしない、探しにいかない、かといって、他人に聞くわけでもない。コンパクトにまとめられた情報を摂取し称賛することで、情報強者な自身にナルシズムを覚える。もはや知識に価値などないのに。本当に価値があるのは、その知識・情報に熱気があるかどうかなんですよ。
正確な情報よりも、熱気のある情報、とぼくは昔から思っています。この人にしか書けない文章があると信じている。この人にしか、書けなかっただろうな、というコメントすらある。やっぱり楽屋情報(※当時の裏事情とか、そういったトリビア的なモノ)を得て、悦に浸る人々を見るに、苦笑いしか出なかった。どこかしら、やはり権威主義的なものは面白くない。
お疲れさまです。どうぞゆっくり休んでください(FC2拍手コメント1:匿名)
染み渡ります。お心遣い、ありがとうございます。「お知らせ/*」と題した記事を書いたのは、去年の10月ごろから限界が来ていたにも関わらず、中途半端な態度でずっとなあなあにしていたのが気に食わなかったからです。もしかしたら、察してほしかったのかもしれません。
こういう記事は、実は何度も書いては消しました。まだ行ける、まだ舞える、そういうのもあったけれど、いちばんは恥ずかしかった笑。書き手の状態など、ぶっちゃけると、どうでもいいわけであって、それはポエムにしかすぎないわけです。そういうものを載せるのに抵抗がありました。正直にいうと、怖かったです。でも、まあこういう風なコメントをいただけると、ああ悪くなかったかもな、と思えるので出してよかったと思えます。ありがとうございます。
こういう記事は、実は何度も書いては消しました。まだ行ける、まだ舞える、そういうのもあったけれど、いちばんは恥ずかしかった笑。書き手の状態など、ぶっちゃけると、どうでもいいわけであって、それはポエムにしかすぎないわけです。そういうものを載せるのに抵抗がありました。正直にいうと、怖かったです。でも、まあこういう風なコメントをいただけると、ああ悪くなかったかもな、と思えるので出してよかったと思えます。ありがとうございます。
ガキのモードの著者の葛西です
たびたび読ませていただいていましたが、そんな大変な事情があったとは……。落ち着いたときに、また戻ってきてください。(FC2拍手コメント2:EAB(葛西祝))
だれだよ(ピネガキ風)
嘘です。じっさいにこうやって交流するのは初めてですが、お互いに認知はしていたはずでしょうね。自分のサイトの個人リンクにもありますね、17.5歳がうんたらかんたらのブログをやっている人です。ぼく個人が配信なんかでお名前を出すときは、ガキモードの人って呼んでたかな。
ガキモードの人のブログについては、なんだろうな、ご本人が言われるように、書き散らしという表現がいちばん合っているとおもう。作画でいうと、ストレート・アヘッド、書き送りのような文章。さいきんはあまり更新されてないですよね。
ああ、ローリング・ガールズをデザイン的に?とても絶賛されていた記憶、2年間ぐらいローリングガールズのエフェクト作画を見なきゃなあ…と思っていました。さらにそこから5年くらい経った、ダメな典型例ですね。こういう積み重ねが私めのブログでございます。いやあ、これについて言えてよかったあ。ロリガのエフェクト見れなくて、ごめんね。
要するに、やはりみなさんとは下地や背景が違っているんですよ。アニメを視聴することがそこまでできない。キャパが少ない。余裕があるときでも、1クール2~3本だった。みなさんは、いい感じにアニメファンじゃないですか。むしろ、サブカルチャーまでも手広く分かっている。ぼくは基本がそこになく、アニメ作品の話数別/きわめて局所的なアニメーター掘りでまきまきいっぱいでしたので。
そこは純粋に羨ましいポイントですよね。アニメが習慣ではないので。自分の苦労はわかりにくいところにあると思う。別にアホほど見ていた時期もないので。
義手の描写とその変化/エヴァガ(2018)
http://royal2627.ldblog.jp/archives/56948862.html
嘘です。じっさいにこうやって交流するのは初めてですが、お互いに認知はしていたはずでしょうね。自分のサイトの個人リンクにもありますね、17.5歳がうんたらかんたらのブログをやっている人です。ぼく個人が配信なんかでお名前を出すときは、ガキモードの人って呼んでたかな。
ガキモードの人のブログについては、なんだろうな、ご本人が言われるように、書き散らしという表現がいちばん合っているとおもう。作画でいうと、ストレート・アヘッド、書き送りのような文章。さいきんはあまり更新されてないですよね。
ああ、ローリング・ガールズをデザイン的に?とても絶賛されていた記憶、2年間ぐらいローリングガールズのエフェクト作画を見なきゃなあ…と思っていました。さらにそこから5年くらい経った、ダメな典型例ですね。こういう積み重ねが私めのブログでございます。いやあ、これについて言えてよかったあ。ロリガのエフェクト見れなくて、ごめんね。
要するに、やはりみなさんとは下地や背景が違っているんですよ。アニメを視聴することがそこまでできない。キャパが少ない。余裕があるときでも、1クール2~3本だった。みなさんは、いい感じにアニメファンじゃないですか。むしろ、サブカルチャーまでも手広く分かっている。ぼくは基本がそこになく、アニメ作品の話数別/きわめて局所的なアニメーター掘りでまきまきいっぱいでしたので。
そこは純粋に羨ましいポイントですよね。アニメが習慣ではないので。自分の苦労はわかりにくいところにあると思う。別にアホほど見ていた時期もないので。
義手の描写とその変化/エヴァガ(2018)
http://royal2627.ldblog.jp/archives/56948862.html
おもしろかったです。普段身の回りにアニメのこと語ってくれる人とかいなかったのでこういう話聞けるだけで楽しい
投稿者:山本
いやあ、ありがとうございます。語るというのは、やはり視点の違いぐらいに思います。そんなに高尚なものではない。
もっとも、自分の読み取れていない、うーんなんだろう、要素や、読み取れていたとしても、それぞれが接合しないように(思われる)要素を、どこかしらで繋がることで、ひとつの形をつくる文章を読むのは面白いです。簡潔にいうと、視点を作ることができる、みたいな。独特の視点、というのは、(言葉にしてみれば)要素という最小単位がどのようにつながるか、というだけですけど、マア感服したものはたくさんあります。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンでいえば、要素に当たる部分が僕にとっては、”義手”ですね。でも、この記事はちょっと強引だな笑、とくにラストは。エヴァガは僕にとって、2話でオチているんですよ。義手の女の子が歩み出せそうだな、って感じで。その義手がビジュアルとして、きわめて、精緻に描かれている。彼女の性格を映すように描かれていた。だからといって、2話まで見ればいい、という話でもありませんけど。別にヴァイオレットの由来とか、少佐への思いとか、僕にとっては基本どうでも良かった。2話に惚れていたという話ですね。
こんかいはこのへんで
もっとも、自分の読み取れていない、うーんなんだろう、要素や、読み取れていたとしても、それぞれが接合しないように(思われる)要素を、どこかしらで繋がることで、ひとつの形をつくる文章を読むのは面白いです。簡潔にいうと、視点を作ることができる、みたいな。独特の視点、というのは、(言葉にしてみれば)要素という最小単位がどのようにつながるか、というだけですけど、マア感服したものはたくさんあります。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンでいえば、要素に当たる部分が僕にとっては、”義手”ですね。でも、この記事はちょっと強引だな笑、とくにラストは。エヴァガは僕にとって、2話でオチているんですよ。義手の女の子が歩み出せそうだな、って感じで。その義手がビジュアルとして、きわめて、精緻に描かれている。彼女の性格を映すように描かれていた。だからといって、2話まで見ればいい、という話でもありませんけど。別にヴァイオレットの由来とか、少佐への思いとか、僕にとっては基本どうでも良かった。2話に惚れていたという話ですね。
こんかいはこのへんで
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